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白いツバサ  作者: 透坂雨音
短編集 彼と彼女の探しもの
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EP5 エアロの手紙



 シュナイデル城 中庭 『エアロ』


 昼間の時間。

 エアロは城の中庭にて、紙切れと筆を手にして作業していた。


 ――ロングミストの町が消滅した。


 その事件と顛末についての話をエアロは手紙に書き綴っている最中だ。


 書くのは、それが初めてではない。

 もう同じ内容の手紙をかれこれ、何十枚も執筆済みだった。


 専門の者に依頼して、内容を書き写してもらうという手もあるが、送る相手は元同じ町の住民。


 親交はあまりない者ばかりだが、大事な事だ。

 エアロ自身の手でその事を知らせたかった。


 だが、だからと言ってその事実を、個人的には必要以上に重く受け止めてはいなかった。


 故郷が消えてしまった事に思う所が無いわけではない。

 知り合いがいなくなってしまった事にも。


 けれど、エアロにはその事を特別に悲しむ様な感情は無かった。


 両親は別の町で働いているので無事であるし、エアロはシュナイデルに住み着いて長い。

 どちらかと言えば、こちらの地に愛着がある方だからだ。


 そんな自分の事を、少しだけ寂しくも思ったり、冷徹だと思ったりもするのだが……。

 必要以上の思い入れがないのだからしょうがない。


「……? 雨でも降るんでしょうか」


 向き合っていた紙面が不意に読みづらくなって、視線を上へと上げれば先程まで良かった天気が変化しているのが見て取れた。


 重い雲がいくつも浮かんでいる。


 そろそろ切り上げて、室内での作業にした方がいいかもしれない。

 そう思い手を止めて、広げていた道具を片付けに入る。


 手紙の内容について思いをはせる。

 それは町長の事だ。


 ロングミストの、消えた町を治めていた人物。町長クルス。


「頭が痛くなってきましたね」


 調査隊隊長、上司であるイフィールからの個人的な連絡について。

 最近知った元住民……チィーア達からの情報について。

 それらの事を考えて、頭を痛くする。


「まさか、あの人が」


 クルス町長が漆黒の刃の一員だったとは夢にも思わなかった。

 ならば、あの町での出来事で町長が襲われたという事は自作自演だったのか、と憤る。


 彼は、町が消滅する寸前に魔石列車にて周辺地域から脱出している。

 消失の異変に何らかの関りがあるとみていいだろう。


「町の消滅に関わっているんでしょうか」


 仮に関わっているとして、一体いつから仕組まれていた事なのか。

 町長となって町の為に尽力してきた事は嘘だったと言うのか。

 考えれば考えるほど分からなくなる。


 町長へのエアロの認識としては、ヘタレで気弱。しかし作業能力は優秀というものだった。……今までは。


 しかし、それは演技の姿だったというのなら……、自分は何を見ていたと言うのだろうか。

 ずっと、傍で働いていたというのに、まるで分からなかった。気付けなかった。


「はぁ、最近はずっと悩んでばかりの様な気がしますよ。もう……」


 それもこれも姫乃達と関わったせいだ。

 彼女達は、余分な厄介事を過剰に招き寄せる体質に違いない。

 ここまでおかしな事が続けばそう思わざるをえないだろう。


 今までそういう類いのものは信じてはこなかったが、こう何度も何度も厄介事に巻き込まれているのを見ると……、現実的なものさしでははかりえない事も世の中にはあるのではないか、とそう思えてくる。


