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白いツバサ  作者: 透坂雨音
第六幕 翡翠の星、輝く
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230 第32章 翡翠の星、輝く



 エムは姫乃達の姿を見つめて、頷く。

 仕事が一つ終わった。

 手を繋ぎ合った彼らは記憶の海を旅をしている最中なのだろう。動かない。


「間に合ってよかった。敵を騙すにはまず味方からって言うけど、本当に塔を壊されちゃったらどうしようと思ったよー」


 まあ、半分は本気だったが。

 息をつくエムは開いて方を伺う。まったく、すごく、さっぱり、絶対、金輪際、一切合切好きになれない相手の方を。


「それで? 終わったなら取りあえず、そこを退いてくれないかい?」

「いやかな」


 やはり長くは留められなかった。

 声をかけるのは風を蹴散らして包囲網から脱出したらしい氷裏だ。


 ここから彼らが復帰するまで、エム単体で時間を稼がねばならない。


 だが、それも心の中にいる自分の役目なのだから仕方がない。適材適所だ。


「ちょっと骨が折れるけど、仕方ないね。まったく、こんなに助けてくれる人がいるのに、鈍感なんだから」

「それに関しては同意するけれど、本当に理解できない。どうしてあんな厄介者を守ろうとするんだろうね」

「さあ、何でだろうねー。でも、ただ一つ言えるのは、皆あの子が好きってこと。呪いなんてよく分からないものじゃ好きって感情は消せたりしないって事だよ」


 言ってエムはその手に、木の枝を出現させる。


「じゃあ踊ろうか。言っておくけど、あの子よりあたしの方が強いからね?」






 エムによって姫乃達が送り込まれた場所は、スクラップの山の前……心の中に来たばかりの時、最初の頃にいた場所だった。


 周囲を見回していると、啓区の苦笑が聞こえて来る。

 他にも、ちゃんとなあもエアロもいるようだ。


「騙されたねー」

「えっ」

「エムって、たぶん最初からこうするつもりだったんだよー。まんまとひっかかっちゃったー」

「そ、そうだったんだ」


 驚いたが、同時に良かったと思う。

 敵を騙すにはまず見方からと言うけど、本気で本音を壊すつもりなんじゃないかと心配していたからだ。


「えーぞーさんが浮いてるの、あっちこっちでたくさんなの」

「あ、何か分からないのに触ろうとしないでくださいよ。もう」


 安心したついでに、なあやエアロ達が話しているものについて視線を向ける。


 見れば、スクラップの山の所々に埋まっているモニターに、姫乃達の記憶が映し出されたいた。

 エンジェ・レイ遺跡のものや、アレイス邸の出来事。最近の物ばかりだった。


 姫乃達が未利の記憶を見れるようになっているように、逆もできるようになっている。……と言う事を示しているのだろうか。


「……皆、アタシの知らない所でこんな頑張ってたんだ」


 そこに、聞こえた声に反応する。

 聞きなれた少女の声。


「未利!」


 声の主はスクラップを照らす電灯の下にいる。

 駆け寄ると、手を振ってこちらに反応を返してくれた。


「久しぶり、でもないか……」


 その手をとって握ると、体温が感じられる。

 ずっと見つめても消えたりしない。


「本物だよね」

「熱烈な歓迎どうも。幻なんかじゃないって。ごめん……心配かけて」


 いつものように軽口を叩く様な事を言うのだが、言葉の最後にはすぐに申し訳なさそうな表情へ。


 握られた手を外して、こちらの手を自分のそれで労わる様に包み込んだ。


「全くですよ。迷惑料払ってもらいますからね」

「よかったの未利ちゃまと会えたの、なあは嬉しいの、すごくなの。どれくらいすごいんだろって思うけど、きっとすごくすごくでとってもで……」

「あの、なあさん少し大人しくしていてくださいね」


 どんな時でも変わらないなあのことばに思わず未利と顔を見合わせて苦笑する。

 エアロも本当に、接し方がぶれない。


「大変だったよね。ごめん。アタシ、今まで自分一人がこんななんだって不幸面してたかも。きっと、今までの中でもかけられた優しさも心もあったはずなのに、傷つきたくないからって受け取らないようにして遠ざけてた。本当にごめん……って言って足りないくらいかも」

