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白いツバサ  作者: 透坂雨音
第七幕 果て知らぬ波紋
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267 第34章 果て知らぬ波紋




 姫乃は司会の方を見て、参ったというように片手を上げて見せた。


「私は負けを認めるよ、降参でいいかな。コヨミ姫はどうしますか?」

「ふぇっ? ……あの、ええと、ちょっと恥ずかしいわね」

「え?」


 そして、もう一人の反対派の少女に尋ねるのだが、なぜか彼女は顔を赤くして下を向いてしまった。

 これはどういう反応だろうか。


 うん、私はこの短い間に何回驚けばいいのだろう。

 おかしい。コヨミ姫は割と普通の人だと思っていたのだけど、実は違っていたのだろうか。

 有事の時は毅然としていてとても頼りになるが、基本的には自分と変わらない普通の感性を持った人間だと思っていたというのに。


 だが、顔を上げて口を開いたコヨミは、よく考えてみれば納得できる答えを述べて見せた。


「私の事、こんな風に心配してくれてる人がいるんだって知らなかったから。ちょっと嬉しくなっちゃって。あ! もちろん城の皆の事、薄情だって思ってるわけじゃないのよ! ただ、皆あんまりそういう事は言ってくれないし、そうやって真正面から気遣われた事ないから、ちょっとどうすればいいのか分からなくなっちゃってたの」


 なるほど。

 確かにそれはあるかもしれない。


 コヨミ姫は見ての通り統治領主だし、前は普通の一般人だったらしいが、今ではその立場に釣り合う人は数えられるほどしかいない。アテナやグラッソなどにはこっそり夜に愚痴を吐いたり、本心を打ち明けたりしていると聞いた事はあるし、最近はそこにエアロが入ってきていることも知っているのだが、やはり少ない方なのだろう。


 考えてくれる人は他にもきっといただろうが、面と向かってちゃんとは言わなかったに違いない。


 コヨミ姫のそんな反応を見た未利達の方は、何やら色々言い合っている。


「ぐぁ、言い過ぎた。恥ずか死ぬ。ねぇ、アタシしばらく死んでていい?」

「駄目ですよ。未利さんの場合、冗談に聞こえませんから。あと、恥ずかしいからと言って逃げたり隠れないでくださいね、後始末が面倒ですから」

「後始末!?」


 内容はそんなもので色々想像すると怖そうな光景になりそうだったので、聞かないでおく。


 そんな彼女達に向けて、内心を整理し終えたらしいコヨミが、未利に頭を下げてから話し始める。下げられた方はのけぞってるけど、コヨミ姫は照れ隠しと受け取って気にしていない。


「私、少しだけ分かった事があるの。さっきは未利ちゃんに意地悪言っちゃったけど、本当に居心地のいい場所が欲しいなら、外に探して求めるんじゃなくて、自分で作り出すべきだって。それは、以前フォルトさんに言われた事でもあるんだけど、そういう場所ってきっと、諦めて逃げたら手に入らないのよ。今いる場所が嫌なら努力して、現状を変えていくべきなんだと思う。姫乃ちゃん達みたいに、こんな異世界に来ても、たくさんの苦難があっても、笑っていられる人になりたかったら、自分で努力するべきなんだわ。本当に大切なのは、私がいる場所じゃない。私がいる場所に何があって、どんな人がいてくれるかだって、そう思ったのよ」


 だから、と彼女は周囲にいる城の者達を見まわして、バルコニーから見える景色を眺めた。


「貴方達のしようとしている事はとても大変だけど、とても立派な事だと思うわ。私は応援したい。正しいとか、やるべきだとかそういう事じゃなくて、私個人として力になりたいの。姫乃ちゃん達には、本当にありがとう、よね。おとぎ話みたいな幸せで楽しくて、皆で支え合って辛い事も分かち合えて、楽しい事も共に喜べる。きっと、そんな絵空事のような場所が、私の望む場所なのかもしれない。未利ちゃんも、助けてくれてありがとう。そういうわけで、私も降参よ」


