EP8 迷子の保護者を見つけてあげよう(啓区、なあ)
シュナイデル城 付近
いつも通りの特訓をこなして、中庭でうろうろしていた啓区となあだが、外に出る機会は思ったより早くやってきた。
このシュナイデにもある羽ツバメの休憩寮。そこで頼んだらしい何かを受け取る為に、シュナイデル城所属調査隊隊長イフィールが休憩寮に外出する予定があるという事だったので、啓区達はそれについていく形となった。
城の中はだんだん忙しくなっていっているのだが、そんな中でも外出して受け取りにいかなければならないものなのだから、重要な物なのだろう。
例の襲撃の件で、回収やちょっとした改造、兵力の見直しとかが進められている城内では、猫の手も借りたい状態だ。
と、そういう事情の中での思わぬ機会だったので、訓練室で修行をしていた姫乃を誘ったのだが「残念だけどもうちょっと続けようかなって、ごめんね」と親切を断られてしまった。
というわけで当初のメンバー通り、なあとイフィールと共に外へ出た。
「ついでに帰りは未利を拾っていこっかー。ちょうど例のが終わる時間だしねー」
「ぴゃ? 未利ちゃまが落ちてるの? 拾ってくださいなの? それは大変なの、何とかしなくちゃって思うの」
「あー、うん。まあ……ある部分ではそうだしねー、早めに拾って構ってあげようねー」
「未利ちゃまが困ってるなら、なあがんばるの!」
いつものなあの勘違いを適度に流しながら、町を歩く。
少し前に祭りが催され、その後に事件が起こったシュナイデは、今度は城の襲撃の飛び火の危険に晒されるかもしれないという前途多難な状況。
騒乱の女神か何かがいるなら、好かれているのではないかと思えるような有り様だ。
眼の前には、いつかに見たエルケの光景と同じような雰囲気が満ちている。
「皆くらくらーってなってるの。でもそれじゃ駄目なの。だからなあは楽しくするの!」
「さすがなあちゃん。すっごく前向きー」
そんな啓区達の様子を見て、イフィールがそう声をかけてくる。
「楽しそうで、何よりだ。城の中にいるばかりでは息が詰まってしまうからな」
「僕は平気だし、なあちゃんも多分大丈夫だと思うけどねー。でも、まあ普通の人だったらちょっと窮屈かもねー」
「だろうな。だが今無闇にお前たちを外で歩かせるわけにはいかないのだ。苦労をかけてしまうようで申し訳ないが」
申し訳なさそうなイフィールは、本当に不便をかけている現状をすまなく思っている様だった。
誰のせいでもない、というより敵のせいである事を知ってる啓区としてはそこに文句などなかった。
「あはは、立場が逆転しちゃってるよー。普通なら、それは兵士であるイフィールさんが言われる言葉なのにねー」
「確かにな」
フォローする代わりにそんな言葉を述べれば、イフィールは苦笑を返してくる。
城の周囲にある人影は多くない。
一時期は、コヨミに会いにきた人達でいっぱいだったが、時間をおいた今となっては、見張りの兵士をみかけるくらだった。
そんな景色でも、人がいないかわりに歩いているものがあって、疲れた鳥達が羽を休める為に周囲で日向ぼっこをしていた。微笑ましい。和んだ。
「ハトに似てるからかな、見るからに平和そうな光景だねー」
「気持ち良さそうなのー。そうなの、ピーちゃんも日向ぼっこするの」
「ピィ!」
穏やかな光景を見ていたなあが白い鳥を召喚、その小さな肩に乗せる。
彼女の魔法は順調にコントロールできるようになっているが、目立った成長速度ではない。
ゆっくりゆっくりと階段を上るような、そんな状態だが、なあとしてはそちらの方が彼女自身の身の丈にあっているのだろう。
無理に力をつけようとするのは良くないだろうし。
「その分、姫ちゃんとどこかのツンデレさんが心配なんだけどねー」
啓区達は、自分にできる事を自分なりの速度でやっていっているのだが、仲間である残りの二名の事が最近は若干心配だった。
「姫ちゃんは責任感強そうだし、未利は卑下してそうだしー」
今の所は無理が表に出ていないからいいが、このままそれを続けて行けば何かしら問題が起こるかもしれないという危惧がある。
状況も状況なので、止めろと言えない事がまた面倒くさい事に拍車をかけているのだ。
そんな事をつらつらと思えば……。
「あれ、このメンバーって結構面倒くさいー?」
今更な事実を再確認する羽目になったが。
しばらく歩いた後、待ち合わせ場所である時計塔の前で、イフィールが建物の中に入って行った。
外で待つ啓区達は、本来の目的について話し合い中。
「なあ悲しいの。ちょうちょさん、いなかったの」
「残念だったねー」
語り継がれるくらいの存在が、町中を少し歩いたくらいでそう簡単に見つかるとは思っていなかった啓区に落胆はなかったが、仲間が気を落としている光景を見るのは少し気が沈む。
