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白いツバサ  作者: 透坂雨音
短編集 彼と彼女の探しもの
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EP8 グレートウォール初戦(啓区、なあ)



 シュナイデ 通り


「今度は迷子にならないといいねー」


 啓区は、軽く振っていた手を降ろす。


 時間は突発的発生イベントが終了してからさほど経っていない。

 迷子の少年を保護者である母親と引き合わせて見送った後だ。


 一息ついて気が緩んでいたわずかな時間だったが、待ったなしに次のイベントに突入だった。

 それは目の前で起こった。

 

「あー、ひょっとして物語はまだ終わらない、っていうやつかなー?」


 軽口を叩くが、内心はちょっと困ってもいる。

 まだまだ終わってない現実がちょっと辛くなってきた。


『オォォォォ……』


 迷子イベントを消化して、本日のスケジュールは消化と思いきや、目の前に巨大な生物が表れたからだ。そんなものを見て、さすがにもう一日終わったと思える人間はいないだろう。


 騒動の先触れを表す様に、周辺地域の鳥たちが一斉に空へと飛び去ったかと思えばあっという間。わずかな揺れを感じてすぐに、地面が割れてそれは目の前に現れ出てきた。


「そう簡単には寝かせない的なー?」


 元から騒動(そういうの)になつかれているような日常であったが、最近はそれが少々激しい気がする。


 城へと戻る道の途中で、道路がぱっくりと割け、そこからよく分からない巨大な生物が出て来たのだから、この現実は油断できない。


「む、先ほどから妙な気配がしているなと思ったら……」


 イフィールの呟きを聞いて思う。

 強敵生物の気配を感じ取れるような才能があったのか、それとも敵の気配が歴戦の兵士から隠せないくらい強かったのか分からないが、彼女はあらかじめその存在を察知していた様だ。


