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白いツバサ  作者: 透坂雨音
第七幕 果て知らぬ波紋
309/516

242 第9章 それぞれの役目



 エンジェ・レイ遺跡 内部 最奥 『アテナ』


 城でもやる事は控えているが、それ以外でも多くある。

 アテナ・ルゥフェトルが踏み入ったその場所……少し前までは強力なガーディアンが活動していた場所は(魔同装置研究室のメンバーたちの仕事によって今はその役目を封じられているが)、集まった人達の喧騒に満ちていた。

運命を決した戦闘があった場所とは思えない。目の前にあるのは、建物内部にあるのが不自然に思えるのどかな草原だけだ。

 戦闘が終わった後は、ところどころ焼け焦げていたり抉れていた箇所もあったのだが、どうなってか今ではすっかり元通りだ。


 いかなる理由があったら、そんな場所となるのか。

 目の前にある草原について調べたい気持ちが自然に湧いたが、そんな疑問は非常時である現状を省みて後回しにした。


 人の声がもっともあつまる場所へと視線を向ければ、そちらにはいくつもの机やイスなどの備品が持ち込まれていて、対策本部が作られていた。


 ここは、エンジェ・レイ遺跡の最奥に作れらた臨時の場所だ。

 近寄れば、多くの人々に交じって、見知った顔が存在しているのが分かった。

 ホワイトタイガーの者達が頭を悩ませている最中だった。


 病院からの患者の搬送が終わった後、ギルドの者達が集まってしているのは、避難所の防衛のうち合わせだろう。


「二つに建物が分かれてるってところがややこしいよな」

「私達、あんまり複雑だと覚えられないのよね」


 遺跡の見取り図を見ながらの選達は、顔を見合わせながらああでもないこうでもないと言いあう。必死に内部構造を覚えようとしているようだ。

 それを脇から支援するのは華花だ。


 水連やミルストの姿は近くには見当たらない。


「この辺りは覚えなくても大丈夫だと思いますよ。最初に覚えておかなくてはいけないのは、こちらの方……。とりあえず主要な道だけで良いと思います……。他にも警吏の人隊も配置されるみたいですから、分からなくなった時はその人達に尋ねれば良いのではないでしょうか」


 見取り図を指さしながらの丁寧な説明に、緑花達は安心したようにそろって息をついた。


「なるほどな。それなら覚えるのが少しですむ。やっぱり華花は頼りになるな」

「反対に、私達はちょっと人頼りしなくちゃいけないから、申し訳なくなっちゃうわね」

「でも二人とも、この分だとその部分を覚えるのも、ちょっと大変そうですよね……。担当の場所を、別の場所に変えてもらった方が……」


 アテナは彼等のすぐ近くまで来たのだが、向こうがこちらに気づく様子はないようだった。

 彼らの集中の邪魔をするのは申し訳なくなるが、用があるので仕方がない。声をかける事にした。

 ここに来る前に、少しだけ牢屋に寄ってきた。

 元海賊の鼻を利用して、町の中で不穏な動きをしていたという人間や、ラルド経由で例の邸宅付近にいた不審者を捕縛してきたという事だから、色々事情聴取をしてきたのだが、彼等の様子から何やら不穏な空気を感じていたのだ。

 早急に、町の様子について知っておく必要があったからだ。


「お忙しいところ申し訳ないです。中々そちらも大変そうですですね」

「お、アテナさんか」

「えっと。外は朝かしら。おはようございます、でいいのよね」


 振り向いてこちらに気づく二人に、アテナは単刀直入に用件を伝えていく。


「もう数時間すると町の人達に避難の知らせを伝える手はずですので、町の様子を聞きに来ましたです。数日前までの意見で良いので、教えて欲しいですです。どんな感じです?」


 二人は得心がいった風に頷いて、自分達が感じた事をこちらに教えてくれた。


「良くない感じがしてたな。こういうのは詳しくないし上手く言えないけど。見に行ったりすると皆、例の一件が明星の仕業だって気が付いてるから、ここらの連中が文句言いに行ったりしてる」


 過去の光景を回想し、その情景を言葉に乗せる選の顔色は芳しくない。

 それは緑花も同じだった。


「でも文句を言うだけなら、まだ可愛いものよね」

「ケンカになったりもしてるなあ。ここらの人が、イビルミナイとかカランドリの人がふっかけて、で向こうも護衛の人とか使って追い払おうとするから、結構大変だった」


 二人が述べるのは、まるでその場に居合わせたかのような感想だった。

 ギルドの活動として、もう何度もそういう仲裁をしているのかもしれない。


 アーバンの町にあるギルドでも、終止刻(エンドライン)関連で起きた騒動を、色々仲裁していると聞く。

 警吏の人間が頼りにならないと言うわけではないが、彼らはれっきとした治安を守る専門職だ。

 その意識が返って強固すぎて、ふだんの生活にある身近な諍いには関わりづらくなっているのだろう。市民達も、それが分かっているから頼りづらいはずだ。


 平時ならともかく、やはり、人々の細かいケアをする為にも便利屋の様な存在は必要だ。


 ギルドの存在は実験的な試みだったが、上手く機能しているようで何よりだ。

 状況が状況でなければもっと喜べただろう。


「今日も変なもめ事が起きない事を祈りますですです。それを見越してちょっと相談です。ヘブンフィートまで見に行っていただけませんですです? 忙しいところ、無理を言う事になりますですけど……」

