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白いツバサ  作者: 透坂雨音
第七幕 果て知らぬ波紋
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238 第5章 不自然な騒動



 シュナイデル城 付近 『アピス』


 早朝を少し過ぎたあたりの頃。

 朝早くに城に呼び出されたアピスとライアは、ヘブンフィートで行う避難計画の一端を引き受ける事になった。


 今は眠気を引きずりながらも城で難しい話し合いを終えたすぐ後だ。

 城を出たアピスの横にいる女性……ライアがため息をついた。


「あそこの人達は納得してくれるかしら」

「そっ……そうである事を祈るしかないですよね」


 話しかけられる形になったアピスは、ここ数日で予想以上に近い距離に立つ事になったライアの距離感に戸惑っていた。


 この数日間で恋愛感情に発展する程、ライアの好感を得られているわけではない。

 が、好かれている好かれていないはおいといて、まず純粋に近い距離に異性の人間がいる現状が落ち着かなかった。


 アピスの中にある女性の姿とは、富裕層地域に住まうお淑やかで清楚な女性達の姿ばかりだった。たまにカランドリやイビルミナイにやって来る時も、工房周りを手伝っていたせかそれほど異性と接する機会がなかったので、活動的で溌剌とした性格の異性と接する時の態度が分からなかったのである。


 緊張を保ちながらも、アピスは先程の向こうからの言葉に思った事を口にした。


「びょ、病院の人達は町の地下にあるとかいう……遺跡? ……に避難するんですよね。そちらは本当に手伝わなくって良かったんでしょうかね」

「良いんじゃないかしら。私達よりも偉くて、私達よりも物が見えている人達が大丈夫だっていうのなら大丈夫なんだと思うわ。丸投げするつもりじゃないけれど、自分にどうにもできない事で悩んでたって仕方がないもの。考えるなら、自分達のすべき事に知恵を使うべきよ」


 さばさばとしたその物の考え方に、こちらが女々しいと言われているような気がして、アピスは微妙に肩を落とした。


「ライアさんは、結構割り切りがいいっすね」

「そう?」


 聞きようによっては男前にも見える言葉を耳にしたアピスは、自分の事が情けなくなった。


「俺なんて、お金持ちなだけの鍛冶師見習いですし、というか最近出会った小さな兄弟にすら及ばない腕ですし。ライアさんみたいにすぱっと決断できたり、危ない事に向かっていくような勇気とか、レースで優勝する腕なんてないですからね……」


 自分で言っていて虚しくなってきたアピスは、肩を落として俯くしかない。


 今までそれなりに何でも器用にこなせる方と思って、実際それでそこそこできていたのだが、所詮は井の中の蛙だったのだ。

 世界は広くて、上を見上げれば、自分より凄い人間達が山ほどいる。

 それが最近はよく分かるようになっていた。


 そんなアピスを見てか、ライアは励ますような調子で声をかけてきた。


「あるじゃない、貴方の長所。人が良い所とか、私が多少の無茶を言っても付き合ってくれる所とか、そういう所を長所って言うんじゃないのかしら? 役に立っているように見えても、貴方が言ってくれる私の良い所はその時だけのものよ。いつも役に立つ物を多く持ってる人が、本当に凄いんだと思うわ」


 その理論で言えば、決断力も勇気も持っているライアはやっぱり凄い人という事になるのだが、彼女は

こちらを励ませるようにと述べただけで他意はないのだろう。だから、アピスは素直に受け取っておく事にした。


 いつまでも意中の人の近くでくよくよしている事ほど恰好悪い事は無い、とそう思い。


「ありがとうございます、ライアさん。あとで、夕食にプニムサンド奢らせていただきます」

「え? ほんと? じゅる……」


 食い気につられてるライアも素敵だと思うのは、ちょっと盲目すぎるだろうか。

 とりあえず、ご飯の話題を上げれば好感度は地道に上がっていくようだと、心の中にさっとメモをしておく。(本場のエルケには負けるが、美味しいプニムサンドのオリジナルが売ってる店を聞いた事があるから、とついでに思考を少しだけ脇にそらしもしたが……)


「とりあえず、今日はヘブンフィートに行ったら、俺の仲間達と話し合いしなくちゃですね。あそこに住んでいる人達、ええと結界? とかいうやつから結構ギリギリみたいですから。カランドリの聖堂とか公園とか遺跡に早く避難してもらわないと」

