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白いツバサ  作者: 透坂雨音
第六幕 翡翠の星、輝く
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223 第25章 真実の塔



 四番目の浮遊大地へ向かう為に星屑の橋を渡っていると、向こうからやって来る人影があった。エム……ではない、焦げ茶の髪をしたくせ毛の十歳くらいの少年だった。


「お前ら、何だ……」


 明らかに警戒したような雰囲気で、身構えながら話しかけてくる。


「何だ、とは大層なご挨拶ですね。何者だなんて言われる事はあっても、何だは今までにあまりありませんよ」


 少年の物言いが気に入らなかったらしい。エアロがむっとした様子で応対に出る。


「貴方こそ、何者なんですか。こんな場所にいるという事は、貴方もエムさんのような存在なんですか?」

「知らない、誰だそいつ。俺はこの世界の人間じゃない。そんな奴とは会ってない」


 この世界の人間ではない?

 という事は彼は、姫乃達と同じように現実からやってきた人間なのだろうか。


 ベルカが姫乃の他にも誰かを連れて来ていた?


「では、この世界の人間でないらしい貴方はどうしてここにいるんです? 私達以外の人がいるなんて初耳ですよ」

「そんなの知るか。それよりそっちこそ、別の世界の人間なら何でここにいるんだよ。ひょっとしてお前達も俺と同じなのか……?」

「同じ?」


 こちらをじろじろ見ながら観察しだす少年だが、やがて何かしらの結論が出たらしく首を振る。


「能天気そうなやつばっかだ。……ないな」


 何が「ない」のだろうか。自分が能天気な顔をしているのかどうかはよく分からないのだが、何故か少しだけ呆れられたような顔をされた。


 少年は、自分が歩いてきた方向を振り返って背後にあった真実の塔を悲しそうに見つめる。


「お前らは今からあそこに向かうのか? だったら止めといた方がいい。俺はあそこから逃げてきたばかりだ。アレに捕まったらどうなるか分からないぞ。アレは真実の箱とあいつを狙ってるだけだ。近づかなければとばっちりを食う事はない」

「真実の箱……? あいつってどなたですか」


 エアロの疑問に、少年は悔しそうな顔をしてその名を答える。

 それは、姫乃達だけが知っているはずの名前だった。

 他に口にできるのは、行方不明になったフォルトだけだろう。


 姫乃は、前に出て少年の名前を尋ねる。


「ねぇ、貴方の名前を教えてくれるかな」

「名前? ……アス……、いやミライだ。ミライ・エターナリア」

「未来……」


 永遠の明日。


 綺麗な名前だな、と思うよりも前に懐かしさが込み上げてきた。

 全く未知の単語を聞いた反応ではなく、何度も聞いた事がる様な感覚だ。


「俺は、絶望してたんだ。生きる気力を失っていた。……けど、そんな俺をあいつが助けてくれたんだ。あいつは、元の世界でもそんななのか? 自分の事よりも誰かを優先するような馬鹿なのか? 俺は、その恩返しがしたかったのに……」


 少年……未来は、悔しさに表情を歪めて己の拳を強く握りしめる。


 だが、彼は数秒を経て、こちらに頭を下げてきた。


「頼む、あいつを助けてやってくれ。俺なんかじゃ、あいつを絶望から救ってやれなかった。俺じゃどうやってもあいつを助けられないんだ。真実に勝てなかった……」


 真実?


「諦めて、あいつをあそこに残して逃げる事しか……だから、頼む。頼むよ。お願いします」


 もうそれ以上見てられなくて、姫乃は未来に近寄ってその肩を掴んだ。


「大丈夫。絶対助けるから。私達はその為に来たんだよ。私達だってきっと貴方と同じくらいその子の事が大好きだから、生きてて欲しいって思ってるから。だから絶対に大丈夫」

「本当に、か」

「うん、嘘じゃない」


 精一杯思いが伝わる様にと頷けば、少年はずっと緊張していただろう体から力を抜く。


「分かった。信じて良いんだな。ここであいつを助けるのはお前たちの役目でいいんだな」


 そう言って、その場から離れようと姫乃達が歩いてきた方向へ足を進めるのだが、数歩して立ち止まり振り返る。


「俺はもうこれからは逃げたりしない。絶望したりしない。何があっても立ち向かってやる。大きくなって強くなって、それでもまだ困ってたら。俺が助けに来る。どんな事があっても、どこにいても、必ず助けに来てやる」


