228 第30章 合法的攻撃論
『なあ』
巨大化した子ネコウと向き合うエアロ。
離れた所からその様子を見つめるなあは、事態が起こっている場所には近づかない。
戦うすべも、すばしっこく動いて避けるすべも持たないからだ。
相手の近くにいれば味方の足手まといになってしまう。
「エアロちゃまー。頑張るのー。ファイトなのー」
できない事はできないのだから、がんばってもすぐにはできない。
だからなあはできる事をするのだ。
一生懸命に声援を送るがそれだけではない。
白い鳥……ぴーちゃんの力を借りて、エアロの受けるダメージを分散してもいる。
ふと、空を見上げれば暖かな光の雨が降り注いでいた。
流れ星を思い起こすようなきらめきを含んだ雨は、熱水のような温度ではなくちょうどいい温もりを内包していた。
「雨さんなの?」
頭に、前髪に、肩に、体にしとしとと降り注ぐ光の雨に水分はない。雨は、温もりだけを伝え、すぐに消えていってしまう。
けれど、なあはその雨から心の物の様な物の存在を感じていた。
「なあ、未利ちゃまの涙の気がするの」
心の雨が降り注いでいるような、そんな感じだ。
悲しい思いとか、辛い思いとかが形になって、隠しきれなくなって出て来てしまったような、そんな景色に思える。
「未利ちゃま、たくさんたくさん心の中でえーんえーんって泣いてたのに、我慢してたの。知ってるの。良くないの」
なあの記憶の中では、未利が泣いている記憶は一つもない。
埃が目に染みたとか怪我したとかそういった事で、「ちょっと驚いて水分が飛び出ちゃった!」みたいに言って泣いてしまう事はあっても、悲しい時や辛い時に涙を見せている姿は一度も無かった。
未利はずっと心に嘘をついていた。
傍にいたから知っている事だ。
けれどなあは、それがどうしてか分からなかった。
昔も、今も。
未利や、他の人たちは心に蓋をして、覆い隠そうとする。
どうして、そんな事をするのか分からなかった
心は他の誰でもない自分のもので、隠したり誤魔化したりしたら、良くない感じに淀んでしまうのに。
けれど、この魔法が使えて色々な新しい事がある世界を冒険する内に、それが少しだけ分かったような気がした。
どこがどう分かったのかと聞かれると、上手く言葉にできない。
この世界で、生きている人達の姿。
この世界で、頑張ってやっていこうとする友達の姿。
訪れた場所で変化していくもの。
変わらないであり続けるもの。
そういったものを見続けて、なんとなくこうではないかな?
と、思えるぐらいだからだ。
「ああ、もう。貴方、本当にあの子ネコウなんですかっ? 変わりすぎですよっ!」
エアロの声に考え事から戻れば、前の方では子ネコウだった何かが暴れながら駆けまわっていた。
その突進を回避したり杖で受け流したりするエアロは、少し疲れているようだ。
「えっと、子ネコウちゃまはちゃんと子ネコウちゃまなの」
とりあえず途中ですり替わったはずではないので、思った事を述べると、やけくそな感じになったエアロが叫び返してきた。
「知ってます。信じられないという意味で、叫んだだけですから」
そのやりとりがきっかけになったと言うわけではないだろうが、元子ネコウに変化が起きた。
額から、黒い大きな角が生えてきたのだ。
「ぴゃっ、変わっちゃったの!? びっくりなの」
「勘弁してくださいよ。そうやって戦闘が進んで変化するのは、スパイダーでたくさんなんですってば」
スパイダー。
確か、エンジェ遺跡とかいう建物の奥にいた大きなクモだ。
時間がなくて負けられない戦いだった事もあり、あの時は本当に皆が苦労した。
姫乃や啓区、イフィールやエアロ達が、本気の本気になって戦ってやっと勝てた相手だ。
途中ではすごく負けそうになっていて、「時間ももうなくて凄くピンチ!みたいな事になっていたけれど、それでも何とかなったのは皆が皆ですごくすごく頑張ったおかげだ。
あの戦いでは、誰が欠けてもきっと勝てなかった。
