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白いツバサ  作者: 透坂雨音
短編集 彼と彼女の探しもの
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EP3 チィーアの理由



 クジャク工房 寝室 『チィーア』


 ロングミストの町は消滅してしまった。

 チィーアやユーリはその街の生存者だ。

 あの町にはたくさんの人がいたのに、結局、助かったのはたった二人だけだった。


 母も、父も、友達も、知り合いも、知らない人も。

 皆。皆、いなくなってしまった。


 ……私達は何かをもう人任せにしたりしない。

 自分の目で見て、自分で考えて行動しなくちゃいけない。

 誰かに大切な選択を預けてはいけないんだ。


 それがあの町の消失から、私達が得たものだ。

 何があっても、自分で悩んで決めて行かなくちゃいけない。


 とくに最近は、そう思う。

 ここ数日のことだけれど、町の一角である人が「他の誰でもない自分の頭で考えなくちゃ、納得できる答えなんて得られない」って言ってたのを聞いてからは特に。


 物思いを終えて、現実に返る。

 私達……チィーア達がいるのは、お世話になっている武器屋のおじさんロール・クジャクさんの部屋の一室だ。

 時刻は夜、子供ならとっくに寝てる時間だけど、私はユーリお兄ちゃんと並んで、おじさんの手作りである大きなベッドに寝転がっていた。まだ眠らないのはやる事があるから。


 お世話をしてくれるおじさんはとても良い人だ。お父さんの知り合いの人だから、悪い人ではないと分かっていた。

 けど、行く所を失った子供の世話何てなかなかできるものではないと私は思う。

 おじさんは「あいつには借りがあるから」って言ってくれているものの、きっとそんな物が無くても、手を差し伸べてくれたような気がする。


 とにかく、おじさんにはたくさん感謝していた。


 本当はお城でも当分の間お世話になれたのだけど、おじさんが自分の所で面倒を見たいと言って断ったから、私達はここにいるのだ。


「なあチィーア」

「なぁに?」


 ぼんやしているとユーリお兄ちゃんが話しかけて来た。


 お布団に入ってはいるけど、私達はまだ眠っていない。

 蒸気機関の資料を読み込むために、だ。

 成長にはよくないけど、ちょっとだけ夜更かしなくてはいけないから。


「明日、ウーガナに武器を届けに行くんだよな」

「うん。それがどうかしたの?」

「チィーアはなんで、そんなにもあんな奴の事信じるんだ?」


 お兄ちゃんの疑問に私は内心で(何だ、そんな事か)と思う。


 今更過ぎるという意味で、だ。


 もうずっとこのシュナイデの町にある、お城の兵士さん……ラルドさんに言われて海賊の首魁だというウーガナを監視しているのだけど、お兄ちゃんは今まで何も分からずに追い掛け回していたみたいだった。