「何か悩み事ですか?」

「アテナ様!」

「様付けしなくとも良いって言った事があるような気がしますですですが。まあ、私はあのちびっ子ほどでそういう事は気にしない性格なのでいいですかね」


 意外な人物から話しかけられて、驚いた。

 背後から声をかけてきた人物は、アテナ・ルゥフェトル。

 魔同装置研究の、優秀な室長。


 城の制服に身を包んだ低身長の大人の女性が、たまにこの中庭にやって来る事は前々から知っていた事だが、こうして話しかけられる事はめったにない。


 意外に思っていると、彼女は真剣な表情で言葉を続ける。


「ちょっと付き合ってほしいですです」

「な、何ですか?」


 アテナは右の拳、と左の拳をエアロの目の前に突き出してくる。


「簡単な問題です」

「はぁ」


 少し身構えてしまったが、何かしらの重要な話ではないようだった。

 こちらは特に何かに急いでいるわけでもない。

 魔同装置研究班は、目立つ部署ではないが。間接的にお世話になっている事も多いので、快く付き合う事にした。


「とりあえず、私の手を見てほしいですです。貴方から見て、右の拳の中にはお菓子がありますです」

「はい」

「そして、左の拳にはただの石がありますですです」

「ええ」

「貴方ならどちらを選びますです?」


 それはもちろん選ぶなら右だろう。

 誰でもそう思うはず。

 エアロは、指を差して右の方を示した。


「こちら、ですかね」

「そうですですよね。それが普通の反応です」

「ですが……、あえて石を選ぶ人の気持ちは、一体何なのですです?」

「ええと」

「……駄目ですね、区切りをつけたはずだったんですですけれど。何でもないです、忘れてくださいです」


 選んだ答えについてうまく言葉にできないでいると、相手から頭を下げられる。


 そして突き出された拳は開かれるが、その手の中には何もなかった。

 飴やら石やらは、何かの例えだったのだろうか。


 まるで分からないやり取りだったが、彼女にとっては何かの意味がある実験だったらしい。

 いや、何かの意味を得ようとしていた実験だったのだろうか。

 思案げな様子で、彼女にしか分からない事柄を考えている。


 眼の前ではどこか悄然とした面持ちのアテナ。

 期待に添えなかった事に少し申し訳なく思い、つい終わった問題に口を開いてしまった。


「その……、私は選びませんでしたけど。石を選んだ方は、そこにその人にしか分からない価値を見出しているのではないしょうか。想像できませんけれど、見えている世界とか価値観が違うとそうなんじゃないかと思います。私と未利さんとかでも、同じくらいの歳ですけどしょっちゅう衝突してしまいますし」

「その人にしか分からない価値……」


 考え込むような素振りで、エアロの言葉を繰り返すアテナは自分の世界に没頭してしまったようだ。


「ええと、そろそろ雨が降ってきそうですし、建物の中に入った方がよろしいのではないかと」


 どう声をかけたものかと考えあぐねながら、当たり障りのない話題で誘導しようとした時、遠くから軽い足音が聞えて来た。


「あ、アテナ。いたわね! ちょっと来てくれない!? 世界の謎研究会ってところから急な来訪者が……あ、約束は忘れてないわよ。ちゃんと愚痴に付き合うって。それはともかく、エルバーンが飛んできて騒ぎになってるのよ」


 コヨミだ。

 グラッソの姿は今日は傍にあった。

 彼女後ろに三歩程遅れる様にして、ぴったりとくっついてきていた。


 その子供の少女にしか見えない領主が、エアロに気づいて言葉をかけてくる。


「あ、エアロちゃん。手紙大変そうね。手が欲しいときは、専門の人を紹介するからいつでも頼んでくれていいわよ」

「は、はい。どうもです……」


 彼女の事は必要以上に持ちあげないと決めてはいるのだが、やはり長年の習慣はそうそう消えてくれない。

 唐突に出現されると接し方に戸惑う。


 そんなこちらの心情に気づいた様子のない小さな領主は、アテナの腕を引いてどこかへと引っ張って行こうとする。


「例の魔石の女の子の件、何とかできるかもって話もあるの。びっくりよね。ちょっと変わった職人さんなんだけど。あ、まだ見習いだって……」

「そんなに引っ張らなくても、ちゃんと行きますですから。職人……ですです? 一体何の用事で?」


 騒がしく説明しながら建物の中へと戻っていくコヨミ達の背後を見つめていると、空から雨粒が降ってきた。


 さっきの質問は一体何だったのだろうと首をひねりつつも、とりあえず書き綴った手紙を濡らさないように慌ててこちらも避難の準備にかかった。



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