「そんな、事。そんな事ないよ」


 そんなに謝らないでほしい。

 だって仕方がなかったはずなのだ。

 過去に、昔にあんな事があったのなら、誰だってもう嫌だとそう思ってしまうのが当然なのだから。


「できもしないのに、うまくやれもしないのに中途半端に自分本位な態度ばっかりでさ……」


 薄っぺらな虚勢は急ごしらえで、取り繕った中身が透けて見えるほど脆く粗末なものだった。

 それで、今度もたくさんの人を振り回してきたのだと、彼女はそう続ける。


「でも、そんなアタシにも皆は生きていて欲しいって思ってるんだね、伝わってきたよ。思いが」


 心の中、だからだろうか。

 姫乃達の思った事、思っている事は、嘘でも誇張でもないと言う事がまっすぐ伝わったのかもしれない。


「あのね、未利。聞いて欲しい事があるの」


 だったら後はぶつけるだけた。

 そのままの姫乃達の思いを。

 今湧き上がってくる、この思いたちを。


「どっちが偽物で、どっちが本物だとか関係ないよ。虚勢も本音も、全部まとめて未利なんだと思う」

「全部?」


 続きを促す未利は、不思議想でも不可解そうでもなく、ただ静かにこちらの言葉を待った。


 そう。

 うん、そうなんだよ。


 簡単な事なんだよ。それは。

 姫乃が今まで見て来て、接してきたのは、その未利なのだから。


「ここまで見てきて気が付いたんだ。どっちかがかけたら、それはもう私の友達なんかじゃなくなっちゃうんだって。私は、そう思うの」


 本音だけではきっと悲しい現実に耐えられなかった。辛い壁を乗り越えられなかった

 虚勢だけでは他の人の痛みに気づけなかった。優しさを分けられなかった。


 だから、どちらかではない二つが必要だったのだ。

 今までも、これからも。


「そっか、それが答えか。そう……なのかもね。アタシはまた、頑張れるかな……」

「きっと、大丈夫だよ」


 一人じゃない。 

 みんな一緒だから。


 困った時も、大変な時もこうやって助け合って、乗り越えればいいだけなんだから。


 目の前で未利が笑顔を浮かべた瞬間、遥か頭上から星が一つ落ちて来た。

 

