196 第31章 変えられない運命
アルノドと向かい合うように立つ未利は呟く。
「時間を稼いだかいはあったか、あんまり気が進まないパターンだったけど」
一応、目的の事は忘れていなかったらしい。ひたすら煽っている様にしか見えなかったが。
水鏡の向こうにいる人達は、現れたコヨミ姫の姿を見て、驚いているようだけれど、同時に混乱している人もいるみたいだった。
「皆さま、説明が遅れて申し訳ありません。ギルドホワイトタイガーのコヨコと言った方が早い方もいらっしゃいますが、今の私はコヨミでお願いします。アルノド様がおっしゃられた事件の事については、本日こちらから説明するつもりでした。信じていただけるとは思いませんが、どうか信じてください」
そう言って、人々へと優雅な所作で頭を下げると、アルノドへと向き直った。
「これはこれはコヨミ姫様、今更このような場においでなさるとは今まで一体何をなされていたというのやら、いかほどの言い訳をお聞かせ下さるつもりで? まさかその者達に人質にされていたとでも言い訳するつもりではあるまい」
応えられるわけがないとでも言いたげなアルノドの瞳に真っすぐに視線を向けたコヨミは、堂々と言い放った。
「ええ、そのまさかです」
「……っ!」
その時のアルノドの表情は驚き、ではなくなく不快の色を見せていた。
彼は信じられないとばかりの表情でコヨミの顔を凝視する。
「お恥ずかしい事でありますが、私は今まで彼らに監禁されていた身でした。その為、説明が遅くなってしまったのです、申し訳ありません」
「な、な……統治領主ともあろうお方が自らの無能をさらけ出すなど、気は確かか」
コヨミ姫自身の言葉に町の人々は、今まで口からこぼしてきた悪口や批判について思い出したのだろう。気まずそうな表情を見せた。
「私の無能などすでに大勢に知れている事でありましょう。今更気にする事ではありません。そんな事よりも、無実の罪に苦しめられている者を救うべきです。そして、何が起こっていたのか町の者に真実を説明すべき事こそ、私の成すべき事だと思いました」
顔を歪めるアルノドを置いてコヨミは堂々とした態度で言葉を紡ぎ続ける。
その姿は、姫乃達や白の者達と一緒にいる一人の少女の物ではなく紛れもなく、多くの人々を率いるお姫様の顔だった。
「彼女は私と共に、彼らに攫われた犠牲者の一人です。彼女は私をつれて彼らの元から逃げようとしてもくれました。一週間前の夜、イビルミナイで騒ぎが起きた事はきっと多くの者達が知っている事でしょう。何せ一時間近くも逃げ回っていたのですから。顔を見る事ができた者はいなくとも、声を聞いた者は大勢いると思います」
そうだ、レトが言っていた通りだ。
そんなに粘っていたなんて知らなかったけど、それなら知っている人達がいてもおかしくない。
その言葉を証明するように、イビルミナイの住人達らしき人達が反応して互いに心当たりについて声をかけあっている。
「もともと浄化能力者と間違えられたのは私でした。二日目のショーの時に私がコヨコとして活動していた事は、多くの者達がご存知でしょう。その時に事前に爆発物を見つけ出した能力。あの力こそが今回の騒ぎの元なのです。私の事を未だ見つからない浄化能力者だと思った者達が、私の力を利用し、コーヨデル・ミフィル・ザエルの代わりとしようと画策したのです」
統治領主を引きずり下ろすために、統治領主をそうと知らずに利用しようとしていた犯罪者。
滑稽としか言えないその真相を聞いて、町の人たちは何と言っていいのか分からない顔をした。
「けれど、そんな心情を慮った彼女が、私の代わりに浄化能力者のふりをして演説を行ったのです。全ては私の弱き心が招いた惨状です。責められる咎は彼女には一つもありません。どうかご理解いただけないでしょうか」
再び頭を下げるコヨミの姿を見た町の人々は、互いの顔を見合わせどうしたらいいのか分からない。困惑した様子だった。
コヨミは姿勢を動かさずに最後まで続けた。
「そして、捕らえられてた私達を救出させない為、城の兵士達の動きを封じるために、貴方方は魔法陣によって人質にされてしまったのです。全て異変に気づけなかった私の責任です。申し訳……ありません」
