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白いツバサ  作者: 透坂雨音
短編集 彼と彼女の探しもの
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EP9 会議01(姫乃)



 星詠台


 シュナイデル城のもっとも空に近い場所……最上階に位置する星詠台には、大勢の人間が集まっていた。

 そこにやってきた姫乃の耳にすぐ、喧騒が届いた。


「うふふ、皆たくましく育っちゃって。雪菜先生嬉しいわ」

「はぁぁ? 肝心な時に役に立たん教師が何か言ってるんだけど」

「役に立たないなんて、ひどいわね。めそめそめそ。皆で輪になって会議とか二次元的で恰好いいとか思ってる未ー利ちゃん」

「そんなん思ってないし! しかもそんなわざとらしいウソ泣きある!?」

「えー、でもさっきは、星が見える城のてっぺんで方針決定なんてー、超燃え滾るーとか言ってなかったかなー」

「啓区ぅ、この裏切り者がー!」

「ぴゃ、未利ちゃまお顔が真っ赤なの、大変なのお熱さんなの?」

「いえ、なあさん。あれは羞恥心という名の感情の発露だと思いますので、放っておいても良いんじゃないですか。まったく好き勝手に騒いで、もう少し大人しくしてくださいよ」


 目の前で起こっている騒ぎを見て、こちらは苦笑するしかない。

 姫乃を待っている間も大人しくできていないのが、すごく彼等らしい。


 今日はそれぞれに色々な事があった。

 昼間にも話を聞いたが、本当にたくさんの事が一度に凝縮されて起きていた。


 偽姫乃が(未利命名)グレートウォールを倒す前にも、皆で迷子の親子を引き合わせたり、啓区となあは黄金の蝶を探し出そうとしていたり、未利とエアロはフォルトの隠れ家を調べていたり、……と。それぞれがそれぞれに忙しくしていたらしい。


 訓練を終わらせた後に、食堂で取り置きしてもらっておいた夕食を持って星詠台へと向かえば、そこにはもうすでに皆が集まっていた。


 コヨミにグラッソ、そしてアテナ、未利、啓区、なあ、エアロ、先ほどぶりの雪奈だ。

 そして、なぜか重要参考人と言うらしい少女、名前だけ聞いた事がある鈴音という女の子。

 選達も呼びたかったが、ギルドで急な依頼が入ったとかでそちらの方にかかりきりらしい。


 星が煌めく夜空の中に、踏み込んでいけば、夕食のメニューの物とは違う……甘く美味しそうな匂いが漂ってくる。


 待たせてしまっただろうかと思いつつも、声をかける。


「えっと、ごめんね皆。遅くなっちゃって」

「良いいのよ。気にしないで姫乃ちゃん」


 最初にコヨミ姫がそう言って、それにほかの皆も続く。


「そうそう姫ちゃんはもうちょっとふてぶてしく生きても良いんじゃないの?」

「姫ちゃんは、うんそうだよねー。未利の言う通りゆったりリラックスして生きた方が良いと思うよー」

「万年マイペースでやってるアンタが言うな」

「姫ちゃまは、真面目さんでとってもいい子だってなあ思うの。でもちょっとときどき心配なの」


 応じる言葉は様々だが、気にかけている点はほとんど同じだ。

 その事に少しだけ申し訳なく思う。


「そういうわけにもいかないよ、今ちょっと良い所だって言われてるし。……ところでこの匂いって」


 話題を変える為にも、姫乃は周囲に漂っている甘い匂いについて言及した。


 これから夕食を食べるからお腹がとても空いているせいもあってか、その空腹が二倍にも三倍にもなりそうだった。


 質問に応じるのは、少しだけ照れくさそうにする未利。


「ああ、これ? 例の件のお詫びってやつ。本当は三時のおやつに皆に配ろうかと思ってたんだけど……。啓区の案で夜にしたんだよね。あ、他の特務のやつらには先に配ってあるから、そこら辺は気にしなくても良いよ」

「啓区が?」


 どうしてこのタイミングで、と思い視線を向ければいつもと変わらぬ笑顔。


「姫ちゃん最近一緒にご飯食べれてないからねー。僕らの中で一番伸びしろがあるのって姫ちゃんだから、特訓が遅くなるのは当然なんだろうけどー、デザートぐらいだったら、一緒に食べる時間作れるかなー、ってー」