勝負は勝つ気で頑張る、とよく言っていた雪奈の言葉通り、勝つつもりで挑んだのもきっと大切な事だったはずだ。
「奥の手ですか、それとも新しい技ですか。そうですね。分かります」
前の方で疲れた感じのエアロが、ちょっとよく分からない事を言っている。
だが、何かが起こりそうと言う事はなあにも分かった。
目の前、元子ネコウの角の周囲には電撃がまとわりつき始めていた。
何が来るかは分からない。ほとんどの攻撃は良くない攻撃だが、もしその通りによくない攻撃があの角から放たれた場合どうなってしまうだろうか。
啓区の魔法で「魔法が使えなくなっちゃう魔法」も効果範囲があるので、ばんのーではないのだ。
角が大変だから、魔法はひょっとしたら発動してしまうかもしれない。
「ぴゃ、すっごく大変なの」
この場には、戦えるものはエアロしかいない。
そのエアロが動けなくなってしまったら、姫乃達が困ってしまうかもしれなかった。
それは大変だ。
「それは良くないと思うの。なあだって、もっと皆の力になりたいの!」
角にまとう雷撃の規模が大きくなってくる。
元子ネコウは、相変わらずエアロを相手に激しく動き回っていて、立ち止まる気配はなかった。
あの俊敏な動きを止められる事ができれば、エアロももう少し攻撃出来るはずだが、今はそれすらも難しい。
時間はない。だから、とりあえず……。
自分の手を握って、ぐーっとしてみる。
でもおそらく、そんない大した力は籠められない。
ずっとそうやってしていると、疲れてぷるぷる震えてしまうくらいだ。
なあはケンカは一度もした事がない。
痛いのは嫌だし、誰かを痛くするのも嫌だ。誰かが痛いと泣いているのなら、何とかしてあげたいとむしろそう思うくらい。
争うのは苦手だ。勝負と競争はした事はあるが、ケンカはした事がないので、きっとすぐに負けてしまうだろう。
だからなあは、修行の時にアルガラやカルガラに、誰かを助ける魔法が得意だと言われて納得していた。
反対に相手を攻撃するような魔法は苦手だろうと言われた事にも。
けれども。
「ケンカしなきゃって思う時もきっとあるの」
そんな時に、なあの力が必要になるような大変な時に、自分の力がない事は嫌だった。
例えば身を守る時、誰かを守りたいと思う時、力がなくては守ろうとする事も満足にできないかもしれない。その場にすら立てないかもしれない。
ならば……。
「だったらなあもっ、ケンカするの!」
力があるならば振るいたい、とそう決意したとたん願いは魔法として叶えられた。
「えっ、何です一体……?」
あっけにとられたようなエアロの声。
彼女が見上げるのは元子ネコウの頭上だ。
そこに出現したのは、一枚の紙を何重にも折ったような紙の物体。
たぶんエアロの知らないもの。
「なあのおしおきなのっ」
知ってる。
悪い事をした子には、めって誰かがしてあげなければならないのだ。
だからめっするのは、ごーほーてきな攻撃なのだ。
出現した紙物体は、元子ネコウへと一撃を入れる。
それはなあ達の世界では、慣れ親しんだもので、ごーほー的に相手を攻撃するとっても画期的なべんりグッズ。
「ハリセンなのっ!」
声を張りあげて、号令を発する。
のちに皆にそのことを離せば、「なあちゃんらしい」とか、「何か違うような……」とか、「さすがなあちゃん、かまくらに次いで独特のセンスしてるね-」とか言われることになる魔法の、一番最初のお披露目。
きっといい音がするだろう。
得体の知れないものを見つめる様な顔をして、ぎょっとした様子でエアロが下がって来たその一瞬後に、紙をおって作られた、ハリセンの一撃が振り下ろされた。
「敵を相手にする時にはツッコミならごーほーだって、未利ちゃまが言ってたの。だからなあ、良いツッコミさんの使い手になるの」
「おかしいですね。大してなあさん達の世界の事は知らないはずなのに、どこか間違っているように思えるんですけど……」
どこか納得いかないような表情をしているエアロは、それでも好機を逃さないようにと、足止めされた子ネコウに向けて攻撃し始めた。