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白いツバサ  作者: 透坂雨音
短編集 彼と彼女の探しもの
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EP7 お詫びのタルト(未利)



 客がご来店してしまったのなら、仕方がない。

 こちらはカウンターに立って小銭をもらってる身分だ。

 無視するわけにもいかないので、店の従業員として責務を果たすべく声を上げた。


「いらっしゃ……って、また来たんだ」


 だが、それは三度目となる顔見知りのご入場となった。

 この短い時間に勢ぞろいである。


 店の入り口に立つその人物は、最近店によく来るようになった青年だった。

 焦げ茶色のくせ毛の髪をした、暮れる夜の空の様な深く濃い紫色の瞳を持った青年。


 名前は……。


「アスウェル。最近よく来るけど、甘いもの好きなの?」


 アスウェル・フューザ―。

 各地を回って旅をしている旅人で、どこからか偶然シュナイデルに立ち寄った人間だった。


「それなりにな」

「ふぅん。あれ、ちょっと何エアロ、何でこそこそ出て行こうとしてるわけ」

「別に私の事は空気だと思っていてくだされば構いません。外の花壇で水やりしてる店長さんの手伝いしてきますから。そうですか、へぇそうですね。足しげく通ってらっしゃるようですね」

「いや、意味分かんないんだけど」


 何故か意味不明な言語取扱者になったエアロは、物音立てずにそそくさと店を出て行こうとする。

 まるで某王女様の護衛みたいな口ぶりだ。


 だが、エアロは外に出る前に、入り口付近に立つアスウェルの前に停止。

 こちらからは背中しか見えないので、エアロがどういう表情をしているのか分からないが、なぜか面しているアスウェルが一瞬顔をひきつらせたような気がした。


「そうですね、アスウェルさん。私から言える事は一つだけですが。せいぜい無駄に頑張ってください」

「……」


 最後まで意味不明な言葉を述べ続けたエアロは、入って来た時と同じように鈴の音を立てて店から出て行ってしまう……途中アスェルの靴を一度踏んで行った。


 どこか苛ついた、憤慨しているかのような雰囲気を纏わせて。

 扉が閉まる前には、ムラネコの鳴き声がオマケの様に聞こえてきた。

 動物入店禁止なので、いつも外で遊んでいるのだ。


「わぁ、怖かった……」


 位置的に近くにいたらしい鈴音は、エアロの表情がばっちり見えていたらしく、青ざめた顔でそんなコメントをする。

 

 アスウェルはため息だ。


「相変わらず、あいつは苦手だ」

「え? エアロの事知ってんの?」

「ああ、一方的に。おそらく……向こうは俺の事は知らないだろうが」

「それで、靴踏まれるんだ」


 しっくりこないやりとりである。


 片や一方は各地を旅していると言る旅人、片や一方は一つの町を収める町長の秘書。

 接点などなさそうに見えるが、縁が思わぬ形になるのをこれまでに何度も見ているので、おろらくどこかで一方的に知る機会でもあったのではなかろうか。


「一つ言うが、あいつの態度はかなりの割合で演技だぞ。気を付けた方が良い。俺は今のあいつをよく知らないからな」

「えぇ?」

「こうしている間も、あいつは大人しく外に出て言ったフリをして、中の様子を伺っているはずだ。聞き耳も立てている事だろう」

「そ、そうなの?」


 被害妄想ではないのかという言葉を飲み込む。

 実は互いに認識していて嫌い合っているのではないかと、そう思わせるような話に、普段の突っ込みもまるで出てこない。


 アルウェルに言われて扉の方を見てみたのだが、言われた事が嘘なのか本当なのかは分からなかった。


 とりあえずいつまでも暇してるわけにもいかない。

 店員として、聞くべき事を尋ねる。


「それで、商品買いに来たんでしょ? 今日は何にするの?」

「昨日と同じ奴で頼む」

「おっけー」

 

 脳裏に昨日の交流品を思い浮かべながら、販売品を袋へと丁寧に詰め込んで行く。

 そして、おまけにリボンで小さな花を作って、装飾。

 今までこの店では購入品にそんなおまけはしていなかったのだが、暇な時にポロっと口に出したこちらのアイデアがそのまま採用され、今に至るというわけだった。


 戦闘やここしばらくの日常では役に立たない特技だが。


 そんな風に何でもない退屈な包装作業に、形的にも精神的にも華を添える。


 鈴音が着替えをしに奥へと引っ込んで行ったので、店内の販売区画には二人しかいない。

 無言状態がしばらく続くが、幸いにもそれは長くなかった。

 こちらの包装を大人しく待っていたアスウェルがふいに口を開いたからだ。


「最近ここらで、変なものを見てないか?」

「変なもの? 例えば?」

「やけに人に馴れ馴れしい世話好きの踊り子で、喫茶店を営んでるさばさばとした口調の変な女を見たとか。もしくはやけに見た目を捨てて、研究一筋そうに怪しい言葉を四六時中口ずさんでそうな変な白衣の人間とか」

