279 第10章 数秒先の未来
背後から接近したラルドが、ウーガナの頭上へと跳躍。
その手に持っていた剣によって、頭上から降ってこようとしていた人形が切り捨てられる。そして、凶器の注射器は使われる事なく地面に落下。
容器が割れでもしたらどうする、と思ったが頑丈な作りだったらしい。
地面に落ちた注射器の中身がぶちまけられる事はなかった。
蹴飛ばして、遠くへと転がしておく。
ワタをこぼしながら、左右に引き裂かれた人形だったものがゆっくりと落下する。
ラルドはそれよりも前に、柔らかな草地に足をつけた。
「手ぇ出さねぇんじゃなかったのかよ」
「今の君に二体一で任せるのは荷が重いかと思ってね、それになにより……小さな少女にナイト役を頼まれてしまったものだから……。無下にはできないだろう?」
「そうかよ」
気障な事を真顔でいう元兵士に真正面から取り合うのも馬鹿馬鹿しくなってくる。
発言主の事などいちいち確認するまでもない。
どうせチィーアあたりが「ウーガナがあぶないから助けて」とか言ったのだろう。
余計なお世話だ。
視界の隅では、今の今までウーガナにくみついていたクルスが距離をとっている。
もう次の攻撃の一手について考えているのだろう。
大した切り替えの良さだ。
とりあえず、うだつのあがらないくせに油断のならないおっさんから視線を話すことなく、その他ザコについて聞いておく。
「ラルド。おい、他はどうした」
「それなりに。残りは他の者に任せても大丈夫そうだよ」
「そうかよ」
背中から狙われる様な事態に陥らずにすみそうだと言う事は、素直に歓迎だ。
「じゃあ、まだちゃんと始末が終わってないから、そっちも頼んだよ」
「あ?」
しかし、続いて吐き出されたラルドの言葉に怪訝な声を出せば、そちらの方に何かが高速で飛来してた。
剣で弾かれて草地に転がったそれは、小さな注射器だった。
人形は左右に引き裂かれてそのまま動く気配はない。
となると、同じ攻撃をする別の何かがまだどこかに潜んでいるのか。
ラルドは一瞬後、敵がいるらしき方向へと駆けていった。
勝手に役割を決めるなと門気を言いたかったが、そんな事を気にしていられる状況でもない。
大人しく、注射を投げてよこした敵の方はあっちに任せる事にした。
先程までこちらに組みついていたクルスの方を見る。
直前まで敵と運命を共にする覚悟だったというのに、助かったと見たら行動が早い。
「ええと、もう良いですかねぇ? 話は終わりました?」
「人斬り女とは別の方向に、いちいち勘に触る野郎だな」
思った事をそのまま言うが、相手からの返答はない。
距離をとった相手は、すでに武器の鉄球を投擲するところだった。
状況は仕切り直しに近いが、あちらの方が一方上手であるのは変わらない。
人殺しに躊躇いがなく、決断も早い、頭もそれなりにきれるらしい。
ウーガナが同じ分野で勝負したところで、敗北するのは目に見えていた。
自分の人生は、漆黒相手に見栄を張れるほど勝利に恵まれた人生ではなかった。
だから……、
「おや?」
間抜けな声を発する相手にしてやったと内心でほくそ笑む。
見れば、一歩前へと踏み出した相手は体勢をくずしていた。
地面に埋め込まれている、何かの金属部品に足をひっかけて、だ。
本来なら、そこには何かがあるはずがない
事実戦いが始まった直後は、何も異常はなかった。
「こっからは俺様の土俵だ。さっさと転げ落ちちまえ」
だから、相手の姿勢を崩すに至ったその手はウーガナがあらかじめ仕込んでいた一手だ。
自分の武器の取り換えたパーツのいくつかを、隙を見て周囲の地面に仕込んでおいたのだ。
相手の攻撃を裁くばかりて仕掛けのタイミングを計るのが大変だったが、仕込み自体の手順は簡単だったのが幸いだろう。
「……これは、なかなかやりますねぇ」
言葉面からはあまり内心が読み取れない敵だが、その表情は先程よりもほんの少しだけ余裕がなさそうにみえる。
だから、この機会にウーガナは一気に押しこんだ。
苦労して仕込んだ一手を利用しないわけにはいかない。
「らぁぁっ! おらぁ!」
