彼の探しもの
思い出すのも嫌になる。
脳裏に思い浮かべるのも嫌になる。
それは始まりこそ、良くできた幸福の形をとっているが、終わってみれば悲惨な不幸しか残らなかった話。
終わって、消えた。昔の話。
それはとある場所の、とある時におきた、一つの出会いから始まる出来事だった。
路地裏の中、狭い世界で生きていた少年はその日、空腹で行き倒れていた。
表通りに這いずって物乞いをする体力もなければ、生きる為に何かをしようとする気力もない。
誰も通らないその場所で倒れた少年の命は、風前の灯だった。
だが、微笑んだのは偶然か奇跡か。その場所に通る一つの影があった。
少年の傍で立ち止まった影の主は少女だった。
夜闇を閉じ込めたような黒髪に、黒い瞳をした少女。
少年を見下ろすその少女は何を思っていたのか、懐から食べものを取り出して分け与えた。
動く気力も体力もなかった少年はそれによって、消えかかっていた命を繋ぎ止めた。
少年は、弱い事がそのまま死へと繋がるような……そんな裏路地の世界で生きてはいたが、義理堅い人間であった。
受けた借りを返そうと、彼はどこからか盗んできた輝くコインをその少女へと手渡した。
コインを渡された少女はとても喜んで、それを大事に懐にしまった。
もう二度となされない、表の世界と裏の世界の、ひと時の交流。
その時の少年は、偶然の出会いを前にしてそう思ってたのだが、予想通りにはならなかった。
少女は、その日から来る日も来る日も少年の元へとやってきたからだ。
いつもその手には、二つのパンを携えて。
しばらくの時が経つ。
それから少年は力をつけていって、やがて裏路地に集う者達を束ねる程になった。
その頃になると少年は、少女の身分もある程度は判明できていて、どこかやんごとなき家の娘だと言う事くらいは分かる様になっていた。
少女はそれが分かっていて、なお少年のいる世界へと足を踏み入れ続ける。
しかし、ある日問題が起こった。
少年の渡したコインが曰く付きの物だったことが判明し、それが元で少女は家を追い出されてしまうのだった。
そこで、返した借りが正当な物ではなかったと知った少年は、行き場を失った少女を自らが率いる盗賊団の配下に加える事にした。
荒れくれものばかりが集う組織の中で、少年が驚くほど少女は集団によくなじんでいった。
そうして少年達は、自らが生まれ育った町を出て、各地を放浪する事になったのだが、彼らの旅は始まって早々終わりを告げる事となる。
盗賊団の仕事自体は順調だった。
日々の実りは増えていく一方で、成果も上がっていく。
だがその影響で、少年は次第に危険な次第に行動に出るようになった。
その代価は唐突に払わされる。
森の奥深くの、目立たない場所にある整備された道。
少年たちが、そこを走る馬車に襲い掛かった時の事。
小さな盗賊の組織はあっけなく全滅した。
生き残ったのは少年と少女だけ。
少女は敵に連れていかれ、少年は仲間の死体に埋もれたまま気付かれずに生き延びた。
それが思い出すのも嫌になる様な、少年だった彼の思い出のかけらだった。
彼はそれ以来ずっと探し続けている。
あの日なくした探しものの在りかを。
未だ見つからない、その少女の行方を。