218 第20章 心域
結締姫乃はこの数時間で起こった事を整理していた。
シンク・カットから移動して、限界回廊にいた……と思ったらアジスティアと会って、色々な話を聞かせてもらった。
悲しそうに、心配そうな様子で啓区の事や、他の世界の事を教えてもらって、状況を打開する鍵は過去に有るみたいな事をしばらく話していたのだが……何か外で大変な事が起こるみたいに言われて、限界回廊から出たのだ。
入り口の辺りで、注射器を拾ってうろうろしていたなあちゃんと合流した後は、「ぴゃ、透けてるの」とか言われながらもとにかく部屋へと戻って、そこで自分そっくりの少女と対峙している啓区達と合流。
追い払ったのち、特別治療室に向かって更に砂粒と色々あった後、いま現在未利の心の中にやって来た……と言う状況だった。
昼間にも色々あったのに、何て重厚な一日なのだろう。
でもまだ夜で、多分深夜にはなっていない。
一日が終わるまでは数時間ある。
たぶんこれからも、事は簡単には行かないだろう。
そんな予感……いや、確信があった。
心域 中央浮遊大陸 森林
ここは、おそらくクレーディアに送り込まれた先だ。
「ここが、そうなのかな」
……心の中?
意識を取り戻してすぐ。
姫乃は周囲を見回す。周囲は暗い。
どうやら森の中に来た様だった。
姫乃を囲む様に、背の高い木が生えている。
その感じはリアルで、とても人の心の中だとは思えない。
本当に、言われた通りの場所に来たのだろうか……。
「寒い……」
視線を上げる。
茂った木の葉の隙間から見上げる天井は夜闇。
心の中に時間という物があるのかどうか分からないが、一応は夜みたいだった。
気温が低くて、少し肌寒かった。
……感覚があるみたいだ。
「皆はどこにいるんだろう」
周囲を見回すがそれらしい人の影はない。
いつまでもここにじっとしているわけにもいかずとりあえず、前へと進んで行く。
しばらく歩くと開けた場所に出て、そこで啓区達と合流できた。
しゃがみこんで生えている草花とにらめっこしていたらしいなあと、周囲を見回していたエアロと啓区が視界に入ってほっとする。
「ぴゃ、姫ちゃまなの」
「あ、姫ちゃん無事だったんだねー」
「遅いですよ」
皆に聞けば感じてる時間の間隔は姫乃と同じようで、ここに来てからそんなに時間は経っていないみたいだ。
「あそこにあるの見えますか」
開けた場所の中央をエアロに示される。
「えっと、アレは……山?」
「ゴミの山ですね。あそこに人影がさっき見えたんですけど、姫乃さんの捜索をどうするか迷っていたのでちょうど良かったです」
どうやらエアロ達は、人影の正体を確かめに行くか、仲間と合流するのを優先するか考えていた最中だったらしい。
姫乃は視線の先……そこにある、ゴミなどのスクラップが積まれている山を見る。
夜の様な暗闇の中でも物が見えるのは、スクラップで出来た山の近くにガラス細工で出来たような綺麗な電灯が立っていたからだ。
慎重に近づいていくと、細部が見えてくる。
大きな家電が徐々に見えて来て、その後は服やら玩具やら、小物やら実に色々な物が詰まれていた。共通している事と言えば、全部どこかしら壊れていたり汚れていたりしている点だ。
「家電……があるね」
「現実にあったら改造部品として使えるのにねー」
「ぴゃ、ビー玉さんたくさん落ちてるの。キラキラしてて綺麗なの!」
それらを一つ一つ見つめながらも、少し前に見たらしい人影を探して歩く。
これが未利の心の中だと言うのなら、このよく分からない山も何か意味があるのかな。
「未利さんの心の中って変な所ですね」
エアロは自分に正直だ。
そこに第三者の声が割って入る。
「ようこそー、心の中の世界……心域へ。あたしからも大事な話があるんだけど、聞いてくれるかな?」
声のする方に視線を向ける。
スクラップの山の中、先程まではいなかったのに、その電灯の下に栗色の髪をした一人の少女が立っていた。
「初めまして、あたしの名前はエムだよ。ベルカが色々融通してくれたから、良かったよ。姫乃ちゃんたちには話したい事がたくさんあるからー」
未利とそっくりの姿をした、けれど彼女とは全く違う口調で話し名前を名乗る一人の少女が。
その少女の姿は、つい先ほど見てきた前の世界にいた少女と全く同じだった。
エムと名乗った少女は、姫乃達がどう反応して良いのか迷っている間に、のんびりした口調でしかし意外にもサクサクと話を進めていった。
「あたしはねー、えっと……この心の中の解説役? 案内人みたいな人だよ。それでね、未利は今全然起きないでしょ? 大変だと思って色々教えてあげようと思ったんだー」
「え、えっと……?」
待ってほしい。そんなにたくさんいっぺんに言わないで。頭が混乱してきちゃうから。
とりあえずエムと名乗った目の前の少女は姫乃達の味方で、色々教えてくれるつもりらしい事で良いのだろうか。
戸惑っていると、フォローする様に啓区がエムに質問を投げかけていく。
「とりあえず、敵じゃないんだよねー。君は未利とどういう関係なのー? それで、どうして色々僕達に教えてくれようとしてるのかなー」
と、自分達が助けようとしている仲間との関係性と、行動動機を訪ねていく。
何かをするのに理由が必要だと考える所は、啓区もエアロも同じらしい。
姫乃なんかは、助けたいから助けるといわれれば納得してしまうのだが、二人はそうは考えないようだ。
「んー。どうって言われてもー。切っても切れない関係? 腐れ縁的な? あたしは未利の心の中に住んでる何かだからー。えっと……、心の中ランドの案内人。ようするに中の人だよ。だから頑張るんだー」
うん、よく分からないかな。
エムが話しながら、スクラップの山にある玩具、ゲームのコントローラーみたいなものを手にいじっていた。当然壊れているので、どこにもコントローラから伸びている線は繋がっていないし、動作しているような気配もない。
「がんばるんだー」
言い終わって、それでも理解できなかった姫乃の様子を見てか、エムはもう一回言ってくれる。
「助けるのは、助けたいから助けるじゃダメかなー。一心同体だから、助けるでもいいけど、あたしはそういうの好きじゃないんだ」
でも、次に呟かれそんな言葉で何だか納得してしまえた。
きっとこの子は間違いなく、未利の味方だ。
だって、嫌いって言わないで「好きじゃない」って言う口癖がそっくりだから。
それにしも何だろう……。変な感じだ。懐かしい。この子、始めて会ったはずなのに全然そんな気がしない。
おかしな感じがするのは、それと似たような子を限界回廊で見たせいだろうか。
「まあ、今のところはそれでいいやー。それで、僕達の前に現れた理由はー?」
啓区の疑問を受けて、エムは咳払い。
そしてコントローラーを置いて、姫乃達を指さした。
「未利から矛盾を消してほしい、だからこの世界にある真実の塔を壊してほしいんだ」
エムはんしょっと声を出す。
拾ったのは、服のリボン。未利の服についていたものだ。
「それは……」
声を上げたエアロに、エムはそれを丁寧な手つきで受け渡した。
「ここでもきっと役に立つと思うから持っててあげてね。お守りとして手避けになるからも」
手避け?
そして、落ちていたのを拾ったのか、元から用意したのか分からないが、エムは木の枝を天へと突きつける。
「今からこの世界が見えるとこまで案内するよ、てんい!」
と、そう唱えると、暗闇の空から星屑の様な煌めきが降り注ぎ、姫乃達を取り囲みはじめた。