227 第29章 友として
「あれ……あの光、いつの間に……」
そんな時、空を見上げた啓区がもらした言葉が気になった。
見上げてみれば、幾つもの目が浮かぶ夜闇の……時折り星屑の落ちてくる空には、どこか下の浮遊大陸から上がる一筋の光の柱が輝いていたのだ。
その近くには小さな翡翠の星が寄り添うように輝いている。
空を見上げてそんな変化を確認したエムは、こちらへ言葉を告げて教えてくれる。
「この世界に介入する氷裏の影響が少なくなってるよ。それと勇気啓区、君の力が強化されたみたいだね」
「えー? 僕、いま何か好感度上げるような行動したかなー?」
「んー、さあね。馬鹿なこと言ってないで、頑張ったらいいんじゃないかな。ほら活躍の場だよ」
「あれ、僕なんかエムに嫌われてるー? 名前もフルネーム呼びだしー」
何が起こったのか分からないが、状況はまた姫乃達のあずかり知らぬところで変化したようだ。
そして、床に時計の文字盤のような魔法陣が出現して、そこに針の模様が加わる。模様はひとりでに動いていて。通常の動きとは逆に周って行った。
すると、世界が壊れるまえに敵対していた相手が、姫乃達の向かいに出現したではないか。
氷裏と、操られた未利、そして肥大化した子ネコウ。
「……へぇ、時を戻したのか。僕は一度この世界を壊したはずだけど、あそこから修正するなんて。ほんとやっかいだな」
以前と全く変わらないようにみえるけれど、喋る氷裏の表情は心なしか苛立たしげに染まっているように感じた。
ともあれ、希望はつながった。
「うん、準備する時間さえあれば対策も取れるねー」
さっそく行動、とばかりに啓区が携帯を操作して、魔法を無力化。
魔法を封じられて未利の行動は止まったみたいだ。
得体の知れない所のある氷裏は、どうか分からないけれど。
魔法が使えなくなった未利は、何もしないままだ。
他の手段で攻撃してくるかと思ったが、彼女は動かないまま。
そんな状況に氷裏は、不快そうな様子だった。
「何度倒しても、起き上がる。彼みたいに、この世界で手こずらされるとは思わなかったよ。まだ抗ってくるのかい、君達は」
当然だ。
仲間が死ぬのが定められた運命だと言うのなら、受け入れられるはずがない。何もせずにいられる程、姫乃達は大人しくはないのだ。
「お姫様なのは名前だけだねー、姫ちゃんって王子様ー?」
「ですね、意外に勇ましい所があるみたいです」
「ふぇ、姫ちゃまは姫ちゃまだと思うの」
横に並んだ啓区やエアロがそんな事を言う。
お姫様っていうのはどうかと思うけど、王子様も何か恥ずかしいかな……。
とにかく、反撃の準備は整った。
「姫ちゃん達はそっちをお願いするよー。何かベルカに戦えって言われたしねー」
「えっ」
けれど、魔法無効で戦力を削り終えた後に、啓区は氷裏の相手をする事を選んだようで、そちらへ向って行った。
相手の正体は計り知れない。一人で戦わせるには不安が残るというのに。
ちょっと変わったかな、と思っても相変わらずの啓区だった。ある意味筋金入りだ。
「もう、皆……そうやって、何でもかんでも一人でやろうとして」
「ぴゃ?」
「あ、なあちゃんは違うね」
いつも思う事だが、姫乃の周りにいる人間は自分で動くばかりだし、秘密を人に話さなさすぎではないかと思う。
ルミナリアの事も、未利の事も、啓区の事も、そうせざるを得ない事情もあるにはあるのだろうが……。
「もう少し、信じてくれてもいいのに」
そんな言葉を聞きつけたわけでもないだろうが、肥大化した子ネコウ……猛獣の突進を避けたエアロが分担を申し出てくる。
「姫乃さん、啓区さんの方へ行ってください。危なっかしくて一人だけには任せらせませんよ」
「でも、エアロは?」
「私は兵士ですよ。害獣の対処の仕方だって頭に入ってます。逃げるだけなら一人でもできますから」
「分かった、お願い。なあちゃんは……エアロを応援してあげて」
「姫ちゃまにお願いされちゃったの。分かったの、なあも頑張らなきゃなの」
彼女達なら、相手の手の内がわからない氷裏の相手をさせるよりは、動物の方が相性的にもいいだろう。
『エアロ』
……。
そういうわけで敵の相手を分担したわけなのだが。
向かい合った敵を前に、エアロは一呼吸して気持ちを落ち着ける。
「さて、任されてしまいましたが。どうしましょうね」
「なあは、頑張るのが良いと思うの」
「まあ、頑張りはしますよ。倒せるまではないとは思いますけど。負けないくらいならできると思ってますので」
とはいえ状況は厳しい。先程は見栄を切ったが、害獣を一人で相手にした事はないし、こんな変な所で戦闘した事などない。追加で言えば、そもそも眼の前の相手は害獣と区分して良いものか分からないものだし。
