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白いツバサ  作者: 透坂雨音
第六幕 翡翠の星、輝く
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213 第15章  火消し活動の夜



 居酒屋 プティレマイオス 『アピス』


 何でこんな事になってしまったのやら。

 騒がしい居酒屋の店内で、ひっそりとアピスは息を吐く。

 時刻は夜。

 普通の店とは違って、これからの時間がかき入れ時である居酒屋。その店内は大変にぎわっており、多くの人が思い思いに談笑していたり、食べ物や飲み物を胃袋へと放り込んでいた。


「今日も大変だったなぁ。ねぇ、ライアさん……」


 そんな賑やかしい雰囲気の店内の中でアピスは、本日一日の行動を思い起こしながら、ほぼその一日鼓動を共にしていた女性……テーブルを挟んだ対面の人物へと話しかける。


「もきゅもきゅ……、ごくん。……ん?」

「あー、いや、何でもありません」


 話を聞くどころか味わう事だけに意識を集中しているようなライアの様子に、改めて話題を振り直して邪魔をする気力がなかったアピスは、身振りでどうぞ続きをと食事の再開を促した。


 彼女は満足そうに、テーブルの上にいくつも乗った品、肉の挟まれたパンの一つにかぶりついては、咀嚼を繰り返している。


 ……もし付き合うんだったら、食費とか大変そうだよな。


 そんなどうでもいい事を考えながら、幸せそうにもきゅもきゅごくんを繰り返す女性を見つめ続ける。


 ライアの様子は森の中に生息する、木の実などを頬袋にため込む小動物リースに似ていて、中々可愛らしいさまではあるのだが、素直に鑑賞できるほどアピスは単純ではなかった。


「浮かない顔ね。何かあるなら言ってくれても良いわよ、アテナさんやコヨコちゃんからも二人で仲良く解決してねって言われてるもの。あむっ……」


 真面目な口調と真面目な話をする際にも彼女は食事を中断しようとはしない。


 しかし、子供とは言え、統治領主様をちゃん付するとは……。

 後夜祭の船で頼まれ事をしていた時も、その後で確認の為に城に行って領主様と話した時も、それが皆の為になるならばと言ってあっさり引き受けてたし、彼女は大物な気がする。

 いや、まあレースで一位を取るくらいなのだから小物でない事は有名人であるがゆえに分かっていたのだが。


 早くも次のパンに手が伸びているライアに、アピスは重い溜息を吐いた後にその内容を告げる。


「いやぁ、ちょっと昼間の事を思い出していて」

「昼間?」


 そう、昼間の事だ。

 アテナに頼まれた事もあり、アピスたちはヘブンフィートとイビルミナイの軋轢を解消するべく色々と動いているのだが、これがなかなか思ったようにいかないのだ。


 さすがに二人だけで活動するのは辛いので、友人達の力も借りて、両方の地域をあっちへこっちへ行ったり来たりしているのだが……。


「あんな風にいきり立って、話が通じない人を相手にするのは初めてですよ」


明星の真光(イブニング・ライト)とやらの怪しい組織に協力して、自分達に危険な魔法をかけてくれたのだから怒らない方がおかしいし、のんびりゆったり生きてきたアピスにとっても、彼らの怒り様も分からなくはないのだが、それにしたって怒り方が想像を超えていた。


 言い合いと喧嘩の仲裁に入るのはまだ気が楽な方だ。


 幽霊もはだしで逃げ出すような顔をしながら刃物を研いでる人に出会った時は、声もかけずにその場から逃げ出そうかと思った。ライアがさっさと話しかけに行ってしまったのでできなかったが。


「そう? 私はしょっちゅうあるけど? レースの終盤くらいになると皆もう優勝の事しか考えてない顔して、こっちに体当たりしてくるわよ」


 もきゅもきゅを繰りかえすライアは、平然とした顔でそんな物騒な事を言ってくる。


「優勝を譲れって脅される事もあるし、わざと負けろなんて命令される事も」

「毎日そんなハードなんですか!?」


 ……有望なレーサーの日常が怖い。


 何気ない日常の裏で、命の危険の匂いがしそうな事が起きていた事に驚きだ。


「まあ妬まれたりする理由の主は……、私の場合は貧民街育ちなのに、自分用のコケトリーがいるっていうのも理由の一つみたいね。貧乏人のくせにって」

「ああ、そういえば……」


 眼の前にいる女性……ライア・ミティシーは貧民街の環境を良くするために、毎年コケトリーレースに出場して、統治領主に改善策を進言しているらしいのだ。今回の活動の際に互いにちょくちょく身の上話をしたり聞いたりする事があるので、他の一般人やファンよりは少しだけ詳しくなれたはずだ。


