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白いツバサ  作者: 透坂雨音
第七幕 果て知らぬ波紋
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256 第23章 知らない人の話



 姫乃達は、話が詰まっている間に残っていた朝食を食べていく。

 雪菜先生が来る前にほとんど食べていたとはいえ、途中まで感じていたご飯の味がほとんど感じなくなってしまった。


 息抜きがてらの作業と聞いていたとはいえ、啓区やエアロがせっかく作ってくれた物なのだ。

 ちゃんと味わえないと、もったいなく感じてしまう


「ふぁ、これ美味しい。どうやったらこんな料理作れるのかしら」

「姫様、お口にソースがついてますよ」

「え、やだ。どこ?」


 そんな風に考えてると、先程まで居心地悪そうにしていたコヨミが、エアロにハンカチを手渡されていた。


 慌ててソースをぬぐい取っているその様子は、とても一地方を治める領主には見えない。

 ゆえにだろうか、周囲から生暖かい視線が降りそそぐのが何となく感じられた。


 他の人も作業が終わったのでひと段落しているのだが、おそらく皆、こちらの方に耳を澄ませたりして様子を窺っているのだろう。


 表面上には触れ合いがそれほどないように見えるのだが、アテナやグラッソなどの態度を見ているとコヨミは城の者達の大半からは好意的に見られている。

 だがやはり、立場の違いもあってか、アテナ達ほど距離を詰めてくる者はいないようだった。


「皆で食事できるのって楽しいわね。お姫様になってから、仕事に忙殺されて片手間で食べるか、アテナ達やグラッソ達と食べるかしかなかったから」

「姫様……」


 けど、そんな朝食の場で周囲の目に気が付かないコヨミは、それなりに楽しんでいるようだった。

 彼女は姫乃達を見つめて、心底から羨ましそうな表情をする。

 今のは姫乃も分かった。

 コヨミ姫はどうやら前から、こうやって気安く接する事ができる友達がほしかったようだ。


「姫乃ちゃんたちは皆仲が良くて良いわ。うらやましいわね」

「私としては姫乃さん達と一緒にいると、気苦労が増えて仕方ない思いをしますけど」

「でも、エアロちゃんも前より楽しそうに見えるわよ」

「えぇぇ? そうですかね……」


 そんな風に言いながら機嫌良さげに朝食を口にしていくコヨミ。そんな彼女とは正反対にエアロは不服そうな表情になっている。


 少し前と比べたら二人の距離はぐっと近いものとなっているようだ。

 エアロからは過剰な堅苦しさがとれたし、コヨミからも身構える様な緊張感がなくなった。

 こうしてかいがいしく世話を焼いたり、仲が良さそうに会話をしているように、普通に接する事ができれば、二人は結構相性が良いようだ。

 

「そういえば朝、ラルドが未利ちゃんに魔石を渡してたけど……」

「ああ、そういえばそんな事もありました。私も実はよく分かってないんですよね。未利さん、いつラルドさんと知り合いになったんですか?」


 疑問に思ったエアロが話題に振ると、ちょうど未利が食器を置く所だった。食べるのが早い。

 先程の血のりのようなおにぎりを食べた影響で、ところどころ水を飲んでいたというのに。


「え? 知らないけど? 何か貰えるもんは貰っとこうと思って石はゲットしておいたけど、アタシもアイツのことはよく分からん。良いんじゃないの? 別にそんな気にしなくても」


 一足早くご飯を片付けた未利が、「それが何か?」みたいな表情になってエアロに言い返しているが、それは姫乃でも問題だろうと思える。


 エアロは思いっきり眉間に皺を寄せていた。

 あ、雷が落ちそう。


「よく知らない人から物をもらいましたね! 私達からすればよく見知ってる人ですけど! そういえば、後夜祭の時でもそうだったじゃないですか。もっと警戒してください、最近の未利さん気が抜けすぎですよ。もうちょっと初めて会った時みたいに警戒してください。会う人、すれ違う人に不満そうな印象を植え付けてた頃の未利さんみたいに」

「アタシそんなだったの!? う、いや……アタシだってそうそう人から物もらってるわけじゃないし。別にそんな悪い奴に思えなかったんだから、いいじゃん。おかしな奴だって思ってたら、貰わないし」


