201 第3章 協力と非協力
姿の見えない人影二つについて考えを巡らせていると、見覚えのある人間にウーガナは話しかけられた。
「ねぇ、そこの貴方」
水礼祭の催し物……水上レースに出場していて、確か同列一位を取った女だ。
その横には数時間前に鍛冶屋の顔を見かけた男もいる。
「さっき観客席を回って歩いてたんだけど、兵士らしき人から物を届けてくれって言われたのよ。誰に届ければいいの?」
「あぁ?」
船の上から視線を外して、水礼祭後も残されている観客席を見つめる。
シュナイデの住民ではない、町の外からやって来た人間達が大勢いる。魔法陣の件もあって元の地域に帰すわけに行かなかったので何日も過ごさせているのだったか。
ちょっとした村や町ほどの住民が集まっているだけあって、世話や管理する人間はさぞかし大変なのだろうが、なのだろうがこっちの知った事ではない。
「関係ない人の頼み事とは言え……任された事なんだから、責任を持つのって大事でしょう? だからしっかりしてそうな人に聞いたんだけど」
と、女はウーガナの横にいるラルドへと視線を移した。
そっちか。
「あ、ちょ……ライアさん。堂々とそんな怖そうな人に用はないなんて言うのはどうかと」
「アピス、まだついてきてたのね。皆に言って誤解を解いててって頼んだわよね、私」
「すいません。俺と結婚してください」
「え?」
「あ、間違えた。つい心の中で連呼してた事が……じゃなく。すいません許して下さい。後で好きな物奢りますから」
「え、ほんと? 楽しみ。……じゅる」
……なんだこいつら。
話しかけた人間放って、乳繰り合てんじゃねえ。
食い気を見せ始めたライアとか言う女と、アピスと言う男がなおも無視して話を進めていくのだが。
ふと、ウーガナは鼻につく匂いに気が付いた。
火薬の匂いだ。
それは届け物だと言った、ライアの持ち物から漂ってくる。
「何か気が付いたのかい?」
「うるせぇ黙ってろ。おい、テメェ」
そんなウーガナの反応に気が付いたらしいラルドを放って、ライアに聞こうとしたのだが。
離れた所で、騒ぎが起こった。
兵士の一人が、子供を一人持ち上げて投げようとしている所だった。あれは妹の、確かチィーアとか言う方だ。
「何すんだよ、こいつ。チィーアを離せ!」
制止しようとする兄の方のユーリを振り払い、投擲。
「チィーア!」
魔法の風に巻き込まれて、落下していく先は急ごしらえに作られた舞台だ。
魔法陣の準備をしていたアテナとかいう女と、その傍に立っている大男、周辺にいる手伝い達が慌て始める。
投擲した男は、手元に装置の様な物を以って、子供が落下していくのを見計らっている。
あれは、レースで爆破犯が持っていた装置と同じ物だ。
爆発物捜索の時に何かの参考にと、見せられたので覚えている。
「荷物、捨てさせろ」
ウーガナはラルドにそう言って走る。
武器は鍛冶屋に頼んでいるので、手元にない。だが……。
「俺様ぁ、ケンカの方が得意なんだ……よっ」
兵士に成りすましていたそいつに殴りかかって、装置をその手からもぎ取るべく腕を掴む。
蛮行に及んだ相手は、ガワだけ取り繕っていた偽物のようで、そこらにいるゴロツキの様な泥臭い戦い方を選択してくる。
ようするに、殴る蹴るの取っ組み合いになった。
「がっ、観念……しろやぁ」
苦戦しつつも、気絶させて装置を取り上げれば、ラルドはすでに荷物を海の方へ放った後で、投げられたガキは落下地点にいた人間に受け止められていたようだった。
「くそが、警備仕事しろ」
城の人間は何をやっているのか。不審者に入り込まれるのを許すとか、どういう仕事してるんだと、そう思う。本当に。
「おい、そこの研究者、そのガキの荷物確認しろ」
嫌な予感に従ってアテナに行って、チィーアの荷物の確認させれば案の定紛れ込まされたらしい爆薬が入っていた。
人間爆弾にするつもりだったらしい。
ただの爆弾なら魔法で焼くなり吹き飛ばすなりして簡単に脅威を取り除けるだろうが、それが子供だったらそうはいかない。
ウーガナが言えた口ではないが、大層性格の悪いやり方だ。
こんな所まで来て、下手な事が起こって船が沈んだり、死人が出たらイフィールに斬られかねない。