静まり返ったままだ。人々の反応は変わらない。
どうすればいいのか分からないと言った表情だけが並んでいる。
皆、予想外の事を聞かされすぎて、理解が追いついていないのだ。
「コヨミ姫様……」
エアロの声。
尊敬する主の姿を見て、心配でないわけないだろう。
「はっ、ガキなんぞに頼ってふんぞり返ってる連中が。テメェの身ぐらいテメェで守れねーで、よく恥ずかしげもなく当たり前に生きてられんな、おい」
少し離れているはずなのに、良く聞こえてくるのはウーガナの声だろう。
先程は姿を見かけなかったが騒ぎを聞きつけて出て来てでもしたのだろう。
味方をして言っているわけではないのだろうが、ウーガナなりに許せない光景だったのだろう。
アルノドがコヨミに向かって何かを言おうと口を開けようとしているが、それよりも先に未利が口を開いた。
「謝る必要なんてないじゃん、なんでコヨミみたいな人間が我慢しなくちゃいけないわけ。何で、あんなコロッと騙されるような連中の為に苦労しなきゃいけないわけ」
酷く憤慨している様子の未利は、肩を怒らせながら水鏡を睨みつけている。
まとまりかけた場に騒動を持ち込むと言うか、凪いだ水面に石を投げこんでいるというか。
「わー、すがすがしいほどの空気読めない発言……」
「未利さん……、本当に貴方は……」
そうだよね。未利ってたまにこうなるんだよね……。
ロングミストでも、バールさん達の境遇に怒ってたし。
感情的になりがちというか、共感しやすい性格なんだ、きっと。
「そもそも、コヨミ一人に任せようってのが間違ってるんだ。子供はともかくアンタ達は大人なんでしょ? なに当たり前のように、偉いんだから全部任せるのが当たり前みたいな顔してんのっ!? どんなに偉かろうが、子供は子供なんだし、泣いたり傷ついたり、疲れたりするんだから、そうやって責任押し付けて、自分が楽になりたいだけなん……」
「いい加減にしろっ」
割り込むような怒声はアルノドの物だ。
水鏡の向こうで、突如始まった未利の説教に圧倒されていた者達も、この場にそろった者達もその声で彼に注目を戻す。
「黙って聞いていれば、好き勝手にべらべらと。騙されてはいけません! この者達は嘘をついているのです!」
「はあ? 逆ギレなん……」
「黙れっっ!!」
抗議しようとした未利の声を怒号で封殺して、言葉は続けられる。
「そんな感情的な話で、人々が納得するとでも思っているのか! 殊勝な態度を見せれば、美しい友情物語を演じて見せればうやむやにできるとでも思っているのか!! 人々が求めているのは罪ある者への罰と正しい真実だ。そんな三流の出来損ないの演説で何を語った気になっている!! 無能な領主へは罰を、犯罪者にも罰を、人々が求めているのは正義が正義となるその瞬間だ」
もはやアルノドのそれは、最初の頃の様な丁寧さもない。次第に人々は疑いの目を向け始める。
そんな人々の変化がおそらく分かってしまったのだろう、表情を引きつらせながら彼は反撃材料を探した。
「お前達が監禁されていたのが真実だとして、何故首謀者らの事が分からない。浄化能力者として迎えられたというのなら交流すらあって然るべきだろう!」
「それが私ではなく彼女が述べるべき答えですが、けれど、このような場で話すような事ではないと判断しましたので話さなかったのでしょう」
「言い訳だな。言えないのだろう。そうだ言えない理由があるのだから言わないのだろう」
コヨミの態度は崩れない。崩れていくのはアルノドの方ばかりだ。
「そうだ、そこの浄化能力者の偽物、統治領主の事を慮っているというのならあの演説の時になぜ流暢に批判できるたのだ。真に思っているならあのように滑らかに糾弾できるはずがない』
「あれ? アンタ今ここに来たばかりじゃなかったの? そういう設定でしょ。なんで知ってんの」
「説明できないか、そうか。そうだな。先程語った友情こそが演技なのだろう」
「あれは優秀な脚本家がいたからだし、批判してたわけじゃないんだけど……って、だめだ、こいつ砂粒と比べる様なもんじゃない」
