EP9 会議02(姫乃)
とにかくこれからの行動指針が二つ増えたのでまとめてみよう。
空気を読んだエアロが、話し合いように持ち込んだ紙に、書き記してくれた。
取りあえず優先的にこなさなければならない事は……。
〇このシュナイデル城の襲撃を防ぐ事。
そして、最終的に解決しなければならない事は……。
〇終止刻を終わらせる事。
〇勇気啓区の存在を繋ぎ止める事。
〇黒幕の狙いを突き止めて対処する事。
……だろう。
そこまでまとめた所で、声を上げる。
今度は姫乃の方が話をしなければならない。
「気になる事があるんだけど……」
話すのは、限界回廊で見た前の世界に関わる事だ。
それは以前に説明した事がある。
「未来さんが前の世界からいなくなる時に、自分の存在を消して新しい可能性を呼び込むようにしたってそういう話はしたよね。それって、もしかして呼び込まれた可能性っていうのは、啓区の事なんじゃないかなって思うんだけど……」
「うーん、そうなのかなー」
世界から一人足りなくなったから、その数合わせに啓区の存在が生まれた。
そういう風にも解釈できるはずだ。
そんな話をすればなぜか隅の方で大人しくなっている鈴音が、肩を揺らして「ミライさん?」とか呟いているが、とりあえずそれについては後で聞く事にした。
「そう考えれば、啓区が未利達の幼なじみになった事にも理由が付くんじゃないかと思って……」
「あー、そうかもねー。まあ、その可能性については前々から考えてはいたよー。損なわれた関係性を何とか修復しようとしたんだろうねー」
述べる間、仲間の中の一人……未利が若干気まずそうにしている。
今まで長年の知り合いだと思っていた人間が実はそうでなかったなどという話だ。困惑しない方が無理だろう。
そわそわしながら視線を外して耳だけこちらを向けている風だった。
彼女達には悪いが、と姫乃は言葉を続けていく。
一応それも言いたかった事だけれども、姫乃が本当に言いたい箇所はそこではない。
「えっと、それではっきりさせておきたいんだけど。ベルカって人が啓区にした話って、未来さんの決断と同じような物なんじゃないかなって……」
啓区は、未利が大変な目に遭っている時に、前の世界から去った未来と同じように消える決断をしていたのではないか。
特別治療室でした二人の会話を思い返せば、姫乃は自然とそういう結論にならざるをえない。
それはただ単純に、いなくなると言う事ではないのだ。
存在した痕跡も、歴史も、記憶も、すべてなくなってしまうということ。
周囲にいた者達が息を呑む。
啓区は表情を若干陰らせながら言葉を紡いだ。
「うん。そう、だね。姫ちゃんの言った通りだよ」
「アンタ……っ」
啓区の肯定を受けて、未利が声を荒げて何かを言おうとするが、エアロに止められらようだ。
「ごめんね、あの時はそれが一番だって思ってたんだ」
「でも、今は違うんだよね、なら私は良いの。色々変な様子だったから何をしようとしてたのか、詳しく知りたかっただけだから」
「そっかー、不審者だったかー。ちょっと反省だねー」
姫乃としては今はそこの所に思う所はそんなにないのだ。
今、生きようとしてくれているのなら、姫乃にとってはそれで十分だった。
未利の方はどうなのか分からないが、許せなかったとしても今はエアロに止めてもらうしかないだろう。
話を続けていく。
「それで思い付いた事があるんだけど、そのベルカって人に聞けば啓区が消えない方法とか分かるんじゃないかなって思ったんだけど……。未利の事にも手を貸してくれたし、存在を消す事が出来るのなら、繋ぎ止める事もできるんじゃないかって」
「なるほどねー」
啓区の反応を見るに、そのあたりの事は彼も教えられていないみたいだった。
だとすると、やはり情報は限りなくゼロ。
ここから集めて行かなければならないのだろう。
問題なのは、その有力な情報源となりそうなベルカとどうやって会えるか全く分からないという点だ。
姫乃が考え込んでいると、エアロが同じく考え込んでいるような様子で話し始める。