あの女はどうもウーガナに、妙な所で妙な人物像を押し付けがましく、さらに押し付けてくるところがあるからだ。
「これで、終わりと……」
ふいに倒れた兵士モドキから声が聞こえて来た。
これで、終わりと思うな。……と、その言葉の真意について考えを巡らせる前に、剣が飛んできた。
「うぉっ、あぶねっ」
ラルドが離れた所から投げたのだ。
狙いはウーガナの背後、知らぬ間に忍び寄っていた敵に。
背中から忍び寄って来る人物など、気にも留めていなかったし気配も感じもていなかった。
確実にさっき倒した人間より格が上だ。
ウーガナはそいつの気配にまるで気が付けなかったのだ、ラルドが察知しなければやられていた。借りを作ってしまった。
「まだいたのかよ」
この分だと、もっと他に潜んでいるかもしれない。
そう思った矢先だった。
「ふ……、殺気がもれている人間がいるね。それじゃあ隠れても意味がないよ」
ラルドが笑った。
よく見ている、何か気持ち悪くなるよう菜薄っぺらな笑みではなく、それは餌を与えられた猛獣の様な笑みだった。
瞬間、奴は飛ぶように疾走して、船上にいた……おそらく偽物である兵士達を攻撃し始めた。
一人、二人、三人と無力化していって、組み伏せた四人目の頭蓋に剣を叩き込もうとしたところで慌てたようにアテナの制止が入る。
「止めなさい!」
特徴的な喋り方の抜けた……それも至極切羽詰まった声に、ラルドは剣を止めたのだが、男に狙いを定めたままそこから動かない。
「……知ってるかい? 僕はうわべこそ平和を騙っているが、それは違う。正義の為に剣を振っているわけじゃないんだ。ただの建前、取り繕った仮面さ。だが、敵は殺す。殺して良いとそう判断した。アテナ、君のその願いには、君達の理念には協力しかねる」
イフィールは悲しむだろうけどね、と。
そう言って、笑みを張り付けたままラルドは剣を振り下ろそうとするのだが……。
「薄気味悪い面見せてるよりはよっぽど共感が持てるぜ。だがなあ……」
長々と語っている間に近づいていた、ウーガナがその腕を掴んでいた。
「だったら、止めて欲しそうにこっちに視線向けてんじゃねぇよ」
語り始める前にあった一瞬の間に、投げかけられた視線に気が付かなければ良かったと思った。
それは見覚えのあるものだった。
嘘を騙って、本心を偽って、潰れかけている人間の目……。
「テメェは俺様の過去に感謝しろ」
「ああ、良く分からないが、とりあえず感謝させてもらうよ」
組み伏せた男を気絶させると、武器をしまってラルドはその場から離れる。
人一人と戦っただけで、大した事はしてないはずなのにひどく疲れた。
『アピス』
離れた所で、船の上で起こった騒動を見つめている事しかできなかったアピスは不意に舞台の方で動いていたはずの人物に話しかけられた。その人物はアテナと名乗った。
「ライアさんみたいな人と一緒にいるのなら信用できそうです。後の事を考えて貴方達に頼みたい事があるのですですが」
灰色の制服に身を包んだその女性は、落ち着いていて、しっかりした雰囲気の人間だ。
ひどく見覚えがある姿だ。
そうだ数日前に見たではないか、ルーンとかいう男と不穏な事を喋っている姿を。
「ここだけの話ですが、姫様の救出が済んだ後に、軋轢が残るであろうヘブンフィートとカランドリ、イビルミナイの仲を、ギルドホワイトタイガーと協力して取り持って欲しいのですです」
「はぁ……姫様の救出……って、はいいっ」
何でもない事の様に言われた一言に聞き返せば、じとっとした視線が向けられる。
「噂をむやみに広めた罰ですです。全く一体誰が話をもらしたんだかです」
それは、他でもないアンタの口から聞いたんだ、とはさすがにこの場では言えなかった。
「でも、どうしてヘブンフィートとそんな事しなければいけないの?」
じっと話を聞いて居たライアが声を上げるが、彼女はその理由を途中で気づいたらしい。
「まさか」
「ええ、そのまさかですです。姫様を攫ったのはヘブンフィートの人間、そこら辺の事も怪しい事が起きていないか聞いておきたいですですが。嫌とは言いませんですね?」
ただ知り合いの手伝いをする為に早朝にまちを歩いただけなのに、何がどうしてこうなった。
エライ事になった。としか言い表しようがなかった。