226 第28章 私は諦めない
本日三話目です。
『私一人だけ生き残ったって意味がないのに』『どうして私だけ残ったの』『なんで皆を助けられなかったんだろう』
そんな、世界の終わりを私は……一度見た事がある気がする。
一種によぎった、感覚はすぐに取り過ぎ。どこか底へと沈んでいた意識が引き上げられる。
「……」
気が付くと闇の中に漂っていた。
不安定だ。
けれど、動こうとすれば生きたいと考えた方向へ動けるが、周囲にあるのが暗闇なのでどっちにどれだけ動いたかがまるで分からない。
方向感覚や距離感がおかしくなりそうだ。
「ここは……」
分からない。一体何がどうなったのだろう。
世界がガラスみたいにくだけてしまって、それで……。
姫乃達は消えてしまったのだ。
でも、ここにいる。
「時間切れだよ。世界が滅びちゃったんだ」
抱いた疑問に答えるのはエムの声。
聞こえて来た方向へ視線へ向ければ、そこに彼女がいた。
「ここは、緊急避難所みたいなものかな。時期にここも消えちゃうけど。未利が切断してくれたから姫乃ちゃん達は間一髪で巻き込まれずに住んだんだよ」
「駄目だったの……」
「……」
応じる答えはない。
未利の心の中の世界が壊れてしまたと言う事は、もう目覚めないと言う事なのだろうか。
エムも時期に消えてしまう……?
「間に合わなかったの……?」
ここまで頑張って来たのに。
こうならないためにここまで頑張って来たと言うのに。
「なあ、変な感じなの。今まで未利ちゃまの感じがしてたの、でも今は未利ちゃまって感じがあんまりしなくなっちゃったの」
周囲を見回せば皆の姿はある。
なあも、エアロも、啓区の姿もある。
無事だったみたいだ。
けれど、その事を喜ぶ気にはなれなかった。
「私達の努力は……、何だったんですか。勝手に消えないでくださいよ。ここまで来たのに私達に無駄足を踏ませる気なんですか、未利さんは!」
「……」
憤慨するエアロとは逆に、啓区は言葉を発さない。
そんな様子を、悲し気に見つめていたエムが声をかけえくる。
「じきにベルカが助けてくれると思うよ。今回の事は……しょうがなかったんだよ。姫乃ちゃん達はこれからの事を考えて」
これからの事なんて、考えられない。
これで終わりだなんて思いたくない。
まだ、まだ他に何か手はないのだろうか。できることは。
助けられないなんて、未利がいなくなるなんて、仲間がいなくなっちゃうなんて……。
そんなの嫌だ。
仲間がいない。
そんな現実を受け止めてこれからも進んで行かなくちゃいけないの?
そんなの駄目だ。絶対に。
まだ、まだ何か方法があるはず……。
そういえば……。
姫乃が、思い出しかけた事を口に出そうとした時だった。
「諦めよう。逃げないと」
「え?」
唐突に闇の中に吐き出された声の主は啓区の物だ。
自分の言葉に自分で傷ついたみたいな顔をして、啓区はこちらを見つめてくる。
「そんな顔して、失われる物にしがみついても苦しいだけだよ姫ちゃん」
今にも途切れそうな声で、そんな事を続けてくる。
「するべき事を考えるべきだよ。これからの事を……やらなくちゃいけない事はたくさんある」
その言葉に何も言えなくなる姫乃の代わりに、口を開いたのはエアロだった。
「そんな、まだ私達はここにいるのに、そんな簡単に投げ出すなんて」
「投げ出すしかないじゃないか」
怒りの感情を表様に刻むエアロ。そして相対する啓区は反対に悲しみに染まっている。
胸の内に悲しみから逃げる様に、吐き出してしまおうとしている様に、啓紅それからも悲しい言葉を綴り続ける。
「どうやっても叶わないなら諦めるしかない。得られない事に執着してなんの意味があるの? どうせ無駄なのに。無理だったんだよ。運命を変えるなんて、出来るわけがなかったんだ。だってこうなる事は最初から決まっていた事なんだから」
「そんな事っ、ないです……!」
いつもの姫乃の言葉をエアロが口にして反論。
けれど、姫乃は思ってしまう。
本当に、そんな事ないのだろうか?
