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白いツバサ  作者: 透坂雨音
短編集 彼と彼女の探しもの
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EP7 マクレーラン菓子店(未利)



 シュナイデル城付近 マクレーラン菓子店


 そうして訓練が終わった後に、未利が城を出て向かったのは菓子店だ。

 氷裏に狙われた後すぐ後に何やってるんだという話になるのだが。

 これは必要な事なのだ。

 つけなければいけないケジメをつけるために、どうしても資金が必要だったから。


 そういうわけで少しの期間だけバイトをする事になった。

 もちろん私情だけのものではない。

 本当に相手が手を引いたのかと言う事を分かりやすく確認する為の作業でもあった。

 いわゆる囮捜査というやつだ。

 だから、場所は城の近くを選んだし、周囲には一般人に扮した兵士やそうでない兵士がごろごろいたりする。


 それでも、仲間達からはそういう策が通用するような可愛げのある相手ではない、と反論されたりもしたが最後には、怯えて隠れてちぢこまっているよりは、出来る事をして積極的に確認を取っていた方が良いという事でまとまった。

 

 そこまで警戒されたり言わたりしてくると、逆にあの砂粒……ではなく氷裏が凄く思えてくるから不思議だ。


 姫乃達とは出会ってほんのわずかばかりなのに、氷裏は人に嫌われる才能でも持っているのではなかろうか。


 まあ、というわけなので。

 元引退した城の兵士の勤める店で、なおかつ城からすぐに目の届く場所である事。

 その二つの条件の元、未利は菓子店の手伝いをする事になった。


 だが……。


「別に嫌いってわけじゃないけど、こう周囲を甘いものに囲まれるのはちょっと胸やけしそう」


 辛党であることを自負する自分には少々苦行成分が入るのが難点だったが。


「はぁー」


 シュナイデル城近隣……徒歩数分の位置にある菓子店のカウンターに、店員として立つ。

 制服着用で、貸与された服は幸いにも乙女成分控えめ。心理的負担は軽く済んでいるが。

 そんな理由では、このため息はやまないのだ。


 いかにもといった感じでそういう客層向けな内装の店内でため息をつけば、幸せが少しだけ逃げていくような実感がしたのだが、こればかりはしょうがない。


 未利と菓子店では、絵面がそもそもあってないだろうし、と。


 だが、そんな空気は一瞬後に霧散する事になる。

 菓子店への来訪者。

 つまりお客様がやって来たからだ。


「あ、いらっしゃい……って、アンタか」

「ひゃあ、あの未利さんが柔らかい笑顔でお出迎え! 私怒られるんですか!? 怖いよう」

「……鈴音ぇ、何? 死にたいの?」

「ひぃぃ!」


 気合を入れ直して声をかけたのだが、そこに現れたのは知り合いの少女……このマギクスに転移してきてマクレーラン菓子店で世話になっていたらしい音無鈴音(おとなしすずね)だった。


 鈴音は、某有名絵画の様な顔になりながら、背後へ後ずさり。


「あっちのそっくりさんが現実までやって来たかと思ったじゃないですか、驚かせないでくださいよぅ。ニコニコ笑顔で悪戯しかけてくるから怖いのに……」


 たまによく分からない事を言いだす、目の前の年下の混乱娘。この客が本当にこの店で役に立っているのかものすごく疑問だった。


 そこに、意図したものでは無いだろうが退路を塞ぐようにやってきたのは、新たなお客さん……ではなくエアロだった。


 手紙を飛ばしてからなので、店には少し遅れて来たのだ。

 ちなみにただ店にいるだけでは迷惑になってしまうので、エアロも手伝いなどを引き受けていた。


「次はアンタか」

「私はまだお客さんんですよ。その態度はないんじゃないですか。そうでなくとも、美味しいタルトを売ってるこのお店を紹介して差し上げたのは誰だと思ってるんです?」

「う、ぐ……それはそうだけど」


 そもそもの話、この菓子店はエアロの紹介で知った店であるが、そこに勤務する事に落ち着くまでが少々問題だった。


「アンタが菓子作り得意だって知ってたら、こんな所でバイトしてたりはしないし! ……あ、別にここがロクでもないとか、そういう意味じゃないけど。エアロがちゃんとしてれば、ここでアタシは立ってたりなんかしてないんだって」

