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白いツバサ  作者: 透坂雨音
第八幕 掴み取った明日へ(上)
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284 第15章 生者を呪う者達

長めです。



 崩壊する屋根のがれきの中を走ってロザリーに致命打を与えた少女は、「てへへ」と悪戯でもしたかのような様子で、照れ笑いをしている。緊張感が無い。


「えーと、何か勝てちゃいそうだなって思ったので、えいってやっちゃいましたけど……。余計な事でしたか?」

『いんや、すっごいグッジョブ。お前、見た目は味方の足引っ張りそうなのに、すごい役立ったな』

「えへへ、それほどでも……。って、誉めてませんよね! それ!」


 そんなに長い付き合いではないはずなのだが、なんかこの少女との会話の仕方が分かって来たような気になるから不思議だ。


 アホの看板をぶらさげてる鈴音に、敵の打破については一応感謝感謝しつつ、適当にやりとりを重ねておく。


 誉め言葉を選ぶよりまず、バール達の方だ。

 くずれた避難所の様子を窺いに走る。


 背後。倒れたロザリーの方は、兵士達がきちんと拘束していっているようだ。

 倒れたふりして、再びおしかかかってきたらどうしようかと心配していたのだが。さすがにそんな展開にはならなかったらしい。


 こちらもやばかったので、ここで倒れてくれて助かった。

 運に恵まれたような勝利だが、別にレト達は修行大好き少年漫画の主人公ではないので、不満はない。


 弱い人間は弱いなりに精一杯、力を尽くせただろう。


『おーい。生きてるか、お前ら!』

「なんとかな」


 心配して声を張り上げれば、最初にバールの声。

 他にも聞き慣れた声が「おう」だの「大丈夫だ」だの、ちらほらと聞こえて来た。


 避難所の屋根は全部抜けていて、下に落ちたようだが、完全に落ちたわけではないらしい。

 がれきが中央に向かって盛り上がっていて、山の形を築いている。


『下の連中はどうなったんだ。これ大丈夫か』


 見殺しにするほど冷血漢ではないので、避難所に避難している者達の事も口にだしてみたが、心配は無用だったらしい。

 他の物達が集まってがれきをかき分けると、すぐに半球状の透明なドームが見えた。


 結界だろう。

 屋根の崩落前に結界を張ったため、下にいる者達が押しつぶされずにすんだらしい。


 結界内部にいる不安そうな者達を、ライアやアピス、華花やミルストらがまとめていた。


 正直、避難所避難組に結界の魔法が出来る人間がいるとは聞いていなかったので、犠牲は覚悟していたのだが、助かるにこしたことはない。


 見た感じでは、がれきに押しつぶされて命を落としたり、怪我をしている人間はいないようだった。


 あとは、上の邪魔な物をとっぱらう必要があるだけだ。


『さて、こっちはこんな苦労したんだから、城の方もちゃんとやりとげてほしいところだな」

「素直に心配してるって言えよ、レト」


 倒壊したがれきをどけながら下敷きになった人達を心配している者達の仲から、こちらの呟きを聞きつけたバールが声をかけてくる。


『馬鹿、そんなの俺の役目でも性格でもねーって』

「照れるなって。しっかし、避難所がぶっ壊れたけど、これからどうすれば良いんだろうな?」

『さあな。とりあえず、全員ひっぱり出しとけばいいだろ。その後の事なんて俺が知るか。そういうのはお偉いさんが考えるもんだ。俺らが無い知恵使ってあれこれ考えたって、意味ねぇよ』

「お前、年のわりには、あっさりした考え方してるよな。それともサバ読んでるとか」

『んなわけあるか、ちゃんと自己申告通りだっての』


 自分流有事の際の考え方を口に出してみれば、バールはどうリアクションをとって良いのか困る様な顔をしてきた。ついでに、こちらをしげしげと眺める疑いの視線付きだ。


 魔獣でいるため、見ためから年齢を推し量ることができないが、レトはちゃんと小学生だ。

 気になるなら、レトの体を使っているミルストもまったく同じ体格なので、それを証拠にするしかない。

 証拠提出の機会がまだまだ当分先になりそうなのが辛いところだが。


 足元にあるがれきを移動しながら、がれき山頂へと移動して、運べそうな屋根の残骸をくわえて適当にほうりだす。


『はぁー、もうこれ以上は勘弁してくれよな』

「ほんとですねー。私もうくたくたですぅ」

『何サラっと会話にまざって同調してるんだよ。お前トドメさしただけだろ』


 ため息交じりの言葉をはけば、隣からつっこみざるをえない台詞がか言って来た。

 一緒にがれきを除去してくれるのはいいのだが、お喋り好きらしい彼女の口は体よりもはたらき者だった。


「おい! どうなってるんだ、これ」

「ねぇ、華花たちは無事!?」


 そこに、避難所の表口の方にいた選や緑花がまざってきた。

 そっちの方の戦闘は終わったらしい。

 結果はどうだったのだろう。


 詳しい事は分からないが、大きな怪我をしているようには見えなかったので、悪い結果にはならなかったとみる。


 二人は、普通の少年少女ならざる怪力を発揮して、がれきをポイポイ脇へと退けていっている。

 避難所内には、彼等の家族だの幼なじみだのがいるから、心配でしょうがないらしい。

 ちょっと作業があらっぽくて、周囲の人間にがれきをぶつけかける一幕があったのが、それ以来は慎重に作業する事にしたようだ。


 とりあえずこれでこちらの避難所組の無事は確認できた。

 死人が一人も出ていないのが奇跡だろう。

 

