表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白いツバサ  作者: 透坂雨音
第五幕 運命を賭けた300秒
232/516

197 終章 祈る権利などなくて



 乱戦になってからは、状況は目まぐるしく動いていった。


 船全体から断続的に爆発音が聞こえてくる。

 段々と船が傾いていくのが分かった。


 どこかで爆発物が爆発しているようだが、場所が分からないから止めようがない


「ウーガナ、お前……これには気が付かなかったのか」

「無茶言うんじゃねぇ! テメェ等のホームにある爆発物をあえて疑う必要あったのかよ」

「くそ、味方の懐に紛れ込ませるとは……」


 イフィールはウーガナと言い合いながらも、向かってくる協会服を着た白金達に手を焼いている。

 

「コヨコ! じゃなかったコヨミか。大丈夫か」

「ええ、私は大丈夫! けれど、早くここから離れないと」


 選達はコヨミの元に駆けつけてグラッソと共に彼女を守っている。


「これはちょっとまずいわねー。ほいさっ、そこの貴方大丈夫かしら」


 雪奈先生は、他の戦えない人達のフォローに回っているようだ。


「きゃっ!」


 姫乃達は、傾いていく船の中を走っている最中だった。

 ぐらりと揺れた瞬間に転びそうになる。


「ああ、もうっ。大人しく下がっていてください、……なんて言ったのに聞きもしないんですから」


 文句を言いつつもこちらを止めて来ていたエアロだが、今は素直についてきてくれる。

 増設した舞台の上、傾きつつあるその場所で、倒れた未利を抱えている男がいる。確かフォルトだ。


 彼は、訪れた」乃達を見て喋る。


「彼女を頼む。私の魔法で眠らせ仮死状態にしてあるから、解毒は間に合うはずだ」

「げどく……?」


 げどく。

 すぐにその言葉がどういう意味のある者か分からずに混乱した。 

 しかし、足元に転がっている注射器を見て気が付いた。


 解毒。

 毒だ!


 慌てて彼女の様子を確かめる。


「未利は……っ!」

「心配はいらない」


 渡されたその体を受け取る。

 呼吸をしていない真っ白な顔を見て、姫乃は何も考えられなくなった。


 そんなこちらに代わるようにエアロは、冷静だった。


「誰か、治癒魔法できる人来てください! すぐに!」


 魔法が使える隊員達を呼びに行っている。


 フォルトは、姫乃達に背を向けて、舞台の先の方へと歩いてく。

 その足取りは、力なく今にでも崩れ落ちてしまいそうに見えた。


「待って、ください……っ」


 引き留める。何をしようとしているのか。

 想像通りなら見過ごすわけにはいかなかった。けれど、抱えた仲間を放り出して向かえるはずもなく。制止する事は叶わない。


「目が覚めたらすまないと伝えてくれ。彼女の本当の名前は、……だ」


 最後に一言、そう言って。

 そしてフォルトは足を一歩踏み出して、海へと落下していった。












 海に身を投げ出したフォルトは、ここ数日の出来事について思い出していた。


 水礼祭二日目、後夜祭。

 フォルトが船に招待されたのは、祭りの資金の提供者だったからだ。

 劇の演出家としても活動した事のあるフォルトは芸術活動の類いに理解があった。美術展示関連で協力していたので招待されたのだ。


 船の中、多くの者達が行きかう中を、明星の信光達(かれら)が事を起こすまで見回っていく。

 統治領主がどうとか言っていたが、フォルトは彼らの活動には特に興味がなかった。

 良い印象も悪い印象もなかった。断ったら面倒そうな相手だという事だけは分かっていたので、協力していたという、ただそれだけの関係だった。


 演奏の響き渡るホールや甲板、船内を見回っていってどこかで一息つこうかと思っていた時だった。

 その少女と出会ったのは。


 エマー・シュトレヒムの手記にあった、彼の機械人形クレーディア。その服を着こむ少女と……。


『ふむ、もし的に矢を当てられたら、君は何をもらうつもりかな?』


 そうして出会った少女は、クレーディアに似ているだけではなく自分の知っている者達の面影もあって、興味が湧いた。


 その時はささやかな時間を過ごし、土産をプレゼントして別れるだけだったのだが、まさか半日もしない内に再開する事になるとは思わなかった。


 忠実な人形が欲しい。

 それはフォルトの切実な願いだった。


 大切な人にいなくなられて、一人になってしまったフォルトが生み出した歪な願い。

 孤独な思いを抱いたフォルトは心を癒す存在を、常日頃から渇望してやまなかった。


 そんなわけだから、フォルトは道を踏みはずしてしまったのだ。

 |明星の信光(彼ら)の事を起こす場に居合わせれば、例の少女がいて、元々の目的のコヨコという少女のついでに攫ってしまったのだ。


 だが驚くべきなのは、そんな事をせずとも少女はもともと攫われてしまうと言う運命にあった事だった。

 砂粒と言う人物が、少女を手に入れたがっていたのに程なくして気づく事になった。

 そのせいで、フォルトの罪悪感は薄らいでしまっていた。もともと攫われる予定だったのだからと、自分の行動について悩む事を放棄してしまったのだ。


 浄化能力者の代替として振舞う事になった少女に、演技の手ほどきをして堂々と演説して見せる様を見つめれば、驚いた。まるで演じる事に抵抗がなく慣れているように見えたからだ。しかし演技者を目指しているわけではないと言う。


