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白いツバサ  作者: 透坂雨音
短編集 彼と彼女の探しもの
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EP1 状況整理03



 さて、再び話に戻るがここら辺から本格的に覚えていない所なので、よく注意して聞いていなければならないだろう。


 人質救出作戦からそれから半日後の事。


 後夜祭会場では、町の人々にかけられた魔法を解除する為の準備が行われていた。


 そこに合流する形となった姫乃達は、作業に加わりすずめの涙ほどの助力をするが、まあそこら辺はどうでも良いだろう。

 重要なのはその後、仲間達から離れたアタシは、アジスティアの力を手に入れたらしい氷裏に出会い(というか覚えてるのはうめ吉の姿だけだが)、それによって記憶が改ざんされてしまう。


 すりかえられたのは、これからの行動には影響が少なそうな日常部分、「家族と仲違いせず、織香も生きている」という虚構の記憶だった。だがそれは、下手な情報より、人によってはどんな武器や傷害よりもずっとタチの悪い凶器になりうる。

 

 そして……。

 時間をおいて、未利の言動に違和感を持っていた姫乃の……、実はまだ危険は去っていないのではないかという不安が的中したように、その場に見覚えのない集団がやってきた。


 彼らは自らの事を聖堂教組織の所属だと述べた。

 彼らを仕切るのは、白金執行部隊のアルノド。

 集団の代表だと名乗りでたその人物は、何と水礼祭を進行した司会役アムニスと同じ人間であった(祭り会場で起きた一連の爆発物事件についての関与が疑われているが、証拠は未だ発見されていない)。


 アルノドはその場で、人々の身に危険な魔法が仕掛けられている事を暴露し、対応できなかったコヨミを責めたて、明星の真光イブニング・ライトの者達もまとめて糾弾し始める。


 一旦、その場が混乱に包まれるものの、誰かさんの機転が功をなし、駆けつけたコヨミによって場をまとめる事に成功する。


 だが、問題はここからだった。

 追い詰められたアルノド達はイフィール達と戦闘になる。

 

 分断される形となったアタシは仲間達から離れて、氷裏の策略にはまり仲間が死んだと思い込まされたらしい。直後、操られたフォルトによって、薬物を投薬されて意識不明に陥る。そして、そのフォルトは駆けつけた姫乃の前で、アタシの本当の名前を告げて後を託した後、海へと身を投げた。


 その後の事だが、倒れたアタシへの治療は即座に行われたらしい。


 フォルトがかけた夢を見せるという魔法……対象を仮死状態にさせる能力のおかげで、薬のまわりが遅く、致命的なダメージを受ける前に解毒する事が出来たからだ。

 披露や倒れた時の少々の傷も、魔法で完全に治す事が出来たらしい。


 しかし、それでもアタシは目覚めなかったのだと、姫乃達が言う。


 数日を経ても一向に起き上がる気配を見せない仲間の姿に、姫乃達はすごく心配したようだ。


 それぞれがただ何もできずに、見守る事しかできない時間。

 そんな時を過ごさせてしまった事を、少し申し訳なく思う。

 百万回ごめんを言っても、おそらく足りないくらいだろうが、謝罪の仕方について考えるのはとりあえず後にしておく。


 そういうわけで、姫乃達をとりまく状況は一時期膠着していた。


 だが、それを動かしたのは啓区の身の回りの事情だ。


 わけあって自身の消失とアタシの消失を察していた啓区は、治療室に現れた女性……ベルカにある提案を持ちかけられる。

 それは啓区の存在を引き換えにして、この世界に「膠着した状況を動かす可能性」を呼び込む事だった。


 ベルカの提案を悪くないものだと思ったらしい啓区はその場で応じかけるのだが、何故か超人的な勘を発揮したらしいなあに良い仕事をされ断念。

 接着剤と呼ばれた子ネコウがその場に召喚された以外、その時は特に変わった事は起きなかった。

 代わりに啓区の判断は、およそ数時間後に引き伸ばされる事となるのだが。


 そしてそれらの伏線があって、状況が一気に動くのがその日の夜。


 エマの日記とフォルトの日記についてもろもろ(正確な事はまだ教えてもらえない。なぜだ。解せぬ。)を話し込んでいた啓区とエアロ。その最中にアタシの存在が急激に変動している事を察知した啓区が、部屋を飛び出そうとしたのだが、そこに姫乃の偽物が表れた。


