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白いツバサ  作者: 透坂雨音
短編集 夢が導く絆の証明
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アーク・ライズの冒険譚01



 心域 真実の塔内部 『+++』


 それは後夜祭会場で未利が倒れる事になる少し前の出来事だった。


 心域内部に存在する真実の塔。

 その建物の内部は、そこが建造物である事を忘れさせるくらいに緑に溢れていた。


 塔内部のどこかの階層。

 そこは、室内でありながらもみずみずしい緑の生い茂る場所。生命溢れる空間であった。


 木が立ち並び、植物が生えそろい、花が咲き乱れる。

 ちょっとした泉なども存在するその建物内部の場所には、縁の方にぽつりと小さな木造の家が建っていた。


 その玄関前。

 栗色の髪に丸い猫の様な瞳をした少女……エムは、腰に手をあてた状態で仁王立ちしながら目の前にいる来訪者を見つめていた。


「もうこれで何度目? 鈴音(すずね)。また、来たの?」

「えっと、その、あはは……そのぅ、正確な回数はちょっと覚えてないです」


 その対面で申し訳なさそうに、情けなさそうな表情で立つ鈴音と呼ばれた少女は、うなだれながらか細い声で返答。

 そして記憶の底を探った結果を伝えるのだった。


 その少女のフルネームは音無鈴音(おとなしすずね)

 小学二年生の少女で中央心木学校の生徒であり、未利の知り合いであった。


 以前、変な爆弾を発見してゴタゴタに巻き込まれた事があって、その際に未利ともう一人の少女……三座(みさ)に助けされた事がある。


 エムの目線で評すれば、ピンク度合の高いチョイスの、頭の軽そうで浮ついた服装をきた微ツインテール少女……だ。


 その少女、鈴音がなおも謝罪の言葉を重ねる。


「重ね重ねごめんなさい、そしてごめんください」

「はぁ、もういいよ。鈴音とは元から繋がりやすかったんだから。それで、今日はどんな愚痴を言いに来たのー? 聞いてあげるからさっさと喋っちゃえば? おやつも一応出したげるから」

「す、すみません」


 頭が上がらないと言った鈴音は、呆れた調子のエムに迎えられるままに家の中へと入る。


「今日は、小さな未利さん……じゃなくてマツリさんはいないんですね」

「まあねー。ミライと一緒にどこかで遊んでるんじゃないかな」

「じゃあ、ここにいるのは本音の未利さんことエムさんなんですね」

「態度で分かるでしょー?」

「そ、そうですけど……」


 口ごもる鈴音を見てエムは今更何を聞くのやら、といった態度をとる。


 鈴音が気にするのは、この心域に現在存在する同一人物の別人格たちの事だ。


 実の所を言えば、心域を訪れる鈴音が普段よく会っているのは、目の前にいる未利という人間の本音の人格……エムではない人物。もっと別のややこしい事情の背景がある、本音でも虚勢でもどちらの人格でもない存在……マツリ・イクストラという少女だった。


 いつもならば鈴音は、同じように現実からの来訪者であるミライという少年とマツリを交えて、三人で遊んだりするのだが、その二人の姿が見当たらない時は代わりに本音人格エムが出迎えるのだ。


