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白いツバサ  作者: 透坂雨音
第六幕 翡翠の星、輝く
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217 第19章 夕日燃える坂



 ??? 夕日燃える坂


 暮れかけた赤い空の下を数人の男女が歩いている。

 その内二人は中学生くらいの人間だ。


「アイラちゃんが食べてる味はなにー? それ、美味しい? すごく美味しい?」

「えっと、すごくはないけど、美味しいよ」


 アイラ、とそう呼ばれた少女……自分とよく似た赤毛の女の子は、歩きながら右隣にいる人物へ呼びかけている。彼女の視線の先には、栗色の髪の少女が並んでいて赤毛の少女の手の中にある食べ物を興味深そうにのぞき込んでいた。


 猫のように丸い目を丸くして、人懐っこそうな柔和な笑顔をして。その顔は姫乃の良く知っている仲間にとても良く似ていた。けれど、彼女ではない。少し見ただけだが、それははっきり分かる。姫乃の知る限り、彼女はそんな顔を一度だってしなかったからだ。


「かりんと、かりんとー。一個ちょうだい」


 その栗色の髪の少女が手を伸ばすのは、アイラの腕の中にある、袋の中身。

 和菓子のかりんとうだった。


「アイラちゃんの選ぶ和菓子は、みーんな美味しいから好きだなー」

「そうかな。そう言ってもらえると選ぶ楽しみが増えるよ」

「うん、楽しみ!」


 本当に楽しみで楽しみでしょうがないです! と顔に書いてあるかのような笑顔を浮かべた栗色の髪の少女は、袋の中からつまみ上げたかりんとうを、口の中に放り込んで美味しそうに頬張る。


「おいしー。ありがとね」

「あはは、そんなに気に入ったのなら、何個でも食べてもいいんだよ」

「えー。それは悪いよ。それにね、友達からもらうお菓子は一個が一番美味しいんだよー」

「そうなの?」

「そうなのです。ふぁー、幸せの味ー。今日は未来の美味しくないオムライスも食べれたしー、良い事づくめだね」


 そう言ってお菓子のかりんとうをゆっくり味わった少女は、アイラを挟んで向こう側……左隣にいる少年へと視線を向ける。

 そこにいるのは茶色のくせ毛の、不満そうな顔をした少年。少女達より二、三は年上の。


「最後までしっかり味わっておいて、美味しくないか。そうか、もう一生作らん」

「えー、やだよ。未来が作ってくれるのがいいのにー。誉められた時はありがとうって言うんだよー」

「誉めたんなら、それらしい言葉にしろ」

「未来のばかぁ、いじわるー」


 頬を膨らませる少女は、むっとした様子で視線を背け、ぷいっと反対側へそっぽを向く。

 そんな様子を見ていたアイラが、未来と呼ばれたくせ毛の少年へ苦笑しながら喋りかける。


「あんまり意地悪しちゃだめですよ。未来さん」

「こいつがおかしな事を言うから、そうなるんだ」


 一歩も引かない姿勢に、赤毛の少女は眉尻を下げて少しだけ困る。

 そして、未来にだけ聞こえるような小さな声で呟いた。


「こうして話せるのも、最後かもしれないんですよね……」

「……」


 その言葉を受ける未来は反応を返すことなく、無言で栗色の少女の事を見つめるのみだった。






 やがて坂の途中にある公園へたどり着いた三人は、バラバラに行動する事になる。


 栗色の髪の少女が公園に居ついているらしい猫と追いかけっこをしていて、園内にあるブランコの周囲ではアイラと未来が話をしていた。


「本当に良いんですか?」


 ブランコに座ったアイラは、傍に立つ未来へ「とある事」について尋ねる。


「本当にそれで後悔しないんですか……」


 遠くの空で、夕日が燃えている。

 赤く赤く燃えた空がその場にいた少女と少年を、包み込んでいた。


 その様はまるで灼熱。


 目がくらむような夕日に夜の暗闇が混じり初め、鮮烈だった赤が緋色へと変化していく。


「私はこの世界に未練なんてありません。この世界が変わってしまっても良いと思ってます。異界に連れていかれて、皆を守れなくて、一人で生き残ってしまうくらいなら。そんな事、無かった事にしてしまいたい」


 赤毛の少女の視線の先には、猫を捕まえたらしい栗毛の少女。

 少女を見つめ続けるその表情は、辛く悲しげだった。


「今のあの子は死の運命に捕らわれている。けれど、あの子が私達と共に異界に連れ去られてしまっても、結局は同じ……なんですよね。他の大勢は助かるけど、結局あの子は死んでしまう。なぜならそれは……」

「……あいつが死ぬのは、運命で決まっている事だから」


 アイラの言葉の続きを引き取って口にするのは未来。

 夕日を見つめる少年は、ただひたすら無表情で、その表情からは感情が読み取れない。声音も至って普通だ。


「あいつが異界に行って死ねば、その異界は滅びずに、俺達の世界も同じように滅びたりしない。だが、あいつが異界に行かなければ、あいつが生きる代わりに、異界は滅び、この世界も滅びる。世界よりあいつを選んだとしても、結局の事は同じだ。少しの間はあいつは生き延びられるが、結局は頭のおかしな連中に追い掛け回されるなリ、詐欺連中のカモにされるなりして最後には必ず死んでしまう」