もう、いくら頑張っても無理なんじゃないのだろうか。
そう、思えてきてしまって……。
言葉をかけられない。
「そんな事ない? 本当に? これだけやっても駄目だったのに? どうしてそう思えるの、エアロは」
「まだそうだと決まったわけじゃないんです。私達はここにいるじゃないですか。途中であきらめないでくださいよっ!」
「もう終わっちゃったことなんだよ。こんな場所から何かを帰る事なんてできるわけないんだ。違う……そもそも、最初からこうなるって……ずっと前から決まってしまっていたんだよ」
それは、限界回廊で見たから?
不吉な未来を予言されたみたいな感じだったから、そう思ってるだけじゃないのだろうか。
違う。
「前の世界で、未利が死んじゃうから……?」
未来という少年の傍にいた栗色の髪の少女。
随分と雰囲気が違っていたけど、あれは未利だ。
前の世界の未利の姿。
未来が言うには彼女は前の世界では、生きられない運命を背負っていると聞いた。
だから、この世界でも死ぬことが決まってしまっているのだろうか。
「前の世界……?」
けれど、啓区が言っているのはそういう事ではないようだった。
「この世界は、物語の奇跡の上にあるからだよ。僕達の物語は、もう辿るべき道筋が決まっちゃってるんだ。誰が生き残って、誰が死ぬか、最後までの道筋が全部、決まってる……」
「運命……?」
「そう、そんな感じだよ。僕にはそれが分かる。この物語は姫ちゃんが主人公の物語。何か問題が起きていて、解決する。その過程には多くの困難が待ち受けるだろうけど、必ず解決する事が確定している。失敗はしない。そういうルールだから。ただしその道のりは過酷で、犠牲は必須。死人が出るし、怪我だってする。辛い目にもあう」
啓区は「僕はその道筋が大体分かるんだ」と、そう告げる。
物語がどのように動いているのか、その大まかな流れを、どんな方向にどれだけ動いているかを分かる事ができるのだと。
その物語では、啓区はもっと前に消えるはずだった。
こんな所まで来れるはずじゃなかったのだと言う。
けれど、変えられたように思えても、結局はルールに……運命には抗えられない。
啓区はたまにこの世界から消えかけていた。
こうしている今も、その危機にさらされているらしい。
信じられない言葉だった。
けれど、普段はともかく、啓区は……皆もこんな時に嘘をつかないと思っている。
こんな時に、冗談なんか絶対に言ったりしない。
「諦めて、進んで行くしかないんだよ。これ以上何かをやっても無駄になっちゃうから、そんな事をするぐらいなら、他に力が使った方が良いに決まってる」
「そんな事って……」
声を荒げようとするエアロを身振りで制する。
姫乃には聞きたい事も、言いたい事もたくさんあった。
「啓区はその後どうするつもりなの?」
「出来る事はするつもりだよ。でも、僕も時期に消えると思う。記憶も、証拠も残らない。そうなる前に引き継ぎ出来るようには努力する」
「啓区もいなくなっちゃうんだね……」
「うん……」
力なく言葉を紡ぐその様子からは、生きる気力を失くしたような様子だ。
実際そうなのだろう。
まさに今、これ以上ないくらいに姫乃達は、悪い状況を突きつけられているのだから。
先程までだったら姫乃も啓区と同じように落ち込んでいたかもしれない。
けれど、今は違う。
そんな事実に対して、心の底で燃えるのは怒りの炎だ。
「私は、私から皆を奪おうとする運命が許せない。ひどいって思う。そんなの受け入れられない。だって私達は運命なんかの操り人形じゃない。決められた道の上を歩けなんて言われたって、文句も言わずにその通りに歩けるような道具なんかじゃないんだもの」
小さく芽生えた火は、自分の感情を口にするたびに大きくなっていく。
こちらの言葉を聞いている啓区のもとへと近づいていく。