「そんなのちゃんと分かってるんだと思ってましたよ。ロングミストの一件であの白犬さんに餌付けしてたの知ってるでしょう」

「ぐ、ぐぬぬぅ」


 ふてくされた様に抗議をするが、容赦のない一言がぐさりとこちらを突き刺してくる。


 文句を言えない正論に反抗する様に睨み返すのだが、視線の先には涼しい顔しか存在しなかった。


「それはそうだけど、そうだけど。うっかり、忘れてたの! あー、もうアタシって馬鹿……」

「今更気づいたんですか?」


 率直すぎる意見の言葉が追い打ち。

 鮮やかすぎるトドメの一撃だった。


「そこは嘘でも否定するとこでしょ!」


 悪気の一切感じられないエアロの応答に脱力しそうになる所だが。気力でなんとか踏みとどまる。

 人の特技を知ってるか知らないかを考える前に、誰かの手助けを借りるかどうかを無意識のうちに切り捨てていた事は事実なので、あまり深く反論できなかったのだ。


「はぁー、姫ちゃんの心域での話聞いて、何か変わったのかなって思ったけど、やっぱり人間ってそう簡単に変わるもんじゃない」


 人間の本質はそうそう変わりはないのだ。

 方城未利は、あいからずだし。気を張ってないと、すぐこれなのだ。


「そうですか? 私には少しだけ変化があるように見えるんですけど」

「えー、どこがぁ」


 他ならぬ自分の事は自分がよく分かっている、と懐疑的な眼差しを向けてやれば……。

 エアロは視線で、「ほら」ととある物を指し示す。


「それとか、前だったら絶対に身につけてなかったと思いますし」

「ああ、これ?」


 それは首元にある、小さなリボンだ。


 織香だった時に身に着けていた服の一部。


 エアロ経由でレフリーに修復してもらったそれは、ただお守りとしてポケットに持っておくにはいささか寂しい品だったので、手を加えて身に着けられるようにしたのだ。


「自分で着けててあれだけど、猫になった気分……」


 触れる指先にある者は、首元に巻きつけられた布の一部に申し訳程度の存在感を放っている。


 もったいないので、装飾品(にかろうじて見れなくはない)に生まれ変わらせたのだ。


「だって、しょうがないじゃん。そのままだと何かアレだってアイツに言われたんだから。かわいくないって。興味ないけど、アイツと話した事あんまりないし、そんなに思い出せないんだし」


 アイツとはもちろんフォルトの事。

 もう会話もできない人間の。

 気にしてやらないと可哀想ではないか、と思う。


 接する時間が短すぎて、会話も数えるほどしかしていない。

 そんな中で、覚えていられた貴重な言葉だったので、忘れない為に何かしたいと思ったのだ。


「うーん、やってる事は普通なんですけど。何か心配になってきました。これで良いんでしょうかね。うまく言えないんですけど、何か違う様な……、危なっかしい様な……」


 エアロが釈然としない様子で何事かを呟いているような気がしたが、相手にしない。

 他に理由があったとしても、独自解釈で結論付ける意向である。


「まあ、そんな人の事は良いんです。どうでも。ええ、ほんとうに。道端に投げ捨てるくらいで」

「そこまで?」


 フォルトの何が気に障ったのか分からないが、エアロは徹底抗戦の構えの様だった。

 さらっと話題をどこかへ投げ捨てたらしい彼女は、元の位置へと話の軌道を戻してくる。


「まあ、話を戻しますけど……。未利さんは、変わったと思いますよ」

「おのれ、せっかく忘れさそうと横道はみ出す様に会話を動かしたのに、また戻って来るか」

「そういう所は相変わらずですけど、何というか少しだけ雰囲気がエムさんに似てきた気がするんですよね」

「はぁー? そんなわけないでしょ」


 否定の言葉を述べて、それに対してエアロが何かを言おうとした時だった。

 鈴の音がして、また店の扉が開く。


 どうやら間が悪いのか良いのか、ただ今の時間はお客様来訪タイムとなっているらしい。




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