195 第30章 そして絶望へ動き出す
「えっと、未利、織香って……」
姫乃が未利に尋ねようとした時。
他の者達がそれぞれの仕事が終わったらしく、確認の為に舞台の周囲に集まるように声をかけられた。
増設された舞台は数時間前と比べてすっかり元の様相から様変わりしていて、魔法陣は飾り布のなどで覆い隠されている。
一地方を治める王女が話をするのにふさわしい舞台へと変貌していた。
気になる事はあるが、しょうがない。話を聞くのは後にしようとそう思って、その場所の方へと向かう。
の、だが途中で……。
どこからともなく現れたのは、教会の服を来た十数人の者達だった。
いきなりだ。何の前触れもなく視界の外から。
どこから侵入してきたのかまるで分からない。
船には兵士達もいたはずなのに。
彼らは、牢屋に入っているはずの明星の信光……白装束達を引き連れていた。
身動きはできないようにされているが、こんな事になるとは一言も聞いていない。
「ふん、見たところやっと統治領主からの説明がなされるようだが、腰を上げるのが遅すぎるな」
唐突に表れた集団、その先頭に立っている男の人の声は、どこかで聞いた事があるものだった。
だが思い出せない。
その人が騒ぎを聞きつけてやって来ただろうイフィールと話をする。
「我々は中央聖堂教会所属、白金執行部隊。私は部隊長アルノド・シャーマと申します。勝手ながらそちらで押さえている罪人の身を引き渡させてもらった」
「その服と、その白金の徽章……。確かに確認した。だが……一体どういうつもりだ。コヨミ姫様の許可は出ていないはずだが」
「貴方達に任せておくと、適切な処罰が下されない所か、事実を隠蔽されてしまう恐れがありましたのでね」
「アルノド殿と言ったか、自分が何を言っているのか分かっているのか」
イフィールから殺気の様な物が発せられる。
比喩でも何でもなく、そんなものがあると信じてしまうくらいの怒気だった。
「これから、何をなさるつもりか」
「真実の追及ですよ。貴方達はそこで見ているといい」
そう言って、アルノドと名乗った人物は魔法を発動させていくつも水鏡を生み出した。
そこには町の各所の映像が映し出されている。
こんな事が出来る人間は、一人しかいない。
「貴様、まさか祭りの解説者か」
「さて、何の事やら。明確な証拠もなしに、勝手な事を言うのは止めて下さると助かるが」
そうだ、イフィールの言う通りあの人しかいない。
でもなぜこんな事を?
それに祭りの時とはまるで別人のようだ。
アルノドは出現させた水鏡に向けて声を張り上げる。
「シュナイデにお住まいの皆様方。お騒がせして申し訳ありません。ですが、どうしても貴方方に説明しなければならない事があるので、こうしてお時間を取らせていただく事になりました。どうか心して聞いていただきたい」
先程イフィールと話している時とは打って変わって真摯な態度で、水鏡の向こうにいる人々へと語りかける。
「本日はシュナイデの町をとりまく一連の出来事を、秘匿されていた真実を明らかにする為に、私たち中央聖堂協会の白金はやってまいりました」
秘匿されていたって……別に隠していたわけじゃなくて、これから説明しようとしていた所なのに。
一礼してのアルノドの底言葉に、町の人たちはどよめく。
反応を見るからに、アルノド達はこんな所にいる様な人間ではないらしい。
「勝手な事を喋らないでいただこうか、一体誰の許可を取ってこのような事……」
そんな行動を見て抗議をしようとするイフォールだが、アルノドの近くにいた者達が武器をこちらへと突きつける。
「余計な事は喋らないでいただこうか。貴方達にとって不都合な事が話されようとしているのを止めたいという気持ちは理解できる、だがここは真実を暴く場所だ」
「貴様等……」
会話がかみ合っていない。
同じ場所にいるはずなのに、まるで別々の事について話しているような気になって来る。
歯がみするイフィールは部下へ何事かを伝え、背後へと走らせたきり黙り込んだ。
「さて、とりあえずまずはこの捕縛した有象無象の中から、重要人物を明らかにせねばならないな。皆さま、これからこのシュナイデの町で起きた、数万人もの人間を巻き込んだ、魔法陣を使用して行われた人質事件の詳細を明らかにしてみせます」
……この人、いきなりなんて事を言ってるの!