「うーん、まあ良いぜ。今のところやる事と言ったら、後は道を覚えるくらいしかないしな。なあ?」

「そうね。ずっと考え事してても煮詰まっちゃうだけでしょうし。そろそろ運動したいと思ってたのよ」


 だが、そんな風に話がまとまりかけた所に、水連達がやってきた。

 付近では見かけなかったから、ギルドに詰めていたのかもしれない。


「ちょっとちょっと、緑花、選。二人共聞いてよ。大変なんだよ」

「ちょっとはこっちのセリフよ。駄目でしょ水連。ギルドでミルスト達と待ってなさいって。途中やりの仕事とか整理しなくちゃいけないんだから」

「そうだな、俺達の武器とか頼むって言っといたしな」


 この場にいなかった、水連やミルスト達は、長期間留守にした影響で埃の積ったギルド本部を掃除したり、途中やりだった仕事の後処理にかかっていたらしい。

 これからも遺跡の防衛に向けて、ギルドの活動で得た武器やらなんやらを運び込むつもりだった様なのだが……。


 水連が伝えて来たのは、そんな事よりももっと大変な事だった。


「文句は後! それどころじゃないんだってば。ヘブンフィートで事件が起こったんだって。もう、すっごく騒ぎになってるよ!」

「ええっ!?」

「なっ!?」


 緑花と選の叫びを聞きながら、アテナは額に手を当てるしかなかった。


 恐れていた事が、どうやら現実になってしまったようだった。





 シシナ坑道 『選』


 ギルドにやってきた町民の話を聞いた選達は、ミルストの案内によってさっそくその現場へと向かったのだが……。


「エライ事になってるみたいだな」


 現場は結構な騒ぎになっていた。

 物理的に煩いというわけではなく、状況的にまずいという感じで。

 とにかく、事件があった坑道の前には大勢の人が集まっていて、それでいてそこにいる人達がヘブンフィートの住民と、カランドリ・イビルミナイの住人で分かれているものだから特に。


「声をかけて宥めるってのは、さすがに効率的じゃないよなぁ」

「そうね」


 けれどそんな選達の言葉にじれったそうにするのはミルストだ。


「何か僕達にできる事はないんでしょうか? 例えば中で迷子になった子供達を助けに行くとか……」

「気持ちは分かるけど、少しは落ち着いてくれよ。俺達だってこのままでいいって思ってるわけじゃない。でも焦って考えてもいい方法が思いつくとは限らないからな、こういう時は適任がいるだろ」


 人それぞれには割り当てられた役目というものがある。


 己の部を超えた行為をする事は、自分のみならず人の足を引っ張りかねない。


 だから、選達は考える事をいつも華花に任せているのだ。


 意見を求めて現場についてきた華花の方を見やる。

 ここにはいない水連はギルドから遺跡に移動している頃合いだろうし、アテナも必要な手配をする為に城に戻った。

 それぞれにやるべき事がある。

 それをちゃんとやって初めて、場がうまく回るのだ。


 しかし、その役を求められた華花が口を開くより前に、声がかかった。


「あら、貴方達……」


 選達に言葉をかけてきたのはライア達だった。

 何やらいい匂いのする大なべなどを用意してアピス達に指示を出している彼女は、こちらに気づくなり駆け寄って来た。


 彼女等とはここ最近、アテナ経由で協力する様に色々言われ得来ているので、それなりに言葉をかw氏会事がある。


「ちょっと彼らの手伝いをしてくれないかしら、あの子達炊事とかした事ないから頼りなくて」


 ライアの視線の先には、ヘブンフィートの住人らしい身なりのいい若者達がおぼつかない手つきで、鍋をかぎまぜたり、器具を運んだり。


「そりゃ構わないけど、もしかしてこから中に入るのか?」


 選が視線を向けるのは坑道の入り口だ。

 事態は何となくしか分かっていないのだが、その近辺に人が集まっているのでおそらく坑道の中で何かがあったのだろう事ぐらいは分かった。


 だがライアは、首を振って答える。


「向かうのは私の家よ。坑道の中にいる子達が怪我してるかもと思って、コケトリーを連れてこようと思ってるの。自力で移動できない子が何人かいた場合、足が必要でしょう。折り畳みの担架みたいなのも欲しいから、探してくるつもり」

