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白いツバサ  作者: 透坂雨音
第六幕 翡翠の星、輝く
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232 終章 ある家族の幸せ



 それは、世界のどこかの片隅に存在していた、ひっそりとした小さな幸せ。


「織香ちゃん、織香ちゃん!」

「ん? どうしたのみーちゃん」


 病院でずっと入院していた一人の少女。

 その日は、病弱だというその子供が、体調がよくなって家に帰ってくる日だった。

 そんな祝福すべき日にに合わせて、その少女の妹はサプライズを画策していたのだった。


「おーかーえーりーっ」


 姉を出迎えた妹は手を引いて、家の中へ迎え入れる。

 そして、得意げになって胸を張り、ある物を指し示した。


「じゃーん! ねー、すごい? すごいでしょー」


 それは、母と作った夕食の品の数々だった。

 料理本やらレシピメモやらを見ながら創り出されたらしい物、テーブル上の料理たちは、制作努力を誇るかの様にずっしりと積まれている。


「わー、これ作ってくれたの? ありがとー、みーちゃん。お姉ちゃんすっごく嬉しい!」


 それを見た姉が手を叩いて、喜びの声を上げる


 卓の上に並ぶそれらは、サラダ、大鍋のスープ、炊き込みご飯、大皿に入ったお肉のおかずと野菜のおかず、小鉢にデザート……などなど。並んだ品数は姉の予想より多く、かなり本格的なものだった。


「えへへ、お母さんと頑張ってねー、こねたり混ぜたり叩いたり切ったりぶつけたりしたんだよー」

「さいごのぶつけるがちょっと疑問だけど、ああもう無邪気で可愛いこの妹どうしよう! お姉ちゃんそれ、好き。むじゃ可愛いーっ!」

「ひゃわっ。えー、やだー。何かもじゃもじゃみたいで、それやーだー」

「かあいいかあいい」


 感情の赴くままに目の前にいる妹に抱きつき、思う存分スキンシップを果たした姉は、ちょうど台所から出て来た母親に向けて親指を立てた。


「グッジョブ、お母さん」

「うふふ、喜んでもらえたようで良かったわ。そろそろお父さんが帰ってくる頃だし、器に盛っちゃいましょう」


 そんな光景を前に、それぞれが動いて大皿にご飯やスープをよそったり大皿の料理を取り分けて行く。


「ごはんの後はねー、タルトの時間です」


 珍しく丁寧語になって話す少女のそれは、緊張している証だった。


「かいぞーキッシュにしようと思ったけど、失敗しちゃったんだー」


 並んでいるそれには、他の料理に比べて劣る所は存在しない様に見えるが、妹の少女にとっては失敗作になってしまっているようで、見つめる瞳が悲しげだった。


「まあ、この子ったら。なんて健げ可愛い妹なのかしら。大丈夫、無問題だわ、我が妹よ」

「問題ないー?」

「織香ちゃんは甘ーいものが大好きなのです、とりわけタルトなんかは大好物の部類に入っちゃったりするのですよ」

「ほんと? ねー、ほんと?」

「お姉ちゃん嘘つかない!」

「そっかー、良かったー」


 胸を張って宣言する姉の様子に屈託のない笑顔を見せる妹。

 それを見てまたごたごたしたやり取りが起こるが、些細な出来事はすぐその後に帰って来た父の姿を前にして消えさってしまう。


 父が着替えを終えに部屋へと一旦向かう。

 家族全員が食卓につくのは間もなくの事だった。


「さあ、椅子に座って二人共。お父さんが来たら、いただきますしましょう」


 食事の卓につくことを促す母親の言葉に、姉妹はそれぞれの定位置に向かっていどうするのだが、その前に妹がぽつりとつぶやいた。


「あたしの席……」


 今日もある、とそう呟く妹の不安を織香はしっかり把握していた。


「大丈夫だよ。みーちゃん」


 だから、彼女は自信満々にこう答えるのだ。


「なくならないよ、椅子さんは世界中にたくさんあるから!」

「んー? 知ってます」

「あ、言い方間違えた。そうじゃなくって……。ここは魔法のお家だから椅子が無くなっても、自動的に補充してくれるんだよ!」

「えー?」

「ここはそういう魔法のお家なのです。皆幸せ! オーケー?」

「んんー?」


 なおも納得しない様子でいる妹に、姉は少しだけ悩んだ末にその言葉を付けくわえた。


「それに、お姉ちゃんが、お母さんが、お父さんも、みーちゃんの椅子が無くなっても、みーちゃんがずっと楽しくご飯を食べられる様に椅子を作ってあげるから。だから、みーちゃんは安心して毎日ご飯を食べればいいんだよ。お姉ちゃん万能!」

「それもう、まほーじゃないよー。……でも、ほんと?」

「うん」


 だって、と姉は妹へとこう締めくくる。


「私達は家族だもの」


 心からそうだと信じているように。


「家族かー、そっかー。えへへ。じゃあ大丈夫だねー」


 安心したように笑う少女は姉に手を引かれて、隣り合って存在する椅子へと腰かける。


 そして、家族全員が揃うのを待って、いただきますの挨拶をするのだった。


 それが、世界のどこかの片隅で確かに存在していた、どんなに壊れて消えそうになっても、たとえ困難に行き当たったとしてそれを繰り返したとしても、絶対に諦められなくなるような、そんな小さな小さな……どこにでもあるような至極ありふれた形の、幸せだった。



次の話までに、二か月ほど期間があく予定です。

閲覧ありがとうございます。楽しんでいただけたら幸いです。そういえば「白いツバサ」では言った事がないような?



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