 未来は最後に、「本人がいないから、お前たちに誓ってやる」と、そう言って走り去る。


「何と言うか、今の……聞きようによってはあれなんですが……。まあ、未利さんですし、そういうのじゃないんでしょうね」

「ふぇ? なあは偉い偉いさんだねって思うの。でも、エアロちゃまの言ってる事はよく分からないの」

「あー、うん。なあちゃんにはちょっと早いかなー」


 唐突な来訪者との邂逅を済ませた後に、呟くエアロが何を言っているのは姫乃としてもちょっと分からない所だが、そう悪い話題ではないような気がする。何となくだが。


「それにしても未利さんって、心の中に休憩寮きゅういりょうでも開いてるんでしょうか……。私達以外の他の人がいるだなんて……」

「ど、どうなんだろうね」


 他の例を知らない姫乃にとっては、それが普通なのか異質な事なのか判断できないから困る。


 そんな風にしていると、地面が揺れ始めた。


「ひっ」

「わー」

「ぴゃ、ゆらゆらしてるの」


 揺れ自体はそう長くはなく、数秒で収まったのだが底の方から伸びてくる手がゆっくりと上に向かって伸びてきているようだったし、手に捕まっている大陸は心なしか段々と底の方に引っ張られて行っている様に見える。


「時間がないみたいだね」

「そうですね。先程の少年も何かから逃げてきたみたいですし」

「急ごう」


 とにかく、これ以上は余計な時間は使うまいと決め、目に見えている目的地へ向かって先を急いだ。






 辿り着いた四番目の浮遊大地。


 そこに建っていた大きな真実の塔は頑丈な建物だったのだが、その窓やら扉やらからは無数の手が外へ向かって出てこようとしていた。


「あぁ……」

「ホラーだねー」


 これで何度目になるか分からないが、エアロが倒れそうな顔になってダメージを受けている。


 さて、壊せと言われたが、出来るかどうかは置いといて、本当にこれを壊せば未利は目覚めるのだろうか。


 そんな疑問を察したように目の前にエムが現れた。


「言っておくけど、未利が目覚めないのは倒れる前……最後に見て聞いた事が直接の原因じゃないよー。今までの事が降り積もってそれが決壊しちゃったような感じだったからなの。その最たる原因の一つは、未利の心の矛盾が見過ごせないほど膨れ上がっちゃったからなんだー」

「矛盾?」


 エムの存在に気付いた皆が集まって、言われた言葉についてそれぞれ考え始める。


「そ、それが結構な負荷になってて、目覚めの……生きようとする意思の邪魔になってるんだよ。あれ、分からない? 古戸……フォルトさんは気が付いていたみたいだけど」


 そう言ってエムはこちらに対して、思い出を探る様に言ってきた。


「よーく、思い出してみて、今までの事。……未利って、嘘が下手だよねー。あと、照れ隠し? ツンデレって言うの? ああいうの。分かりやすいっていうか、ちょっとおまぬけさんだよね」


 おまぬけって……。


 未利の心の中にいる人なのにもかかわらず、容赦がない。


「用心深そうに見えるのに、意外と脇が甘い。アルル君にお説教してたのだって、どうでも良かったらあんな事言わないでしょー? 他人に警戒してるように見えて、結構とちょろいよ。ちょろあまだよ。セルスティーさんとどんな会話してたか知ったら、びっくりするよー」

