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白いツバサ  作者: 透坂雨音
第六幕 翡翠の星、輝く
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206 第8章 コヨミ



「分かる為の努力……」


 コヨミからかけられた言葉を、口の中で小さく繰り返す。


 桜の木の傍に立つコヨミは少しだけ悲しげな様子で笑みを浮かべている。


「少し昔話に付き合ってもらえないかしら。私がまだただの町娘だった頃の話……ただのコヨミだった頃の話」


 そう言って、コヨミは桜の木に背中を預けて語りだす。

 

「あの頃の私はまだただ星を見る事が好きなだけだった……」




 

 シュナイデの町の一般所得者が済む地域、カランドリに住んでいた私は、お母さんの……レフリーと二人で暮らして、小さな店を開いて収入を得ていたわ。

 ずっと私達は、裕福でも貧しくもない普通の暮らしをしていた。お城では先代の領主様が亡くなって大変だったらしいけど、私達の暮らしは変わらない。いつも通りに母が店で仕事をして、お母さんの仕事を私が手伝って、夜には趣味で星を見て過ごす。それだけの、普通の毎日。


 だけど、ある時星の巡りから新しいコヨミを作り出した事が有名になって、領主になってしまった。





 なってしまった……。

 そんな後悔をうかがわせる過去形の言葉を聞いて、胸の内が痛む。

 失礼だとは思いつつもコヨミは抱いた疑問を口にした。


「あの、姫様……。ずっと疑問に思っていたんですが、どうして姫様は今の領主の地位に就かれる事になったのですか。領主になる為には、魔力の強さや内包する魔力量、そして指導者適正がないと就く事が出来ないはずなんです……」


 この地から遠く、南にある南領では血統での世襲法で統治領主が決められているが、他の東領、西領、北領では、力のある者が時代の統治領主を継ぐ決まりだ。

 当然、選定には何重ものチェックがあるはずなのだが……。

 コヨミがどうしてそれを行ったのかが分からない。

 確かに新しい暦を作ったのは立派な事だとは思うが、それですぐに時期統治領主となるのはいささか無理がありすぎるような気がしたのだ。


 別に彼らを貶めて考えるわけではないが、世の中にはもっと他にも様々な研究をし足り、発見をしたりで人々や王、王女に貢献した者がたくさんいるというのに……。


「ああ、それはね……」


 エアロの発した疑問にコヨミが答える。

 ごめんなさい、と小さく謝りつつ。


「少し話が前後する事になっちゃったわ。そんな事になる前に、ちょっとした事でお店が潰れちゃって住む場所をイビルミナイに変える事になったの」





 物盗りの被害に遭って、資金を奪われただけでもなく、店の売り物まで壊されてしまって、店を開けてられなくなっちゃったのよ。だから、イビルミナイに移り住んで、知り合いの人の勧めでディテシア聖堂教の職につき、羽ツバメの休憩寮を営む事にしたの。他にも色々選択肢はあったんだけど、結局は今知っている通りの形に落ち着いたわ。


 その時は、近隣の村々や町々で増えて来た害獣の被害で、両親をなくしてしまった子供達達が増えていてから……。それで受け入れた子供達が、不便なくこの町の住人として生活していくために、色々と手続きとかしなくちゃいけなくなったんだけど……。


 ……それで、まあ。


 このシュナイデに住む者達の住民記録がなぜか無くなってしまっていて、私の記録が紛失してたっていうのがあったから、検査されてついでみたいにに発覚しちゃったのよね。他に候補が上がっていた人たちを押しのける形になっちゃって……。幸いだったのは、その人達が意地悪な人達じゃなかった事と、城の人たちが親切だった事ね。統治領主を継いでもらいますって言われた時は、私自身が一番びっくりしたわよ。だって、魔法なんて今まで使う機会なかったし。全然そんな、向いてるとかいう風に言われる事になるなんて、凄く思わなかったもの。





 いま分かった衝撃の事実。

 偶然に偶然を重ねたような事実を元にして、コヨミは統治領主になってしまったらしい。


 その偶然が起こらなかったら、コヨミは今この城にいないんだと思うと、おかしな感じがする。

 エアロにとってこの場所とコヨミは気っては切り離せない物だし、自分の夢に明確に関わる人間なのだから。


「とりあえず、色々思う事はあるんですけど。情報の紛失なんて、そんな事があったんですね……、気が付きませんでした。管理がなってません」


 ロングミストでクルス町長の手伝いを良くこなしていたエアロからすれば、その地域に住む住民の個人情報を噴出するなんてとんでもない事だ。


「ふふ、エアロちゃんはやっぱり一番最初にそこを気にするのね」


 個人的な気になる事はたくさんあるし、考えないといけない事も山ほど今の会話で出てきたのだが、取りあえずは一番重要そうな事を話題に上げるのが、当然の事だろう。


「大丈夫よ。また同じ事が起こらないように、領主になってから一番に、原因の調査と問題を改善する方法を見つける様に言っておいたから」


 さすが姫様。


 思ったが口には出さなかった。それは多分今口にするべき事ではなし、解決しなければならない事を考えれば、軽はずみに言葉にしていい事ではないと、そう思ったからだ。

 コヨミの話を全て聞く。その上で、改めて自分の心と向き合おう。


「それからもすぐに領主になるわけじゃなくて、ちょっとした規則とか歴史とか叩き込まれ……教えられたんだけど、星を詠んで未来を知る力が開花したのには驚いたわね、本当に。後は、得意だった星の知識を利用した星詠魔法の開発とかも……。アレイス邸で捕まっていた時、四宝もない状況で、魔法を使わざるをえなくなるかもしれないと思ったけど、本当にそうならなくて良かったわ。今でも思い出しただけで、ちょっと足が震えちゃうもの……」


