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白いツバサ  作者: 透坂雨音
短編集 彼と彼女の探しもの
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EP9 波乱の予感(姫乃)



 シュナイデル城 星詠台


 姫乃は、何か今朝は不思議な夢を見た気がした。

 宇宙みたいな所で誰かと話をしたような気がするのだが、しかしその中身がさっぱり思い出せなかった。


 それは、懐かしい気がするような、全く知らないような、そんな誰かとの会話だった。


「考えててもやっぱり思い出せないな」


 心に引っかかる所がありつつも、それ以外の事がさっぱり思い出せない。

 判明しない事でいつまでも考えていてもで仕方ない、と姫乃は頭にかかるもやを払った。


 昨日の大雨の影響か、湿り気の残った風が冷たく吹いてきて頬をなでる。

 頭上にあるのは、さんさんと輝く太陽で空は晴天。

 もう数時間もすれば、湿気はなくなって良い陽気になるだろう。


「それにしても、セルスティーさんがいてくれたらなぁ」


 思い出せない夢の内容に代わりに考えるのは午前の特訓や、新しく勉強している調合の事についてだ。


 魔法の修行の方が一区切りついたので、持っている手札を増やす為に、ロングミストの件でも少々お世話になったイフィールの部下の人に調合を教えてもらう事になったのだが……。


 姫乃は戸惑っていたのだ。


 それは主に、前回学んだ事と、今回学んだ事の差異について。


 人が違えば、何から勉強するかとか、どこから手を付けるのかが全然違うので、前に教わった事と混同しそうになっていた。


 薬の原材料の生成方法や、よく使うものも違っていて、別々の知識が交ざらないようにするので最初は大変だったのだ。


「大変だけど、でも頑張って覚えなきゃ」


 つまずきもある。

 戸惑いも多い。

 けれど、これからの事を考えるならば、どうしても新しい力が必要なのだ。


「未利も啓区も、なあちゃんだって頑張ってるんだから」


 この間調べたシンク・カットでは啓区が新しい機械の部品を調達して通信機を作ってくれたし、未利は今までとは比べ物にならないくらい弓の腕が上達していて、新しい魔法なんかも考えているようだった。なあちゃんの成長はゆっくりだが、安定して力を伸ばしていっている。


 姫乃も負けてはいられないのだから。


 そんな風に決意を新たにして休憩の時間を過ごしていたのだが、ふとそこから眺める景色に違和感を感じた。


 それは、城からあまり離れていない場所なのだが、そこに見た事のない巨大生物が突如地面から生える様にして表れるのに気が付いた。


「あれは……」


 植物の蔓が幾重にも絡まり合ってできたそれは、何かと交戦しているのか地面へ向けて何度も蔓を振り上げてしならせている。


「時計塔の近く。とにかく言ってみなきゃ」


 慌てて星詠み台を後にする。

 町には、未利達や啓区達が出ているのだ、もしかしたら交戦しているなんて事も考えられる。


 そうだとしたら、いや……そうでなくとも放っておいてはいられなかった。





 許可をとって外に出るのに少し手間取るかと思ったが、見張りの兵士が見当たらない事を不審に思いつつも、遠くから聞こえてくる轟音に急かされる様に、見当をつけた方向へと走る。


 街並みの中、目立つ時計塔を目指して向って行けば、遠目からでも分かる様に巨大な何かが戦闘しているのが分かった。

 ざっと見て、建物二階分以上はある、複数の緑の蔓が絡まってできたその生物はときおり何者かに攻撃を受けて体勢をよろめかせるが、致命的なダメージには至っていない様だった。