「そんな風に考えてくれてたんだ」

「まあ、僕一人の考えじゃなくてー、元は「気にしてあげたらそうです?」って、エアロが言い出した事なんだけどねー」


 と、話題を向けられたエアロは慌てた様子で「それは言わない約束じゃなかったんですか!?」と怒っている。


「ごめんね皆、でもありがとう。すごく嬉しいかな。お詫びの事とか、夕食の事も気にしなくていいのにって思うけど……。でも正直言っちゃうと、とっても嬉しいから」


 自分の知らない所で、色々考えてくれていたと思うと少し胸が痛むが、その分と同じくらいに嬉しかったのがまぎれもない今の姫乃の気持ちだ。


「そういってもらえると、アタシも汗水流して慣れない仕事したかいがあるわ」

「ねー。こうやって僕達、『姫ちゃんの為に頑張り隊』になってくんだねー」

「ふぇ? お友達さんの為に頑張るのは、普通の事だってなあ思うの」

 

 そこまでされるほどの事をした自覚はないのだけれど、否定した所で会話がループしそうだったので、持ってきた夕食とデザートを食べる事にした。


 今日、ここに皆で集まったのは、啓区の話をちゃんと聞く為なのだが「食べながら話すのは行儀が悪いわよ」と雪奈が言ったので、しばらくは静かにお食事タイムだ。


 疲れた後に食べるご飯は美味しかった。

 お城にいる料理人さんの腕もあってなおさらだ。


 海が近いからか、シュナイデに来るまであまり食べられなかった新鮮な魚が食べられるのも良い。

 

 未利が選んできたフルーツタルトも美味しかった。

 控えめな生地の味に、砂糖漬けにしたらしい甘みたっぷりの果実はこのマギクスに来て、食べた甘味の中で一番だと思う。


 食べ終えてごちそうさまとした後は、ようやく本題だ。







「さて、そろそろ話さなくちゃいけない事だけどー……」


 食器を積んで隅の方に片付けると、啓区が話を切り出して、居並んだ者達を見つめる。

 

 これから始めるのは啓区をとりまく、細かな事情についての話だ。


「準備良いかなー?」


 応じる様にそれぞれが首を縦に振れば、心なしか彼は少しだけいつもの表情を引き締めたようだった。

 意を決した様な顔で、話を進めていく。


「えーと、とりあえず大前提として最初に難しい話をするけど、理解できなくても聞いててねー。あー、どうやって話そうかなー……」


 見ている分には緊張している様には見えないけど、内心はどんな感じなのだろうか。

 あの時、心の底に触れられた気がしたが、やはりりまだまだ分からない事だらけだ。


 姫乃とて、誰かを完全に理解できるなどという、そんな日が来るとまではさすがに思っていないが。

 けれどなるべくは、知らないよりも分かっていたいというのが普通の事だろう。


 分からないと言えばツバキもそうだが、過ごした時間の長さゆえだろうか、啓区はそこまでではない気がする。


「えーと、僕達が生きている世界は、観測される事で成り立っている世界なんだけどー。神の視点……って言えばいいのかな、当事者ではない第三者が見る事で初めて、この世界は存在出来ていまーす」

「ぴゃ?」


 なあちゃんがさっそくよく分からなくなったらしい。

 小首を傾げている。


 だが、姫乃も今の説明を補足できる程は分かってない。

 居並んだ者達の顔色を見る限り、それは皆同じそうだ。

 雪菜先生だけは、楽しそうだが。


「で、その観測者が読む為の物語が存在しているんだけどー、それが僕達が現在進行形で巻き込まれている騒動……いわゆるストーリーだよー。メタ的な事を言うけどー、この物語には書き手の創作者……裏で糸を引いている黒幕が存在していてー、単純なラスボスとは違う人間がいるんだー」

「???」


 そこで一斉に集まった者達が、表情を困惑色に変える。

 皆ついていくのが大変の様だ。


 雪奈先生は先程と変わらず。後は……未利だけちょっとそんなに悩んでなさそうだ。「なんてありえそうな設定」とか言ってる。よく彼女がからかわれている、厨二とかいうのに関係するのだろうか。


 啓区はそんな周囲の理解度を読み取りながらも、申し訳なさそうに続けていく。


「それでー、単純なラスボスの定義は、姫ちゃん達の場合で言うとー、たぶん終止刻エンドラインの解決時に立ちはだかるかもしれない相手かー、元の世界への帰還時に立ちふさがる相手だねー。けど、僕の言う黒幕は違っててー、異世界召喚からラスボス退治または異世界帰還のシナリオを作った……、一連の運命の流れを作った人の事だよー」


 うーん、舞台の演劇を例えにすればいいだろうか。


 ラスボスというのは舞台劇で主人公が倒す悪役で、悪役というのはその劇のシナリオを描いた脚本家というところだろうか?