「その人、いつもこちらを見ているみたいな事言ってたんですよね。その、あまりこういう考え方はしたくないんですけど、今も近くにいるんじゃないですか」
「……」
そして、そんなエアロの言葉を受けて、皆一斉に無言になって周囲をキョロキョロ。
だが、人の気配は何も感じられないまま。
誰でもいいから誰か話しかけて見ろという事になって、とりあえず啓区が代表になった。
「ベルカー、いるー?」
……。
……、……。
そこにあるのは静寂のみ。
「…………これじゃあ、いないのか無視されてるのか分からないねー」
一応試しにと呼びかけてみたが、反応はなかった。
こちらから話の機会を持つのは不可能のようだ。
それとも、向こうが単に話したくないだけという可能性もあるが。
今すぐに情報が得られないという事が分かっただけでも、収穫にしておくしかないだろう。
姫乃はその話題を終わらせて、次に移る事にした。
「じゃあとにかく。ベルカさんの事に関しては会えた時に話をするって事で良いよね。後は……」
そこで手を上げたのは未利だ。
「襲撃への対策って行きたいとこだけど、途中に挟んでごめん。こっちからも話があるんだ。この世界の寿命に関係する事なんだけど、とりあえず重要参考人からまずは話を聞いてほしい。この話で分かった事を含めて、今後の事を決めていく必要があると思うから」
そういって彼女は真面目な表情で、隅で小さくなっていた鈴音という少女を連れて来た。
「ひぇぇ。あのー、私こんな場所にいて良いんでしょうか」
「いちゃ悪いんだったらそもそも連れてきてないし、本人から説明した方が情報の齟齬が少なくていいでしょ。ほら」
「あうぅ……」
そんな風に、乗り気ではない様子の鈴音と引っ張てきたらしい未利が二、三言やりとりをして。その後に、本題について話に入っていった。
「あのですねー。えーと大切なお知らせがあると言いますか、びっくりしないで聞いてほしいと言いますか」
恐る恐るといった風に鈴音の口から語られたのは、マギクスでもメタリカでもないアーク・ライズという世界の物語で、その冒険の最中に起こってしまったとある出来事についてだった。
小一時間程で全てを聞き終えたのだが、驚きを隠せない。
「未利の中に、多くの人が眠ってるって事?」
「そうなるね。今日の仕事終わりに聞いて開いた口がふさがらなかったよ」
つまりそれは、未利が死んでしまうと、その中に眠っている人達の生命力がこのマギクスの世界に満ちて、猶予が生まれるという事だ。
反対に未利が生きたままだと、その猶予期間が伸びない。その為に姫乃達は終止刻を終わらせるのが間に合わなくなるという事だ。
前の世界で未来が言っていた事は、実はこういう事だったのだ。
そして、未利が助からなかったら、おそらくこの事実は判明しなかったままだっただろう。
改めて本来定められていたという運命から外れていっている事を、感じざるをえない。
だが、他に気になる点を挙げるとすれば……。
「このマギクスの世界を何とかしないと、私達の世界も滅ぶっていう関係がまだ分からないかな。疑ってるわけじゃないけど、どうしてそんな事が起こるんだろう」
「ねー」
そもそも、二つの世界にどういう関係があるかという点だ。
マギクスとメタリカが度々似たような共通点が見つかる事から、何かあるのではないかと思っていたが、それがどうしてそうなっているのか分からない。
影響しあわない様にする事はできるのだろうか。
だがいくら不思議に思ったところで、姫乃達は研究者でも学者でもないので、そこら辺の回答は容易には得られないかもしれない。
この問題については後回しにせざるを得ないだろうか。
考えていると、エアロが場をまとめる様に発言。
「ちょっとまとめますね。現在明らかになっている世界は四つです」
〇マギクス……魔法が使える世界
〇メタリカ……機械技術の発達した、文明の進んだ世界。
〇アーク・ライズ……(鈴音から聞いた)音楽を魔法にとりいれた世界。
〇ニエ・ファンデ……(エムから聞いた)クレーディアやエマー・シュトレヒムの世界。機械文明が高度に発達した文明。