 初めは本物である事を装う偽物であったが、エアロに見抜かれた偽物は本性を発揮、彼女達に牙をむいた。

「未利に消えてもらわなければならない」と言う偽姫乃は炎の魔法を使い、啓区やエアロを足止めしようとしたらしい。


 それと同時刻。

 本物の姫乃の方は、どういういきさつがあったのか本人も知らないようだが、いつのまにかエンジェ・レイ遺跡に立っていたらしい。


 訝しみながら周囲を探る姫乃は、そこで遺跡のさらに最奥……シンク・カットに辿り着き、ツバキと再会。

 エマー・シュトレヒムの作業部屋にいるという己の状況を把握していた。


 その後に彼女は、限界回廊にて啓区の潜在意識を事情する存在……アジスティアと出会い、様々な情報を得る事になる。

 そこで姫乃は、知る事のできるはずのない事実……もう一つの世界の歴史を覗き見て、死の運命に捕らわれている人間……方城未利の情報を得る。


 そして、


『――未利が異界(おそらくマギクス)で死ねば……二つの世界(マギクス、メタリカ)は救われる』

『――未利が異界で死ななければ、その二つの世界が滅ぶ』


 という事を知ったのだ。

 

 それから過去を調べろというアジスティアのヒントを受け取った姫乃は、なあと合流し啓区達の元にかけつけ、偽姫乃を退却させる。


 だが、ご存知の通り問題がそれだけで終わるはずがない。


 時間切れだと言いその場から偽姫乃が去った後は、姫乃達をその場に置いて啓区が一人独断専行。

 治療室にいるベルカの元へ辿り着き、取引を持ちかけようとしたらしい。

 幸いにも、啓区のその行動は姫乃に説得されて未遂で終わったものの、その場にはアタシの存在が急激に変動する原因……医師に身を扮していたらしい氷裏の姿があった。(推測になるが、やつはこの時に、こちらの心域に接続したと思われる)


 氷裏が一時撤退した後、姫乃達はベルカの助力を得てアタシの心の中の世界……心域へと入る事に。


 一旦はバラバラになったものの、姫乃達は内部で再度合流し、アタシの本音を司るエムに出会う。


 無かった事になったもう一つの世界にいた別のアタシ。その彼女と似た存在、エムに言われるまま、姫乃達は心域内部を進んで行き、過去のあれやこれやを覗き見ながら、真実の塔へたどり着く。(その前に、どっかの現実からやってきた訪問者の少年、ミライと会ったらしいがアタシはそんな奴知らん)


 そこで、アタシが生きて行く為にとエムに言われ、姫乃達はある決断を迫られた。

「矛盾」を生み出す源……本音を壊せ。と、そう姫乃達はエムから言われるのだが、彼女達は当然これを拒否。未利が「本音」と「虚勢」の板挟みにあって目覚めないという事実を知った。


 直後、「虚勢」であるアタシ(ええい、ややこしいな!)の手によって心域切断と、「虚勢」消失が秒読みに入る(うん、まったく覚えとらん)。さらには、真実の塔にある真実とやらを狙ったらしい氷裏が何かをしたのか(正確には分からないし曖昧だが)、その影響を受けたと思われる心域が、状況に平行して崩壊加速(大ピンチやん、……ふざけるのもこれぐらいにして、と)。


 その後は、状況変化の連続だった。


 氷裏によって悪意を隠された子ネコウから後夜祭での真実を教えられたり、その子ネコウが悪意を仕込まれた影響で狂暴化したり、やっぱり氷裏との戦いとなったり、一旦心域が崩壊したりしたり、そんで啓区の心がくじけたり、その啓区と姫乃が言い合いしたり、最後に和解したりで、再び世界が顕現……ではなく再生したり。短時間で、かなりの出来事が起きたらしい。


