EP2 とある海賊の企み
エンディゴ動植物園 『ウーガナ』
「だから、それを何とか調べろってのがテメェの仕事だろうがぁ!」
時刻は遅く、人の行きかいが途絶えたずっと後だ。
シュナイデにあるある動植物園が閉園したその数時間後。
暗闇に沈み、星の海に見下ろされる静かな場所の中で、ウーガナは叫び声を上げていた。
「前金たんまりふんだくっといて、何も分かりませんでしたぁとは……そりゃあねぇだろうがよ」
そう言って目の前にいる人物へ詰め寄れば、返って来たのはにんまりとした気持ちの悪い笑み。
「なーに心配ないヨ、全ては私に任せておきたまえ。だーいじょーぶ!」
呑気な声音を聞いて、額の血管が切れそうになるのを感じた。
「大丈夫じゃねぇから叫んでんだ、この禿げダルマぁ!!」
二度目の叫びに反応してか、遠くにある檻で動物が騒いだような気配があったがウーガナは無視した。
そんな些細な事よりも、目の前の問題だ。
己の対面、拳が届く距離に立っているのはもうじき四十になろうかという男だ。
ケラース・エンディゴ。
シュナイデの町では知る人ぞ知るそれなりの有名人であり、裕福な地域にある裕福な家にすむ裕福な人間の中でも、さらに裕福であるようなそんな人間の一人だ。
間違いなく金持ちの部類に入るであろうその人間は、先ほどウーガナが罵ったような容姿をしていた。
丸々とした体格に、毛髪のない頭部、はち切れそうなサイズがギリギリの服を着た男性。目の前に立つその人物は、汗が流れていもいないのに額を腕でぬぐう仕草をしている。
しかし、それは恫喝に怯えて流すような冷や汗と呼ばれる様なものではなく、ただ単純に男が汗かきであるというだけのもの。
動じるどころか、肩でもすくめそうな態度のその男は、糸のように細い目を皿に細めてウーガナを見た後、何度も首を縦に振って言葉を述べた。
「ふーう。君、ちょっと怒りっぽくなったんじゃないかい。だめだーめ。小魚を食べなさいヨ」
「相変わらずだな、この野郎。気色悪ぃ喋り方すんじゃねえ」
そんな風に文句をつけるのは毎度の事だ。だが、いくら言ったところで治りはしない事はすでに分かっている。
この人間はいつもこういう喋り方なのだ。
「えーと、何だっけネ。ああ、呪いの解き方、解き方。だいじょーぶだいじょーぶ。諦めなければいつかきーっと、見つかるヨ!」
「いつかじゃ困んだぁつってんだろぉがっ! 人生の最後に解けたって意味ねぇんだよ!」
手が出た。間近にいる男の襟首を掴んで揺さぶるが、相手の表情は変わらずだ。
「ワオ!」
あげく、その反応。
揺さぶられている方は無意味に目を細めて、能天気そうに反応を返してくるだけだった。
死ぬほどイラっとした。
苛立ちで人が殺せるレベルだ。
「ワオ! じゃねぇやぁあああっ!!」
張り倒そうかと思ったし、実際そうしかけた。
ウーガナが踏みとどまれたのは、この楽観的が人間になっているような人間の情報網が侮れないものだからだ。
額に青筋が浮かぶのを感じつつも、血を吐きそうな思い出襟首を掴んだ手を放つ。
「うーん、リルちゃんなら良い情報持ってるはずんなんだけどねーエ。今シュナイデにはいなんだヨ」
「それを先に言えよ!」
無駄に人を苛つかせてんじゃねぇと、言ってやるが、やはり相手の様子は全く変わらず。
肝の据わった男なのか、ただ単に危機感が致命的に死滅した男なのか。
それで、先ほど話に出て来た、リルと言うのはこの男の娘の事だった。
ウーガナも会った事はある。
目の前の男とはどこも似てない。人見知りで根暗そうな少女。
だが気配を消すのが得意なので、情報を集める情報屋になったとかいう話で、その関係でよく町を離れているらしかった。
男の言う通り、町にいないと言う事は、新しい情報はないという事なのだろう。
「つーか、あのガキに任せてんだな、本当に大丈夫なのかよ。どっか適当な所で野垂れ死んでんじゃねぇのか」