「ライアさんの両親がコケトリ―を育ててる、何て事はないですよね」

「ないわ。と言うか私の両親は遠くの町で割りのいい稼ぎが見つかったとか言って、出稼ぎに行ってるもの」


 両親がいないんだったら、彼女と会う時も町中でも親の目を気にしないですみそう。

 何て、ずれた思考を一瞬だけして元に戻す。


「私のコケトリーはエンディゴ動植物園から譲ってもらった物なの」

「エンディゴ動植物園って、あのですか?」


 シュナイデルの町にある、動植物園にはアピスも行った事がある。

 広い敷地に各地から集めた動物が何頭もいて、織の中で展示されているのだ。小さい頃はその数の多さに驚いたものだ。


 ライアはその時の事でも思い出しているのか、口に運び続けていた手を止めた。


「元はそこで展示されていたコケトリ―なんだけど、何故か知らない間に増えちゃってたから」

「へ?」


 予想の斜め上を行く答えを聞かされては、アピスは間抜けな声で応答するしかない。

 いや、漏れてしまっただけで、自発的に出そうと思って出したわけではないが。


「動植物園で管理してる動物たちは、皆勝手に増えないように管理してるって話なんだけど、たまにあるらしいのよね」

「え? たまに生まれるんですか? その何もないのに?」


 動物……いや、生物全般は放っておいて勝手に子供が生まれてくるようなものではないはずなのだが……。


 詳しい事はあれなので言わないが、相手がいないと子供は生まれたりしないはず。

 こう、一人で増えたりできるのは、何か構造が簡単な……視認できないくらい小さな生き物ぐらいしかいないらしいのに。


「あるわよ? 金網を破って、自然に生息している動物が入ってきて生まれたりするとか……、隣り合っていた仕切りが壊されててね……」

「あ、ああ」


 びっくりした。そういう事か。


「それで、唐突に増えた一匹の管理に困ってた職員の人から譲ってもらったのよ」

「はぁ」


 ライアはこちらの驚き顔に不思議そうにしながらも事の真相を最後にそう告げた。

 至極納得した。

 コケトリーは野生でもいるが、警戒心が強くて中々捕まえられないのだ。

 イビルミナイの出で、動物を持っている事には何か特殊な理由があるのだろうと思っていたが、そういう事だったらしい。


「でも、いくらタダで貰ったからと言っても、お世話するのも大変なんじゃないですか? 詳しくは知りませんけど」

「ええ、たくさんお金がかかるわ。おかげでお仕事の掛け持ち三昧」


 いくら世間知らずの金持ちでも、生き物の世話に金がかかることぐらい知っていたので、そう尋ねれば予想通りの言葉が返ってきた。


「それなら最初にもらった時に、お金持ちの人に譲るとか、他のレース出場者に譲るとか考えたんじゃないですか?」


 貧しい家の出なら、そうやってお金を得ようとするのが普通ではないだろうか、と考える。

 よく町をうろつくアピスには、知り合いの人間の中にそう言う人がいたからだ。


「それは駄目よ」

「何でですか?」


 思いのほか、ライアに強い口調で否定されて気圧される。

 目の前に座っているライアは、僅かに身を乗り出して、真剣な表情になった。


「託されたのは他の誰でもない私なんだから、私が育ててあげなきゃ。そうやって渡されたものを人にあげたり売り買いしたりするのって、なんか違うと思うのよね」

「はぁ、そういう物なんですか」


 アピスにはピンとこない話だった。

 裕福な境遇にある自分は、何か物が壊れたとしてもすぐに代わりの効く境遇にいたから、何かに思い入れを抱いたり、特別な感情を持ったりする事はあまりなかったのだ。


「難しく考えなくてもいいと思うわ。人間と同じよ。人間だって代わりが効いたりしないでしょう?」

「まあ、そうですけど」


 物と人間では考え方が違うのでは、と思ったが、言わないで置く。


 さすがに生物と物をまったく同列に語るまでではないが、それでもペット等の愛玩生物は、所持品として人間に管理されているのをおかしいとは思わないし。


 そんな内心を読まれたのだろう。ライアはむっとした表情になる。


「それ、その顔、伝わってないわね」

「へ、あ……すいません」

「嘘やごまかしは駄目よ。これから一緒に行動する事も増えてくると思うんだから、そういうの良くないと思うの」

「すいません……」


 一緒に行動というのは嬉しいが、好感度が下がったままなのは嫌だなぁ。


「ライアさんは、ええと今回の事上手く行くと思いますか?」

「上手く行くと思うわ。頑張ればなんとかなるんじゃない?」


 これから先の問題を思い出して暗い気持ちになるが、ライアの方は楽観的でいるようだ。


「そんな顔しないで。まだ頑張れるわよ。こうやって飲みにきてるってことは、今日の嫌な事を愚痴ったり吐いたりして、そうやって消化してから明日頑張ろうって事なんでしょう?」

「まあ、そうなんですけどね……、お酒を飲むなんて駄目人間だって言われるかと思いましたよ」


 何となくだが、裏表のない率直な生き方をしているらしいライアにはよく見られないのではないかと思っていたので、反応に驚きだ。


「そんなこと責めたりしないわ。悪いと思うのは、浴びるほど飲んだり他人に強引に進めたりする事。決めるのは人間なんだから、人間の行為に怒るのが当然でしょう?」

「確かにそうかもしれませんね」

「そうかも、じゃなくてそうなの」


 抗議する声を聞きながら、飲んだ酒の影響か思考が横道にずれていく。


 そうだ、悪いのは明星の真光(イブニング・ライト)に手を貸していた人間達の事だというのに。

 カランドリやイビルミナイの住人たちは、富裕層の人間全てが悪いと決めつけてかかっている。

 そうでない人もいるがそれはかなり少数派で、これまで友好的だった知人なんかもアピスの事に罵詈雑言を投げつけたり、ちょっとした嫌がらせをするようになってきてしまっていた。


 同じなのだと、皆思っているからだろう。

 悪事を働いた者達と、その者達と同じような境遇にいる者達を。


「どうして分けて考えられないんでしょうね……。……うぇっぷ」


 自分も他の人も。


「あ、これ、お酒まわってきてる? そろそろ止めなきゃ。……ねぇ、おーい。大丈夫? ……聞こえてる?」



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