 即座に剣を構えて臨戦態勢をとっている。


 未利は、隠れ家からもらってきたと先程話してたフォルトの遺物である弓を、エアロは杖を構える。

 啓区ももちろん、それにならって棘の剣を手に取った。

 なあちゃんは、未利の決して落としてはいけない荷物の荷物持ち兼、白い鳥を召喚しての援護役だ。


 目の前にあるのは、これ以上ないほど分かりやすいイベント回収ご苦労様、な光景だった。







 しかし、こんな白昼堂々と市民の生活の場に出現してくる状況は予想外だ。

 下手に行動をとると、建物や人に被害が出るかもしれない。


「魔獣出現! 警戒しろ! エアロ、そしてお前達も避難を頼む!」


 だが、イフィールは慣れた様子で即座に指示を飛ばす。


「は、はい」

「わ、分かった」


 当然それに最初に応えたのは指名されたエアロで、次に横にいた未利。


「ふぇ?」

「えっと、なあちゃん。今のは皆逃げてって言う係の事だよー」


 よく分かっていない様子のなあちゃんに要約して教えながら、頭を働かせる。

 敵の脅威は未知数。

 避難に手を割く方がいいか、それとも対処する方に手を割く方がいいか。

 悩ましいところだ。


 しかし、イフィールが剣を抜こうとする前に、敵が行動に出た。


「む……」


 透けていく。

 脅威の姿が見えなっていくのだ。


 このまま姿を消されてしまっては、敵を視認できなくなってこちらの方が圧倒的に不利になってしまう。


「そんな能力が……? まずい」


 そうはさせじとイフィールが動こうとするが……、彼女が何らかの攻撃を放つ前に何者かの攻撃がその敵へと命中した。

 自分達の上空からの攻撃が。


 破裂するような乾いた音が響く。

 その音は一発の銃声だった。


 何かが敵の上部へ向かって放たれたようだ。


 被弾した相手は、受けた攻撃に体をうねらせている。


 出鼻をくじかれる形となったイフィールは、その音の発生元を確かめるべきか、それとも目の前の敵に集中すべきか一瞬逡巡して、二発目。三発目と続いていく。


 攻撃は全て上方から与えられるものだった、啓区達の仕業でない事は一目で分かった。


「何だ、一体誰がやっている……?」


 困惑の声をあげるイフィールは、謎の助力者の意図が掴めないので動こうにも動けない。


 ひとしきり銃弾が放たれたは、今度は頭上から大量の粉が巻かれていく。

 粉は、透明となった敵の輪郭をなぞり、その姿を浮き彫りにしていった。


「小麦粉?」


 未利の呟き声。

 どうやら援護のフリした、自分達への間接攻撃ではなかったらしい。

 粉自体に害は無さそうで何より。


 彼女が周囲の煙になってる所だけ風で吹き散らす。


 誰か知らないが正直助かった。

 見えない敵への対策は色々あるが、町の中碌に用意もなくエンカウントした状態では、碌に手を打てなかっただろうからだ。 


 姿を浮き彫りにされた相手を見て、エアロが言葉をもらす。


「誰が? いいえ、そんな事より。あれが例の話の化け物なんでしょうね、やっかいな」

「聞いてから数時間で接敵って。どんだけウチ等運ないワケ」


 未利達の方では、どうやや相手への情報をあらかじめ聞いている様だった。


「隊長、あれは……」


 エアロがイフィールに説明しようとする。

 未だに避難作業にとりかからないのは、そういう背景の事もあってらしい。


 彼女達から、詳しい事を聞きたかったが、相手は待ってくれない。

 鞭を振り回しながら、今までより大きく身じろぎしはじめる。

 何らの行動に出るつもりだろう。


 悠長に話している余裕はなさそうだ。


 あんなものが町の中に徘徊していたら、いくら見えなくても気が付くと思うのだが、やはり先程の出現から分かる様に、もしかしたら地面に潜っていて、出てきたのかもしれない。