なので、落ち込む肩を叩いてフォローの言葉をかけてやる事にした。
「まあまあ、一度でダメでも頑張って探せばその内見つかるかもよー。諦めなければ夢は叶うかもって言うしー」
「そうなの! 何度も頑張ればいいの。たくさんたくさん、探せばきっと見つかる気がするの!」
「うんうん、なあちゃんはそうでなくっちゃねー」
どう考えても見つからない確率の方が高そうなそれを、進んで探す様にする言動に、思う所がなくもないが……。
だが、見つからなくてしょんぼりしている仲間を見るよりは、可能性が低くても頑張っている仲間の姿を見る方が良かった。またチャンスがあったら、手伝う事にしようとそう思う。
本日の気温はちょうどよく、吹いている風もちょうどいい。
昨日は大雨が降った様だが、こんなにいい天気の中で暗い顔をしているのは勿体ないだろう。
そんな風に会話をして、捜索続行で方針を固める啓区達なのだが、ふと子供の泣き声が聞こえて来た。
「うえぇぇぇん」
「ぴゃ! 大変なの。誰かちっちゃい子が泣いてる気がするの! どうにかしなくちゃなの。泣いてる人さんどこにいるの?」
「うん、まあ放っておけないってなるんだろうけどねー。どっちか分からず走り出そうとするのはやめよかー。ほらほら、ステイ。落ち着いて―」
言った傍からだ。さっそく意気込んで動き出そうとするなあを引き留めてなだめる。
落ち着いて声がする方向へと向かっていけば、その先で地面にうずくまって泣いている少年がいた。
しかし、その傍らには先客がいるようだ。
それは、選や緑花と同じギルドに所属しているミルストという少年だった。
白い髪に赤い目をした、魔法使いのような恰好をした少年。
「ええと、大丈夫ですよ。この僕がちゃーんと、はぐれたご両親を見つけてみせますから。だから、……うーん、どうしよう。とにかく泣かないでくださいっ!」
「びえぇぇぇぇぇぇん」
「ええっ!? どうして!? どどっ、どうしましょう」
彼は、悪戦苦闘しながらもどうにか子供を泣き止ませようとしている様子だったが、どうも空回りしてばかりいる気配だった。
「あ、白い人だねー」
「白い人なの? なあはちゃんと名前で呼んであげなくちゃだめだって思うの! あれ、でも名前なんだっただろうって思うの」
呼びかけようと思ったが、言葉が出てこない。
短い付き合いと、数えるほどしか会話して覚えがないので、二人共名前を覚えていなかった。
「あ、そちらの方は!」
言ってる内に向こうもなあ達の存在に気が付いたようだが、そっちの方も名前が思い浮かばないようだった。
「えーと?」
「まあ、仕方ないよねー。緑花達はともかく、最近会った派の人達は。僕は啓区だよー」
「なあはなあって言うの、初めましてなの! あ、初めましてじゃないの! こんにちはって言わなきゃなの!」
とりあえず二度目になるだろう自己紹介を済ませる。
今度は忘れないようにと思えば、たぶん能力的にそう簡単には忘れないだろう。
あくまでも、その気があればの話だが。
「それで、ここでどうしてたのかなー」
「ええと僕は、実はこの近くにあるお店でお菓子を買ってくるようにって緑花さん達にお使いを頼まれてたんですけど、はぐれちゃった子を見つけて」
「あー。なるほどねー」
つまり、放っておけなくて一緒に探してあげようと思っているという事なのだろう。
うずくまった少年は、涙目になりながら途切れ途切れの言葉で説明してくれる。
「うう、ぐすっ。ママがボクの事おいてっちゃったんだ」
赤い目をしながら、心細そうにぽつりぽつりと言葉を口にする。
そんな風に不安そうにしていたのだから、放っておけないのも頷けた。
おそらく保護者が買い物をしている最中に、子供の方がちょっと興味がひかれて他の所へ移動……という成り行きで離れ離れになってしまったところなのだろう。
そういう時はあまりその場を離れないのが良いのだが、聞いてみればもう手遅れで、不安に駆られて色々歩き周ってしまった後のようだった。
「おいてってなんてないと思うの。なあはそんな事ないって思うの。きっとママさんって人も一緒に探してるはずなの。なあ、一緒に探してあげるの!」
どうやら啓区達は、突発的なイベント『迷子の保護者を見つけてあげよう!』に参加してしまったようだ。
まあ、見つけてしまったからには放っておくのも後味が悪いので、どの道どんな形であっても協力はするつもりだったが。
「でも、今はイフィールさんと一緒に来てるからねー。まずはそっちにも話してからにしようねー」
他に気を取られて自分達まではぐれれば、まさにミイラ取りのミイラになってしまう。