「あれは」

「星、だね……」


 煌めきの尾を引いて眼の前へと降って来たそれは、差し出した未利の手へ収まる。


「ああ、これは希望だ。あたしはまた、頑張る事が出来そうな気がするよ」


 輝く星の色は翡翠。

 暖かな温もりと共に、光を放つそれは見ている者へあるイメージを伝えて来た。


 赤子の入った籠を抱いた二人の男女。

 寒い冬の日、防寒着を羽織った二人の大人がある建物の前に立っていた。


『いつか会える日に私達の娘だと言う事が分かりますように、風邪ひかないかしら』

『きっと大丈夫だ。心配はいらないさ。なんて言ったって僕たちの子供なんだから』


 遠くから響いてくるのは祭り賑わい。


 これは、未利が孤児になった時の記憶の映像だ。

 祭りの日に捨てられた、とそんな風に言っていた未利の言葉と一致する後継。


 賑わいをうかがわせるだろう周囲の喧噪とは不釣り合いに、悲しそうな声音でいる男女は赤子を手放した。


『どうか幸せになって』

『僕達では必ず君を幸せにできるか分からないから』


 女性が赤子の額に口づけを残し、男性が柔らかな頬をそっとなでる。


 名残惜し気に。記憶に焼き付けるように。

 長く長く見つめ合って。


『貴方の名前は――よ。また会える日を……』


 捨てられたのではなかった。

 要らないから手放されたのではなかった。


 その事実を知った少女は目の前で、そっと涙を流していた。


「あ、なにこれ。格好悪い……」

「ぜんぜん、そんな事ない。私は笑わないし、意地悪な事言ったりなんてしないから」


 虚勢を張るのも彼女だけれど、それだけではやっぱり寂しいから。たまには本音を見せて欲しかった。


「そっか、うん……ありがと」

「まつり」

「え?」

「貴方の本当の名前は茉莉(まつり)なんだよ。元の名前の漢字に草冠をつけるだけ」

「うそでしょ?」


ほんとだよ。


「なにそれ、ばかみたい。そんな身近な言葉? 単純すぎでしょ……」


 ほんとに……、と溢れる涙をぬぐう未利は言葉とはまったくのうらはらだ。


 良かったと、心からそう思う。

 この言葉を伝えられて。


 そして、未利の手の中の翡翠の星が一際強く輝けば、元の場所へと戻っていた。








 目の前には、氷裏とエムの姿。


 あれから、どれくらいの時間が経っただろう。

 氷裏は囲った風の檻から出ているようだが。


「うん。良かった。なかなか良い決着をしたみたいだね。後は任せたよ」


 敵と退治していた様子のエムは、手にしていた木の枝を降ろして退いてくる。

 代わりに前に出るのは未利だ。


「ずいぶん調子乗ってくれたみたいだね、アンタ」

「本当に、そう来たか。面白くない。非常に面白くないね。これは予想外だよ」


 表情を代えないながらも、どこか不満げな色を纏う言葉を発した氷裏は、その場に戻って来た姫乃達を見やる。


「偽物なのに、か。未利、君はそれでいいのかい」

「関係ない。そう言ってくれたから。いいんだアタシは、もう」


 自信を不敵な笑みへと変えて言葉を返す未利は、手の中に持っていた翡翠色の星を天へとそっと差し出す。


 星は一人でに、宙へと浮かび上がり。


 規則正しく明滅し始めた。


「アタシはアタシでいる事にするよ。弱いままで、強くなるから……」


 それはまるで鼓動だ。


 命が、生命が活動している事を示す様に、心臓の音を表す様に力強く明滅し始める。

 

 一つごと、光の輝きをを空間に刻みつける度に、強い力が周囲に満ちていく気配がする。


「だから……」


 そして、強く強く星が鼓動を刻みつけた瞬間、未利は言い放った。


「アンタの好きにはもうさせない」


 星の輝きが溢れる。

 その閃光と共に。


「――アタシの中から出ていけぇっ!」

「……!」


 氷裏が何か言葉を発しようとするが、その姿が蜃気楼のように揺らいだ。

 姿が消えようとしている。


 ……。


 変化が起こる。


 何も無かった暗闇の世界に。

 闇の中に、かろうじて活動できるほどの足場しかないその世界が、変貌を遂げていく。


 ――閃光が弾ける。


 ――そして、光が瞬いた。


 白い光が周囲を満たして、一陣の風が吹きぬけた。


 降り注いでいた光の雨が白い羽となり、風に弄ばれて足元から舞い上がっていく


 周囲は、目を開けていられないほどの明るさではなっている。


 その光は柔らかくて、温かくて。

 ただただ、そこに有るもの達を優しく照らしているだけだった。


 照らされた中。終わったはずの世界は生まれ変わる。


 ――それは世界の再生だった。


 ――生を終え、役目を終えた命が、新しい人生を、新しい一歩を踏み出す為の、そんな始まり。


「わあ……」

「へぇ、すごいやー」

「ふぇ、綺麗なの、すごくすごく綺麗なの」

「言葉も出ない、という感じです」


 姫乃達はその光景を前にして、ただただ圧倒されるしかない。


 まず、闇の中。地の底ができた。そこから巨大な大地が出現して浮き上がる。


 元あった、バラバラの四つの大地が一つにまとまって、巨大な浮遊大陸を形成していった。


 その大陸の上にあるのは、一つの家と。そして大きな音楽ホール。新たに学校と祭り会場が出来上がる


 遠くにあって、なお賑やかしい音が聞こえてくるのは祭り会場のものだろう。


 そして次に起こる変化は、初めに吹いたようなものではない、自然そのもののような不規則な風。


 不定期に強くなり、弱くなりを繰り返し、時折不意に止むこともある風が世界に、まるで生命の息吹を吹き込む様に他方へと巡っていく。


 そんな風に付随するのは、新緑の緑の匂い。

 流星の雨が空にできあがり、雨の様に注ぎ込む。

 降って来る間に透明な雨へと変わったそれは、風に潤いを与え、景色を輝かせ、緑を育ませた。


 雨水は大地へしみこみ、乾いた土を潤して、草を、花を、大樹を成長させる。


 終わり、果てていくはずの生命が息を吹き返し、命のエネルギーで満たされていく様子がそこにはあった。


 世界が、蘇ったのだ。


 緑溢れる世界を絶え間なく駆け巡る風は、優しく、時に激しく芽を、木々を、花々を撫で、命の気配を姫乃達まで届けてきた。


「あ……」


 心が揺れ動く。

 体の底から、言い表しようのない衝動が湧き上がる。


 ただただ魂が震えていた。


「ありがとう……」


 呟かれた言葉は未利のもの。

 誰に対してか、何に対してなのか。


 その言葉は宙にとけて、消えていった。


 頭上には、満点の星々が咲き乱れ、光の花々が一瞬後に咲き乱れる。花火だ。


 次々と咲いては夜空にとけていく花火は決して尽きる事を知らない。その近くにひときわ強く輝く翡翠の星があった。


 煌めくその星は、命の鼓動を刻みつける様に力強く瞬いている。


「……終わった、ううん。始まったね」


 エムが言葉を向ける。

 氷裏の姿はその場から消えていた。


「今ようやく、物語が貴方達の手の中に戻った。ここから初めていって、そして、紡いでいってね。他の誰のものでもない、貴方達自身が紡ぐ物語を……」



(※キーコード「3A」189、「3A」315、「3A」643)

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