「ええ、そうよね。急ぎましょう」


 そういうわけで、今朝あった話をまとめて本日の行動方針を決めた後、目的地へと足を進めるアピス達だが、そこに件の少年達の方が向こうからやってきた。 


「おーい、アピス。大変な事になったぞ」


 彼等の顔色は悪い。

 アピスはここ数日の間で、何となく分かる様になってきた嫌な予感を意識しながら、友人達に訪ねる。


「何があったんだ?」


 問えば、血相を変えた友人達がこちらの目の前で立ち止まって、息を切らしながらその内容について教えてくれた。


「ヘブンフィートの近くにある坑道知ってるよな。今は使われてないとこなんだけど、そこに迷い込んだ子供達が閉じ込められて出られなくなったらしい」


 アピスとライアは顔を見合わせる。

 避難は今日行わなければならないというのに、とんだ災難が舞い込んできたようだった。







 ヘブンフィート シシナ坑道前


 話を聞いてすぐ、ヘブンフィートの近くにある件の閉鎖された鉱山の前に行くと、すでに多くの人が集まっていた。

 その人垣にある顔は、ヘブンフィートではまず見かけないカランドリに住まう普通の一般人達だった。

 おそらく坑道に迷い込んだと言う子供達の親なのだろう。

 昼間近くなので働きに出ている父親の姿は少なく、母親ばかりだ。


 ここまで来るのに事情を聞いてきていたが、正確には迷い込んだというよりは、中で迷う事になってしまった……と言うのが正しい。

 だが、目の前にあるシシナ坑道は何年も前に使われなくなってしまって閉鎖されているので、今更人が入って迷い込んでしまうというのは、おかしな話だった。


 情報が錯そうしていたようだが、集まった人たちに話を聞いていくと、徐々に詳しい話が明らかになった。

 最初に事が起こった時には言いにくかった事もあったのだろうが、時間が経って冷静になった今、そうも言ってられなくなったのだろう。

 坑道前に集まった保護者達から聞いた話はこうだ。


(まず最初に変だと思った事なのだが)彼等はみな数日前に、閉鎖された鉱山の中である見学会のチケットと、綺麗な鉱石が子供達に配られたらしい。

 普通なら、もう使われていないはずの鉱山でそんな事を催すはずがないし、低所得者の仕事場で危険な場であったところに、小さな子供をつれて進んでその親達が向かうはずがない。

 騒動が立て続けに続いているこの状況であるなら猶更だろう。

 

 だが、彼等はよく考える事なく当日なぜかこの場所に集まってしまったらしい。


 それに彼等の危機意識が上手く働かなかったのには、主催者の名前がこのシュナイデでは有名な人物、ケラース・エンディゴのものだったからというのもあった。

 彼は有名な人間で、同植物園や美術館、図書館などの施設を作り上げたり聖堂や休憩寮に寄付もしているのだ。悪人で無い事は紛れもない事だった、その名前が彼らの判断力を鈍らせてしまったのもあるのかもしれない。


 それで、坑道の入り口で集まってしまった彼等は、巧みな話術を使う誘導員らしき人間と共に鉱山の中に入って行ってしまう事になり……。

 小一時間後には、保護者達はなぜか知らぬ間に子供達と分断されていて、離れ離れになって入り口まで戻って来たらしい。


 彼等は最初は自力で探そうとしたものの、坑道内でところどころ崩落現象が起きてしまって、やむおえずこちらに助けを求めた、という事の流れだった。


 話を聞いたライアは難しげな表情をして考え込んだ。


「ケラースさんはこんな事はしないわ。前に会った事があるから私には分かる。アピス、今回のこの件、偶然なんかじゃないわね」

「えっ!?」


 不覚にも一瞬、場違いにも名前を呼ばれた事にときめいてしまうアピスだったがが、すぐにそんな場合じゃないと気持ちを切り替える。


「私の勘が言っているのもあるんだけど、今朝アテナさんから聞いてたでしょう? 私達を邪魔しようとする者がいるかもしれないから、気を付けて……と。それを見越してお昼にはホワイトタイガーの人達が来てくれて避難を手伝ってくれるはずだったんだけど……」

「何だか大変な事になったみたいですね」


 最悪自分達でこの場をなんとかしなければいけないのでは、という事に思い至ったアピスは愕然とした。


 アテナに前もって言われていた助力の人物は、まず昨夜から引き続いて病人の搬送をやらなければいけないので遅れるらしいし、坑道は閉鎖されているので現場に詳しい作業員はいない、ヘブンフィートの人間の助力は望み薄だ。


 何げに知らない間にこの先うまくいくかの命運が自分達にかかってしまっているという、状況を感じて冷や汗が止まらなくなりそうだった。


 だが、そんな自分達を哀れと思ったのか、多少の幸運が味方してくれたようだった。


 アピスが弟子入りしているクジャク工房の頭。ロール・クジャクに、最近そこにお世話になっている小さな兄弟、ユーリとチィーア。そして、たまにみかける盗賊っぽい人ウーガナと、その知り合いらしき元兵士ラルドがやってきたのだった。


 どうやら別口で騒動を聞きつけて駆けつけて来てくれたらしい。


 その中で、師匠でもあるロールに話しかけられる。


「おう、アピ坊。お前も来たんか」

「おやっさん、そりゃ来るだろ。こんな大変な事になってたら」

 

 手を合わせてディテシア象に拝むくらいの気持ちだったが、内心を隠して強がって見せるアピス。

 だが、そんな些細な小細工はお頭であるロールにはお見通しだったらしい。


「強がらんでもええ。小心者のくせしてまったくのう……。それで、これからこっちで救出に人を出そうと思っとるが、お前さんらはどうする?」

「分かってて聞いてるんじゃないですか、それ。俺達が行っても、力になれそうにないんで、付近の住人が来た時に説明する為、ここで待機してますよ」

「何だ、分かって来たじゃないか坊」

「いい加減それ、やめてくれませんかね」


 弟子入りした当時から全く変わらない自身の呼び名に不満を表すが、当人からは「坊に坊と言って何が悪い」とのご返答しか返ってこない。


 ごく最近に至らぬところを叱られた身では、そう言われても仕方がないのだろうが。

 ともあれ、人数が増えた事で出来る事が生まれたのが大きい。


 ライアもそんな状況を受けて頭を働かせている様だった。


「アピス、お友達に頼んでくれる? ギルドにこの事を伝えてきてほしいって。場所は……最近聞いたから分かるわよね」

「はいっ、一応城の中で顔も会わせた事もあるんで、あいつらより俺が行った方が早いと思いますけど」

「そうね……じゃあ、お願い。あとは他の子にテントと机、そして坑道に詳しい人を探してくるように伝えて。地図もいるわね」

「了解です!」


 こんな風に言われている現状では、ロールに認められるまではまだまだ先がながそうだとアピスは思った。


 女性に指図されて動くのも情けない話しだが、悩む事に時間を使ってはいられない。

 アピスは慣れた動きで友人達に話を伝えていった。



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