33 第32章 終わる世界(下)
ルミナリアが手製の紙芝居をこちらへ向ける。
紙を一枚めくった。
話は子供向けの読み聞かせの無いようだったが、要約するとこんな感じだ。
この世界を形作っているのは大きく別れて二つの力、光と闇だ。
光と闇の力、魔力とも生命力とも呼べるそれらの力は、互いに均衡を保ちながら、空や大地を作り、命を育み、時を流れさせた。
しかし、その光と闇の力の均衡が崩れた。
原因は分からない。
光は弱まり、闇が強くなる。
その時期が周期的に訪れるようになった。
強くなった闇の魔力は動物を凶暴化させ、人々の精神も蝕む。大地の恵みは衰え、空は暗闇に包まれていく。
世界が破滅へ突き進んでいくその時期の事を、人々は終止刻と名付けた。
生きとし生けるものの歴史が終わり止まろうとする時。
「と、いうわけで、終止刻というのはこういう感じの物なのよ。で、次は……」
ルミナリアはそこら辺にあった二冊目の絵本を取り出して見せてくれる。
用意いいなあ。
休憩寮とかで使ったのかな。
「この世界で唯一終止刻を終わらせることができる浄化能力者さんについて説明よ」
この世界が生み出した奇跡の産物であり、人々の希望を担う存在。
光の属性の魔力で、その名の通り闇の魔力を浄化する者。
闇に狂う人や、憑魔を救うことの出来る者。
この世界に幾度となく訪れた世界の終末に、必ず現れ始まりの再生をもたらしていく。
浄化能力者は、秘宝である凛水の首飾りを携え、二つの遺跡の力を借り、簡単ではない試練を乗り越えて、世界に救済をもたらす。
絵本に描かれていた内容はざっとこんな感じだ。
いくつもの史実書に書かれているらしいのだが、浄化能力者が遺跡まで辿り着く事、それこそが正真正銘の奇跡だと歴史家は語っている。
それは、世界でたった一人の重要人物が、何度も訪れた世界の危機に一度も倒れずに旅を終えられた事に対しての言葉だ。
荒れた世界で多くの困難を乗り越えた者達は、これまで必ず世界を救って来た。
それを偶然という人もいるけど、この世界自身の自浄作用が働いて、何らかの助けが浄化能力者に施されているのだという人もいるし、数千年前に亡くなった偉大なディテシア聖堂教の、大司教ディテシアが死後もなお力を貸しているのだという人もいる。
とにかく話から分かるのは、浄化能力者は皆の希望そのものだという事だ。
しかし、それはともかく。
姫乃を除いたその場の三人が絵本の絵について話し合っている。
「あれー、なんか省略する部分変じゃないー?」
啓区がもっともな事を指摘する。
だよね……。私の目がおかしいわけじゃないよね。
人々が点々で表されたかと思うと、抽象的なはずの光や闇が何かよく分からないオブジェのイラストになっていたりで、紙の上の世界はちょっとよく分からない事になっていたのだ。
そんな事に気が付かないルミナリアは得意げに言いながら締めくくる。
「そんなわけなのでこれからこの町は忙しくなるわ。来たるべき危機に備えてね。町を囲んでいる防護壁を点検したり修理したり、増えてくる害獣や新たに出現する憑摩の対策とか……、いざという時の持ち出し品の用意とか護身用品の護符だとかをかき集めたりとか」
最後のページにはエルケの町を上から俯瞰したような地図、その町の中を小さな点々が忙しく走り回っている絵がある。
うん、描く部分色々間違ってると思う。
絵心がないっていうより、描写する部分間違えてるよねこの紙芝居。
「さて、一通り説明してみたけど、何か質問はあるかしら」
『らー』
尋ねるルミナリアは、もちろんあるわよね、という顔をして待っている。
「大体分かったけど……その前に未利、なあちゃん」
「何?」
「ふぇ?」
そういえば、二人に何の相談もしないで秘密をルミナに打ち明けちゃったんだったな。
絶対言わなきゃって、それだけずっと考えてたから。
心を落ち着ける為に一呼吸。