「そ、そうなの……」


 そのちょろ何とかは良くは分からなかったが、彼女が言わんとする事については大体理解できた。


「いっつも我を通して自信満々そうにしてるのに、意外と内心ではびくびくしてるとことかー」


 ええっと、こういうのなんていうんだっけ。


「うらはら?」

「そう、それだよ。やっぱり姫のちゃんは凄いねー。うーん、未利が分かりやすかっただけかなー」


 満足そうに頷いてみせるエム。

 反応を見るに、姫乃の認識はあっているみたいだ。視線を皆の方へと順番に向ければ啓区とエアロも「あー……」と、肯定的の様だった。


「でも、その矛盾のせいで、今はこうなってるんだ。気づいてないんだよ、あの子は自分の本心に」

「気づいていないって……」

「鈍いってこと、ホント。自分が自分に」


 自分の本心って意外と気づけない物だけど、あれは重症だね。と、そんな風にエムに頷きながら言ってくる。

 この子、口調はゆったりしてるのに、意外と辛口だ。


「自分の心を覆った虚飾の方が本心だと思い込んでる。だから……今、ややこしい事になってるんだよ」


 複雑そうな光を瞳に宿したエムは、同じような表情で近くに立っている塔を見上げる。


「本当は、姫乃ちゃん達が心から……ただ一言生きてって言ってくれれば未利は起きてくれると思うけど、やっぱり駄目。まだ駄目」

「駄目ってどうして」

「曖昧なまま先に進んで、また同じ事にあったら次は助からないかもしれない。今、危険そうに見えるけど、これはチャンスでもあるんだよ。だから対処法じゃなくて、原因を何とかしてほしいんだ」


 だから、とエムは続ける。

 その一言を。


 たぶんこの後の未利の生き方を根っこから変えてしまうような、そんなとんでもない発言を。


「この本心の塔を壊して、虚飾の方を本音にしてほしいんだ」


 ……え。


 それって、未利の本心を壊せって事?


「あたしは構わないよ、もう何年も省みられてないものだし。矛盾さえなければ未利は生きていける。弱さを忘れて強くなれる。助けなくても良い人を助けて、危ない目にあったりしないし。自信と共に、生きていける」


 そうかもしれないけれど……。


 でもそれって、私の知ってる友達なの?

 本心が無くなっちゃったら、そんなのその人じゃなくなるのと同じ事なんじゃないの?


「私は、未利のそういう所も良い所だって思ってるんだけど……」

「残念だけど、そんなんじゃ生きていけないよ。何かを切り捨てなきゃ、生き残れない。犠牲を出さなきゃ無理なんだ。弱いままで……生きて行けるような世界はないんだよ。あたし達の生きてる世界はそんなに優しくないんだ」

「でも……」


 意見を求めるために皆の表情を見つめる。

 

 姫乃はもちろん嫌だ。

 そんな事したくないと思っている。


 いきなりそんな事言われて混乱していた分もあるから、冷静に考えられる時間も欲しかった。


「そんなの、決まってます。駄目に決まってるじゃないですか」


 意外にも一番に声を上げたのはエアロだった。


「困らされる事の方が多いですけど、別人を助けたって意味ないじゃないですか」

「あはは、そうだねー。やっぱり、未利はツンデレじゃないとー。いじってあげなきゃって思えなくなっちゃうよー」

「未利ちゃまは未利ちゃまで良いと思うの、変わらなくてもいいと思うの、変わる時は変わろーって思った時に変わろうとするのが一番なの」


 そして、啓区、なあと後に続いていく。

 そうだよね。答えなんて最初から決まっていたよね。


「決めたよ。この塔は壊さない」

「え、本気?」


 うん、だって私は、人を嫌いになる事にためらわない未利は嫌だから。


 それだったら、やっぱり未利の本心を考えればあの時、幻にかけた言葉は間違いだったのかもしれない。

 嫌いって前提で話していたけど、本当は好きって事を考えればきっと答えは違う物になるはずだ。


 だったら、その答えをもう一度あの幻に行ってあげればいいのかな……?


「そんな、そんな悠長な事……。あたしだってそっちの方が良いって事は分かってるよ。でも砂粒がいる今、時間がないんだよ」


 ああ、そういえばそうだった。

 気にしなければいけない人が他にもいたんだった。


「もしかして、ここにあの人がいるの?」

「うん……。真実をつきけて未利の心を砕こうとしてる……」


 確か砂粒の影響で手がこの世界に出現したって聞いたけど、それだったら目の前にある塔の中に手があるのって……。


「そうだよー。塔の中にある真実を、砂粒が狙ってる……」



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