姫乃としてはアルノドも結構な人間に見えるのだが、未利の言う砂粒の人間性っていったいどんななのだろう。
けれど、色々あったが場の流れはこちらに良い方に変わって来たと思う。
水鏡の向こうにいる人々も、たぶんもうアルノドと言う人の言葉を聞く事は無い。
最初こそどうなるかと思っていたが、これなら大丈夫だろう。
「まったく、いつも姫様も未利さんも、人を心配させるだけさせてこんななんですから……」
エアロの声に同じ事を主。
そうだね。
見てる方が心配になっちゃうよね。
全部解決した何て言えないけど、少なくとも何とかこの場はできたと思う。そう思っても良いはずだ。未だ喋り続けているあの人の事以外は。
「何という事をしてくれた、貴様等……一度しかないのだぞ、俺には次が無いのだぞ」
ぶつぶつと何事かを呟くアルノドへ、いつの間にそこにいたのか少年が近づいていく。
まったく気配を掴めなかったし、どこから来たのかも分からなかった。
でも、その姿には見覚えがある。
確か、あのバルコニーに屋敷にいた人間の一人じゃ……。
「やあ、駄目だったようだね。約束を果たしに来たよ。全てが駄目になったその時。君に復讐する力をあげに、ね」
「「砂粒っ!」」
未利の声、そしてもう一つは啓区の声だ。
砂粒、そうだあの携帯で喋っていた人でもある。声が同じだ。
「「そいつ捕まえて!!」」
そして次の瞬間二人共、まったく同じタイミングで同じ事を叫んだ。
切羽詰まったように、鋭い声で。
それに一番早くに応えたのはイフィールだった、彼女は剣を抜き砂粒に切りかかろうと駆けるのだが、同時に砂粒がその手に出現させた剣に弾かれた。
「あ、アンタ戦えたの……!?」
「もちろん。知らなかったのかい?」
憤慨する未利の言葉。
けれど砂粒は心揺るぎもしない様子でいる。
「そんなに強かったら、あんな連中についてく必要なかったじゃん!」
砂粒の件に弾かれたイフィールが、顔をしかめている。
ほんの一振り、それだけでイフォールが何メートルも後ろにはねとばされて転がったのだ。
彼は強い。
「何で、弱いふりなんて……っ」
「ふりじゃない。それに、戦えないなんて言ってないし。僕の主観では弱いよ、これでも」
弱いから白装束達に組するしかなかったと、そう考えていただろう未利にとってはそれは騙された事にも等しい事実だろう。
口ぶりからして実力を知らなかったようだし。
砂粒は、周囲を見て話しかける。
「ほらほら、他の白金さん達、どうせもう駄目だろうけど相手とかしてあげなよ」
そして剣を軽々と扱う動作で、武器をこちらへと向ける。
砂粒その動きがきっかけとなって、戦闘が始まった。
白金と呼ばれた者達がイフォール達に向かって武器を振り上げ、魔法を撃つ。
恐ろしい事に、身動きの取れない白装束達も巻き添えにして。
場は混乱に包まれた。
水鏡はとうに消えてしまっている。
「く、こいつら、手ごわい。エアロ、己の役目は分かっているな」
「はいっ、隊長。……姫乃さん!」
イフィールに声をかけられたエアロは、姫乃達に下がる様に言ってくる。
けど、そんなの大人しくするわけない。
「あの人達は結構な手練れなんですよ、それこそ漆黒のロザリーと同じと言っていいくらいに、貴方達では無理です!」
離れた所では、緑花達がいて、雪奈と共に戦っている。
彼らは白金という人たちと渡り会えているようだったが、確かにそのやりとりは姫乃達がこなしてきた戦闘よりもはるかに、ランクが違う。
屋敷では分からな方が、やっかり彼らは姫乃達に手加減してくれていたのだ。
「でも、未利は、それにコヨミ姫様も……」
「姫様はグラッソさんが行くので心配いりません。けれど……」
視線を向ける。
エアロの言う通り、コヨミの身はグラッソが護っている。だが……。
未利は、頭を抱えながら砂粒やアルノドと向き合っていた。
『未利』
未利は砂粒を睨みつける。
「どうだい? 僕が見せた幸せな記憶は。織香が生きていて、家族とも良好な関係を築けている幸せな記憶は。裏切った事は僕も悪いと思っていたんだ、これでも。だから償いさ」
「さい……あく、何て事してくれたんだ」