『この地には孤独な力なき王女がいます。その手は小さく多くのものを掴みとることが出来ないでしょう。彼女の騙った偽りが白日のもとに曝し出されれば、多くの物が傷を負うことになります。けれど、力なき者に罪があるわけではありません、力なき事にも罪は無いでしょう。ただ巡り合わせが不幸だった、逃れられない負の連鎖があった。それだけの事なのです』


 友の為に、己を殺して偽る。

 けれど優しさは忘れずに。


 明星の信光(かれら)が望んだ言葉に、けれど「領主とて一人の人間だ。できる事には限界がある。けれどそれは悪い事ではない」と言う己の言葉を重ねて、伝わる様にと訴えかけた。

 

 その時ばかりは罪悪感に激しく胸が痛んだ。そのせいで、一度不注意で逃がす事になってしまったのは偶然ではないだろう。


 それからの日々……人質としての少女には、実の娘の様に丁重に扱った。

 髪をといて、己の得意事である弓を教え、朗読を頼むついでに文字が読めないと言う少女に文字を教えたりもした。


 言動はともかく行動を見るに、然るべき家の人間であることは分かった。話をすれば楽器の演奏もできるようで、芸術にも一定の技術がある。文字が読めないという事を聞いたときは信じられなかったが。


 フォルトは手放したくないと思った。

 久々に一人でないと感じる時間。

 それらの日々はとても穏やかで、孤独を紛らわせるもので、失くしたくない物だったから。


 けれど、それらの光景は実はまやかしだ。現実などではない。

 その事実が心を、良心を常に苛む。


 いくら少女と言えども、そのように人質に自由な生活を送らせられるわけがない。

 本当の少女は椅子に縛り付けられて、砂粒の魔法が効力を発するようになってからは動きを止められていたのだから。


 だから、フォルトは魔法を使ったのだ。

 少女が何も感じないように死んだように眠らせて、夢を見せる魔法を。

 夢の内容はフォルトは把握できるし、好きなように操れる。


 こんな様にして自由を奪われていい人間がいていいわけがない、

 解放するべきだ。

 悩み続けたが、結局はいつも天秤は悪へと傾く。

 再び一人に戻るのは怖かった。


 いつかの日、携帯の事が夢に出て来た驚いた。それは少女がこの世界の人間ではないと言う証だったからだ。

 フォルトは今でこそ自然にこの世界で生きて入るが、実は元々はこの世界の人間ではない。だから、同じ世界の人間だとすればそれは抱えている孤独を和らげられると思ったのだ。孤独を分かち合えると思った。


 だがそれでも迷っている自分もいて、もしもの時を考えて手を打ってもいた。

 知り合いの子供に、いつか救出の時の為屋敷の構造を覚えておくように言って、手元の戦力にした。


 明星の信光(かれら)は、別邸を囮に使いもしもの時は時間を稼いで逃げるつもりだったので、救出しに来た人間に早く真相に気づけるように、ヒントになる様に……とそう思ったからだ。


 自分から手放したくはなかった。

 全て人頼みの行動。


 けれど、フォルトの良心の天秤を傾ける、ある決定的な出来事が起こった。


『シナリオの進行まで待たせないよ。さっさとここで終わらせる。中身を空っぽにして君は使わなきゃいけないんだからね。できるだけ綺麗な状態で保存しておきたいな、だから不慮の事故とか想定外の事で死なれちゃ困るんだ』


 砂粒が少女を生かすつもりが無いという事を知った時だ。

 魔法を切られて様子を見に行った時に聞いた内容を聞いて、そう直観したのだ。助けなければと思った。

 何の罪もない少女がこんな所で命を落としていいはずがない。


 だがそう思ってせめて最後にと過ごした夜に、運命は皮肉な事実を突きつける。


 大切な人達の娘だったのだ。

 フォルトが身勝手な理由で傷付け自由を奪った少女は。

 恩人だった彼らの娘で、やむを得ない理由で手放され、本当の両親を知らずに育った子供だったのだと。


 海に沈みながら最後に祈る。


 せめて彼女が幸せに生きられる事を。

 せめて彼女が両親に愛されている事を実感できる事を。


 祈る権利など、自分にはないのかもしれないが。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