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白いツバサ  作者: 透坂雨音
短編集 彼と彼女の探しもの
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EP6 レトの探し人



 シュナイデ 時計塔前 『レト』


 ぽつぽつと振って来た雨が、バケツをひっくり返したような雨になる。

 先程まで晴れていた天気が急変して、今は大雨だった。


 そんな町の中を、宿屋に向けて走っていた魔獣姿のレトは、曲がり角を曲がった瞬間、思わぬ人物との邂逅を果たした。


「おっと」


 向こうから出て来た人物とぶつかりそうになって、レトは瞬時に動物並みの反射神経で避ける。

 そして、今しがたぶつかりそうになった相手の顔を見つめるのだが……。


「「あ」」


 視線を向けて来た人物と目が合った……と思った瞬間、相手が即逃走。

 レトは慌てて、その姿を追いかけた。

 白髪で赤い目してて、魔法使いみたいなローブを着てて杖を持っていた、小柄な見た目の少年を。


「待て、俺! じゃなくてアンタ」


 逃げていくのはレトが人間だったときの姿と、同じ姿をした人物だった。


 世の中には自分とそっくりの人間が三人はいると聞くが、そんなそっくりさんに出会う確率などたかが知れている。

 道端でばったりあった人間が単なるそっくりさんなのか、それとも自分に関係のある人間なのかを考えれば、後者の確率の方がよほど高いだろう。


「おいってば!」


 制止の声を放つが、相手はまったく聞かない。

 一心に逃走中だった。


 追いかけながら、レトは相手の挙動を思い出す。

 相手は、こちらと目が合った時に、あきらかに何か知っているような素振りを見せて「あ」と言っていた。

 それはもしかすれば、レトの姿が魔獣になった原因の主か、その理由を知っている人間なのかもしれないという事。


 逃がすわけにはいかなかった。


 小学六年である自分を追いかけるという奇妙な体験をしながらも、レトはこの姿になったばかりの頃を思い起こしていた。





 それは数か月まえの事。

 魔法の使えるこの世界……マギクスにやってきてすぐの事だ。

 当然来てすぐにレト……いや、雪谷(ゆきや)は自分が人間の姿をしていない事に気が付いて動揺した。


 もふもふの真っ白の毛並みに、立派な犬歯の生えた口、前足後ろ脚での四足歩行動物。

 しかも見た目は狼だが、似て非なる、魔法の使えるよく知らない未知の生物。

 当然驚く。

 そう簡単には変わらないと思っていた自分の姿が、一瞬でそんな得体の知れないものになっていたのだ。

 これでは動揺しない方がおかしいだろう。


 幸い近くの町クリウロネに住むバール達が、そういう存在にも割と寛容な方だったので、最初の動揺は比較的すぐに過ぎ去り。異界の町の者達のおかげで順応もどうにかなった。だが、そうでなかったらと思うとぞっとする。


 クリウロネでの生活の日々で、どうやら自分は魔獣といわれるものになってしまったらしい事実が分かった後は、すぐに色々あって慣れつつあった土地を離れざるを得なくなった。


 この世界、マギクスに定期的に訪れるという世界破滅カウントダウンみたいのようなもの……終止刻(エンドライン)の時期がやって来てしまい、憑魔が出現するようになったからだ。


 精神的には色々思う所はあれど、魔獣の体は異界の地では大いに役立った。


 レトの元の歳である小学六年生の体よりも、体力がついているようだし、狼に姿が似ているだけあって俊敏性や機動力に優れて、素早く動き回る事も出来る。

 危険がつきものである旅の道中やクリウロネで世話になっていた頃に出現した憑魔との戦闘でも、何度も助けられた。


 だが……だからといって、元の体が恋しくないわけではなかったのだ。

 毎日、それらしい情報がないか探したし、ありえそうな可能性には当たった。

 それは元の体に戻れる夢だって何度も見るくらい、色々だ。


 便利だと言っても、今までずっとレトは人間の体で生きてきたのだ。

 原因不明で魔獣の体になってしまったが、戻れるものなら戻りたいと、常々思っていた。


 その、肝心の自分の体が目の前に現れたのだから、追いかけないわけにはいかないだろう。





 過去の回想を終えて、目の前にある背中を追いかけていくが雨のせいで、思う様にスピードが出せない。

 地面が滑りやすくなってしまったせいで、この姿での利点が生かせなくなってしまったのだ。


「待て、おいこら。俺の体泥棒! ってなんかこの良い方、アレだな。いや、とにかく待てこら!」


 身体強化の魔法すら使って、割と本気で追いかけ続ければ少しづつ距離も縮まって来ていたのだが、角を曲がった瞬間に別の方向から走り込んできた何者かとぶつかってしまっていた。


「うぎゃ!」

「ひゃん!」


 レトと体当たりした人影は、悲鳴を上げて尻もち。

 声からして、そう年下の少女の様だった。


「わ、悪い。急いでんだ。また、後でな」

「えぇ! ワンコが喋ったぁ!」

「誰がワンコだ! 俺は人間だ!」


 すっとんきょうな声を上げている少女につい反射的に訂正文を述べてしまう。

 だが、長々と関わっている時間はない。

 色々言いたい事を飲み込んだり引っ込めたりしながらレトは、今しがたぶつかったちょっと頭の悪そうな少女をその場に置いて先へ行こうとするのだが、その尻尾を掴まれてしまう。


