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白いツバサ  作者: 透坂雨音
短編集 彼と彼女の探しもの
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EP9 普通の人間(姫乃)



「……全然動けないや、どうしよう」


 偽姫乃が去って行った後、姫乃は途方に暮れていた。

 町の様子を見るに、どうにか戦闘は終わったらしいが、自分の偽物が仲間と出会っているのかもしれないのだ、安心などできるはずがなかった。


「困ったな。でも、ひょっとして啓区って、消えそうになってた時はこんな気持ちだったのかな……」


 周囲を見て、気分が落ち込んでくる。

 たまに通りかかる人に助けを求めてみるが、誰もがまるで姫乃など見えていないかのように、存在していないかのように無視して通り過ぎていく。


 自分が誰からも見えない透明人間にでもなってしまったようで、少し悲しかった。


「ここにちゃんといるのに、だけどいないのと同じなんて、そんなの悲しすぎるよ」


 姫乃が今抱いている感情と同じ物を味わってきたとしたら、一体それはどれほどのものになるのだろう。


「弱音吐いちゃうのも、分かる気がする」


 強気の言葉をぶつけて立ち直らせた姫乃であるが、もう少し他にやり方があったのではないかとそう思わずにはいられなかった。


 やはり姫乃はまだまだだ。

 成長したといっても、急激に変わる様なものではなかったのだ。


 それはこんな状況でなければある意味良い事であると言えるのだが、今の状況を考えればそうも言っていられない。


「頑張らないと……」


 先程していた抵抗をなぞる様に、足に力を込めてみるのだが、しかし依然として体は前へ進んではくれない。

 紫電が発生して、こちらの体を絡めとる。


「く……」


 それに逆らうように動こうとしても、結果は変わらない。


 後悔したくなかった。

 大切なものを失いたくない。

 諦めるわけにはいかなかった。


 いつだって、姫乃はそう思っていて……。


「っ……!」


 精一杯の力で抗えばその場から、ほんの少しだけ動けたような気がして、勇気をもらえる。


「これなら……」


 気のせいかもしれないその変化を、事実だと思い込んで強く強く、前へ進む気持ちを高めていくのだが……。


 一際強い電流が目の前で弾けた衝撃で、力を緩めてしまった。


「あ……」


 最初からやり直しだ。


「どうしよう……」


 少し、泣きたくなってきた。


 おそらく今の自分は結構情けない感じの表情になってしまっているだろう。

 埒が明かないまま途方に暮れていると、ふと聞き覚えのある旋律が耳に届いた。


 通話待機の音。

 音を流すそれは、例の遺跡の隠し部屋に行った際に、啓区が回収してきた機械で作り上げた連絡機の一つだった。


 足は動かないからその場から移動する事はできないが……。


 腕なら。


「動かせる、よね」


 恐る恐る、メロディを流し続けるその機械を手に取る。

 外面などまるで気にしない武骨なその機械は、ちゃんと手の中に納まって……その事に安堵。


 教えてもらった操作方法を思い出しながら、通話状態にした。


 聞こえてくるのは仲間達からの安堵の声。

 姫乃は即座に自分の居場所を伝え、一度切るのだが、懸念があった。


「今の私、人には見えないはずだけど、大丈夫かな」


 仲間にすら見つけてもらえない自分の姿を想像してしまって、今回はかなり落ち込んだ。

 そんなの嫌だった。


 これからずっと、未利や啓区やなあ、他の者達とも話せなくなるなど、接する事ができなくなるなど。


「ここから消えちゃうなんて、私にはできないよ……」


 前の世界に存在していた未来という人も、啓区もどうしてそんな決断を下そうとしたのか、今の姫乃には到底理解できそうになかった。


「そんなの凄く怖い……」


 消えるというのはどういう感覚なのだろうか。

 死んでしまうという事と何が違うのだろう。

 同じなのだろうか。


 いいや、同じではないはずだ。

 少なくとも、死んだ人間は誰かに覚えていてもらえる。

 やった事は事実として残るし、思い出なども記憶に刻まれ続ける。


 けれど、消えてしまったら、何も残らない。

 誰かと行動して事も、紡いだ思い出なども。

 全てが。


「消えたくないなぁ……」


 結締姫乃という人間は、自分が思うよりも結構怖がりなのかもしれない。

 火は今でもずっと怖いし、真っ暗闇の遺跡の中に放り出された時も大変だった。今だって深く考えてしまったらどうにかなってしまいそうだ。


 これまで何とかやって来たが、自分などがこんなに色んな事に関わってきて良かったのだろうか。


「変だな。急に何でこんな事考えちゃってるんだろう」


 エルケにいた頃は大人に守ってもらえていた。

 その大人とはぐれてからは、騒動の連続で、ゆっくり考え事をする時間はなかった。

 今でも、一つの事を終えて、また目の前に大変な事が迫っている時期だから、立ち止まっている暇などなくて……。


 つまり姫乃はマギクスに来てから、こうして何もせずに自分の事について考える事が今までなかったのだ。


「そっか」


 考えてその結論に至ってしまえば納得だった。


「そっかぁ」


 思い知らされるのは、どうにかこうにか頑張って、足を止めることなく精一杯に努力を続けてきたおかげて、ここに立てているという事実。


「私ってただの人間なんだなあ」


 自分の人間が、どこにでもいるありふれた普通の人間だったという事。


「……たぶんこの辺……」

「でも、姿が見えな……」


 聞こえて来た声に、沈み込んできた意識が浮上する。

 視界に入って来たのは、仲間達の姿だ。

 イフィールがいないのは、町で暴れていた騒動の処理をしているからだろう。


 だが、彼女等は姫乃の姿が見えていないようで、周囲を見回すばかりだ。


 そういえば、その事を伝えるのを忘れていた。


「えっと、どうしよう。あ、そうだ。もう一度電話して知らせれば……」


 一度はしまった機械を手に取る。

 そして、先ほどと同じように再びかけようとするのだが、その前に。


「いつかのー、お返し」

「あ……」


 いつの間に回り込まれていたのだろう。

 その仲間は姫乃の背後から、背中を軽く叩いてきた。


「あの時僕を見つけてありがとうね。姫ちゃんが見つけてくれたから、僕は始まれたんだよー」

「恩、作っておいて良かったかな」


 こみあげてきた安堵を隠す様に、らしくもない言葉を吐けば、背後からうろたえる様な気配。


「偽物じゃないよねー?」


 その様子からすると、やっぱりそっちにあの姫乃が言っていた様だ。


「迷惑かけちゃったかな」

「とんでもないー。姫ちゃんだったら、これの五倍かけるくらいが普通の迷惑の量だと思うよー。そもそも姫ちゃんじゃないし、あれー」


 電話がかかってきた。

 着信音が鳴り響くと同時に、それぞれ他の場所を探していたらしい仲間達がこちらを見つけて駆け寄って来る所だった。


 船の上で啓区が消えかけた時も、電話の着信音が引き戻した事があるらしいが、不思議だ。

 そういう通信機械の電波には、何か特別なものでもあるのだろうか。


「とりあえず、皆を代表して言うよー。姫ちゃん、おかえりー」

「うん、ただいま。啓区もおかえり」

「あ、僕が言い忘れてた分もちゃっかり回収しにきたねー。ただいまー」




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