「私、ルミナリアに異世界から来たってこと言ってあるの。ごめんね、せめて一言相談とかするべきだったよね」
「ああ、何だ、そんな事か」
「えっ、なあたち異世界さんだって事隠してたの?」
返って来たのは、思ってたような反応ではなかった。
未利は、分かってたみたいだ。
なあちゃんは、秘密にしてた自覚すらないみたい。
「だいたい今の説明聞いてたら分かったし。この世界の人間にする話じゃなかったでしょ? 言うなら姫乃が言うんだろうなってのは前々から分かってたし」
「よく分からないけど、なあはびっくりしたりはしてないの大丈夫なの」
そんな二人の反応を見て、姫乃は拍子抜けしてしまった。
事情に関わることのなかった啓区はいつも通りの笑顔で見守るのみだ。
「あー、何かここらへんの空気シリアス入ってるー。色的には灰色かなー? それとも友情成分ー?」
「私的には青色に見えるわね」
『ねー』
「あ、そろそろこのうめ吉返すわね」
『ねー』
話に関わらない二人はそんな事を言い合いながら静観。ルミナはカメのうめ吉を啓区の頭に返してやってる。
「……だってさあ、ずっとノドの奥に何か詰まってるみたいな様子だったし、結構バレバレだったし、何かあるだろうなってのは、なあちゃんにも分かるぐらいだったよ」
「なあね、姫ちゃまが何か難しい事考えてるのは分かってたの。難しいのか中身は分からなかったかけど待っててもいいって思ったから待ってたの」
まったく分かりやすいよねやれやれ……といった表情で、未利は拙い言葉で説明するなあちゃんの頭をわしゃわしゃした。
「未利ちゃま優しいの。姫ちゃまとルミナちゃまを二人っきりにすればそのうち言えるって言って、ぴゃ……くすぐったいのー」
「ああはいはいうんうん。いい子だからその辺にしとこうか、こちょこちょこちょ……」
なあちゃんの言葉を止めるために、未利はくすぐり攻撃をしかけている。
顔を明後日の方に向けている。ちょっと照れているみたいだ。
そっか、最初から分かってたんだ……。
だから材料の採取もルミナリアと姫乃が一緒に行動できるようにしてくれて。
じゃあ、さっきの告白がどうのこうのの冷やかしも分かっててやってたんだね。
そっかぁ……。
「あれ、おかしい。なんか姫ちゃんの目から冷凍ビーム(弱)が出てるような……」
「ふえ? なあは冷えてないの……」
「さ、友情してすっきりしたと思うけど、説明者の私の存在忘れてないわよね……」
もちろん忘れてない。
あれだけ色々教えてくれたんだから素直に感謝してるよ
「まあ、さっきせつめいしたとおりこの世界はそんなこんなでピンチな状態なの。今回も浄化能力者さんとやらのお力が必要になった状態に、ね」
なんだか、大変な時期になっちゃったみたいだってのは凄くよくわかる。
町の中の空気を直接痛いほど感じて来た姫乃には。
「でも、危機だなんて言われたってさ、ぴんとこない。アタシ等の世界ではそんなのなかったし」
でも、それを知らない未利やなあちゃんは、きっとまだよく事態を呑み込めないのだろう。
「分からなくはないけれどね。あなたたちにとってこの世界の情報は身近な物ではないってことぐらい。でもこれは真実よ。この家を出ればたぶん痛いくらい分かるから……」
「そこは、疑ってない。ただ実感できないってだけだし」
「そうなの! 未利ちゃまは誤解さんになってるだけなの。誤解さんはよくないの!」
気まずそうにする未利をなあちゃんが頑張って、フォローしようとするが、どうすればいいのか分からないらしくうーんうーん、とうなり続けている。
「私達はそんなに難しく考えなくてもいいかもしれないわね。深刻になる必要はないと思うわ。みんな立派だもの、きっと女王様達が何とかするだろうし、もし何かあっても、心が笑ってれば何とかなるものよ。大抵」
沈みがちになる空気を笑い飛ばそうとするように、ルミナは明るい口調で話笑顔を見せる。
そうかな?