心の中を土足で踏み荒らされた気分だった。
いや、それそのものだろう。
せっかく宝物にできるかもしれないと思った、幸福だったあの時間の記憶が、砂粒のせいで騙されたという嫌な記憶に変わってしまう。
きっとこれから、あの記憶を思い出す度に砂粒の事を思い出すのだろう。
砂粒にしてやられた偽物の記憶の事も。
「絶望しないのかい? それとも憎しみで気が紛れてるのかい? まあ、これだけじゃ無理か。大丈夫だよ。そんな事を考える心配はない。だってすぐに、そんな事を考える余裕すらなくなっちゃうからさ」
身構える。
またこちらの動きを魔法で止めようとするのかと。
だが違った。
砂粒はアルノドの背中を叩く。
「ほら、まずは彼女に復讐すれば」
「……ああ、これが何という力だ。この力がもう少し早く私の手に在れば……」
アルノドはこちらに向かって手をかざす。
風の魔法を発動させようとするがそれよりも早く異変が訪れた。
「っぁ……」
頭痛がして、立っていられなくなる。
歪んだ気がした。
何が、どうとは分からないけれど、心の奥深くにある大事な何かが歪められていってしまうのが分かる。
そして、違和感と頭の痛みが収まった頃には世界は書き換わってしまっていた。
過去と今、時の狭間で何かが零れ落ちていく。
すくおうとした手指の隙間からすり抜けていく。
「……っ、な……」
視界に移るその人達を前に、唇から言葉が零れ落ちた。
「世界は書き換えられた。けれど、それを君は認識する事ができない」
そうだ。
そうだ……。
今まで考えていた何かを抱えていた手放して、未利はその記憶を手繰り寄せていた。
屋敷に監禁されていた。
浄化能力者のふりをさせられた後、コヨミと一緒にずっとそこで捕まっていた。
助けはこなくてずっと暗い部屋に閉じ込められていた、外に出る事なんて選達やコヨミと会う時ぐらいだった。ずっと暗闇の中。聞こえるのは砂粒の聞きたくもない言葉ばかりで、魔法をかけられていて身動きがとれなかったのだ。砂粒の魔法は言葉を聞かせた相手の動きを止める事。だから自分の意思では動けなかった。部屋の外にも滅多に出られなかった。
ずっと部屋の中で、暗闇の中で過ごしていた。いつも。一日中。
思ったより優しい日々、穏やかな時間……そんなものはどこにもなかったのだ。
それが現実で、現実のはずで……。
だけど、でも……あれ? 弓は? いつも何かをしていた気がするけど……。
視線を向ける。目の前に立つ人間へと。
「何で、そっちに立っているの……」
「ちゃんと発動しているみたいだ、便利なものだね。アジスティアの力はこんな風に記憶を好きなように改ざんできるんだから。いや若干改ざんっていうよりは元に戻しての方が近いのかもしれないけど。せっかくあの男が、暗闇に一週間も閉じ込められていたという本当の記憶を、夢を見せる能力でごまかしていたのにね。うっかり元に戻しちゃったよ。可哀想にね」
砂粒が何を言ってるか分からない。
いや、それより。
唇を歪ませるアルノドが武器を手に、こちらに歩み寄る。
敵だった……いや、違う……未利は味方だった人間に裏切られて、追い詰められている最中だ。
――目の前にいる人間は仲間だ。
――味方だ。
――そうだった。
――そう現実は決められている。
違う違う違わない。でも違う。いや違わない。
何だこれ、おかしな記憶ばかりだ。
頭の中を好き勝手に誰かにぐちゃぐちゃにかき混ぜられたみたいな感覚がする。
気持ち悪い。
船の先頭、甲板からはみ出す様に作られた急ごしらえの舞台の上を、海の方に向かって逃げていく。
これ以上下がれないという所まで。
下がれば、落ちてしまう。
「観念しろ、もう終わりだ、さて次はあの生意気なお姫様をどう料理してやろうか」
腕を振り上げる。殺されるかも、と思った。
心の準備なんてしてる暇はない、相手は慣れているのだ。人殺しに。
殺しに? 仲間だった人間が?
そんなはずはないのに。
でも、相手に躊躇はなかった。
動作は一瞬で躊躇いもなくこちらを斬ろうとした。
おかげで、ほとんど何も考えられない。
時間なんてなかったから。
終わる?