「具体的すぎでしょ。というか人を変なもの呼ばわりて……」


 もっと具体的に、と先に促せば、「知らないならいい、そっちは遠くに住んでる俺の知人だ忘れろ」と言ってアスウェルは躊躇いの気配を漂わせながらも、説明を始める。


「本題は別だ」

「はぁ……」

「それは一見すると植物の様な見た目をしている」

「ふんふん」

「しかし、よく見ると植物でない事が分かる。むしろ、霊的な存在であるかもしれない」

「ほうほう……へ?」

「とりあえず大きさは、建物二階分程で、移動する速度が人の歩く速度と同等かそれ以下」

「えーと……?」

「最後に、これといった特徴はないが、主に人を食う」

「いや、それ最大の特徴でしょ!」


 どんどんあやしくなっていく話しが最終的にどこへ行きつくのかと思えば、そんなオチだった。


「それ先に行ってよ。それが一番言わなきゃいけない奴。……て言うか、アンタ」


 突っ込みを入れた流れでいつもの様にうっかり口を開くのだが、何故だが相手は若干のフリーズ。そして。

 口を開き。


「あんた……」


 物悲しそうに、オウム返しだった。

 このお客様はたまによく分からない所に耳を止めるから、よく分からない。


「お、お客様」

「お客様……」


 再度のフリーズ。


 これも駄目なのか。


 とりあえず、商品購入しにきた客に最適な呼びはやっぱ親しみを込めた名前呼びかと訂正。


「じゃなくてアスウェル。アスウェルは、そんな危ない生き物がこの町にいるって言いたいの?」

「かもしれない」

「どっち!?」

「いる」

「いるの!? じゃあ、いるって事で話進めるけど!?」


 何だろう、脳の重要な所からネジがとれたみたいなこの人間(おきゃく)は。

 若干天然が入ってそうな青年を見て、世の中でうまくやっていけるのだろうかと少し心配になった。


「なんでそいつの事を気にしてんの? そういうのって、アレでしょ? 然るべきところの然るべき人が対処する問題でしょ?」

「ああ」

「ならなんで、旅人であるアンタがアタシにそんな事聞くの?」

「そういう所、気になるか」

「へぇ? 何それ、逆にそこ聞く? いや、あいにく気にしなきゃいけない境遇だったもんで。気になるだけっていうか、ホント何が聞きたいこの人!?」

「……」


 どういう話に落ち着くのかいよいよ分からなくなった会話の行方に、本気で頭を抱えたくなる。


 姫乃あたりだったら、普通の会話でもうまくやるのだろう。

 こちらは、円滑なコミュニケーションなんかに縁はないし、専門外だというのに。

 そういう厄介な星の元に生まれたとか言われたらそれまでだが、だからといって納得出来たりはしない。


「この話をお前に話した事は、特に意味はない」

「ふぅん……」


 ひょっとしたらアスウェルは、素性の隠していないエアロが城の関係者だという事が分かったので、それで手がかりがないかと思い、そういう情報を聞きに来た。……という事も考えられるかもしれないが。


 どちらにせよ、そんな危ない存在の話を聞かされてしまっては、仲間達やコヨミに黙ってはいられない。


「ただ、気を付けてくれと言いたかっただけだ」


 それなら、最初に「知らないか」なんて聞かないだろうと思ったが、あえて言わない。

 ちょっとだけど、あやしい。そう思った。


 わずかな不信感を覚えるのは、あらかさまな嘘ともう一つ。


「友人に渡すという謝罪のタルトは、両手に持って抱える様にして運んだ方が良い」

「何で!?」

「転んで潰すから」

「そういう意味で聞いたんじゃなく!?」


 買った物を転んで潰すような人間だと思われている事も心外だったが、ここで働いている理由をなぜ知っているのかについても十分あやしかった。





※詳しく内容が知りたい人は、入りきらなかったシーンが「白いツバサ番外 遺された意思」にあります。


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