「決められたどおりの事が起きたなんて私は思えない。奪われたんだって私は思う。未来にどうなるかなんて関係ない。だってそんなの普通は分からないものなんだもん。私は諦めないよ。絶対に。奪おうとするなら守らなくちゃ、それでも奪われたのなら取り返さなくちゃ」
それに、と近くに寄った啓区の手をとる。
「啓区が……」
精一杯思いが伝わる様に、そう願いながら。
「今ここに君がいる。それは……、運命のおかげでもなんでもないよ。啓区がここにいたいって思ったからいるんだよ。自分が生きてることを何かの理由にしないで、それがきっと自分が選んだ事の証拠なんだから」
「僕が選んだ……」
もう一度立ち上がって欲しい。
諦めないで欲しい。
運命と言う言葉に惑わされないでほしい。
屈しないで欲しい。
燃える様な夕日の景色の中で。
いつか見た光景の中で、運命と戦って消えた少年がいた。
あんな風に、諦める事が正しいなんて、姫乃にはどうしても思えなかった。
「だから諦めようなんて言わないで。私は絶対に諦められないから。だからそんな私と一緒に、啓区にも皆にも諦めないで頑張ってほしいんだ」
言葉を聞き終えた啓区が、視線を上げる。
その瞳の中にわずかな希望の光を灯しながら。
「だけど、諦めなくても運命は……」
「啓区はずっと諦めて生きてきたんだね。勝負の時だって、すぐに投げ出しちゃうし、最後まで頑張らない。器用だけど、最近はともかく、今まで頑張ってる所見た事がないよ」
「……うん」
「啓区は選んで生きたんだよね。じゃあ……したい事をした事ある?」
「僕のしたい事?」
「うん、しなきゃいけない事とかじゃなくて、頼まれた事とか課題でもない事で」
「……ない、よ。だって、そんな事しても結局は消えちゃうんだから、無駄だって……」
「そう思ってたから?」
頷きが返ってくる。
いつか消える運命だったから、何にも情熱を傾けず、何にも一定以上の興味をしめさず、執着もせず。思い出や経験を積み重ねる事もせず、ただ今だけを見つめて啓区は生きて来たのだろう。想像でしかないけど、きっとそうなのではないかと思う。
短い間だけど、この世界に来てから皆のいろんな顔をみてきたから。
「そんなのつまらないよ。全然、楽しくないと思う。私は嫌だな」
「……楽しくない?」
こういう事を言うのは未利だよね。私があんまり言う事じゃないと思うけど。
でも、そうだなって心ではずっと思ってる。
「大変だって、辛いって事もあるけど自分で選んだ事ならきっと、選ばなかった方よりも楽しいはずだから。だから、決められた事でも、正しい事でも、望まれた事でもない、したいことを選んでよ。もう一度立って、頑張って。ボロボロになるくらい、もう駄目だって思うくらい。私達も、啓区もまだ頑張ってないんだから」
「まだ、頑張れるって姫ちゃんは、そう思ってるの……?」
「当然!」
できるだけ自信満々に見える様にそう言い放てば、苦笑が返ってきた。
「そっか……」
それに対する相手の反応は、力の抜けた笑みだ。
今までのかなしい表情が抜けて言って、いつも通りみ見慣れた啓区の表情。
「今の、未利みたいだったねー。姫ちゃんが悪い影響受けてないかちょっと心配になっちゃったよー。真面目な子ほど思いつめると不良になりやすいとかいうしー」
そう言って、喋る啓区はすっかりいつもの様子だった。
「なんだか、お父さんが言うようなこと言うね」
「えー、この年でお父さんはないよー」
先程まで満ちていた重苦しい雰囲気が取り払われて、心なしか空気が軽くなったかのように感じられる。
「でも、何の確証もなしに、そんなに凄い事言えるはずじゃないと思うんだけどー、何か手があるんだよねー。まだ」
「あ、分かっちゃった? 実はもっと前に言おうとしたんだけど、アジスティアからすごく危なくなった時に、役に立つ物があるって貰ったの」
と、そういえば姫乃は握っていたままだった手をほどいて、
「あ」
「……ん? どうしたの姫ちゃん」
周囲を見回す。
なにかつっこまれたような気がしたような。
