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白いツバサ  作者: 透坂雨音
第五幕 運命を賭けた300秒
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194 第29章 やがて毒に変わるもの



 船上 甲板 『未利』


 復元作業を中断した後、


「はあ、何か目がまだチカチカするし」


 その場所にやって来た未利は、げんなりしながら言葉を吐く。


 ちまちまとした紙片を繋げての復元作業から解放されて、アテナの作業を手伝う事になった姫乃達は、船の甲板に移動していたのだ。


 船の先の方には急ごしらえで作った舞台があって、海にせり出す様にして設置されている。

 床には色々ごちゃごちゃとした魔法陣が書き込まれている。


 必要となった紺碧の水晶は今は城で厳重に保管されているようで、当然見えるような所にはない。


 今度はその舞台を覆い、コヨミがこれまでに何があったのかを説明するための場所に変えなければならないという。


 そういうわけで、アテナの手伝いを受けて、色々と動いていくのだが、その中で未利は見知った顔を見つけていた。


 近くには同じように指示を受けて色々動きまわっている姫乃達がいるが、様子を見るに特に驚いた風には見えない。

 おそらく自分がいない間に会っているのだろう。


「あ、あんた確か。えっと……白犬?」

「違ぇよ! 俺にはちゃんとしたレトって名前があるだろ。いやそれも偽名だけど」


 いつかクリウロネで出会った同郷の学校の生徒、レトだった。

 白くて、ふさふさしている犬の周りには大勢の子供達がまとわりついていて、近くにはいつか後夜祭の時に着替えについて説明してくれた女性もいる。


「えーとあれは」

「レフリーだよ。お前、人の名前覚えるの苦手なのか。失礼だな」

「う、仕方ないでしょーが。たった一回会った人間の名前なんて、そうそう思い出せるわけないんだし」

「俺は、結構顔あわせただろ」


 それはわざとだ。

 でも言わない。


「で、何してんの。こんな所でガキ共にまみれて、何かの手伝いでもしてんの?」

「そうだよ。ただの物珍しい犬から知り合いに格上げされて絶賛駆り出され中だよ。城から小遣い出るって話だからやるけどな」

「あ、そういえばアンタ達は避難してきたんだから資金が必要になんのか」

「そういう事だ」


 いつの間にレフリーたちと当たり前のように知り合いになっていたのか知らないが、大変な事については聞かなくても分かった。

 クリウロネから移動してきた彼らは家がないのだから、このシュナイデでの日々の生活場所をなんとかするのにもお金が必要なのだろう。


 と、二人の会話に割り込むように、いままでレトの尻尾で遊んでいた子供たちが参入してきた。


「これ祭りの時の姉ちゃんだよな。イヌヌ」

「射的屋のてんちょーさん泣かしてたお姉ちゃんだ」

「商品ぶんどって、やまわけだー」


 これとか言うな。

 あとちゃんと金払ってるし、悪いのは向こうだ。


 やんややんやと騒ぎ立てる子供がうるさいのはどこも変わらないらしい。レトの苦労が察せられた。


「あらあら、ちゃんと行儀良くしてなきゃ駄目って言ったじゃない、貴方達」


 そう言っていれば保護者らしいレフリーがやって来て、子供らに注意をしてくる。

 にこやかな笑顔の女性だ。

 そんなんで言う事聞くのだろうかと、日常について心配になるのだが……。


「でもー」

「だってー」

「でもだってー」

「いいから黙れ」

「「「「はい」」」」


 どうやら無用だったようだ。

 笑顔の表情の裏に、一瞬の刹那に挟み込まれた殺気と恐怖に子供たちは硬直して、すごくいい子になった。


「怖いよな、あれ」

「こ、怖いわけないじゃん」


 レトに同意を求められて、否定する。


 見事な手腕だったが、全然怖くなどない。

 ちょっとびっくりするような豹変で驚いただけだ。


 居並んだ子供をいい子にしてすっきりしているようなそのレフリーが、こちらに視線を向けてくる。

 思わずびくっとなったのは秘密だ。


「うちの子がお世話になりました。あの子は泣いたりして困らせたりしませんでしたか」

「うちの子? ああコヨミの事か、いやそんな事、全然なかったし。ていうか逞しすぎなくらいだったし」


 さっきの子供らの中に実の娘か息子でもいたのかと思うがすぐに思い至った。

 そういえば、目の前の女性はコヨミの母親でもあったのだ。

 後夜祭の時に話しているのを聞いていたのだった。


「それなら良かったわ。あら、そうそう……。エアロから代わりに渡してほしいってさっき預かったものがあって、どうぞ……。仲直りの為に自分で渡しなさいって言ったんですけど、うちの子と同じで困ったさんなんだから」


