209 第11章 消え去る前に
シュナイデル城 客室 『啓区』
「はぁ……」
深夜とはまだ呼べない時刻。
勇気啓区は作業用の机でため息をついた。
机の上には様々な機械が置いてある。
全部、クレーディアの事を調べている時に得た物だ。
「魔法解除の携帯と、レールガン、結界解除の剣……後は、雷の魔法がちょっと……打てる手はこんなくらいかぁ。そういえば石の町でやった事、過去の幻を見る事って、あれなんだったんだろー。どうやったら安定して使えるのかさっぱり分からないしー。あと、遺跡での正夢。何とか力にしたいけどなー」
「そんなに真剣な顔して、なに悩んでるんですか」
「え、わっ」
作業の合間に手を止めて、思い思いに今ある手札をまとめていると背後から声がして驚いた。
いつの間にか、エアロが部屋にやって来ていたようだ。
振り返ると栗色の髪の、シュナイデル城の制服を着た少女がいる。
そういえば、いつもそれ来てるから私服なんかは一度も見た事ないなあー。
良くも悪くもしっかりし過ぎてるんだよねー。休日とかも息抜き出来てなさそうなイメージだよー。
「びっくりしたー、気が付かなかったよー」
「珍しいですね、そんな風にしていて気がつかれないなんて。いつもそれなりに人の気配には敏感だったはずですけど」
「あ、いつも見られてたー? まあ、今はちょっと深く考えこんじゃってたからねー」
姫乃達は気が付いていなかった事でも、兵士として鍛えているコヨミの目からは逃れられずにバレバレだったようだ。別に進んで隠していたつもりはないのだが。
「すみません。一応声はかけたんですけど、不用心にも部屋の扉に鍵がかかっていなかったので、入らせてもらいました」
「そうなんだ。こっちこそごめんねー」
それならば気が付かなかったこちらにも非があるだろう。
啓区の方に咎める言葉はない。
今室内には、この部屋を使っている他の者達……姫乃達はいない。
彼女達は一足先にお風呂に入っている時間だからだ。
姫ちゃんいつもは鍵ちゃんとかけてくのにー、やっぱり昼間いろいろあったからかなー。なんかごめんねー。
「姫乃さん達は?」
「お風呂行ったよー」
「啓区さんは行かないんですか」
「作業に区切りが付いたらねー」
と、説明する様に机の上の状況を見せる。ありあわせの機械で色々出来る事がないか試しているのだ。うめ吉がいなくなってしまったので、なんとかその代わりとなる物が欲しかった。
エアロは全くとため息をつく。
「そっちの方は何か用事でもあったのかなー」
「ポケットの中にこんな紙切れを忍ばせておいてよく言いますね」
むっとした表情でエアロが手にするのは紙切れだ。
昼間の時に、飴玉と一緒に渡したもの。
書かれた内容は文字ではなくイラストだ。この世界の文字は分からないから。
本のイラストをのっけておいたが、それでもエアロには意図が伝わったみたいだ。
姫乃達がいない間に、解読した本の内容について話したかったのだ。
「私が私自身の用事を終えるのは、だいたい姫乃さん達がお風呂に入っている時間です。狙いましたね」
「あはは、当たりー。ちょっと先にノートの内容について話しておきたくてねー」
「何ですか一体。それはこの後、ちゃんと姫乃さん達と話す予定でしょう? 何度もチェックしましたし、記述の漏れなどはなかった思いますけど」
「そこは信頼してるよー」
うん、ざっと読んだけど。不備みたいなのは多分なかったと思う。
そういう所は几帳面なエアロが間違えるとは思ってなかったので、考えてはいなかった。
得られた内容はざっとこんな感じだ。
フォルトの手記からは……、
フォルト・アレイス……古戸零種が、別の世界から来た人間だという事。
未利の両親の知り合いだった事。
進んで明星の真光に協力していたわけではない事。
得意とする魔法が、夢を見せて生体活動を操り、休眠させる事。
推測で、他のメタリカからの同郷の人間には会っていない事、の五点だ。
そして、追加で調べられたフォルトの所持品、エマー・シュトレヒムの手記からは……、