考えられたのはそれだけ。
しかし武器が振り下ろされる事はなかった。
「あ……」
目の前に立つその人物の胸に、風穴があいたからだ。
血が跳ねる。
風の流れが頬を撫でた。
「料理されるのは君の方だ」
倒れるアルノドの背後には、フォルトが立っていた。
「柔軟な頭の姫様で助かった。あの状態のまま声を聞いてくれなくて放置されたままならば、駆けつける事ができなかった」
遠くへ視線を向ける。こちらを見て、ほっとした様子のコヨミが確認できた。
グラッソとかいう大男が武器をかかげる。アレで拘束を何とかしたのだろう。
けれど、
「……殺したの?」
「死ぬべき人間だった。前も言ったと思うが……」
違う。そうじゃない。それは駄目なのだ。なぜなら未利は裏切られたからだ。
裏切られたという事実があるという事は、必然的に前は仲間だったという事で、……仲間のはずで。これで、正しいんだよね? って、誰に聞いてるんだろう。
だから、
仲間を殺した人間を許せるわけないじゃないか。
「ふざけんなっ!」
肩を掴んできた相手のその手を振り払って、未利はフォルトを突き飛ばした。
その瞬間、心の中で何かが溢れかえった。
様々な思いが溢れ出し、駆け巡り、未利を翻弄しようとする。
今まで頑なに閉じていた門が開き切り、流れ出るのはむき出しの感情そのものだ。
「助けてほしいなんて頼んでない、放っておいてくれれば良かったんだ。皆だって、他の奴らだって、最初からっ。そうしていれば、こんな事になるはずなかったのに!」
支離滅裂。
こんな事ってなんだ。
こんな事って?
今の状況の色々だ。全部だ。
家族になろうなんて、言ってくれなければ良かった。
友達が心配だからと傍に寄り添ってくれなければ良かった。
取り上げられた名前で呼んで居場所なんて作ってくれなければ良かった。
助けてくれようとしなくて放っておいて先に進んでくれれば良かった。
「そんな事するから不幸になるんだ」
娘が死んで、偽物がいるから混乱するんだ。
友達でいたから、ずっと心配してなきゃいけないんだ。
気にかけるから、気にし続けなきゃならない。迷惑を被るし、助けるためにたくさん苦労してしまう。
「幸せなんて、希望なんて嫌いだ。どうせ取り上げられるならそんなのもう、欲しくなんてない!!」
わずかでも幸せの味を知ってしまったから苦しい。
本音に気づいてしまったから、覆い隠していたものの分だけ辛い。
それでも、自分一人で不幸になったのだったら、まだ不幸だなんて思わなかったのに。
いやそもそも……自分が存在しなければ、誰も苦しむ事が無かった。
それは分かり切っていた真実。
何が悪いか。
何がいけなかったのか。
その答えがとっくに目の前にあった。
生まれた事を否定されたあの時に、答えなんてものは分かり切っていたのだから。
けれど、声が紡がれる。
「苦しくても悲しくても、君は幸せにならなければならない」
「なぜなら君は望まれて生まれて来た子供だからだ」
「君は確かに愛されていて、必要とされていた」
「いつか、再び会える時に。自分の子供だと分かる様に、つけた名前のヒントとなる様に君は祭りの日に手放されたのだから」
「君の本当の名前は……」
顔を上げる。
未利はいつしか膝をついて俯いていたみたいだった。
その姿勢のこちらをフォルトは、子供に親がするように抱きしめて背中を優しく叩いていた様だ。
けど、
そこに割り込む声が聞こえる。
またあいつだ。何でまたお前なんだ。いつだってお前だった。お前は一体何なんだ。どうしていつも邪魔をする。どうして……。
「打て」
と、声が聞こえた。
フォルトが動いた。
そして首筋に痛みが走る。
視界の隅で注射器が転がるのが見えた。
やばい、まずい。
キリヤとかいう人形が持っていた注射器とそっくりだ。
そんなもの打たれたら、どうなるか分からない。
力が入らなくなった体が傾く。
気づいた、砂粒の魔法は相手の動きを止める魔法じゃない。
言葉を聞かせ続ける事によって、魔法にかかりやすくして、言葉通りに相手を操る傀儡の魔法だったのだ。
「そんな、まさか」
至近距離で愕然としたようなフォルトの声がする。
ばかだ。
それじゃあ、憎めないじゃないか。
最初から憎んでなかったけど。
憎んでほしかったら、そんな後悔しているような、悲しそうな、不安そうな、心細そうな顔をするな。
あんたは悪くない。
最後にそう思って、そこで意識は闇に呑まれていった。