「……」


 わざわざ説明しなくても分かってるだろう、とばかりに未来はアイラへ視線を寄越す。

 当たり前のようにその話を聞いているアイラに、動揺はなく。ただ痛みと悲しみだけが表情に刻まれるだけだった。


「アイラ、お前は世界を選ばないのか……。あいつを殺そうとしないのか。俺の……邪魔をする気はないのか」

「私は……、そんな事できません」


 疑問の声を受け取った少女が俯いて、自分の膝を見つめながら、とぎれとぎれの言葉を発する。

 その声は、嵐に翻弄される水面の様に大きく揺らいでいた。


「私は、選ぶ事なんてできません。友達か、世界かなんて。どっちも……大事なんです。だって、皆を守れなくて、終わった世界からたった一人で帰ってきてしまった私を、励ましてくれたのはあの子なんですよ……」

「……そうか」


 小さな水の雫が膝の上に落ちていく事に気づいたらしい未来は、小さくそれだけを呟いた。


「未来さんは……諦めるんですか?」

「俺は、あいつを助けてやれない」


 アイラの揺らぐ声に未来は、応じる。

 答えにならない応えを、返す。

 悲嘆と悔恨の混じった、かすれる様な声で。


「俺は、俺があいつを助けたかった。でも、助ける方法がどこにもないんだ」


 問いかけに対する答えの外側を歩いて、少年の独白は続いていく。


「俺がこの世界から消えてやる事でしか、アイツを救う道筋を付けてやれない……。俺という存在をこの世界から消して、新しい可能性を呼び込む事でしか助けてやる事ができない」


 声を聞いている赤毛の少女は、痛ましそうな表情を浮かべて、それでもと声をかける。

 それは先程かけたのと全く同じ言葉だ。


「だから、未来さんは諦めるんですか……?」

「諦めたくなんかなかった」


「守ってあげなくて……傍にいてあげなくていいんですか?」

「ずっと守ってやりたかった、傍にいてやりたかった」


「貴方が消えるなんて知ったらきっと、悲しみます」

「知ってる。悲しませたくない」


「貴方の代わりにこの世界に来る誰かは、ひょっとしたら貴方の守ろうとしたものを傷つけるかもしれない。貴方の願いどうりに動いてくれないかもしれない。そもそも、この世界に顕現出来る様なはっきりとした変化が起きないかもしれない。それでも、良いんですか?」

「……それでも、絶対に助けられない今よりはマシなはずだ」


 問いかけに対する答えは未来の偽りだろう。

 心の内に秘めている、大切な真実を隠して。


 その感情に沿って行動する事は出来ないのだと、そう少年は告げた。


 血のように緋い光を全身に浴びて。

 傷だらけになった心の内を、晒しながら。


「今のままじゃ駄目なんだ。俺は眼の前で、あいつが両親の皮の被った誰かに殺されるような悲劇を見たくない。頭のおかしな連中に生贄として攫われる様な悲劇を見たくない。欲の事しか考えていない詐欺集団に関わって口封じで殺されるような悲劇を見たくない。苦しんでる俺の力になろうとして、危険に飛び込んで行って二度と話せなくなるような悲劇を見たくない」

「……」


 どうしようもない、現状の一つ一つを言葉にする度に、その表情は一層歪んて、悲嘆にくれて、憎しみに燃えて、悔恨に沈んでいく。


「何度も助けようとして、そのどれもが駄目だった。簡単な事なんだ、俺が消えればあいつは死ななくてもいいかもしれなくなる。たとえそれが一パーセントにも満たないわずかな確率の話でも。俺はあいつが生きられる世界を望みたい。」

「でも……残された人達は……、貴方の事を大切に思っている人達はどうなるんですか」


 せめて、最後の抵抗にと、述べた言葉には……


「……。最期には、誰も悲しむ事はないはずだ。俺のいない世界ではそれが普通なんだからな」

「そんなの……」


 未来はそう、結論を述べるのみだった。


 アイラをその場において、未来は進んで行く。


「未来……、どうしたの?」


 こちらの様子に気が付いたらしい栗色の髪の少女がその彼の元へと駆け寄っていくが、未来はそれを軽くあしらっただけだった。


 けっして歩みを止めることなく、少年はどこかへと進んで行く。

 ただ前だけを見つめて。

 最後まで振り返ることなく。


 ややあって、夕日に燃える坂の先で、赤い光が弾けた。


 閃光にくらみ、世界が色を失くしていく。


 世界が書き換わるのだ。

 そして、一つの存在が消失して、別の存在が呼び込まれる。


 その際に赤毛の少女が……アイラが思った事が、姫乃の中に流れ込んできた。





 ――私は、あの人に諦めて欲しくなかったんだ。


 ――私は、諦めてしまったから。


 ――私の分まで、頑張って欲しかったんだ。


 新しい世界ではどんな風になるんだろう。

 私はまた皆と出会うのかな。そして、今度も助けられないのかな。

 もしも、この声が届くのなら……。そんな事はありえないだろうけど、私は次の私に何て伝えよう。


 ――前世に捕らわれないで。彼女と私は同じじゃない。……イブとアイナは別の人間だから。


 新しい世界でも、最初に塔であの人が死んでしまう。そして、その次は霧の中で彼らが……。次に町が消えて、そしてあの子も……。

 その次に城の中でたくさんの人達が死んでしまう。

 それからもたくさん犠牲が出る。

 私のせいで死んでしまった人達が大勢いる。


 結局最後には、私一人だけになってしまう。

 世界を救えても、救えなくても、私一人だけに。

 私一人が生き残ってしまう。


 ――そんな事にならないために、お願い。どうか私……。この不幸な物語を変えて。幸せな結末へと導いて。運命に抗って、諦めないで。皆を……死なせないで。


 そして、世界は書き換わる。

 古い世界から、新しい世界へと。

 まだ見ぬ可能性を呼び込む代わりに、人が一人消えた世界へと。


 そうして、切り替わった視界の中で、運命に抗い敗北した少年の姿はどこにもなくて。

 過ぎ行く時間の中に、思い出も何も残さない……。




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