 そのまま時間をかけながらコツコツがれきを片付けていく。

 地味だけど、命のかかっていない作業は精神面からみると少しだけ楽だ。


 けれど、半時もしないうちにその場を異変が襲った。

 それは、襲撃者の来訪のような目に見える変化ではない。


 何が起こっているのか分からない。

 しかし、確実に何かが起きているのが分かるような、そんな曖昧な異変だった。


『……!?』


 自分の背筋を、刃物の先端で無遠慮になでられたような、そんな不快な感覚が体に走った。

 それは濃密な死の気配をまとっていて、さきほど戦闘の時に感じたそれとは比にならないくらいのスケールだった。


 逃れようとしても逃れきれないような、離れようとしても離れらないような、ねっとりとした、こちらにからみつくような何か。

 けれどそれでいて、強烈な拒絶の意思を感じ、絶望の思いが伝わり、悲嘆の感情に涙しそうになる。


 それは一体何なんなのか、とそう思った一瞬後……。


「ふぁぁ、ななな猛獣さん! 大変です! 見てくださいあれ、大変ですってば!」

『だれが猛獣だ! あと、うるさい!」


 馴れ馴れしく話しかけて来たシリアスブレイク鈴音に突っ込みつつ、彼女が指で指し示した夜空を見上げると、そこにいはおかしな光景があった。


 一言で言うと。

 手だ。

 手があった。


 だが、普通の手ではない。

 黒い手だ。


 人間のそれと似ている形だが、明らかに異なるスケールと色合いのそれが、結界の外の地面に生えている。


 地面を割って生えているというわけではなさそうだ。

 黒い手は、障害など何もないかのように、地面の上にただ載っているかのようにも見える。


 それらの数は、決して少なくはない。

 十や百では数えられない手が、結界をぐるりと取り囲むように、次々と生えてきていた。


『しかも、伸びてる……のか?』


 そしてそれらは、天高くに結界の頂上部まで丈(?)を伸ばし、頂点部分から大きな手のひらを振り降ろし始めた。

 周囲に存在する憑魔を威に返すことなく、何度も何度も。

 まるで、結界を叩き壊さんばかりの勢いで、己の手のひらを打ち付けている。


「ひぃぃ、ほらあれホラー!」

『落ち着け、ちょっと早口すぎて何言ってるか分かんねぇよ』


 ありえない状況にてんぱり過ぎている鈴音をなだめ、ついでに耳元で聞こえる大音量の声に、眉間にしわを寄せつつ、レトは目をほそめる。


 魔獣の体のためか、普通の人間よりは良い視力を駆使して観察する。

 黒い手以外に、気になるものはない。

 だが、憑魔を邪魔するような行動は一切していないため、敵の策の一つなのかもしれない。


 何をどうやったら、あんな禍々しく冒涜的な手を出すに至るのか分からないが、きっと襲撃者が何らかの形で関与しているのだろう。

 