 気後れした様子で入り口付近で立ち止まっている鈴音を、エムが声をかけて室内にある椅子に座る様に促す。


「ほらほら、座って。取りあえずお茶は紅茶で良いよねー。お菓子は何にしようかなー」


 迎え入れた鈴音を移動させた後に、なんだかんだと言いつつもエムは歓迎する気でいる様子で、お茶とお菓子の用意を進めていた。


 あっちへいったりこっちへ行ったり、もてなしの準備を始めるエムの動きに合わせて、室内にあった道具が一人でに動いて仕事を開始。

 小さな布巾がテーブルの上を掃除したり、食器が自ら並んだり。

 絵本にあるような魔法使いの家の様な光景がそこにはあった。


「はぁ、何回もこの世界に来てるけど、相変わらず不思議なとこだなぁ……」


 その中で、手持無沙汰となった鈴音はあちこちに視線を向けながら、そもそもの瞬間、一番初めにここに来る事になった理由の、もろもろの背景を思い出す。


 ほんの少し前、それは至極身近な春の季節の頃合いに、全て始まったのだった。






 四月一日。

 その日は、鈴音にとって一生忘れられない日となった。


 まだまだ休みの時期にあって、学校が始まるまでの期間をのんびりと過ごせる貴重な日々。

 その日の鈴音は特別変わった事はしていなかった。


 世間一般の小学生が過ごす様に時間を使っただけだ。

 のんびりと朝起きて、昼に外で友達と遊んで、お菓子を買って食べたり、公園に言ったりと……。


 けれど、それがおかしくなったのは、友達と遊んだ後の帰り道だった。


 そこで鈴音は小学二年生の少年に話しかけられた。

 名前は雪高(ゆきたか)

 雪高は仲の良い友達、有栖(ありす)という少女を探しているようだった。


「そっか、雪高くんは大変なんだね。でも私はそんな子は見てないかなあ」

「そっか、ったっく有栖のやつどこ行ったんだよ」


 鈴音が心当たりがない事を述べると、雪高はお礼を言って、再び少女の捜索へと戻っていく。


 その背中を見た鈴音は、悩んだ後に追いかけた。

 それは、どうにも見て向ぬふりが出来なかったので、お節介を焼いて一緒に探すのを手伝いたかったからだ。


「何で姉ちゃんは、そんなに俺達の事知らないのに助けてくれるんだよ」

「何でって言われても……何となくとしか言いようがないなあ。でも、私が困っていた時に助けてくれた人がいたから、その人の事思い出してとか……かなあ」

「変なやつ。姉ちゃん、そのうち悪い大人から騙されるぞきっと。しっかりしろよな」

「あはは。頼りなく見えてごめんね」


 それからは、雪高に兄がいるという家族話や鈴音が巻き込まれた爆弾の話など、当たりさわりのない世間話や雑談をしながら町の中を捜索。

 その過程で分かった事は、有栖という少女は少しだけ他の人達とは変わっていると言う事だった。


 他の人にはできない特別な事ができるらしいので、他の人からイジメられているのだと雪高は言った。


「何それ、イジメひどい。だめ絶対」


 ……みたいな事を鈴音が言えば、雪高は。


「単純だな姉ちゃん。微塵も俺の言った事疑ってないのか?」


 そんな風に呆れたりして。


 それはともかく、と先の内容に加えるように雪高は発言した。


「俺の地元にはちょっと危ない連中がいてさ。生贄を差し出さないと世界が滅ぶとかそんな事を考えてる奴等がいるんだよ。そいつら、自分達に歯向かってくる奴とか、人からハブられてる奴とか、いつも一人でいる奴とか狙ってるから、結構タチが悪いんだ」

「雪高くんの地元って、……そ、そんな怖い人達がいるんだ」

「まあ、結構マイナーな話で、俺の家族の馬鹿兄ちゃんも知らない事だけど」


 そんな風に情報を引き出したり心当たりを巡ったりしながらも、二人で揃って捜索を続ける事、小一時間。


 捜すアテの尽きた鈴音達は、少しばかり危ない橋を渡る事にした。

 怪しい連中の拠点があるというらしい山に踏み込む事にしたのだ。


 日が暮れつつある鬱蒼とした薄暗い山の中、少女を探し続ける鈴音達はある洞窟を発見。


 その内部を進んで行く。


「わ、大変。女の子が……」

「やっぱり、あいつらが有栖を……」


 その奥で見たのは、有栖と思わしき少女を抱える怪しげな人間達の集団だった。


 その者達は、今まさに少女をつれて洞窟の向こう、外に繋がっている場所へと移動しようとしている所で、鈴音達は自分達が子供だと言う事も忘れて彼らの前に姿を現してしまった。


