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白いツバサ  作者: 透坂雨音
短編集 夢が導く絆の証明
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食べる事は生きる事

啓区が見た夢の話。




 ……確かに僕眠ったよねー。


 眠りについたという自覚があった。

 疲れたな、と思って疲労のままにベッドに入り眠た記憶がある。


 そして、段々と意識がぼやけていくのを自分で感じ取って……、確かな空白があった後に訪れたのは夢の世界だった。


 夢、だと思う。

 そうでなければ困る。


 だってベッドに入って横たわったのに、立っているのだから。

 前日だと怖くてホラーな現象だが、夢なら全然オーケーだ。

 

「うん、普段はあんまり夢とか見ないんだけどー、一応人間だし僕でも見るよねー」


 ベッドに入った状態から、現実に存在しない虚構の世界へ旅だったらしい勇気啓区(じぶん)は、目の前の光景を見て、とりあえず一つ頷いてみる。

 混乱は一応過ぎ去った。


「お菓子だねー」


 それで、肝心の景色の方だが、何と言うかとても非常にかなり言い表しやすい。


 ザ、お菓子。

 お菓子だった。


 言い表すと言うレベルではなく、もう単語一つで勘の良い人ならお分かりになられる景色だと思う。


「僕らしいねー。さすが僕ー。夢で食べても太らないからとっても便利だー」


 目の前には、山と積まれたお菓子が地平線の彼方までずらりと並んでいる。


 お菓子の山、山、山だった。

 一つ一つの高さは子供身長分だが、たくさん並ばれると、圧巻だった。


「食べ放題ーって喜ぶにはちょっと現実感がなさ過ぎて損かなー。それにー……」


 と、啓区は周囲を見回して思った事を言う。


「こんな所で一人で食べてもねー」


 花より団子の主義で生きている自分であるが、さすがにお菓子以外何もない世界で美味しく食物を摂取せよと言われても、ただただ反応に困るだけだった。


「せめて、何か綺麗な景色っぽい物があったらなー」


 そう、せめて真っ白な景色ではなく何かしらの人工物なり自然物なりが視界に存在してくれると嬉しい。


 そんな夢の主の考えが反映されたのか分からないが、さっそくその世界に変化が起こった。


「わー……」


 白一色だった世界が、美しい花の咲き乱れる庭園へと変化していく。


 なんて都合のいい世界。

 夢ってこんな便利だっただろうか。


「これ、僕の夢ー? ってちょっと疑うレベルだよねー」


 透き通った水が流れる水路に、水の芸術を作り上げる噴水。白石で作られた腰掛椅子に、レンガを埋め込んでできた遊歩道。そして咲き乱れる花畑。


 それらは見事な調和を持って、一つの美しい庭園という景観を作り上げていた。


 だが、自分の芸術性はこんなに素晴らしいモノではなかったと思う。ほんとに。


 創り出された景色に困惑していると、そこに声をかけてくる者がいた。


「綺麗な場所だね」

「ふぅん、まあ見れない景色じゃないね」

「ぴゃ、すごいお庭さんなの」


 姫乃達だった。

 夢の中の住人で、いっぺんに三人も出てくるとは器用な事だが、出てきたからには出てこれたのだろう。


「まさか、本物ってわけはないよねー」


 一応実例がある。

 現実でもない世界、心域なんかで本物が動き回れる世界だってあるのだ。

 キャラでもないのに人に疑いの目を向けざるを得なくなってしまうではないか。


「たくさんお花が咲いてるね。綺麗だなぁ」

「それよりお菓子、まずお菓子でしょ。景色は逃げないけどお菓子は人に食われたら消化されて逃げる!」

「ふぁ、甘い匂いがするの。なあとってもぐーってお腹が空いてきたの。でもお菓子さん、道に落ちてるから食べちゃいけないの。しょんぼりなの」


 見た所不自然な所はどこにもないが、かといって本物だと断じられるような証拠があるわけでもない。

 とりあえず、様子見だった。


「夢の中でまで頭使って悩むなんてねー。ちょっと前じゃ考えられないよー」


 そもそも夢自体そう見なかったのだから、ここでこうしていること自体がレアだった。


「確かこういう夢って、本人の願望とかが反映されたりするらしいけどー。綺麗な所で皆でお菓子食べたいとか、我ながら単純すぎるなー」


 見える景色は本当に単純な物だ。

 何かを暗示させるような意味深長な物はまるでないし、暗い影も明るい希望の様な物もどこにも転がってない。


 ただの景色、そしてお菓子。あと皆だけだった。


 そこは非常に完結な世界であった。

 そして平和で、とても幸せな世界。


 だがそんな単純なものを作り上げるのに、人はとても苦労する。


「まあ、僕だしねー。何か特別やりたいなんて事は、なかったしー。こんなで満足できちゃうんだろうなー」


 やらなければならない事とか、暇つぶしにしている事はあってもやりたいなんて思うような事は今までになかった。


 けど、今はこんなささやかな景色を守りたいと思う。

 ずっと続いて欲しいとも。


「姫ちゃんに言われた通りだなー」


 思い返すのは、心域での出来事。


 叶わなかったと、力が足りなかったのだとそう絶望していた時に姫乃にかけられた言葉の数々だ。


「やっぱりお姫様って柄じゃないよー。王子様だねー」


 絶体絶命のピンチにある仲間の元へ駆けつけに飛んで行ったり、勝率超最低値からのイベントボス逆転勝利なんかも。

 ただ守られているだけのお姫様には成しえない事だった。


「反対に人質に取られるとか、命の危険に晒されるとか、眠りの状態異常にかかって行動不能になるとか、突っ込みキャラがヒロインしすぎでしょー。最初の頃と比べて随分、キャラの感じが変わってきてるねー。うーん、変わったって言うよりは、元のが見える様になっただけ、かなー。なあちゃんは安定してて変わらないから、安心するよー」


