30 第29章 岩砂漠の告白
岩砂漠 『姫乃』
空から照りつける太陽熱が肌を刺激する。
西の方に見えるのは火山だ。
その火山のマグマは、まだ遠いエルケ周辺の岩砂漠も、地熱で温めていた。
姫乃とルミナリアはじんわりと肌をあたためる熱を感じながら、そんな場所を歩いている最中だ。
例の魔力強奪事件(セルスティー名称)から数日経ち、セルスティーは途中だった解析作業を行っている。
彼女はそれに加えて本業の調合士の仕事も並行してこなさなければならないらしいのだが、例の事件の後始末などで材料を調達出来なかったらしい。
というわけなので、姫乃達が代わりにエルケの町を出て、薬草採取に取り組んでいるところだった。
この世界に来てから初めて姫乃は町の外に出た。
害獣に一度襲われたことはあるものの、姫乃は今まで安全な街の中から出た事はない。
大聖堂の屋根から見た時は、目の前にある町の様子が気になっていた為、外まで気が回らなかったのだ。
どんな風になっているのか、どんな景色があるのか。
そう思い、緊張しながら町の外にでた数時間前の事を、まだよく覚えている。
ちなみに未利達は町の中の方でできる材料の買い出しなどを担当することになっている。
その代わりに横にはたまたま時間が空いたというルミナリアがおり、姫乃を手伝ってくれる事になったのだ。
周囲を見回しながらルミナリアが喋る。
たまに地面に生えている草を抜いて、採取しながら。
「ここら辺はあんまり熱くて不毛地帯なものだから動物も害獣もほとんどいないのよね」
足元には、火山の噴火で飛んできたのだろう大きな岩が、ごろごろ転がっていた。
確かに砂漠だけあって枯れ色の植物以外はまったく生えてないし、跳ねたり飛び交ったりの昆虫もいない。餌となるものがないのだから草を揺らしたり鳴き声を上げたりする小動物もいないのは当然な事だった。
だが、それでもと思う
「でもちょっと静かすぎるような……」
いくら岩と砂しか見当たらない場所だといっても、まったく見当たらないというのは少しおかしいんじゃないかと思う。
生物には環境適応の能力があって、熱い所や寒い所、場所によって体の形を変えたり色を変えたり……そうやって、本来生活出来るような所じゃない場所でも生きていけるようにしているのだと、前に理科の先生が言ってた気がするのに。
ここにもそんな生き物がいてもいいはずだと思うのだが……。
「そうね。一体どうしちゃったのかしら……。トゲサソリと、ゴロゴロムシなんかは比較的足元を行ったり来たりしててもいいのに」
「サソリっ!? ……ここいるの?」
「え? いると思うわよ普通に。でも、いるはずなのにおかしいわね」
サソリってあのサソリだよね。
尻尾でチクッて刺して、毒があるやつ。
「いつも捕まえて、あの尻尾で輪っか作るのが面白いのに……。もちろんちゃんと最後に元に戻すけれど」
そんな事やってるんだ…。
ちょっとした動物虐待じゃないだろうか。
いや、虐待より前にそんなことして怪我でもしたらどうするのだろう。
「平気なの?」
不満そうに足元を見めていたルミナリアは顔を上げ、他に転がっているものより一回りも二回りも大きいサイズの岩へと近づいていく。
「平気よ、怖くなんて無いわ。サソリなんか、刺されなきゃいい事じゃない」
「もし刺されたらって、そう思う所が普通は怖いんだけどな……」
彼女と私とじゃ、恐怖を感じる部分が若干異なるようだ。
「うん、やっぱりこの岩だったわ。見つかって良かった」
「これ探してたの?」
「ええ、薬草採取してる間に見つかればいいなっ思ってたんだけど、結構早く見つけられて良かったわ」
ルミナリアは大きな岩の周囲を歩いてまわる。
程なくして、表面にぽっかり開いた穴が見つかる。幅一メートル位だろうか。中を覗き込むと空洞になっているみたいだった。
そこを、背をかがめてルミナリアは通り抜けていく。
「こっちこっち、すごく綺麗な眺めがあるのよ」
「岩の中に?」
疑問に思いつつも、素直に彼女の後をついていく。
中は広い。
普通の家一軒分くらいはあるだろう。
「じゃじゃーん。ね? これすごいでしょ」
岩の中、中央に立つルミナリアは自慢げに腕を広げる。
その体には、光のカーテンがあたっていた。
天井に空いた小さな穴から太陽の光が射し込んでいるみたいだった。
「綺麗……。スポットライトみたい」
薄暗い劇場。その中で、役者が立つ舞台を照らす天井からの光のように見えた。
「スポットライト……。姫ちゃんの所の言葉?」