 ……というと、その人を何とかしない限り、私達が変えた物語は、その人によって元の形に戻されてしまうという事なのだろうか。


「まあ、そこのところはとりあえず大前提の話だねー。横に置いといていいよー。そろそろ本題に入らないとー。それで僕自身の事についてだけどー」


 とりあえずは時代背景や基本設定を説明した、と言った啓区は、姫乃達が集まった理由である大本の話……勇気啓区の事について説明を始めていく。


「僕……勇気啓区は、その物語に数合わせとして生み出された存在なんだー、物語を動かすのに都合のいい人数、最適な人数に合わせる為、それだけの為に生み出された存在。そういうと生んだ人間がいるみたいに聞こえるけどー、実はそうじゃなくて、世界が円滑に動くために必要だから自然に生まれた……発生した、っていう状態に近いかなー。物語は同時に一つの作りこまれた世界でもあるわけだからねー」


 つまり啓区には、家族はいなくてお母さんやお父さんはいないという事になるのだろう。


「僕が生まれたのは、姫ちゃんが転校してくる日のほんの一週間くらい前、見た目はこんなだけど、実はまだ一歳にもなってないんだよねー」

「ええっ!?」


 思ったより最近だったという事に驚きを隠せない。


 だが、考えてみれば当然なのかもしれない。

物 語の為に生まれたと言うのなら、物語は始まったという異世界への召喚に近い日に誕生するのが自然なのだから。

 納得はしたくないけれども。


 複雑な表情を浮かべるそれぞれを見まわしながら、啓区はいつもの笑顔を変えずに、何でもない事の様に話を続けていく。

 それに関しては、あまり思う所がないとでも言うように。


「さっきも言ったけど、僕はただの存在するだけの人間だったんだよー。だから、本来はこうして姫ちゃん達主人公には関わるはずの無かった存在だし、登場人物にすらなれなかったはずなんだー。物質がそこにある為の力、存在力も元々少なかったからー、たぶんどこかの段階で消えてたと思うー。姫ちゃんはたぶんだけど、前々からおかしいって思ってたんだよねー」

「あ、うん」


 今まで何度も啓区の事を忘たりしたから、ずっとどうしてだろうって思っていた。


 その度におかしいと思っていたのだが、まさかこんな理由があったとは。

 だが、そんな異変も姫乃以外はまるで気が付いていなかったようで、それは本当かと視線を投げかけられる。

 姫乃はそれらにしっかりと頷いて肯定していった。


「でー、それが何かの拍子に君達に関わる事になっちゃってー、うぬぼれに聞こえちゃうかもしれないけど、予定にない存在がゆえに本来の運命を捻じ曲げる事に繋がったっていう事かなー。最初に姫ちゃんの声を聴いた時は驚いたよー」


 それは、エルケの公園で出会った時だろうか、それとも学校でシャーペンの修理を頼んだ時だろうか。

 記憶を遡ってみて、そういえば他にも何かを話したような気になってくるが、上手く思い出せなかった。


「それで、啓区は今は大丈夫なの? 急にまた消えちゃったりしないよね」


 また、以前と同じように唐突に消えられてはたまらないとそう尋ねるのだが、向こうはわずかに困ったような様子で言葉を重ねていく。


「どうだろうねー。僕の存在が頼りないっていうのは相変わらずなんだよー。今は心を繋げた状態だからか、姫ちゃん達から存在力が流れて来て、すぐに消えちゃうなんてことはないはずー。何とかしたいってとこだけどー、具体的な方法は無いってとこー」


 最悪の状況はそうすぐには訪れないって事になってけれども、問題は解決してないという事だ。


「考えようによっては、啓区は運命を変える事が出来る凄い人って事だよね。そうじゃなくても、消えちゃわないで良かったよ。気づかない内に友達がいなくなっちゃうなんてそんなの、私は嫌だから」

「あはは、そういうだろうと思ったよー」


 でも、と啓区は続ける。


「元のシナリオの方が良かった。なんて事にもなりかねないって事だけどー」

「それだけはないかな」


 それについては姫乃は即答だ。


「仲間が死んだ方が良かった運命なんて、私は嫌だし、お断りしたいから」

「そっかー」


 そうだ。

 そんな運命が良かったなんて絶対間違っている。


 だから、姫乃達はこれからも、定められた運命を覆していかなければならない。


「ま、とりあえずはそんなところだからー」

「うん、話してくれてありがとう。すごく嬉しい」


 啓区の事情は、すぐにどうこうできる問題ではないという事だけれども、打ち明けてくれたって事が何よりも嬉しい事だった。


 そんな風に会話を一旦落ち着かせれば、他の所で何か話が発生しているようだ。


「これ、姫ちゃんが姫ちゃんじゃなかったら無かったイベントだわ」

「そうですね。姫乃さんって結構な人たらしですよね」

「それは言えてる」


 ちょっと未利達が言ってる事はよく分からないかな。


「やだもー青春!? うちのクラスの生徒が青春しちゃってるわ!? アオハルね!」

「ぴゃ、春さんが青いの? 何だろってなあ思うの」

「なあさんは気にしない方が良い様な……。なんかあまり大した事ではないような気がしますし」


 うん、雪菜先生の方はもう何も分からないや。




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