「なるほど」

「じゃあ、よろしくお願い」


 そう言うなリライアは、足早にさっさと己の家へと向かって行ってしまった。

 やはり年上だけあって、今現場に何が必要なのか分かっているらしかった(関係ない事だが、離れた所にいた青年が、そのライアの背中を見つめてなごりおしそうに「あっ」とか言っていたが、泣く泣く仕事に戻っていた)。


 と、そんな短い間にも入り口付近に集まっていた人達に話を聞いていた華花がこちらへと戻って来た。


「とりあえず、集まってきたお子さんの保護者さんの為に、私や水連と緑花はここで残ってアピスさん達の手伝いをします。選とミルストさんは、もうじきアテナさんが応援を寄越してくださるので、その人と中に行って手伝ってきてくださいませんか」

「おう、分かった」

「りょーかい」


 華花の指示に頷く。


 人手という意味では緑花も捜索にあてた方が良いと思うのだが、そんな事は華花もすでに考えただろう。

 それを踏まえて、この人選にしたのなら選達には文句はない。


「あまり大人数で向かっても迷子になってしまうリスクがありますし、こちらの方も大変でしょうから」

「そうよね。分かったわ。こっちは任せなさい。選、ミルスト頼むわよ」

「おう!」

「はい!」


 そいうわけで、華花の指示の元さっと役割分担が決まったが、それとと同時に……。

 ちょうどいいタイミングで、上空から何かが降って来た。


 空には飛行する何らかの生物がいたが、何かを降ろした瞬間さっと元来た方角へと戻ってしまったので。正体はよく分からなかった。


 それで、振って来たその何者かは、角のあるコウモリにぶら下げられながら、落下速度を緩和。ゆっくりと地面に着地してみせた。


「うぉーっす、さすがに何度も落下すると慣れてくるっすよ!」


 そして、着地するなり深刻さの感じられない声音でそう言ったのは、大きな掘削機を持った坑道作業員の様な恰好をした男性だった。






 シシナ坑道 上部 『雪菜』


 山岳地帯のてっぺん。

 山頂付近で、双子の大魔導士達と作業をしていた雪奈は遠ざかっていくエルバーンの姿を見て頷いた。


「うんうん、良い判断ね。害獣だと言われてる飛行生物ちゃんが頭上を飛び回ったら大騒ぎになっちゃうもの」


 そして満足げに呟いた雪奈は再びやりかけの作業に戻っていった。


 昨夜、エルバーンによってもたらされた急な来訪者の案を聞いてから、雪奈達はずっとここで作業を行っている。

 やっているのは、結界を張る作業だ。


 魔石を合成して作った結界石という物質を使って作るそれは、通常の魔法で結界を張るのと同じような効果が見込めるものだ。


 城の襲撃が差し迫っている今、町に被害が及ぶ可能性がゼロではないという事で、雪奈たちは良く知らないその案を採用したのだ。色々話合いやら計画やらを急ピッチで進めた後に、夜をまたいで作業している……というのが現状なのだが、前例がないために大いに苦戦しているところだった。


「さすがに町一つを覆うっていうのは、サンプルとしてもできなかったでしょうから、ぶっつけ本番よねぇ」


 実験データをとろうにもとれなかったという事から、効果が正しく発揮されるかはぶっつけ本番。


 どこどこを間違えていたとしても、それが分かるのは襲撃の真っただでしかないという非常にシビアな現状だ。


 ゆえに襲撃時の雪奈達の対応は、結界維持にかかりきりになってしまうだろう。

 それは、姫乃達の力になることができないという事実を示しているが。


「ま、そこのところは生徒の姫ちゃん達のたくましい成長を信じるしかないわよね」


 こちらとしてはそんな心境だ。

 今も城の中で、己の出来る事をしているであろう生徒達の事を思う。


 異世界に転移してきてから楽な事の方が少なかったはずだが、ここまで生き残って来たからにはそれなりに力がついて来ているはずだ。

 純粋に物事を片付ける力に、困難に当たっても挫けない精神力、そして何が己にとって幸いかを区別する判断力。


 姫乃達はまだ子供だが、それでもこの状況を打開する為の最低限の力は備わっているはずだった。


「サクラ姫の目の付け所は良かったみたい。巻き込まれたあの子達にとっては、良い迷惑でしょうけど……」


 この世界で生きていたサクラス・ネイン。

 強大な魔力を有した彼女の事に思いをはせていた雪奈は、ふと空から降って来た花の姿を見た。


 風に乗って遠くから旅をしてきたであろうその花は、メタリカにはない種類の花だ。

 

 明るい空の下では分かりにくいが、それなりの魔力のこもっているその花は、淡く光り輝いている。


「ふふ、花降る大地なんてロマンチック。良い事ありそうな予感」


 雪奈は、そんな異世界ならではの景色を見つけて、小さく笑みをこぼした。



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