 視界の中。

 視線の先では、姫乃と未利が二人並んで、大輪の花の前で何かを言い合っている。


 反対に離れた所で水路に流れる水を追いかけて散歩しているなあは、今も昔もずっと癒しキャラで何も変わらない。


 なあは、水の流れに何かの感動を受けたようだった。


「ぴゃ、おーみーずっなの」


 ほんとうに未だによく分かんないところがある。

 水路に対して何を考えてるのだろうか。


 そんな風に思考を巡らせていると、先程まで花の前にいた姫乃達が今度はお菓子の前に立っていた。


 積み重ねられたそれらを、眺めたりちょっとつまみ食いしているようだ。


「あ、これ美味しい」

「うーん。こっちはイマイチ。変な味だし」


 その反応で分からるのは、


「あー、やっぱ幻だー」


 得体の知れない物をこんなにも早く口に含んでいる所で、本物ではないと判断できた事だろう。


「甘い物とかお菓子って食べてると幸せな気分になるよね」

「まあ、そうだね。アタシは辛いもんが好きだけど。こういうのも嫌いってわけじゃないし」


 夢の中だけの幻である彼女等はそれからも、色々と言い合いながらあっちこっちのお菓子を食べている。


 見てるとなんだか、こちらまで食べたくなってきた。

 交わされる感想を聞いている内に食欲が刺激されたようだった。


 お菓子の山に近づいて、手頃なものを手に取る。


 そこにある山には、実に様々な種類の品物があった。

 見た事ある物や、無い物。異世界で見かけた物まで、実にバリエーションが豊かで豊富だ。


「もぐもぐ、うん夢の中だけどサービス精神だねー。ちゃんとお菓子が美味しいやー」


 お菓子は好きだ。

 食べ物は全般的に好きだが、その中でもお菓子は群を抜いている。


 ほとんどのお菓子は苦味とかがなくて分かりやすい味をしていて、美味しいし見た目もカラフルで見ていて楽しい気分になって来る。


 だが……。


「でも、別にどれが好きとかって言うのはないかなー」


 食べないよりは食べたいと思う。

 何だか生きてる感じがしたから。

 何もしてなくても、食べてる時は生きてると思うことができた。


 だが、どれが好きとか何が好きとか、そういう趣味嗜好は今まで存在しなかった。


 だから……。


「啓区は何が好きなの?」


 そうやって仲間に聞かれても結構困るのだ。

 いつの間にか、姫乃が近くに来ていた様だ。


「えーと、何でも?」


 特定の何かがない以上、そう答えるしかない。

 もしくは食べやすい物とか、手近にあるものとか。……そんなこと言ったら、誤魔化してるとか言って怒られるだろうか。


「あ、どーせこいつ「すぐに食べられるもの」とか言うに決まってるし、そうなんでしょ! 絶対そうだし」


 見抜かれてしまった。


「姫ちゃん達は逆に何が好きとかあるー? 良かったら、探してプレゼントするよー。ここで食べるだけなら食べ放題だしねー」

「ぴゃ、お菓子さん食べれるの?」

「おっと、なあちゃんも参戦して来たねー。もちろんだよー」


 一人でお水に楽しんでいるのに飽きたのか、なあもそこに追加してきた。


「私は和菓子とかが好きなんだけど、うーん駄菓子ってどうなんだろう」

「そう言えばどうなんだろうねー駄菓子ってもはや区別難しいしねー。駄菓子と言う一つのジャンルなのかなー」

「でも食べるんだったら、蜜柑味の飴がもう一度味わってみたいかな」

「蜜柑がお好きな感じ―?」

「ううん、特別好きってわけじゃないけど、一番最初に啓区がくれたものだから」


 あー、そういえばそうだねー。


 エルケで再会した時に、姫乃のイメージにぴったりだと飴をあげたのだったか。


「それだったら、似たような味ので別のもあるからお一ついかがー。きっと気に入ると思うよー」


 がさがさとお菓子の山から探し出そうとすれば、夢の中だからなのか、すぐに目当てのお菓子のパッケージが見つかった。


「僕が食べたいやつはないけど、うん。食べてもらいたいやつならあるんだよねー」

「?」

「何でもない、こっちの話ー」


 首を傾げる姫乃にそれを渡して、他の面々にもお菓子をチョイスしていく。


 未利は途中で待ちきれなくなって一人で捜索していたが、なあの方は瞳をキラキラさせて眺めるだけだったので、好みそうな甘くて刺激の少ない物を選んでおいた。


「まずは誰かの好きな物から知ってこうって事なのかなー」






 そんな夢から目覚めて起床した啓区は、「やっぱり夢だったねー」と呟いて身を起こした。


 同じ部屋の中では、それぞれの仲間達がすやすや眠ているのが見える。


「起きたら取りあえず好きなお菓子の事でも聞いてみよっかなー」




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