 それが、後の大きな厄介事に巻き込まれる原因になる事も知らずに。


「有栖っ!」


 顔見知りが危ない目に遭っていると言う事もあり、雪高の方が先に飛び出した。

 しかし、彼は普通の子供らしく抵抗したわけではなかった。


 怪しげな集団に駆け寄った雪高は姿を変えて、みるみる内に真っ白な雪原の様な色合いの……白銀の体毛を持つ狼へと変貌していったのだった。


「え、えぇっ。もう、何がどうなってるのぉーっ!」


 雪高と怪しげな者達との攻防が始まる。

 その中で更に判明したのは、不思議な力を持っているのは狼に変貌することができる雪高だけではなく、有栖という少女も同様という事。


 有栖は、地面に細いラインのようなものを光らせて、その上を踊る様に移動。自らを捕まえようとする相手の手を回避していたのだった。


 それは超能力だった。

 雪高のは己の肉体を別も姿へと変えさせる肉体変化(メタモルフォーゼ)

 有栖のは、己を生存させる道を知る事が出来る生存視線(デッド・オア・アライブ)という能力。


 だがその中で、状況を動かす手段を持っていない鈴音は、ひたすら事態が動いていくのを傍観するままでいた。


 どちらの利益にも害にもならない少女は、だが放っておかれるはずもなく、混迷を極めていった状況にあれよあれよという内に巻き込まれ、気が付いた時には怪しげな者達から逃げる為、雪高と有栖と共に洞窟の向こう側へと走る所だった。


「うえぇぇぇん、何でこうなったのぉぉぉ……!」


 そうして洞窟を抜けた先で、混乱する思考のままに新たな逃避行を覚悟する鈴音だったが、それらの事前準備は一瞬後全て意味をなさなくなった。


 何故なら……。


「こ、ここどこ!」


 洞窟の先は、瞬間移動でもしたかのように別の場所になっており、鈴音達は広大な花畑の中に立たされていたからだった。






 テーブルには相対するような位置で二人の少女が座っている。

 その卓上には湯気を立てるお茶とお菓子。


 それなりに長さのある話を、気づかない内に口に出して述べていた鈴音は、いつの間にか目の前にエムが座っている事に気が付いた。


「ふーん、それで鈴乃の長々とした回想に突き合わされたわけだけどオチはどこにあるの?」

「ないですよぅっ。そういうのじゃなくて、ただ聞いてほしかっただけで……」

「まあ、良いけど。お茶冷めちゃうよ。飲んだらー?」

「あ、はい。いただきます」


 回想から戻ってきた鈴音は、エムの入れてくれた冷めかけのお茶をぐいっとあおる。


「ぶっ、げほげほっ。あ、熱い! 熱いよぉ――――っ!」


 そこで、予想外の熱を感じ、咳き込んで苦しむのだった。

 ある意味オチをつけたような鈴音の行動に、エムは目を丸くする。


「そんなに一気に飲むとは思わなかったよ。魔法で温めてるんだから、あたしが魔法を止めない限りは冷めないって忘れてたんだね。ほら、治してあげるからこっち」

「うぅぅぅ……」


 対面に座っていた涼音が身を乗り出すと、その喉にエムが手をあてて魔法を使い、さっと火傷を治してしまう。


「あ、ありがとうございますぅ」

「湯気立ててるから、普通は気が付くと思ったんだけど。ほんとにドジだね鈴音って」

「うぅ、ひどいです。ひどいですよぉ!」

「だって普通引っかからないのにー」

 

 うなだれる鈴音は、頭を抱えながら恨みがましい視線をエムに送るのだが、エム自信は涼しい顔をまったく動かさない。


「ほら、続きは? 話したいんなら、話していけば? 色々整理したいんでしょー?」

「あ、はい。分かってたんですね。そうなんです、最近ちょっと失敗続きで、改めて背負ってる物とかを確認して気合入れ直そうかなーと」

「まったく手間がかかるよね。あたしが言える事じゃないけど、虚勢人格並みに」

「ほんとに言える事じゃないですよ。あうう、でもありがとうございますぅ」

「何? 罵られてお礼。そういう趣味なのー?」

「違うよぉ! 違います! 未利さんと同じ様な事言わないでくださいってば」




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