「ええと……、うん。舞台を照らす光の事……かな」
説明しながら、姫乃は胸を押さえる。
ここに来た時からずっと言おうと思ってた事がある。
心臓がドキドキしていた。
そう、だよね。いつまでも隠してるわけにはいかない。
アルル君にも色々言った事もあるんだし。
それに、せっかくのルミナと二人きりで話せる機会なんだから。
話さなくちゃ駄目だ。
視線を向ければルミナリアは光の中で、くるくると踊っている。
綺麗な金色が輝いて、楽しそうな笑顔が浮かんでて、幻想的ともいえる景色を作り上げていた。
「姫ちゃん、私に何か伝えたい事あるのよね」
その景色の中から向け出てきて、ルミナリアは光のスポットライトの外側へとやってくる。
「えっ……? どうして分かったの?」
「そんなの分かるわよ、ずーっと前からあーんな顔して悩んでたら。今からすごい事言っちゃいますっでもどうしようって顔。ここ数日ずっとそんなだったんだから」
私、どんな顔してたんだろう。
ルミナリアは手を伸ばして、むにっ、と優しく姫乃の頬を引っ張ってくる。
「言いたくないなら言わなくていいのよ。むしろ無理して言ったらこのほっぺ、赤くなるまでつまんじゃうんだから」
微笑むルミナリアからは負の気持ちとかはまったく感じられない。
「でも、ルミナはそれでいいの?」
「いいに決まってるじゃない、そんなの。人にはそれぞれ事情があるんだし、それを無視して聞き出すなんてただの我が儘だもの」
決まってるんだ。
ルミナは言わなくていいって言ってくれた。
私も言うのは怖い。
けど、
「ありがとう、ルミナ。でもやっぱり私言うよ」
おかげで、このまま隠してる方が辛いなって、気づいちゃったから。
嘘をつくたびに、真実を遠ざけるたびに、私はきっと辛くなる。
それに、気づいてて待ってくれていたルミナの信頼に応えたかった。
「私、この世界の人間じゃないの」
話そう。私の秘密を。
「別の世界の人間なの」
………………。
言った。
言ってしまった、とうとう。
ど、どうだろう?
姫乃は恐る恐るルミナリアの反応を待つ。
「………………」
「ルミナ?」
フリーズした。
一秒、二秒……十秒ほど立って返事のない彼女に、姫乃は声をかける。
すると。
「ええええええええええっ!!」
どうやら時間差だったらしい。
驚くだろうな……とは思ってたけど、そんなにとは思わなかった。
「実は人攫いに関係する悪の組織の一員とか、世界滅亡を阻止しようと戦ってる正義の味方とかだと思ってたわ!!」
「そっちの方がありえないと思うんだけどな……」
自分が悪い人達に混ざって小さな子供や女の人を攫ってる所とか、武器を持っていかつい体をした強そうな人達と共に害獣とかと戦っている姿を想像してみて、無理があるなぁと思う。
「だって、別の世界よ姫ちゃん。世界超えちゃってるのよ。神話とかおとぎ話の域よ、それ。それならまだ悪の組織とか正義の味方の方があり得るじゃない」
「それは、そう言われてみればそうかも」
確かに、確率的に言えばルミナの話の方がまだあり得るかもしれないが。
「別に姫ちゃんが悪い事してるとか考えてたわけじゃないわよ。物の例えって事で。それにしても異世界ときたかぁ……」
ルミナリアは、腕組みして目を線にして「むむむ……由々しき問題ね」と考え込み始める。座布団があったら似合いそうだ。
「よしっ。姫ちゃん、踊りましょ」
「ええっ、どこがどうなって『よし』になったの!?」
ルミナリアは姫乃の手をとって再び光の中へ、スポットライトの照らす舞台の方へと向かう。
「難しい事考えるのは、後でいいわ。今はこの嬉しい気持ちを弾けさせなくちゃ」
「嬉しい?」
今の話から、どうしてルミナが嬉しくなるんだろう。
「だって、姫ちゃんと会えたんだもの。絶対会えるはずの無い、別の世界にいた姫ちゃんに。これってとってもとっても嬉しい事じゃない」
そう言って、キラキラまぶしい太陽の光の中で笑みの花を咲かせる。
その笑顔は、いつでも私を励ましてくれて、楽しい気分にさせてくれて、不安を忘れさせてくれる、とても大切なものだ。
「うん……、私もだよ。ルミナに会えて、すごく嬉しい」
この世界に来て、大変な目に合ったしこれからも大変な目に合い続けるんだろうけど、この笑顔に、ルミナリアに会えて良かったと思う。
確かにちゃんと戻れるのか、上手くやって行けるのか、そう言う不安はあるけれど、それでも今は喜びの感情の方が勝っている。
大切な友達に会えて良かったと、そう思えたから。