 攻撃してくるかと思ったのだが、しかし敵は逃避を選択したらしい。

 視線の先で敵は、地面の中へと姿を隠そうとしている。


 現れてすぐにとんぼ返りだ。

 そんなあからさまな怪物の思考など人間には分かりはしないだろうが、地上の空気が肌にでもあわなかったのだろうか。


「く、させるか!」


 ここで逃してなるものかと、イフィールが前に立ち、攻撃。

 地面に潜られると、確かにやっかいだ。

 目に見えない相手を警戒し続けるというのは、疲れるし次にどこに被害がでるか予想できないと対策も碌にとれない。


 イフィールは、すばやく剣をひらめかせ接近。蔓を振り上げてくる相手に、さすがの能力であっという間に傷をつけていくのだが……。


「再生している、だと……」


 霧飛ばした蔓の一本が元通りになっていくのを目撃して、唖然。


 そういう力を持った生物は、この世界には珍しいのか、それともいないのかもしれない。


「だったら、その力が追いつかない程、ダメージを与えるまで! 触手プレイなんて御免だっての」


 そこに未利が加わって、弓を構える。距離を取りながら、攻撃を与えてみるが、相手はかなりの強敵だった。


「サウザンド・レイン!」


 風矢の猛攻が襲うのだが、相手は平然としている。


 柔らかみのある体はほとんどの物理的攻撃を吸収してしまうし、ダメージを与えて体の一部を切り落としても、やはりまた生えてきてしまう。


「超再生能力の歩く壁、グレートウォールって感じだね」

「その名づけの才能だけは素直に感心しますよ」


 未利はさっそく敵の特徴から見て、己の厨二スキルを発揮し、敵に名前を付けてしまった様だ。


 だが、有効な手が打てないのは困った事だ。


「ぴゃ、じりじりさんしてるの」

「ねー。消耗戦になると辛いかもー」


 そのまま時間をかけて戦闘をこなしている間に、そこからか増援が来てくれればいいのだが。


 こちらが避難に手を回せないので、来たとしてもまずそこからだろうから、助力を得るのは当分先だろう。


「未利さん、思いついたアレ、やってみてくださいよ」

「へぇ? 無理だって、楽譜も読んでないのにできるわけないでしょ、それは今は無理!」

「使えない人ですね」

「はぁ、ケンカ売ってんの!? 買うけど!?」

「ぴゃ、ケンカしちゃめっなの」


 いつもの様なやり取りに発展しそうだった未利達をなあが仲裁にはいって、発生しかけた火を鎮火。

 代わりに矛先がこちらに向いたが、まあ仕方がない。


「啓区、レールガンとかいうアレは何とかできんの? できるんならすれ」

「いやー、そう言われても無理だよー。横にやると町に被害が出るから、上に向けて撃たないとー。でもほら、上ってなるとー」

「そうか、奴の下に入り込まなくちゃならないってわけね。そりゃ、きついわ」


 ちょうど良い所に地面に空いた穴があるが、あの巨体が入る深さは相当の物だ。

 案としては却下だろう。


「くそ、どうすりゃいいわけ!」

「女の子がくそとか言っちゃ駄目だよー」

「仮にも女性なんですからそういう言葉使いしないでくださいよ」


 以前となんら変わりのない未利の言葉に突っ込みを入れれば、エアロのものと被った。


「何、アンタ達仲良しか!? そんなの今はどうだっていいでしょーがっ!」


 目の前の敵が「要注意、要警戒」なら仲間の方は「要注意、要保護観察」みたいな感じだろうか。


 話の種にされた未利は苛立ちをぶつける様に、敵へと攻撃を放っている。


「そういえば啓区さん、幻覚を見せる魔法がありませんでした?」

「あー、うん。やってるけど。効いてないみたいだねー。どうだろうー。効いてても聞いてなくても、ターゲットとかはなくて、ただ暴れてるだけかもしれないけどー」

「普通に使えば役に立ちそうな力なのに、意外に役立ってませんね」

「僕も驚きの応用力の低さだよー」


 エアロの嘆息交じりの言葉に、そんな返しだ。

 それに対しては、相手になる敵の規格が並外れたものばかりになるのがいけないのだと思っている。


 そんなやりとりをしている内にイフィールが何かに気づいたようだ。

 声を張り上げる。


「来たか。……距離をとれ!」


 その原因はすぐに分かる。


 振り上げた蔓を鞭の様にしならせていた敵が、炎に包まれていたからだ。


「皆、大丈夫!?」


 背後を振り向けば、そこにいたのは赤い髪をなびかせて、こちらへ走って来る結締姫乃だ。


「困った時にご登場って、姫ちゃんってつくづく王子様みたいだねー」


 彼女は主人公だから、そういう役どころでもおかしくはないのだが、そんな事を抜きにしてもありがたいと思う。

 仲間の元に駆けつけたいと思ったのは、彼女自身の意思でその優しさゆえなのだろうから。


「イフィールさん、私は……」


 姫乃は、その場にいたイフィールに指示を仰ぐが、問われた彼女は首を振った。


「我々には手に余る、心苦しいが頼んでいいだろうか」

「はい!」


 状況の行方を任された姫乃は、前に出て、未だに炎に包まれ続ける敵へと向かう。


 ここしばらくの修行の成果を発揮する場面だ。


「フレア・バースト」


 魔言が唱えられて、グレートウォールのいる周囲数メートルの地面が赤い炎の色で染まる。


 フェイアリィが応用の効く小規模点火魔法だとするならば、勇猛火炎は点から攻める攻撃。


 そして、今使った魔法フレア・バーストは面で相手を焼きつくす攻撃だった。


 町中に発生した紅蓮の炎に身を包まれた敵は、あっという間にその身を焼きつくされて炭へと変えていった。


「姫ちゃますごいの、皆が困ったさんしてたのにあっという間なの。でも、植物さんごめんなさいなの」


 そんな姫乃の行動に感嘆しつつも落ち込むなあは、いつもの通り息絶えた相手の事で悲しんでいる様だ。


「改めて思いますけど、洒落にならない威力ですね……」

 