武器を叩きつけるように振り回し、刃で切り裂く様に振り下ろし、前進する勢いを利用して突き技を放つ。
どんな状況でどんな戦い方をするかなんて、考えてはいない。
その場の勢いで、状況状況にあった攻撃手段を即興で選んでいる。
今のタイミングなら叩きやすそうだとか、この角度なら斬りにうごいたほうが早く動けそうだとか、そういった印象を受けたままに、自分の体を予測にそって動かしていく。
体勢を立て直されるまえに、ケリをつけなければ。
「……いやぁ、さすがに、これは、ちょっと、こまり……ますよ!」
余裕がなくなってきたらしいクルスは、途切れ途切れの言葉を発しながらもまだ状況をひっくり返す方法を残している様だった。
その目は形成を覆す策がある事を述べている。
その事に、早く決着をつけようと気が急いて、集中が乱れそうになるのを苦心してコントロールする。
今までも色々と危ない橋を渡って来たことはあるが、今のこれはレベルが違う。
一歩踏み外せば奈落に真っ逆さまの高所で、死神とダンスを踊っている気分だ。
「どうですかねぇ。我々と共に、来ませんか? そこにいるチィーアちゃんと、並べて、ねぇ……」
こちらの力に目をつけたのは当然の評価だと虚勢を張りたいところだが、出る言葉はない。
才能も、突出した技能もない今のウーガナに、偽る余裕などない。
だから、少し前の自分だったらどう考えていたか分からない内容にも、即答した。
「お断りだ、クソ野郎が!」
「それは、残念」
断りの言葉を耳に入れた瞬間、クルスはその場から掻き消えた。
それは相手にとって切り札だったのだろう。
だが、ウーガナにとってはまたとないチャンスだった。
神出鬼没の漆黒の刃。
それゆえに、奴らの存在は噂で語られるくらいであり、長い間組織の正体が判明しなかった。
だが、だからこそウーガナは、そういう移動手段があるという事の見当がついていた。
何年も、正体不明の組織を探してきた。いつまでも我が物顔でのさぼらせておくつもりはない。
こちらは何度も何度も無駄足を踏みながら、漆黒の刃について調べてきたのだ。
その先にいるかもしれない一人の少女に辿りつくために。
特別な力なんてものがなくても、これくらいの未来なら見通せる。
ウーガナは背後を振り返りながら、全く迷いなく武器を突き出した。
ここぞという時しか使えない蒸気機関で、フルスピードを出しながら。
「テメェはそこで、しまいだ」
決着がついた。
草っ原には、白目をむいたクルスが倒れている。
気絶しているようだ。
流血は特にしていない。
漆黒の刃だけあって、もしもの時の備えはしていたのだろう。
手ごたえが妙に硬かった。
服の下に防具でも着こんでいたのかもしれない。
起き出す気配はないので、本当に気絶しているらしい。
とりあえず、人形襲撃時の先ほどのノリで自害されてはかなわないので、近くにいた他の兵士に受け渡した後、ちゃんと拘束しておくように言っておく。
視線を向ければラルドは別の人形とまだやり合っているようだったが、敵の損壊ぐあいを見ればもうそろそろ決着がつきそうだった。
「やったな、ウーガナ。俺達の武器のおかげだ、ちゃんと感謝するんだぞ」
「ウーガナ買ったの? ねーお兄ちゃん。見えないよ。もういいでしょ?」
「あ、そうだった」
危険が無いと分かったとたん、遠巻きにしながら色々喧しく騒いでいた兄弟達が近づいてきた。
適当に蹴散らしたいところだが、そうもできない。
ウーガナから武器を奪い取って何かを調べ始めていたからだ。
本職の鍛冶師にも劣らない内容を口にしながら。
「お兄ちゃん、武器を握る時の癖があるみたいだよ」
「持ち手のパーツ、上の方だけちょっと厚めにしてみた方がいいかもな」
「さっそく調整だね」
どうでも良いが、この兄弟は蒸気機関とやらをどうのこうのする立場じゃなかったのか、将来鍛冶士にでもなるつもりなんのか。
一息ついていると、離れた所から視線を感じた。
まだ何かあるのかと思えば、そっちを向くと、オレンジ色の髪の少女……ではなく(というか人間でもなく)、機械人形だというものがこっちを見てるところだった。