「だいじょーぶ、リルちゃんつおいから、心配いらないヨ」
「ちゃんと発音しろ。「つおいから」じゃねぇ」
誰が心配などするものか。
ともあれ、収穫が無いのは分かった。
「金なら、後払いだ。今ぁ持ち合わせがねぇんだよ」
「だいじょうぶ、だいじょーぶ。全然気にしないヨ」
情報料について誤魔化した後は、男に背を向けてその場から立ち去っていく。
とある理由で呪いの事を調べていたのだが、収穫が無いのならこれ以上ここにいても無駄だろう。
「あとは、武器が出来てるかどうかだな」
それを受け取ったら、さっさとこの町から離れなければならない。
ずるずる居ついていたところで、イフィールやらラルドやら小生意気なガキやらに絡まれるだけだ。
気になる事はある、確かめたい事も。
手遅れな気がしないでもないが、それでも早々にこの町から立ち去るべきだ。
だが、そんな風に決意するウーガナに声がかかる。
二つ分の声。
「あ、ウーガナ発見!」
「見つけたぁ」
わざわざ姿を確認しなくても分かった。
あの兄弟だった。
背後からやってきたその二人は、ウーガナの前へと回り込む。
「何でテメェ等がここにいやがんだ」
「ラルドのお兄ちゃんが兵士でビコーで見張りなの」
「逃げないように見張ってたら小遣いくれるって言ってたからな」
「あの野郎っ!」
つまりはウーガナは、ここ最近ずっと見張られていたらしい。
なぜにあの男は、こっちにねちねち絡んでくるのか。
野郎のくせに粘着体質など救えない。
女なら良いという話でもないが。
子供二人に絡まれるのを追い払いながらも、考える。
ウーガナの目には呪いがかかっている。
死が近い人間に赤い靄がかかって見えるという、未来予知の一種に近い、そんな呪いだ。
それを何とか解く方法を探しているのだが、なかなか見つからないのが現状だった。
呪いの力自体は役に立つ。
だがどんなに役に立っていたとしても、それは呪いなのだ。
今はたまに頭痛に悩まされるだけですんでいるが、この先どんな事になるか分からない。
早めに何とかしたかった。
それに……。
「クソが……、そっちは手がかりなしか」
ウーガナが呪いにかかっているという事は、あの少女もかかってるという可能性がある。
呪いに掛かる事になった元の物体……コインがある。
それは、今は手元にない物だが。
そのコインに触れたらしい昔関わった少女がいるのだが、その少女が呪いの影響を受けてないと考えるのは楽観的すぎるだろう。
にしても、とウーガナは脳裏にその人物の姿を思い浮かべる。
「なんとなく似てるってレベルじゃなかっただろ、ありゃあ」
少女のそれは、よく聖堂などに飾られているディテシア象とよく似た姿だった
前に色々あって聖堂の入る事になった時に、ずいぶん驚いた事を覚えている。
どういう理由か偶然なのか知らないが、そのディテシア像の顔と、その少女の顔はそっくりだった。
ウーガナが少年だった頃、組織していた盗賊団。
その盗賊団が襲撃した馬車には、漆黒の刃がいた。
少女は、漆黒の刃に連れ去られて行方不明のままだ。
そして、漆黒の刃が聖堂教と繋がっている可能勢があるという事は最近掴んだ情報。
あのディテシアに似ている少女が、連中に連れ去られたというのなら、今もまだ死んでいない可能性があった。(そもそも殺すつもりならわざわざ連れ去るはずがないというのも理由にある)
あれは元は身内なのだ。なら、それを確かめない理由はこちらにはない。
「ったく、計画が台無しじゃねぇか」
その為にも、ウーガナはシュナイデへの武器の密輸の手伝いにかこつけて、連中の懐に忍びこんでやろうかと思っていたのだが……。
なんの因果か、正義の象徴ともいえる人間達に絡まれてしまったのが運の月だった。
「面倒な事に巻き込みやがっ。ああ、くそっ」