 エアロの方は、見せつけられた火力に戦々恐々としている様だ。


 この中で一番成長幅が大きくて著しいのは誰かと聞かれたら間違いなく姫乃になるだろう。


 イフィールは、燃え尽きた敵の様子を確かめに離れていった。


「そんな事ないと思うけどな、皆の方が凄いよ。まだまだ。あ、そうだ。未利」

「え、何。どったの?」


 謙遜しながら遠慮がちな態度を見せる姫乃は、今思い出したとでも言わんばかりの態度で手紙を取り出した。


「これ、後で読んでほしいな」

「今、口で言えばいいじゃん、何で手紙?」

「秘密。読んでからのお楽しみかな」

「まあ……、良いけどさ」


 釈然としない様子ながらも未利はその手紙を受取ろうとする。

 が、姫乃が差し出したそれはその手を離れる前に、何者かによって撃ち抜かれた。

 手紙に風穴をあけたらしい正体……銃弾が、地面ではねる。


「……」

「危なぁ! ええっ、何今の怖っ!」


 風穴の開いた手紙を前にして、あちこちに視線を向けながら戦々恐々としている未利。

 だが、反対に姫乃は無言で立っているだけだった。

 その姫乃がしばらくして、身動きしようとして……。


 シャーペンを出そうとしたところで、こちらが動いた。


「そこまでです」

「はい、止まってねー」


 啓区が剣を突きつけたと同時に、エアロが短剣を持って背後から回り込む。


「バレちゃったか。意外に二人共息ぴったりなんだね」


 相手は力を抜く仕草、これ以上は何もしないという意思表示だ。

 姫乃は降参とばかりに手を挙げて、肩をすくめる仕草のまま。


 だが、気は抜けない。

 眼の前の少女は、見た目は良く知ってる、結締姫乃である。

 しかし、その中身は違うようだった。


「へ、何どうしたの?」

「ふぇ、なあ分かったの。姫ちゃまが姫ちゃましてないの!」


 最近そろそろメッキのはがれ具合がヤバい所まで来ている未利はまだ何も分かっていない様子だが、なあちゃんはいつも通り何となく気が付いているようだ。


 エアロは厳しい表情で偽物に問い詰める。


「貴方は姫乃さんではありませんね。本物の姫乃さんはどうしたんですか?」

「二度目だよねー、君とはー。何しに来たのかなー」

「あはは。二人共、顔が怖いよ。そんなにあの子の事が好きなんだ。貴方達って、とっても深い絆で結ばれてるんだね。素敵だなぁ」


 囲まれている状況だというのに、偽姫乃は余裕の態度を崩さない。

 そんな相手の様子を見たエアロが不快そうな声音で、問いかけた。


「はぐらかさないでください。聞かれたこと以外には答えないように」

「厳しいね」

「それも余計な事ですよ」


 その場に満ちる緊張感が増していく中、離れていたイフィールがこちらの様子に気が付いて声を駆けて来た。


「何かあったのか? 先程の銃声の主が屋根伝いに逃げて行ったようだが、あれはお前達の知り合いなのか?」


 決して鈍い方ではないだろうがエアロほど付き合いが長くはないイフィールでは、その姫乃の正体にきづかなかったらしい。


「隊長、実は……」


 どう説明しようかと、その声に意識をそらしてしまったエアロに隙ができる。その瞬間を狙って、偽姫乃は包囲網から素早く脱出。


「じゃあ、またね。前のが駄目になっちゃったから、この体、少し借りてくね……」


 そして転移魔法を使ってか、その場から消えてしまうのだった。


「逃がしてしまいましたか、いえ、それよりも……」


 心配げなエアロの内心は、この場にいる者達とそう変わるものではないだろう。

 まず真っ先に気にしなければいけないのが、本物の姫乃がどこにいるかだろう。




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