 と、やんわりゆったり困られながら渡されたのは紙袋だ。


 中を覗き込む。


「う……」


 あの服だった。

 未利がエルケで捨てたはずの、あの服。


 表情が引きつらないようにするのが大変だった。

 こいつはどこまで追いかけてくるつもりだ。物の分際で人間様をストーカーしようとでもいうのか。


 だが、それで突っぱねるわけにもいかない。こちらの事なんて分からないだろうし。レフリーが親切心を働かせるのは仕方がないのだ。

 文句を言うわけにもいかず、受け取るしかなかった。


「ど、どーも」


 内心ではすぐにリリースしたくてたまらなかったが。


「あら、そういえば持ち主さんなら、あの事も分かるかしら」

「あの事?」


 この服のメモに色々細かく書いてあったからそのまま忠実に再現したのだけれど、内側に、何か記号の様な物が書いてあってと、レフリーは続ける。


「記号?」


 首を傾げると、服を広げられて服を裏返して見せてくれた。


「あー」


 うん、よくあるアレだった。

 何もこんな所まで忠実にならなくてもと思う。

 こんな人目につかない所まで再現するとか。


「えっと、これは……洗濯するときの表示っぽいやつなんだけど……」


 それは、手洗いオッケーとか、丸洗いオッケーとかの表示だ。

 購入者に服を手入れをする時に、どうすればいいのかを教えるための記号だ。生地についても書かれていたり、洗剤を入れるとか入れないとかそんな事も書かれている。家庭科で習ったのを覚えていた。


「まあ、これは便利ね。これなら、いちいち口頭で説明しなくても良いし、扱いづらい生地の手入れも示せるわ。さっそく取り入れなくちゃ」

「はぁ」


 何やらこの世界の洗濯業界に革命が起きるっぽい場面に居合わせたような気がしたが、どうでもいい事だった。


「でも、記号がそういう意味なら、ここに書いてある文字はどういう意味なのかしら」

「?」


 レフリーに示されるその箇所を視線で追う。

 何と通常の洗濯表示のさらに裏にも何やら文字が書かれてあったのだ。


 それは刺繍された物で、この世界で使われている文字ではない。


 ――MIRI――


 記されていたのはローマ字が四つ。


「……っ」


 唐突に示されたその言葉に、一瞬思考が途切れる。

 どれだけ見つめても文字は消える事もないし、幻でもない。

 ましてや、目の錯覚などではまったくないようだった。


 なんて何気ないところにさりげなく、そしてひっそりと存在しているのか。


 こんな隠れんぼマスターが本気を出して隠れたような事されたら困るではないか。


 本当に。


 だって今まで気が付かなかった。

 こんな場所視線さえ向けたことがなかったのだから。


「織香の服じゃ……ない……?」


 それは自分などには似合わない服だ。

 可愛くて、フリフリで、外を思いっきり走りまわったり動き回ったりするような人間には着せるような服ではないと思っていたから。


 だからずっと、この服は織香の為に用意した服だと思っていた。

 織香の服を着せられているのだと思っていた。


 けれどその服に、自分の名前が書いてあるという事は。


 それは……。


「アタシの服だったの……? 何それ……」


 両親が実はまともだったなんてことはないはずだ。

 結構な時間を、未利は織香として生きて来たのだから。


 だから未利だと分かっていて、未利の為の服を着せていたわけではないと思う。

 けれど、わざわざ織香ではない人間の、未利の為に用意した服を自分に着せ続けているという事は……。


 それは確かに両親からの想いの証拠であり、


「……」


 ……まだアタシを未利だって、認めてくれてるとこがあるって事?


 かすかな希望をもたらすかもしれない事実だった。


『今日から、貴方は私達家族の一員だよっ。織香ちゃんの事はお姉ちゃんって気軽に呼んでねっ』

『いらっしゃい、ここが貴方の家になるのよ』

『最初は戸惑う事があるかもしれないが、ゆっくり慣れていけばいい』


 レフリーから渡された服を見つめている未利に声がかかる。


「ん、どうしたんだお前」

「あらあら、困ったわね。何か失礼な事でも言ってしまったのかしら」

「……な、何でもない。何でもないしっ」


 まさかと思って、瞼をこすってみるが、そんな気配はなくてほっとした。

 さすがに人前でそれは格好悪いし。


「嫌いでいなくてもいいの……?」


 聞こえないように小さく呟く。

 

 あいつ等の事、ずっと嫌いだってそう思ってた。けれど、本当は嫌いになどなれるわけはなくて。……少しの間かも知れないけど、ちゃんと家族としていられた期間があったから、だから本当は、心の底では嫌いになどなりたくはなかったのだ。それが今、分かった。


 本心ではずっと逆の事を考えていた。

 嫌いでいたくない。好きでいられたらいい。

 だから未利は、いつやめてもいいはずの織香のフリをずっと続けていたのだ。


 周囲の大人達に本当の名前を呼ばれなくても、自分ではない人間に接する態度で接せられていても。

 その状況から抜け出す方法なんて、いくらでもあったのに。


「ちょっと、外の空気味わってくる」


 もう外にいるけど。

 今ばかりは一人で考え事がしたくなった。

 いや、いつもなんだかんだで逃げてる様な気がするけど、今日は特別だろう。


「あ、ちょっと未利さん。一人で勝手にどこに行くんですか。私まだ貴方のお目付け役を外されてないんですよ」


 そう思ったのに、離れた所で作業していたはずのエアロが嗅ぎつけてくる。

 何それ、聞いてないんだけど。

 空気読め、エアロ。

 いや、読まれたら恥ずかしいけど。


 そういえば、こいつなんで事あるごとにくっついてくるんだろう。

 やはり仲直りだろうか。姫乃達にちゃんとするまで一緒にいろとでも言われているのかもしれない。

 まったく、姫乃も姫乃だ。そこまでお人好しをこじらせると、その内評価がお節介にランクアップしてしまうぞ。


 エアロから離れようと、その場から移動していくのだが。

 けれど、その足が数歩もしない内に止まる。


 足元に見慣れたメタリックグリーンのロボットがいたからだ。


「うめ吉……?」


 何で、こんな所に?