「世界の危機を大抵の分類に入れる? フツー」
「それは多分ルミナリアだから……」
「ああ、なるほどね」
でも、そう言ってくれるのがルミナリアだから、こんな風に喋ったりする元気が出るんだろうな。
「何か姫ちゃん、心の距離が縮まったら、親友への容赦ゲージがなくなってきてる気がするわ」
何て言いつつ、よよよと泣きまねをするルミナリア。笑顔で。何故か嬉しそうだ。
ちょっと棘だったかな。謝った方がいい?
でも、ルミナ笑顔だしなぁ。
隠す気がない。というか隠す気はない、だった。
気にするなってことかな。
「笑えば大丈夫なの? なら、なあたくさんたくさん笑うの」
「いやなあちゃん、いつも大抵笑ってるでしょ。……笑ってるっていうかむしろプラス思考の化身が表情化してるっていうか」
「なあちゃんてー、ニコ顔がデフォだよねー」
『ねー』
「いや、あんた程じゃないでしょ。万年福笑い状態じゃん」
未利が小声で喋り突っ込みを入れる。
それに何かとてつもなくすごい事に気づいてしまったと言わんばかりの表情でなあちゃんが、拳を作り強く発言。
「そうなの! 啓区ちゃまいつも笑顔なの。すごいの。なあ、啓区ちゃまにえらいえらいをするの。えらいえら……、うめちゃまの甲羅で頭なでれないの」
「あははー、福笑いだってー」
『てー』
話が一段落ついたようで、それを見計らったかのように部屋の扉が開く。
この家の主、セルスティーさんが戻ってきたようだった。
「あ、セルスティーさん。何だったんですか?」
ルミナリアが尋ねる。……が、セルスティーの返答は少し遅れた。
「……あ、ごめんなさい。知人に会ってきたわ。それだけよ」
何か考え事でもしていた様だった。
「感動の再会とかですか。それともやっぱり面白い人に……」
「そんな物語は無かったわね。幸か不幸か分からないけれど。それより、話は終わっているかしら」
「ええ、ばっちり……とはいえませんけど、プ二ばっちり終わりました」
プ二?
ルミナリアは新しい修飾語を開発して断言した。
「じゃあ、そこのあなた……」
セルスティーさんは、謎のプ二発言には取り合わず、視線を向ける。啓区の方へ。
「あなたの腕を見込んで手伝ってほしい事があるのだけれど、協力してほしいわ」
「……え? いやー僕なんか力にならないと思うけどなー」
「協力してほしいわ」
「えーと……、あれー?」
セルスティーさんは表情を変えずに繰り返した。
「協力してくれるのね、じゃあ行きましょう」
「あれー、えぇぇー。おかしいなー、これいいの?」
啓区は急な事態についていけない様だった。返答も了承も得ずに歩きだしたセルスティーさんに、ついていくべきかどうか悩むが、とりあえず後を追い始める。
なあちゃんが、啓区ちゃまーまた後でたくさんお話しするのーなどと言いながら手を振って見送る。
「珍しいわ、あんなセルスティーさん」
「うん、そうだよね。どうしたんだろ」
ラナー邸前 『セルスティー』
時間はそれから少し遡る。
セルスティーはルミナリアや姫乃達の再会の場から抜けて、なつかしい魔力の気配を感じて家の外に出ていた。
するとそこには、彼女が想像した通りの人物が立っていた。
「久しぶりねベルカ」
灰色のドレスを身にまとった、色あせた灰のような色の髪をした女性ベルカだ。
「別に用なんてないわ」
「そう。私の知るあなたは用もないのにこんな所に来る人じゃないはずだけれど」
「私はただ、見ていただけ」
「見ていた? 何を」
「……」
相変わらず扱いにくい人だとセルスティーは思った。
自分と彼女の出会いに大したストーリーなどない。あるのは、いつの日か現れるようになって話すようになった、そんな事実だけだ。
彼女は、自分から何かを積極的に話すような性格ではない。話したくないことは話さないし、そもそもただ現れて何かを観察してそれですぐ消えてしまうのだから、意思の疎通の取りようがなかったのだ。
「ふぅ……、どうせ何を言ったところであなたは話してくれないのよね」