「あれは、再生してるの……?」


 その原因が、あの生物自身の能力だ。

 何度目かの工房の際に、ちぎれた緑の蔓が見えたのだが、それが振り回されている間に再生されていっているのが分かったのだ。


 つまりあれを倒したいのなら、再生が追いつく前に大きなダメージを与えなければならないという事。


 相手の体はみるからに植物。姫乃の炎の魔法があればおそらくかなりの助力になるはずだ。


 遠くにあった姿が視界の中で、段々近くなっていくのを見て、改造杖であるシャーペンを出して、その手に握りしめる。


 だが、目的地までもうあと、二、三区画分となった時……。


「っ!」


 気配を感じて頭上を見上げると、建物の上に積み上げられていた材木が落ちてくるところだった。

 それはおそらく、昨日の大雨でした雨漏りなどの箇所などを、修理する為に用意されたものなのだろう。


 まったくの不意打ちだ。

 避けるか、炎の魔法で焼くか。それとも水の魔法で、防御するか。

 考える間もなく、とっさにそれに向けて杖を構えるのだが、その材木は一瞬後に軌道を変更して、近くへと落下した。


「え?」


 材木は、横から飛んできた何かに当たった様に見えた。

 それを証明する様に、視線を向ければ穴があいている。

 貫通していたそれは、小さな……数センチにも満たない穴だ。

 そういえば、直前に乾いた音が、銃声のようなものが聞こえたような。


「誰が……?」


 誰かが姫乃を助けてくれたのだろうか。


「……何で俺は助けた」


 ふと、声が聞こえてきてその方向、近くの建物の屋根上へと視線を向ける。

 男性の声だった。


 だが、その人物の顔を確かめるよりも前に、人の気配は消えてしまっていた。


「今の……」


 気になったが、遠くで鳴り響いている戦闘音は一向にやむ気配がない。


 とりあえずは目の前の事を片付けるのが優先だろう。

 そう思って走り出そうとした時、目の前に人が表れた。


 漆黒の髪に、漆黒の瞳、浅黒い色の肌の少年はこの間シンク・カットであった者だ。


「ツバキ君?」

「姫乃」

「ひょっとしてさっき助けてくれたのって、ツバキ君なの?」


 先程あった出来事について問いかけるが、答えはない。

 ツバキは無表情ながら、どこか躊躇う様な素振りを見せる。


「どうしたの?」

「アイナはお前ではないのか」

「え?」


 だから、それは最初から言ってる事だとそう思うのだが。

 いつもとは様子の違う少年の姿を前に、訂正の言葉が出てこない。


「イブ・フランカ。この名前に心当たりはあるか?」

「えっと、ない……けど」


 何となく女性の名前のように思えたが、はっきりとした事は分からない。

 それが一体どうしたのかと思えば、ツバキは思い悩む様な様子でゆっくりと言葉を紡いでいく。


「俺の前に、現れた」

「えっと、そのイブさんって人が?」

「そうだ」

「それで、どうして私がアイナじゃないって事になったのかな。あ、えっと……前々からそうじゃないって言ってはいるけど」


 話をまとめると、ツバキの前に現れたそのイブと言う女性が、姫乃=アイナではないみたいな事を言ったように聞こえるが、それが目の前の少年にとってどういう事になるのか姫乃には分からなかった。


「私がアイナじゃない事は事実だよ。私には結締姫乃っていう名前があるんだもん」


 開いた間を生めるように、そう今更な事実を表明するのだが、記憶にひっかかるある名前が脳裏に思い浮かんだ。


「ええと、でもアイラではあるかもしれないって言ったら……ややこしくなるかな」

「アイラ?」

「えっと、ごめんね、私自身もその事はよく分かってないんだけど。そういう名前を使っていた時があったみたい」


 もっと詳しく述べるならば、それはここではない前の世界で使っていた姫乃の名前という事になるが、それを名乗るに至った経緯がまるで分からないので、話せる事は少なかった。


「ツバキ君はそのアイナって人の事、大切に思ってるんだね」

「……そうだ」


 それは前々から分かり過ぎていた事だ。

 よく似た姫乃の事を、その人だと勘違いして何度も守ろうとするまでなのだから、そうでない方がおかしいだろう。


 ツバキは言葉を続けていく。


「結締姫乃はアイナではない。自分こそがアイナであるとそいつが言っていた。俺は、誰を信じるべきなのか分からなくなった」

「イブさんって人がアイナ……」


 アイナは確か過去に死んだはずの人だと城の人から聞いているが、その人物が生きて名前を変えているなんて事あり得るのだろうか。


 だが、少なくともこれだけは分かる事。


 ツバキは己を作った製作者という人の為ではなく、そのアイナという人の為に行動しているという事。


「私にはよく分からないけど、ツバキ君が信じたいと思った人を信じるのが良いんじゃないかな」


 ツバキの立場は相変わらず不明瞭で、敵対するかもしれない可能性は残っている。

 けれど、それでもその言葉を伝えたかった。

 姫乃には放っておく事ができなかったのだ。


「自分が助けてあげたいって人を、助けてあげるのが一番だと思う」

「……」


 ツバキは答えない。

 最後まで悩んだ様子のままでいて、彼は何も言わずに魔法を使い、その場から消える様に去って行くのだった。


「気になるけど、でも皆の方も……」


 思わず少しだけ心配になってしまったが、姫乃はその場所から走り出した。


 戦闘はやはり続いているようだ。


 早く駆けつけなければ、とそう思うのだが、その足は再び止まる事になった。


「えっ……」


 なぜなら、目の前を自分の姿をした誰かが走っていくからだった。


「私?」


 いいや違う。


「私が、体から出てるの?」


 伸ばした手が透けているのに気が付いて、自分の体を見つめてみると、やはりそちらも透けているのが分かった。


 よく聞く現象……魂だけが体の外に出てしまったという、幽体離脱のような状況を思い浮かべる。


「一体、どうなって……?」


 混乱するまま、遠ざかっていく自分を追いかけようとする。


 自分はここにいる。

 ここにいて考えているというのに、ならばそこにいる姫乃は一体何なのだろうか。

 いや、誰なのだろうか。


 と、そんな事を考えていると、離れた所で自分が振り返ってこちらを見つめて来た。


「直接顔を合わせた事は無いから、初めましてだねアイナ」

「え……」


 自分を自分で見つめながら自分の声を聞くという、そんな奇妙な現象を前にしてさすがに頭が追いつかない。

 今までそれなりに突拍子もない事に巻き込まれて来てはいるが、これはさすがに予想できなかった。


「私が本物になっちゃったら、貴方は要らなくなっちゃうから、あの面白い人と同じになっちゃう。おかしいね、貴方は主人公なのに」

「……?」


 かけられている言葉の半分も理解できない。

 だが、理解できないながらも、この状況は何となくまずいという事だけは分かった。


「私は私の世界を取り戻す。だから邪魔しちゃ嫌だよ?」

「ま、待って……」


 走って行こうとするその人を制止しようとするが、彼女は構わず先へと向かって行ってしまう。

 慌ててその人を追いかけて行こうとするが……。


「いたっ!」


 電流のようなものが足を縫いとめて、その場から姫乃を動かすまいとしてくるのだった。


「どうして、一体何が……、起こってるの?」




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