 しかし、悠長に考えていられるのはそこまでだった。

 考えている内にも、またあらたな変化だ。


 しかも今度は自分達の周辺で起きた。


 なぜか、そこら辺の地面からも、あの恐ろし気な見た目の手が生え始めてきたのだ。

 主な場所を狙い撃ちして黒い手をはやしているのか、それとも町中がそうなのか。

 一瞬考えたが、あまりの君の悪さにすぐにそれどころではなくなった。

 常識破りな大きさになることはなかったが、それでも人間一人分の大きさにはなった黒い手が、こちらを掴もうとしてくるからだ。


「ひぃ、ちょ。無理ですぅ。私美味しくないですからぁ! 何か未利さんの心のなかにいたアレみたいで苦手なんですってば、こっち見ないでー!」

『うるさいし、離れろって。おい、しがみつくな馬鹿』


 本格的に悲鳴が混じり始めた鈴音にしがみつかれると言うより、絞殺されそうになって苦しい。

 いつもならバールがはやしたててくるところだが、状況ゆえにそんなヤジもとんでこなかった。

 がれきを除去していた者達が、慌てて武器をとって、襲い来る手と戦い始める。


 手につかまれたら、その先はどうなるのか。

 良い想像にはまるで至らない。

 見るからにあやしげなアレに友好的な意思を感じるものなど、この場にはいないだろう。


 崩落した屋根から助かった結界内でもそれは同じようで、生えて来た黒い手にならまされているようだった。


『次から次へと忙しいな、ったく! 一般人まで総動員かよ。働かせんな』


 とりあえず、最初に予想外の事態に固まっていた兵士達が統率を取り戻したようだ。


 彼らは思い思いの魔法を行使して、黒い手へとぶつけはじめる。

 だが。


『効いてねぇとか……』


 黒い手は泰然としたままだ。

 攻撃が命中している感じはあるが、燃えたり凍り付いたりビリビリ感電したりするような事にはならなかった。

 どんな属性の攻撃でも同じ結果で、重力魔法でも影響を受けていない。


 なら、どうすればいいのか。

 今度は選達が前に出た、得意の力を駆使して、剣で斬ったり、拳で殴ったりしているが、それも効き目はあまりないようだった。

 のけぞってはいるものの、ダメージが通っている様には見えない。


「何だこれ、手ごたえが変だ」

「柔らかい? というか何だか実体があるんだけどないような、変な感じがするわね」


 彼等の感想は、そんな感じらしい。

 魔法でも物理でもだめなら、一体どうすれば良いというのか。


 頭を抱えていると、またもやの変化。

 地面の下に帰れと、穴でも掘れば良いのか。

 非現実的すぎる。


 しかし、苦戦する状況をフォローする出来事が起きた。


「また何が起きるんですか! 勘弁してくださいよぅ!」

『うわ、何だ!?』


 足元を光が走ったと思ったら、拡大された魔法陣の端らしきものが広がって来た。

 進行方向から逆算してみると、城の方から広がって来たようだ。


 魔法陣を使った作戦については、事前にレトもうっすら聞いていたので、それに関係しているのだろう。


 模様についてはよく分からない。

 見覚えのない文字やら形やらが複雑にくまれていて、意味など分かるはずもなかった。

 光の色は、銀だ。


 闇の中でも、己の存在を主張し、周囲を照らし出している。


 数秒して、辺りの地域が全て魔法陣でカバーされた。


『次から次へと何が起こってるんだよ!』

「あ、これ。私分かりました!」


 理解不能を言葉にして目まぐるしく変わり続ける状況に、思わず怒鳴り声を上げたレトだが、それにかぶせるように鈴音が、元気よく発声。

 てんぱっていた少女は余裕を取り戻したようだ。

 何も恐れる事はないとでも言わんばかりに、説明を述べてくる。


 先程は行動が早すぎて、良く見ていなかったが、彼女の手には武器が握られていた。

 身長以上の巨大なハンマーだ。


 銀色に光る巨大な武器を持った少女は、正体の分からない黒い手に近づいて、己の武器を振り降ろす。


「てやぁ! そりゃぁ! とりゃっ! おばけさん、ごめんなさい、でもちょっとあのーやっぱり怖いんで、安らかにお眠りください!」


 そして、そのまま彼女は平然とした様子でポコポコとモグラたたきみたいに、黒い手叩きをしていく。


 これまで、何をしても効き目のなかった黒い手は、それであっけなく霧散していってしまった。


 黒い手たたきの行為をつづけながら鈴音は、怖いといいつつもドヤ顔だ。


「本領発揮の5分の1のハンマー攻撃ですぅ! アーク・ライズ形式と似た魔法の力を供給されているので、私の魔法も絶賛お役立ち! ナイスアシストで賞! とりゃー!」


 と、言われても、どういう事なのやらだ。

 状況に置いて行かれるレト達は唖然とするしかない。


 とりあえず、以前黒い手とのやりとりを続ける鈴音以外に、動けるものはいないという事だけは分かった。

 そうだ、いまのうちにがれきを全部とっぱらって、埋まっている連中を掘り出さなければならない。

 あちらは狭い範囲だから、黒い手から逃げるのにも限界がある。


 得意げに戦う鈴音から意識を離し、崩壊した建物の方に集中するのだが、ふと足音に小さな猫がいるのに気が付いた。


 ありふれた顔の猫は、こちらを見上げてのんびり鳴いた。 


「みー」

「あらあら、こっちもおっぱじめちゃってるわねぇ」

『ん?』


 ついで、どっかで聞いた事が背後から聞こえて振り返る。


 そこにはネコウを腕に抱いた、白い髪の女性が立っていた。

 誰だっけと数秒悩んだ後、元の世界で通っていた学校の姫乃達のクラスの担任だったことに気が付く。


 クラスも学年も違うが、存在自体が目立つからレトでも覚えていたのだ。


「ウンディーズ・シトレが降ってきてて良かったわ。これってシナリオ通りなのかしら。さてさて、とりあえずこの場は、ここにいる人達に任せて。選君達に移動してもらわなくちゃね」



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