おそらくそう簡単にはいかないだろう。
「油断していると、簡単にやられてしまいそうで怖いですね。あまり啓区さんが離れすぎると、魔法の無効化も切れてしまうでしょうし」
そもそも、相手がどうやって攻撃してくるのか。
手の内がほとんど分からないのが厳しかった。
「ぴゃ、きっと大丈夫なの。ネコウちゃまは戦いたくないよーて言ってるから、なあ達が頑張ればすぐに仲直りできるの」
となあは言うのだが、こちらに突進する姿勢を見せる相手を見て思う。
どう見ても、戦う気満々に見えるんですが……。
「ピーちゃん、お願いなの」
取りあえず彼女のダメージ分担の援護魔法を、もしもの時の為にかけてもらう。
動物の召喚はできないだろう。出来たとしても現実世界にどんな影響があるのか分からない。よっぱどの事が起こらない限りしない方が良いだろうし。
白い鳥がエアロの方に一度とまり、空を滞空し始める。
エアロが前に出て、引きつけながら相手の突進を避ける。
「……っ!」
だが所詮は人間だ。
大型動物の運動神経に真っ向から勝負して勝てるわけがない。
跳ねる様な動きで、突進から急旋回する様に向きを変えて、前足を振るいこちらを押さえつけようとする。
だが……。
「未利さんが言ってた事ですけど、下剋上という言葉はご存知ですか? ネズミだって猫に勝てるんですよ」
エアロは、その脅威に倒れることなく立っていた。
「憧れも尊敬も間違いだったかもしれませんけど、全部が無駄じゃなかった……」
杖で受け止めた脅威を、逆に跳ね返す。
その杖には、描かれた魔法陣から白い光の輝きが発せられている。
「ぴゃ、すごいのエアロちゃま。腕相撲で油断してた時に、不意を突いちゃってぎゃくしゅーしちゃった時みたいなの」
なんだか実際に実体験で起こって例えを持ちだして、なあがそんな誉めているのか誉めていないのかよく分からない言葉を掛けてくる。
「姫様、すいません。それとありがとうございました」
ヒントは未利の体に描かれていた、一部が本来の物と書き換えられていた魔法陣から得た。
それはアレイス邸から救出して、色々あって未利が倒れた後に、彼女の健康状態を調べて分かった事。
彼女の体に描かれていた魔法陣は、コヨミから魔力糸を繋げて魔法発動の負担を分散するものだった。
しかし、彼女に刻まれていたのは、それの不発版。
実際にアレイス邸での救出戦の流れが変わっていたり、紺碧の水晶を得られずに作戦に行っていた場合にその魔法陣が発動していたら、とんでもない事になっていただろう。
実行途中で経路が塞がれるようになって爆弾と化すという危険な白物。
結末は悲劇で、彼女は血の海に倒れることになったはず。
そんな驚きの事実が判明したわけだが、エアロ達は今こうしてその技術を応用していて、戦力にしていた。
外の世界にいる者から、力を受け取り、自分の力を底上げすると言う形で。
誰が仕組んだのか知らないが、そんな爆弾魔法陣などという危ないものを放っておけるわけもなく即座消したのだが、存在自体は非常に有用なのだ。
思う事はありすぎるし、正直嫌でたまらなかったが、これからの事を見越して使わない手はなかった
コヨミとパスを繋げて、危なくなったら魔力を貸してもらうという改良魔法陣に。
エアロは正面から向かってくる獣を避ける。
「効いているみたいですね」
完全に退避できずに突進攻撃をかすって受けてしまったエアロだが、ダメージはさほどない。
なあの魔法もあるだろうが、それだけでない事は明白だった。
強化した浮力の魔法で、相手の攻撃を軽くしていく。
杖を媒介にしているので、その武器で攻撃を防がなければいけないと言う制約はあるが、中々便利だ。
「姫乃さん達の所に行く前に姫様と話しておいて正解でしたね。まさかこんなに早く使う時が来るとは思いませんでしたけど」
おそらく現実では、異常に気が付いたコヨミが、対処が対処をとってくれているのだろう。現実の方で自分達の体の事とかがどうなっているのかは分からないが。
コヨミには、他にも本来やるべき事があるというのに申し訳ないと思う。
けれど、主には申し訳ないことでも友人に力を借りるのは当然の事だ。
……まずそこから始めるって決めてしまいましたしね。
前の自分だったら、恐れ多すぎてとてもではないが力など借りられなかっただろうが、今はそんなに躊躇いはない。
「そのきっかけとなった人に、まだお礼を言ってないんですから。邪魔しないでくださいよ」
とにかく相手が強大だろうと何だろうと、自分に出来る事をこなしていくのみだ。