何となくだけど、今はいない仲間の気配がするような気がしたのだが……。
とりあえず今は横に置いて置こう。
限界回廊で遭った彼女からの贈り物、ビー玉を取り出した。
内部に星のきらめきが入って来て、綺麗だ。ここに光などないはずなのにキラキラと輝いている。
「ビー玉さんなの。綺麗なの」
「どんな凄いものかと思ったら、玩具……ですよね」
「えっと、ビー玉だねー」
喜ぶなあと訝しむエアロの反応に続く啓区の反応は、さすがにエアロ寄りだ。
「えん、私もそれ以外の事はちょっと分からないかも」
「え、まさか姫ちゃんが何も分からないのに。あんな大胆なお説教をー?」
「え、うん。改めて言われると恥ずかしいかも」
エアロが横で、気にする所がおかしいのではとか言っている、声が小さすぎて聞こえなかった。
ルミナリアと未利の影響が想像以上に出てるかも、とか呟きながら啓区はビー玉を調べ始めている。
すると、取り出したビー玉が光の球に変わって、どんどんその姿を大きくしていく。
最終的には手のひらサイズのオルゴールへと変貌を遂げた。
「これはー?」
「あ、それ。シンク・カットに置いてあったのだ。クレーディアのエマー・シュトレヒムへのプレゼントみたいなんだけど」
その箱から、音楽が流れ始める。
音は戦慄となって、闇の中へとこだまして良き暗闇を駆け巡って行った。
先程の物とは違う。
元に聞いた物とは違て、温かみのある音楽だ。
木琴楽器だろうか……。
何だかオルゴールがかなでるには無理のある音も聞こえているが。
音楽が満ちた空間では、星屑の様な煌めきが生み出される。その光は一か所にあつまて、天へと昇り、星の満ちる空を作り出した。
そして、その空間の中に、半透明の円盤状の台座の様な物を形成していく。
「壊れたはずの世界に、新しい場所が……。姫乃ちゃん、ひょっとしたら、あそこに行けばまだ何とかなるかも」
「え、本当に?」
「うん、あくまでも可能性だけど。場所があるって事はまだ完全に壊れてないって事だから」
エムに助けてもらって、その場所へショートカット。
一瞬で、星の海に浮かぶ台座へと移動した。
満天の星空が見下ろすその場所は絶景で、こんな機会でなければ楽しめただろう。
姫乃達が来たと同時に台座の上には、白い羽が舞い落ちてきた。
羽の一つに触れてみると、記憶が再生される。
それは、エンジェレイ遺跡を歩いている時の出来事だった。
「ぴゃ、おててさんが見えたの」
「私はアレイス邸の光景です」
「うーん、星詠み台での出来事だったねー」
一つ一つ違う羽に触れた仲間達は、そんな別々の報告をしてくる。
ひょっとしてこれって私達の記憶……?
羽が台座に一つ一つ降り積もるごとに、空に星の輝きが満ちてくる。
満点の星空だ。そこに前に遭ったような目はない。
「うそ、こんな事って……」
驚いた顔をするエム、本当に信じられないようでしきりにあちこちを見まわしている。
「少しだけど、未利が生きる気力を取り戻してる。あの子がね、姫乃ちゃん達の記憶にアクセスしてるみたいー。覗かれっぱなしは嫌だって……。さっきのやり取り……未利は覗いてたね、きっと」
覗かれたから覗き返すとか……未利らしい言葉だ。
でも、そっか。
やっぱりまだ、希望はあるんだ。
「無駄じゃなかったんだよ、私達が今まで頑張ってきた事」
「僕たちが、運命に抗ってきた事が……。はぁー……、未利って調子いいよねー、ほんと」
触れた羽を台座へと還す。
ほのかな温もりが手のひらから離れていった。
積もった羽は、光となって、消えていく。
啓区はその光景を前に納得したように言葉を吐く。
「そっか、絶望が大きければ大きいほど、希望の価値も大きくなっていくんだー。こんなどん底だからこそ、かけられた言葉の真意が、想いが、真剣さが、純粋さが大きければそのまま力になる」
「私達の気持ちが伝わったんだよ、きっと」
人の心の底、本省の部分は、大変な時ほど、表面に出てくるから。