「話す必要がないもの」
「そう。……けれど推理することはできるわ。今までと今日の違いを考えれば」
もう用は済んだとばかりに、身をひるがえしてこの場を去ろうとしたベルカは、セルスティーが付け足したその言葉に足を止めて振り返った。
「終止刻かしら、それともあの子達の事かしら」
「さあ……」
短くひと言。それきり口を閉じてしまうかと思いきや。
「いつもあっさり消えて、私と同じ存在になってから後悔するくせに……」
そんな誰に対して、何に対して言っているのか分からない言葉を呟いた。
そして興味を失ったように、今度こそ歩き去る。
「あなたは何がしたいのかしら。そして……」
離れていくベルカの姿がその場からさっと掻き消える。
魔言も何も無しに、本当に突然、唐突に。
「あなたは何者なの?」
そして再び時間は戻る。
話し込んでいた子供たちの輪から一人少年を連れだした後だ。
ベルカとの意味深なやり取りは心の隙間にでも留めておいて、スルスティーは今はやらねばならない事に気を向けて集中そなければならない。
「あれ、おっかしいなー。なんでー」
目的地は作業室だ。
後ろでは勇気啓区と名乗った少年が、しきりに疑問と共に首を傾げている。
「ごめんなさい、強引に連れてきてしまったわね」
「あー、セルスティーさん……だっけ、別に気にしてないからだいじょーぶだよー」
後ろを振り返ってみれば、何でもない事のように返事が返ってくる。
笑顔のまま。本当に気にしてはいないようだ。
どちらかというと、驚いてるというか不思議がっている方のようだけれど。
「あなたの意志は尊重するけれど、だけどこちらも重要な案件を抱えていたものだから」
「手伝ってー、って?」
せっかく知り合いに再会できたのに、その時間を奪ってしまうのは申し訳ないと思っているので、さっそく説明に入る。あまりこちらで時間を使わないように、気を使うべきだろう。
「ええ」
「それって、例の終止刻なんかの関係ー?」
「その通りよ。あなたの友達にも、少し手伝ってもらった事なの」
「へー、それで僕はどうすればいいんだろー」
手伝ってもらう具体的な内容について話そうとして、例のカメが目に見える所にいないことに気付く。
「あの機械仕掛けの動物を出してもらえるかしら」
カメッゴという動物のような見た目のをした機械だ。
緑でつやつやとした甲羅がとてもいい。
ぬいぐるみの素材だと味わえない感触だろう。
一度撫でてみたい。
もしくはそんな物を自分で手作りしてみるのもいいかもしれない。
と、そこで思考が横道にそれている事に気づいて軌道を修正。
「ひょっとしてー、そっち系の手伝いだったりするー?」
「そんな所かしらね」
「なるほどー」
この世界の中を探して、機械に詳しい者など十の指にも満たない数しかいない。
千年前に現れ百年前までどうやってか生き続けていた、機術の天才エマー・シュトレヒムは例外だとしても、その中でほとんどの人は簡単なカラクリを作りだすのみだ。
彼女が生み出した魔力計測器なんてものも知人友人家族親族、実に様々な人に協力してもらってやっと現在の形になったくらい。
探しても簡単に見つからないのに、今ここでこの時期に、その腕をもった人間に出会えた事は好機としか言いようがなかった。
なので、さっきはちょっと強引になってしまったのだが。
逃してはならないのだ、機械関係に詳しい人材を。
終止刻が始まってしまったこの時期では特に尚更。
「とりあえずよろしくお願いするわ」
「りょーかーい」
「……これからみっちり十時間程」
「ええぇー」
訂正、冷静さを欠いているのは今もかもしれない。
それから三時間後、当初の予定よりだいぶ早く倉庫から出てきたセルスティーは家にいた姫乃達に向かってこう言った。
「突然で悪いけど、また仕事の手伝いをお願いするわ。今日から三日後、この町を出て勇水の塔に向かうかの。少しばかり長い旅になるかもしれないわ」