エマ(愛称)が、機械人形クロアディールを連れてどこか別の世界から来た異邦人の研究者であった事。
不老らしいその身で、このマギクスに長い時間をかけ、持てる技術を使って様々な遺跡を建てた事。
どこかにあるシンク・カットと呼ばれる場所に部品のストックを積んで、日々趣味の研究に時間を費やしていた事。
その研究内容が読み取れる範囲では、薬や毒についての物だった事。
以上の四点だ。
「もうそこまで読んだんですか。早いですね」
うん、読めた。専門的でよく分からない所も多々あったが、とりあえずは読むだけなら片手間でもこなせた。
反応を見る限りはエアロも、そんな内容だったと把握しているようだ。
「最初は、異界の……とか書いてあったので、どんなネジの外れた人かと思いましたけどね」
あー、そういえばエアロが僕たちの故郷の事を知ったのは昼だったもんねー。
「でも、それがどうかしたんですか、わざわざ姫乃さん達とは別に話しておきたい事があるとでも?」
エアロは、よく頭が回るねー。
それで性格がツンケンしてなかったら、同年代の人間としてはちょっと完ぺきだったのにー。
「ここにある研究内容の存在を忘れないでいて、セルスティーさんに教えてあげて欲しいんだー。うーん、威張るわけじゃないけどたぶんこの世界で、僕の次に機械に詳しいのはセルスティーさんだと思うしー」
「別にそれくらい頼まれなくてもやりますけど……。その方の事は一応貴方達から聞いてますし」
まあ、それは念の為だ。
頼み事は他にもある。
もしもの時、いずれ訪れるその時の為に、手は打っておくに越した事はない。
「そっか、良かったー。じゃあこのメモもエアロが持っててくれないかな。あとこの部屋にある道具も、その時がきたら預けるよ」
「はい?」
と、追加で得られた情報について書きまとめたメモを渡す。
条件反射で手を出して受け取ったエアロは、首を傾げている。
「僕が持ってたら一緒に消えちゃうかもしれないからねー」
「消えるって何の事ですか? いなくなるって事ですか、この忙しい時に無責任な事言わないでくださいよ」
「あはは、ごめんねー。ちょっとどうしても外せない用事ができちゃうかもしれなくてねー」
「用事って、例の人の捜索の件ですか? 正直私としてはそんな得体の知れない人の手なんて借りたくない気分なんですが」
わあ、不信感隠さないねー。
今回のこれは、ツバキ君の事じゃないよー?
用事は用事だけと、そういう前向きなのじゃないからねー。
一転して、ご立腹の様子になるエアロは不機嫌そうな表情になったまま中々態度を変えてくれない。
そうだ、長くない付き合いだが、冷静そうに見えて意外と根に持つタイプなのは短い関わりの中でも分かっていた事。
頼めないかなー? 駄目かなー?
「……エアロを呼んだのは、そんな所かなー」
誤魔化す様に最後にそう言えば、今度は呆れたような気配が伝わって来るだけだ。
そう言えばベルカもそうだった。今日はよくそんな目で見られる日だ。
納得しかねるらしいエアロは、机の上に置かれている物を見つめながら、眉間に皺を寄せたり首を傾げたり怒ったりしながら、疑問をぶつけてくる。
「どうしてもと言うのなら良いですが、私がこれを引き取るとか意味が分からないんですけど……」
だろうねー。ごめんねー。
一応はそれで部屋へと呼んだ目的は終わったのだが、姫乃達が戻って来るのを待つために、エアロはその場から動かない。
そういえばもうそろそろ帰って来ても良い頃のはずだが、何かあったのだろうか。
いつもより遅い気がする。
時間を気にして、未だに部屋に帰ってこない仲間達の事を心配しているとエアロが迷いながらと言った様子で口を開いた。
「ええと、実はこちらからも話があるんですけど……」
「何かなー?」
言いにくそうに始めた会話の内容は、例の隠し事についてだった。
「私は、常々疑問に思ってたんですけど、未利さんが危ないという事を、どうして本人に黙ってたんですか」
それは……。
聞かされた言葉に、ああそう言えばと思い起こす。