水鏡の向こうから大きな動揺が伝わって来る。
映り込んだいくつもの顔が先程の比ではない動揺をその顔に表した。
町の中では、港の会場に理由も聞かされずに留められていた数万人の人達がいる。
会場でずっと収容しているわけにもいかず、家に帰したからだ。
現場に居なくて何があったか知らなかった人達も、この数週間でその不可解な出来事については知ってしまっているだろう。
だが、何がどうなっているか分からなかった彼らに、いきなり事件の人質になっていたなどと伝えるなど、あえて混乱させている様にしか思えない。
どういう事だと憤りたくもなる。
「計画の首謀者、ヨルオ・ディードリ。そして拠点となる屋敷を提供したフォルト・アレイス。我々に引きずりだされたくなければ、自ら名乗り出るがいい」
元白装束達、揃いの服装で身を包む事の無くなった彼らから動揺する気配が伝わって来る。
だが、声を上げる者はいない。
「実力行使がお望みか。一人一人、望む通りにしてやらない事もないが、もう一人忘れていたな。その者にまずはご協力いただこうか」
アルノドの周囲にいる者達が、こちらの方へ武器を向ける。
いや方にではない。違う。
姫乃達に、ではなく彼女にだ。
「浄化能力者を騙りし少女、前に出ろ」
「……っ」
彼らに指示されて演説を行った未利だった。
顔を知らなかった人々のどよめきが上がる。
「早くしろ。それともエスコートが無ければ、歩けないとでも?」
「冗談、強制連行の間違いでしょ?」
「ま、待って」
睨みつける様な表情で前に出る彼女を呼び止めようとするが、その本人に止められる。
「姫ちゃん。変な騒ぎは起こさない方がいい、それに相手の事分かんないし、色々と聞かなきゃいけない事もある。時間、必要でしょ」
そうして固い声で前を見据えながら。歩いて行く。
確かにそうかもしれないが、でも……。
白装束達の前に立たされた未利に、アルノドは声をかける。
「潔く前に出て来たその心意気は誉めてやろう。さあ、話せ。協力者なら分かるだろうヨルオ・ディードリとフォルト・アレイスはどいつだ」
「……知らない」
「庇い立てするつもりか」
時間を稼ぐ、ような事を言った割にはケンカを売るような物腰の彼女。
かけられた言葉に未利は小馬鹿にするような態度で応じる。
「まさか。そんなわけないでしょ。なんでこんなロクでもない連中アタシが庇わなきゃいけないわけ、勝手に地獄でも何でも落ちてたらいい」
そんな物言いは火に油をそそぐようなものだろう。
見てるこっちがはらはらするようなやりとりだ。
正直気が気ではない。
「他人事の様な口を聞くな、お前が協力者だと言うのは確かな情報なのだぞ」
「確かな情報ねぇ、それって一体誰から教えてもらったわけ。こいつらが自分の不利になる事喋るワケないし、城の兵士隊が今来たばっかりのアンタ達に教えるワケない。それホントに信用できるもんなの?」
アルノドは、まさかそんな言葉が返って来るとは思わなかったとでも言わんばかりの表情で、目の前に立つ少女を見つめた。
まるであり得ない物でも見たかのような顔つきだ。
「く、子供だと思って甘い顔をしていれば、調子に乗るな。我らはディテシア聖堂の白金だぞ」
「あっそ、さっき聞いたから知ってるし。だから、何? 偉いって言いたいの?」
額に青筋を立てたアルノドが、一瞬動こうとしたがそれだけだった。
「ふん、あくまでもシラを切るようだな。だがその生意気な態度がいつまで続くのか見ものだ。子供と言えども罪人には罰を与えねばならない。証拠を吐くまで尋問室送りになるが、それでも良いのか?」
「へぇ、思い通りに行かなかったら今度は暴力で脅すってわけ……、器が小さいよ。砂粒ほどじゃないわ」
先程の日ではないくらいに、空気が緊張する。
時間は作れてるかもしれないけど、状況を悪化させてるようにしか見えないよ。
前から思ってたけど、どうしてこういう態度でしか話ができないかな……。
張りつめられた糸が見えるかのようなその空気を壊す人間がいた。
コヨミだ。
「待ちなさい!」
その声は、高く澄んでいて、不思議と離れていてもはっきりと聞き取る事が出来た。
彼女は真っすぐに増設された船上の舞台へとくる。
向けられた武器をものともせずに歩いて。
そして急ごしらえにつくられたその場所へと辿り着いた。
「何だ貴様は」
「私は、コーヨデル・ミフィル・ザエル。このシュナイデを含める東領の統治領主です」