「これはあくまでアテナ様の推論となるんですが……。世界は元々二つで一つの組として存在するのが当たり前なのではないかという事です」
「二つで一つが当たり前?」
そこでバトンタッチしたらしいアテナが話を進めていく。
「最近未利さんが発案した新しいがあるのは知ってますですね、その魔法の大元……クレーディアさんの魔法は、ニエ=ファンデの世界のものですです。それと同時に先程鈴音さんが話して下さったアーク=ライズの魔法も似たようなものだという事が判明しましたです。はいですです」
それは姫乃達も聞いていた事だ。
音楽を力にする魔法の話は、不思議な物だと思いながら聞いていたのだ、アテナはその事で前々から考えていた何らかのことに確信を強めたらしい。
「マギクスとメタリカにも、多くの共通点がある事は、みなさんご存知ですね? メタリカとマギクス、アーク・ライズとニエ=ファンデは、それぞれ二つで一、対になる世界であるという事ですです。私の言うこれらは双界理論と名付けた考えなのですが、二つの世界は天秤に載せられた重りのようなもので、世界に安全に存在するバランスをとるために互いに影響し合っているのではないかと推測されるのですです」
「そ、そうなんですか」
専門的な話に入って来て、結構混乱してしまっているが、要するにアテナが言うそれで、なぜそうなったのかまでは分からなくとも、そういう可能性もあり得るのだと言う事が分かった。
そういう可能性がるのだと言うのなら、二つの関係を断つ事はバランスを崩す事になって本末転倒になてしまうかもしれない。
影響し合う事自体は避けられない事になりそうだ。
「すみません、少し説明に熱が入りましたです。要するに、そういう可能性があってもおかしくないと言いたかっただけですです」
「はあ」
姫乃にはそれくらいしか答えられる言葉がなさそうだった。申し訳ないが。
肩書から考えて、自分の持っている知識を人に伝えたい思いでもあったのかもしれない。
「む、実は……同じ話を共有できないというのも、中々大変なものでして」
彼女は、趣味の合う人が周囲にいなくて困っているらしい。
魔同装置研究で最も優秀となると、その知識や技術に見合った知人がなかなか見つからないのかもしれない。
コヨミ姫もだが、アテナもアテナで色々ストレスが溜まってそうだ。
とにかくこの問題に関しては、そういう物だと固定して向き合っていくしかないだろう。
これで大体情報は整理できてきたので、そろそろ次の話し合いに移る頃合いかもしれない。
「避難所の選定と、避難する人たちの選定、申し訳ないけれど、全員を逃がすのは現実的ではないわよね。あと襲撃が起こった場合の対策、非常時の行動なんかもしっかり決めておかなくちゃいけないわね」
場の主導権がコヨミへと移ったところで、再び空気が引き締まる。
これからの事について、きちんと話し合わなければ。
「この後に控えている簡易授与式の事もそうだけど、ここから先はかなり日程を詰めていくわよ。何て言ったって、襲撃の日が二十四時間後の明日に控えているんだから」
そうなのだ。
コヨミ姫の星詠みの力で見えた未来で、シュナイデル城が襲撃される詳しい日時がとうとう判明したのだ。
タイミングが分かったのなら、準備の時間の事はもう考えていられない。今あるもので、そこに向けて姫乃達がもう頑張るしかない。
コヨミ姫は普段の普通の少女らしい態度を引っ込めて、統治領主らしい表所と態度で言葉を紡いでいく。
「ここで、おそらく私達のこれからの運命の有り様が決まるわね。私達の選択が結果となる日。運命や現実が理不尽で過酷な物だと言うのなら、私達は精一杯それにあらがって行かなけれんばならないわ。嘆いていても悲しんでいても、結末は変わってはくれないから。自分が望む場所を、望んだ明日を手に入れる為には……、持てる全てを使って立ち向かっていかなくてはいけない」
告げられた言葉に、その場にいる全ての者達が静かに頷きを返す。
「守り通しましょう、私達のこの場所を、私達の明日を、私達の大切な人達を」
しばらく期間が空きます。
次の更新は一、二か月後になる予定です。