 だが、そんなしっちゃかめっちゃかになった状況も、結局は皆の努力のおかげで丸く収まったのだ。


 再構築された心域の世界にて、氷裏は追い出され、アタシは産みの親にまつわる過去の思い出や名前を知って、その後姫乃の説得を受けて「矛盾」に決着。

 一連の騒動は幕を下ろし、今に至る……というわけだった。


 一言、言って良いだろうか。

 話、長い……。





 さて、話は終わり、分からなかった事も色々と判明したのだが、とりあえず……。


「勝手に人の過去、みるなぁ……」


 アタシはそう抗議しておく。


 死にたい。


 死にそう。


 死ぬ。


 物理的にではなく精神的に。


「くそぅ、ただ眠ってただけなのに、何でこんな恥ずかしい思いをしなきゃならない」

「ご、ごめん」

「ぴゃ、隠してるのは勝手に見ちゃ駄目だと思うの、なあもごめんなさいなの」


 やはり最初に謝ったのは姫乃だった。

 大丈夫姫乃は悪くない。

 ついでに言えばなあちゃんも、問題はそれ以外なのだだ。それ以外。


 今この身にかけられている布団を頭からかぶって、全身をすっぽり覆いたいくらいだった。


「いや、良いけどさ。本当は良くないけど我慢する。我慢……するし」

「そう必死で堪えてるところを見せられると、あえてつつきたくなるよねー」


 だが、啓区のそんな非情な発言。

 アタシは反射的に声を大にして、突っ込まざるを得ない。


「アンタは鬼か! 言っとくけど、我慢ならないのはアンタとエアロのが八割なんだけど!」

「心が狭いですよ。未利さん」

「アタシが悪いの!? 誰だってこうなると思うけど!?」


 鬼だ。

 鬼が二人もいる。


 鬼って人で数えて良いんだろうか。

 いや、どうでもいいだろうそんな事。


「はぁー……」


 深いため息をついてうなだれていると、先ほどからベッドの隅で大人しくしていた子ネコウが寄って来る。

 つぶらな瞳だ。

 何も分かってなさそうだった。


「アタシは今猛烈にネコウになりたい……」


 呑気そうできっと悩みとかなさそうだし。

 と、そんな風に呟けば、姫乃が変な所に反応してくる。


「ネコ、やっぱり好きなんだね。前の世界でも、ネコ追いかけてたよ」

「いや、そんな事ないけど。っていうか、それ本当にアタシなの? 全然信じられないんだけど」


 自分の過去ならともかく、前の世界だなんてものの中にいる自分の事を持ちだされると、何と言うか凄く反応に困った。


「昔の未利にそっくりだったよ。素直な感じで、構ってって感じで」

「ぐぁ……そんなのアタシじゃない。……そ、そりゃ昔はそんな感じだったかも、だけ……ど」

「そうですね、昔の未利さんは本当に無邪気そうで可愛らしかったですよ。それがどうして、こんな可愛げが無い感じに育ってしまうんでしょう。時間は残酷ですね」

「エアロも便乗すんな。っていうか、人が老けたみたいに言い表すな」


 まさかの姫乃からの意図しない間接攻撃に悶える。

 エアロの追加攻撃も相当だ。


「だけどさ……」


 だが、その後思うのは未利を助けるために、前の世界から消えてしまった人間の事だ。


「未来、か。どんな奴だったんだろう。アタシのせいで、消えちゃったんだよね」

「それは……」

「それは違いますよ」


 言いかけた言葉に何か言葉を伝えようとする姫乃だが、エアロがそれよりも強い口調で否定の言葉を口にした。


「どんな結果であろうと、その人の責任です。人のやった事を自分がやったみたいに考えるのは、その人への侮辱ですよ。決意した覚悟も思いもその人だけのものですから。未来さんって人が戦った手柄を横取りしないでください。……逃げたのは減点ですけど」

「……そういう考え方も、あるかもね。兵士らしいじゃん」

「兵士ですし」


 姫乃とはまた違った物事の考え方だ。


 それは非情な現実を常に目にしてきた兵士ならではの捉え方なのだろう。


 エアロは今までそう考えて過ごしてきたのだ、兵士としての日々を。

 こんな状況の世界なのだし、身近にいる人が死んでいて、その場に居合わせるなんて事もきっと少なくはなかっただろうから。


「エアロに良いところ取られちゃったな」

「へぇ、意外。姫ちゃんでも恰好良いとこ見せたいって考える事あるんだ」


 その後に付け足された姫乃のセリフが本当に意外だったので、アタシはすぐにそう尋ねていた。


 人間なんだからそういう部分があってもおかしくはないのに、それが姫乃となると当てはまらないように見えるのだから、不思議だ。


 それだけ彼女が、周囲に対していつも優しいという事だろう。


「まあ、ちょっとだけ。たまにね。そういう考えで言うと、啓区を説得した時なんかきっと、一番の見せ場だったと思うよ」

「自分で言っちゃう? 姫ちゃん、ちょっと見ない間に逞しくなってない? 男前?」


 他の面子もまさかそんな変化をすでに日常として受け入れつつあるのだろうか、とそんな戦慄の想像を掻き立てられながら顔色を窺っていくのだが、どうやら違うらしい。


 啓区は「わぁ」とか言ってるし、エアロは偽物じゃないだろうかとか疑いの目線になってるし。


「ちょっと舞い上がっちゃってるのかも、だってまた皆でこうして顔を合わせられている事が嬉しくって」

「そっか……」


 心からそう思っているだろう姫乃の笑顔を見て、アタシも素直に同意する。


「そうだね」


 大変な事ばかりだったが、誰も欠けずにいられることができた。


 そんな当たり前で、少し前はひどく実現不可能に見えた光景がとても嬉しくて、……。


 仲間達の顔を見られるという、ただその事実が嬉しいと、そう思っていた。


 産みの親がどうしているのか、フォルトの屋敷にあった墓は誰のものなのか、未来という人はどこへ行ってしまったのか。

 今の両親達は、元の世界でどんな思いでいるのか。


 考える事は山ほどあって、知りたい事もたくさんある。やらなければならない事も。


 けれど、今だけは何があってもやっていけるような、そんな気がしていた。


 

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