そう……、それはこんな状況になる事のそもそもの発端、その時にしたやり取りについてでもあった。
未利の身に危険が降りかかるかもしれないと、知った時。
コヨミやエアロ、イフィール達などにざっと説明をして協力を取り付けた時に、啓区は自分の考えを言ったのだ。
本人にはその話は打ち明けない方がいいと。
イフィールやコヨミは賛成していたが、エアロは最後まで反対していた。ちなみに姫乃は途中までで、なあちゃんはよく分かってない感じだった。
「自分の身が大変かもなんて知ったって、嫌な気分になるだけだよー」
「そんな事、分かってます。でも、未利さんはきっと知ったら怒りますよ。どうして隠してたんだって」
ああ、それ姫ちゃんにも前に言われたな。
「言わなくても良いの? 未利はきっと、怒るよ」って。
「自分が死ぬかもしれないなんて、普通は知らない方が良いに決まってるよー。僕は別に怒られても全然平気だし。知らないままでいられるなら、そうするべきだと思ったからー」
啓区の返答がお気に召さな方らしいエアロは、拳を固く握りしめて、胸に抱いた。
そうして彼女は、凄く苦しげに、悲しげに言葉を紡いでいく。
「ばれた時の事、考えなかったんですか」
滅茶苦茶考えた。すごく怒って、百回くらい頬つねられるだろうなーって。
「だから、さっきも言ったけど、一緒に怒られる姫ちゃんには申し訳ないとは思うけど、僕は別に怒られても気にしないって……」
「そんなの……っ、違います。啓区さんは……」
身を乗り出す様にしてこちらに思いを訴えかける少女がどうしてそんなにも怒っているのか、分からないわけではない。
隠される方も、隠している方もきっと彼女はどちらも心配してくれているのだ。
両方を心配してるから、そんな風に怒っている。
きっとどちらか一歩だったら、言いだしてなかっただろう。
隠された未利の肩を持つのだったら、未利だけに伝えるなんなりしていたし、啓区達の肩を持つのだったらそもそも言い出したりはしてないはずだ。
ツンデレな所とか、怒り症なところとか、見かけによらず優しい所も結構似てるんだよねー。
ケンカしてる所しか見てないけどー、良い相性だと思うねー。
「何も言ってくれなかったら、後悔しちゃうじゃないですか。自分の知らない所で、大変な事があって、傷ついてたなんて知ったら、怒りますよ。でも怒るよりもよりも、きっともっと……、悲しくなってします、自分を責めてしまいます。なのに、どうしてですか……」
「……」
……いなくなってしまうから、消えてなくなってしまうから、せめて出来る事をしたいんだよ。
これから進んで行く彼女たちの道に負担となる様な物は、可能な限り引き受けられるものは引き受けておきたい。
けれど、そんな事はエアロには分からないし、想像できない事なのだろう。
「仲間じゃないんですか? 友達じゃないんですか?」
僕の方はそう思ってるよ。でも、世界がそう思う事を、思い続ける事を許してくれない。
「私、姫様の思いも辛さも何にも知らないで、ただ幸せに尊敬してただけでこんなにも後悔してるんですよ。姫様の事……、何も知らなかったから、分からなかったから。啓区さんは、どうして何も話さないんですか。どうしてそんな風にしてられるんですか」
「そっか、コヨミ姫と話せたんだね」
二人の間にある溝について知ってはいたが、まさかこんなにも早く言葉を交わしているとは思わなかった。
その分だけ成長したから、エアロは今この時に、こんな話題を切り出したのだろう。
彼女は悲しげなままで、こちらに思いを込めた言葉を訴えかける。
「押し付けないでください。うわべだけの幸せな事を、そのまま幸せな事だなんて考えないでください」
幸せ、幸せかぁ。
姫ちゃん達にとっての幸せって何だろう。
彼女達にとっての幸せな結末って……。
今考えたところで、それはきっと分からないだろう。
それが分かっていれば、今こんな風にエアロが悲しんでいるような事にはならなかったはずなのだから。
(※9/25人物名を修正しました)