「うがっ、何すんだお前!」

「ひゃぁぁぁ、つい! ごめんなさいわざとじゃないんですぅ!」


 どうやら反射的に掴んでしまっただけのようで悪気はないようだった。

 だからといって、まったく禍根なく許せるかと言えば違うし、そうではない自信があるが。


 視線を戻して追いかけていた人物の姿を探すが、とっくの昔にどこかへといなくなってしまったようだ。

 おおまかな方向すら分からない。

 今から探したところで、無駄骨に終わる可能性しかないだろう。

 捜索断念だった。


「はぁぁ、どうしてくれるんだよ。見失っちまったじゃねぇか」

「あの……誰かをお探しで? ごめんなさいぃ……」


 だが、肩を落としてうなだれる少女を見ているとそれ以上責める気も湧いてこない。


「もう、いいから。とっととどっか行けって」

「あのぅ、ぶつかったついでに非常に差し出がましい事をお聞きしますが、白髪の男の子を見かけませんでしたか」

「本当に差し出がましいな!」


 迷惑かけた相手に頼み事とは良い根性してるな、と心の中で突っ込みを入れる。


「いや、まて白髪……、そんなの滅多にいないだろ。お前ひょっとしてさっきの奴の知り合いなのか!」

「え、さっきの奴と言われましても、私にはちょっと分かりかねるといいますか……」

「白髪で、赤い目をしてて、魔法使いみたいなローブを着て杖持った奴の事だよ!」

「ああ、ミルストさんですね!」

「よっしゃあ、手がかり確保!」


 思わぬ収穫だ。

 レトは絶対に逃がさないようにと、目の前で未だに尻もちをつき続けている少女の肩を前足で抑えた。


 逃走者の姿を見失った時はどうなる事かと思ったが、天はレトを見放さなかった様だ。


「ひぃっ、私食べても美味しくないですょぉ」


 だが、こちらの事情をまったく知らないであろう少女は、何かを誤解したようで、激しく怯えながらその場から後ずさろうとしている。


「おい、こら逃げんなせっかくの手がかりなのに」

「手をかけておいしく食べる!? 私そんなにお肉たっぷりじゃないですから、グルメの舌には合いませんよ!」

「どういう聞き間違いしてんだ!? つーか、人を勝手に人食いの美食家にすんじゃねぇ」

「ひぃぃ、獣が怒った!」

「誰が獣だ!」


 どこからどう見ても獣だけども。

 レト(の中身)は人間だ。

 そこは譲れなかった。


「おいおい、どこに走って行ったかと思えば、こんな路地裏で何やってんだよ」


 そこに、途中までは共に歩いていたバールがやってきて、レトたちの様子を見て呆れた表情。

 用事があるとかいって、途中離脱していたのだが、逃走先のルートがバールの移動するルートと重なっていた様だ。


「お前にそういう趣味があったとはな。美女と野獣ならぬ少女と野獣」

「どういう意味だこら! 誤解するならもっと健全な誤解にしろよ!」

「はわっ、美女だなんて、そんな。照れちゃいますよー、えへへ」

「例えだよ。誰もお前の事だなんて言ってないからな!」


 想像以上に疲れる面子が揃ったと思いつつも、レトは前足で顔をこするながら、先ほど起こった事を話し始めた。





 場所を移動して、レトたちが世話になっている宿の一室にて。


 ややあって話をし終わり、鈴音と名乗った少女からも情報を聞き出し終えたレトは深い深いため息を吐いた。


「ようするにだな……」


 話をまとめるとつまりこういう事らしかった。


 目の前にいる少女、音無鈴音(おとなしすずね)はレト……雪谷(ゆきや)の弟である雪高(ゆきたか)と友人であるようだった。

 それで色々と親交があった後に、異世界に転移。


 この世界で行動している内に、雪高に似ている少年ミルスト(雪高の兄である俺の体なんだから当然なんだろうけれど)と出会って仲良くなったらしいのだ。


「はい、大体はそんな感じで。でもミルストさんは事情があって、あんまり元の体には戻りたくないみたいな事言ってましたけど」


 だが、問題はそこだった。


「だからって、はいそうですかって大人しくいられるか。そう言って俺の体を落ち逃げされたら大変だろ」

「何も知らない人間が聞くと、体を持ち逃げって、凄い言葉だよな」


 下らない茶々を入れて来たバールは無視。


「変身の超能力を持ってる雪高くんのお兄さんだったら、何か別の能力を持っててあえてそうなってるのかなぁ思ってたんですけど」

「まったく意図してない事故だ。俺はそんな力持ってねーし。というかあいつそんな事まで話したのか」

「あ、はい。命の危機に瀕した流れで」

「どういう流れだよ! お前ら親交あったの元の世界だよな!! 日本だよな!」


 思わず突っ込みを入れるが、色々ありましてと言葉を濁されるのみだった。


 


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