 逆になんの理由があると思っていたのだろう。

 お兄ちゃんは私より年上でお兄ちゃんなんだから、もうちょっと考える癖をつけた方が良いと思う。


 とりあえず私はその疑問に答える。

 分かりやすい例を上げれば……、


「リルちゃんが言ってたおにーさんだったから」


 そんな感じだ。

 私達の知合いの女の子がいるのだけれど、その子がウーガナの事を慕っているから、だった。


 私の答えを聞いたお兄ちゃんは、記憶を探る様に視線を彷徨わせた。


「リルって確か、何かよく分かんない内にいたりいなくなったりする奴の事だよな。ちょっと、引っ込み思案そうで気弱そうな」

「うん」

「えーあいつがー?」


 お兄ちゃんは府に落ちないといったような様子で首を傾げてるが、私はそんな風には思わない。

 リルという子は人を見る目があるのだ。

 あの子が信頼しているのならば間違いはないだろうと、私は思っている。


「あとね……」


 だが、理由はそれだけではない。


「ウーガナには憑いてるから」

「え」

「たくさん憑いてるよ」

「……」


 もちろん幽霊さんが、だ。

 言葉を失ったお兄ちゃんはそのまま気を失ったようだ。


 自分から振った話題なのに、無責任すぎる。

 私は肩を揺すってお兄ちゃんを起こそうとした。


「お兄ちゃん、お兄ちゃんってば」

「はっ、俺は一体……?」

「もー、ウーガナの話だよ」

「あ、そうだった。それで幽霊が……うわー、うわー」


 眠気を振り払って復活したお兄ちゃんは、うわ言をぶつぶつと呟きながら耳を塞いで布団の中に潜り込んでしまう。

 お兄ちゃんは、私のお兄ちゃんで年上だけれども、幽霊とかがとても怖いのだ。ちょっと情けないと思う。


 おそらくだけれど、幽霊という単語とおどろおどろしいという思い込みを結び付けているのだろう。

 人間に色々な人がいる様に、幽霊にだって色々な幽霊がいるというのに。

 そういうのは偏見だと思う。


「そんなに悪い人ばかりじゃないのにぃ……」

「うわー、うわー」


 聞いてない。


 ともあれそういうわけで、チィーアがウーガナに見たものは幽霊達だった。

 ウーガナの周囲にたくさん憑いてる、もう亡くなってしまった人達を。

 その人達が悪い幽霊さん達ではないので、チィーアは見た目の怖いウーガナの事を信用しているのだ。


 話は少し変わるが、チィーア達は子供だ。

 だから、大人の言ってる事はよく分からないし、嘘やごまかしを言われても分からない。


 けれど、幽霊達はもう死んでしまってるからか、あまりそういう事が無いのだ。

 当然、先ほど思ったように色々な幽霊はいるけれど、生きてる人よりはそんなに上辺を取り繕ったりしないから。


 だから、人のの周囲についている幽霊達がいれば、その人達を見れば間接的に憑かれている方も分かってしまうという……事だ。


 だからチィーアには、ウーガナの中身がそんなに悪い人ではないという事が、深く考えるよりも前に分かるのだ。


 だが、それは「ねくろまんさー」の力があるチィーアだけのもの。

 他の人やお兄ちゃんにはまったく分からないものだった。

 こういう時には、すごく残念に思う。


 とりあえず、兄が聞きたかった話題は、本人の離脱で終わってしまったので、今度はこっちが聞きたい事を口にする。


「そういえばお兄ちゃん。渡された設計図ちゃんと見た?」

「ん? 見たけど、それがどーかしたのか?」

「あれ、すごい荒っぽい作りだけど、普通の人に扱えるのかなぁ」

「あー……」


 この工房で作られる事になったウーガナの武器の設計図を頭に浮かべたらしいお兄ちゃんは、難しそうな顔になった。


 それは、取り付けられた仕組みが複雑すぎで簡単には扱えそうな物には見えなかったから。


 ウーガナ用に作られた「どりる」とか言う……巨大な掘削機にも見えるそれは、形を少し変えるだけで、切ったり突いたりどこかに引っかけたりする事が出来る様になっている。

 他にも色々、蒸気の力を使って、攻撃を与える時の推進力を作るなんて事もあって……。

 様々な用途に使う事が出来て、物凄く汎用性があるのだ。


「ヘタな特注品より、よっぽど豪華になってないかなあれ」


 お兄ちゃんが心配になるのも分かるのだ。

 普通に城に勤める人達の武器よりも値が張る一品となってしまっていたから。


 単純そうな性格のウーガナにそんな物が使いこなせるようには思えなかったのだが、大丈夫なのだろうか。


 そういう事に詳しくないチィーアでも、思わず心配になってしまう。


「でも何にしろ、お父さんの技術、ちゃんと使いこなせるかしっかりと見極めなくちゃ」

「そうだな。監視だ監視!」


 だから、どんな風に使うのか使いこなせるのか見る為にも、ウーガナの動向には定期的に目を光らせておかなければと思った。

 ラルドさんに言われた事もあるが、その為に個人的に監視しているというのもあった。

 行きつけの場所や、よく通る道は把握したので、何かあってもすぐ駆けつけられる。


 そもそも蒸気機関の修理はチィーア達に一任されてるのだし。

 気を張っていなかったとしても、自然とその機会はやって来ただろう。



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