 しどろもどろの口調で言い訳する未利だが、途中である点に気が付いたコヨミが「あっ」と口を挟んだ。


「ええと、でもフォルトさんには攫われてるんじゃ……」

「あっ。……えーと、それはー……」


 言い逃れできない点について言われたその当人が何かを喋ろうとするのだが、エアロが肩をがっしりと掴んで止める。

 心なしかその額に青筋が浮かんでいる様に見えた。


「みーりーさーんー……。この間だって、お店でお客さんから食べ物もらってませんでしたっけ……?」

「あ、あれは別だし!」

「別なんかじゃありません。同じですよ。警戒心を持ってくださいって、いつも言ってるじゃないですか、まったく! これだから未利さんは」

「アタシだからって何!? そんな細かく言わなくたって良いじゃん……。だって、何か調子でないっていうか、勝手が分かんないっていうか……」


 ケンカするほど、何とかという言葉が示すとおり、二人は出会った頃と比べて本当に仲が良くなったようだ。


 怒り心頭といった表情をしてお叱りの言葉をつらつらと続けるエアロに、未利が嫌そうな申し訳なさそうな顔をし続けている。

 その二人の横で、コヨミ姫があわあわと慌てながらどうフォローを入れようか悩んでいるのが、ちょっと可哀想に見えた。


 しかしそんな説教も長くは続かなかったらしい。


 上空から降り注いできた花が互いの頭や肩に降り積もって来たのに気が付いて、払い落としたのをきっかけに話題が変わる。

 エアロが「そういえば」という顔で何事かを思い出したようだ。


「最近妙なことがありませんでしたか? うっかり疲れて居眠りしたりして、変な夢を見たりとか」


 それに一番に反応したのはコヨミだった。

 よっぽど誰かに話したかったのか、若干前のめりの姿勢になりながら、その内容について語っていく。


「あ、それならあったわよ。中庭で動くネコウのヌイグルミが……」

「あ、それ中にムラネコ入ってるわ。よくあるよくある」

「あの子ネコウですね。よくありますよ」

「ええっ、幽霊とか怨霊じゃなくってネコウちゃんだったの!?」


 だが、見ての通り数秒で話題の主軸から撃墜されてしまったらしい。

 衝撃の事実(当人にとっては)を聞いたコヨミは、しょげ返りながら地面に落ちた花達をつついている。


 そこを未利が気をとりなおすように口を開いて、話題を続けていく。


「あー……で、何だっけ? 変な夢? 見てないけど?」

「なら良いんですけど。……そうですね、よく考えてみればやっぱり気のせいだと思います」

「あ、でも他の変な事はあったかもしんない」

「何ですか?」

「さっき見かけたんだけど……イフィールの感じがさ、何かあいつによく似てるっていうか」

「あいつ? もしかしてあのいけ好かない不幸面した辛気臭い雰囲気の、あのお店によく来て、しつこいくらい未利さんに慣れ慣れしくしてくる厚顔無恥で傲岸不遜な高圧的なお客さんの事ですか?」

「そこまで言う!? まあ、たぶんそいつの事だけど。何か雰囲気とか空気とかが似てるなーって」

「やめてください! イフィール隊長に失礼です。あんな人と一緒にしないでくださいよ」

「どんだけ嫌いなの!? そこまでアイツの事一切考えてない台詞聞くと、逆にすがすがしく聞こえてくるんだけど!?」

「わ……、エアロちゃんがそんなにこき下ろすなんて、一体どんなとんでもない人なのかしら……」


 何やら、こちらには分からない類いの話で盛り上がっているらしい。なおも彼女達は、ある人物の話を続けているようだが、一体誰の事だろうか。

 未利達が働いていたお店に関係することだということは、何となく分かったが。


 だが、エアロの言葉を聞いて別に思うことは姫乃の方にもあった。


 おかしな夢というのは、たまに姫乃も見るのだ。


 最近忙しいので作業の間にたまに寝てしまう事がああり、そんな時に色々な夢を見るのだ。

 ほとんどの場合は、中身は覚えていないのだが、ごくたまに覚えているものがある。


 内容は、限界回廊で見たような、ここではない世界で生きている姫乃のことなどだ


 それらはひどく断片的であいまいで、意味のあるようなものは到底見つけられなかったのだが、それでもそれが前の世界のことだというのは分かった。



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