 コヨミ姫は、そう言って姫乃と同じように片手を上げて己の立場を示した。

 これで、反対派の降参によって、賛成派の勝利が決まったことになる。


 けれど、途中まで頑張ってくれた啓区となあには、少しだけ申し訳なくなる。


 こちらはもう司会・進行の役目を終えた彼等に謝るしかない。


「ごめん。負けちゃった」

「ぜんぜんー。未利の方が卑怯だよー。むしろ僕達が反対派のままでも同じ事やってただろうしねー。姫ちゃんは頑張ったよー。ようするに未利ひどいって事でー」

「ぴゃ、未利ちゃまひどいの? なあには嬉しそうに見えるの。よく分からないけど、勝ち負けはそんなに大切じゃないってなあは思ったの! けっかよりもかてーかが大事って聞いた事があるの!」

「うん、家庭科じゃなかくて過程だねー」


 たとえやるべき事が変わらなかったとしても、こうして本音から話し合えたのは良い機会だっただろう。

 今まで真っ向から仲間とぶつかった事はないから新鮮だった。


 当然、どんな形となりゆきであれ、勝負に負けたのは少し悔しくもあったが。

 これで姫乃達のやるべき事は決まった。





 シシナ坑道 付近 『アピス』


 そこまで音声を聞いたらそこで伝達が終わったらしく、水鏡が消えてしまった。


 姿はぼかしレンズのせいで分からなかったが、今のは一体なんだったのだろうか。

 ヘブンフィートにいる自分達は他の地域の事は分からないが、もしやカランドリやイビルミナイにも繋がれているのではなかろうか。


 ものすごく聞いた事のある声ばかりだから一応、声の主たちの正体は分かっているのだが、アピスの理解が追いつかない。


 見まわせば周囲に集っている者達も、ポカンとした顔で水鏡があった空間を眺めているのみだ。


 情報を整理してみるが、今あった事が本当なら、これは色々まずいのではないだろうか。


 声の主達の仕業では明らかにないだろうし、彼女達がこれからやろうとしている事を考えれば、明らかにやってはいけない事だった。


 だが、それゆえに内容の真実味が増してもいる。


 用意された台本や舞台のないそれらの会話は、作られたものなのではなくそのままの事実を示しているのだろう。受け止める自分達は、内容については疑ってはいないようだった。


 伝えられた内容が次第にのみ込めてきた住人達は、先程の比ではない混乱につつまれる。


「おい、今のって一体」

「どういう事なんだ」

「何であんな映像が」


 互いの顔を見合わせるように口々に話し合い、先ほどの映像(ほぼ音声のみだったが)が伝えられた意味を導き出そうとしている。

 けれど、それらはいくら考えても想像の域を出ないものばかりで、自然と話題はその内容についての事に移っていった。


「別の世界からって……そんな事本当にあるのか? というか、さっきの声どこかで聞いた事がるような」

「でもだとしたら、こんな終止刻(エンドライン)の最中で子供が生きていけるものなの?」

「理解できない。なんで知らない世界の人間なんかに関わってるんだよ」


 聞いた内容は衝撃的なものばかりで、彼等は心の整理で忙しいようだ。

 アピスでもちょっと信じられないものばかりだったのだから、彼等を知らない者達には特にだろう。

 どんな答えを導き出すにしても、今はただ衝撃的であり、受け止める事がまず大変な様だった。


 アピスでも色々と心中穏やかならざる状態なのだ、できれば彼等はそのままそっとしておいてやりたいが、そうもいかない。


 荒れた場をまとめるように、顔の広いケラースが声を張り上げた。


「皆さん! 色々考えたい事はあるでしょうが、今は他にやるべきことがあるのではあーりませんか! これ大事ネ! 今はまず大切な家族や知人を安全な場所に避難させることを優先しましょーうヨ!」


 彼は、見た目と喋り方はちょっと類を見ないくらいにユニークな人なのだが、名前のある彼の発言はすぐに多大な力を発揮した。

 混乱に包まれていたその場の熱が一気に冷めていったのだから。


 中断していた代表者たちの話は再会し、その話を周囲で聞いたり、家に戻って家族に準備をさせるなど、各々がそれぞれのとるべき行動にうつっていった。



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