 それは本当にそうだ。すごく心配した。

 だがそれも今は置いとく。


 ようするに能力を使うようなそういう環境がなかっただけで、元からコヨミには人とは違う事ができる才能があったのだろう。

 現に彼女が領主として今まで誰かに指示を出してきた時に(アテナやグラッソが噛んだ時以外で)、判断を誤った事などないのだから。


「私が就くのが一番良いって言われたから、お姫様の仕事は毎日仕方なくやってたけど、やっぱり元の生活が良いってずっと思ってたわ」

「姫様……」

「貧しくても良いから、お母さんと一緒にいたいって。そう思ってた。だって私、人前に出るのとか苦手だし、頭の良い事だってそんなにできないもの」


 そんな事はないと思うが、今の彼女にそう言ったところで言葉は届きはしないだろう。


 ここまで聞けば、コヨミが統治領主と言う職に何を思っているのかなど、きっと誰だって分かるだろう。


「姫様は、後悔されてるんですね。統治領主になった事を」

「ええ、そうなるわね」


 思った通りの答えだった。

 頷きと共に返って来た肯定の言葉に、胸が痛くなる。

 やはりエアロは自分の理想を押し付けていただけで、今まで本当のコヨミの姿を見ようとしていなかったのだ。


 そんなエアロに接されるたびに、コヨミはきっと迷惑に思っていたことだろう。


 でも、コヨミは続ける。

 真っすぐにこちらを見つめて。

 強い意思のこもったコヨミの視線がエアロのそれと合う。


 それは、かつて命を助けられた時に彼女がしていた瞳と全く同じ。

 その表情も、まとう雰囲気も。

 人々を正しく導く良い統治領主……コーヨデル・ミフィル・ザエルのものだ。


「でも今は、違うわ」


 そう、自分はこんな風に立派な彼女を支えたいと思って、城の兵士になったのだ。 

 その傍で支えたり、力になりたいと。

 そう思ったから、この城へとやって来て、兵士になったのだ。


「嫌ではないんですか?」

「本音を言うと、まだ嫌かも。だけど前ほどじゃなくなったのよ」


 それはどうしてか、と問おうとするがその前に、コヨミが空を見上げて頭上にある満点の星々を見やる。

 今の今まで気が付かなかったが、雲一つない綺麗な星空だ。


 闇夜の中で儚げな様子で煌めきながら並ぶ光源達は、キラキラと瞬いていて、その一つ一つが優しい光となってこちらを照らし出してくれている。


「屋敷の捕らわれていた時に、フォルトと話をしたんだけどね……」


 フォルト。

 フェルト・アレイス。

明星の真光(イブニングライト)の一員でありながらも、一応は人質のなったコヨミ達に協力していた人物だ。

 彼の行動や目的の多くは謎に包まれていたが、つい最近解読した日記のない様によってようやく、三割くらいは理解する事ができるようになった。


 内容を読むに、時折り道化じみた態度をとり、理解しがたい複雑な心境が垣間見える人間であったのだが、意味のない事は言わず述べずで、思慮深い性格をしている事だけは分かっていた。

 人格はちょっとおかしい所がある様に見えるのだが、知識も広くあり物事を見る目には長けている。


 ……と、最後の部分はイフィールが言っていた。


「嫌な事、見たくない事、知りたくない事、聞きたくない事、そこにこそ大事な事は存在している。……そう私に言ったの、最初は意味は分からなかったんだけど……」





 逃げて、目を塞いで、知らず、耳を塞ぐままでは、人とはどこへも行けない、ずっと心の檻に捕らわれたままになってしまう、そうフォルトは私に続けて行ったわ。


 親しい者が死んだからと言って、周りにある優しさをはねのけては幸福になれない。

 縁を結んだ相手も存在せず孤独になったからと言って、新たな縁を作ろうとしなければ幸福にはなれない。


 再会の叶わぬ相手がいて、言葉を交わす機会を永遠に失ってしまったと知って、過去に捕らわれていて幸福にはなれない。抱えた思い出や思いは色あせるわけではないから。


 罪を罪と突きつけられて、間違っていた事が判明したとしても、過ちを重ねては幸福にはなれない。まだ大切な物が残っているのなら、守るべき、目を向けるべきなのだから。


 だから私は言ったのよ、ただの町娘である私が統治領主としている事にも何か意味があったの? って、そう……。

 彼は、それを見つけるのは君だ、と言ったわ。


 そしてこうも……。

 そこでも努力を重ねれば幸せでいられるのに、その努力をしないで逃げるのは間違っている、と。




長くなりましたので、もう一話投稿です。

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