 壊れて動かなくなったはずじゃ……。


 人が近づいてくる気配がする。


「君が抱いているその幸せ、少しの間だけ本物にしてあげようか?」







「もうすぐだね。コヨミ姫様の説明」

「だねー」

「ふぁ、すぴぴ」


 船上で、アテナの手伝いをしながら時間を過ごす姫乃達。

 作業はもう終わりかけて、後は部隊の方にある待って確認するだけとなったのだが、懸念があった。


「けど、大丈夫かな」


 周囲を見回す。

 船からは港が見えて、そこにはこの町の住人ではない人たちがいるのだが、何となく彼らの間に蔓延する空気が良くない物に見えるのだ。


 ここに来るまでに、コヨミ姫に友好的ではない話もあちこちで耳に入った。


「何事もなく終わればいいけど……」

「やれやれー、一波乱終わったらすぐまた次の波乱とかー、大変でしょうがないよねー」

「すぴぴー」


 そこに、離れた所でレフリーやレトと話をしていたはずの未利達がやってきた。


「……だから初めて会った時、あいつはいきなり言ったわけ『可愛い女の子は皆私の妹だよっ』って……はあ? 何それ? ってなるじゃん普通」

「凄い人ですね。未利さんのお姉さんって。でも、知りませんでした、いたんですねお姉さん。てっきり一人っ子かと思ってたんですけど」

「はぁ、何言ってんの? いるに決まってんじゃん、だって……」


 なにやら話が盛り上がっているようだが、聞こえて来たのはちょっと首を傾げたくなるような話だった。

 傍から見れば、どこでも聞くような家族の話だが、未利はそんな話を普通にできるはずがない……とそう今まで思っていたのだ。


「あれ、いない。まったくどこに行ってんのさ」


 そんな未利はこちらに来るなり、周囲を見回して誰かを探している様子を見せた。


「えっと、どうしたの?」

「姫ちゃん達アイツ見なかった? 全然見当たらなくて困ってるんだよね」


 そう言われても、その人がどの人か分からないよ。

 エアロなら、未利の横にいるよ?


「違うし、なんでアタシがエアロなんか探さなきゃいけないわけ、いるし。ここにいるし。仲直りとか別にしたいとか思ってないし、むしろいなくなったって探さないし、そんなんどうだっていいし」


 おかしいな。全然逆の事を言ってるって、最近何だか未利の事が分かってきちゃうんだよね。

 そう思えば、啓区も、そしてなあちゃんもこちらと同じ心境のようだった。


「相変わらず、未利てツンデレってるというかー。墓穴掘ってるっていうかー、ここまでくると最近見てて面白く思えてくるよねー」

「ぴゃ、未利ちゃま。エアロちゃまと仲良しなの」

「んだと、アタシは見世(もん)じゃないしっ、全然そんなんじゃないしっ!」


 啓区のほっぺをぐいぐい引き延ばしながら、なあちゃんをどうすべきか迷って軽くデコピンする未利。

 久しぶりの皆そろってのやりとりに、心が軽くなる。


 ……うん、やっぱりこうじゃないと。


 だが、未利は先程と同じように周囲を見回した後、ため息を吐いた。


「まったく、手伝いさぼってどこほっつきまわってるんだか。可愛い女の子とやらでも見つけて、犠牲者を出してるんじゃないでしょうね」

「えっと、さっきも気になったけど、誰を捜してるの?」

「え、誰ってそんなの決まってるじゃん」


 姫乃の疑問に未利はさも当然の様な顔をして答える。

 

「織香だよ。アイツが来たら探してたって言っといて。まったく……、お母さんとお父さんが聞いたら泣いて嘆くよ。見た目はお淑やかなのにたまに凄くやんちゃになるって」

「え……?」


 けれど、その最後に聞こえて来た言葉に姫乃は一瞬頭が真っ白になった。


 織香?


 どうしてその名前が今ここで出てくるんだろう。

 死んだはずの、たぶん未利が嫌っているはずの人間の名前を。

 それにそもそも、どうしてそんな風に自然に両親の事を口にしているんだろうか。


「……」

「姫ちゃんー? どうしたのー?」


 不思議そうに啓区が聞いてくる。

 なあちゃんは未利を見ながら頭上に?マークをいっぱい浮かべているようだ。


 なあちゃんは見るに何かがおかしい事には気が付いているけど、啓区は気が付いていないみたいだ。

 未利とはずいぶん長い間一緒にいるみたいなこと聞いてるけど、聞いてないのかな。家族の事。


 終わったのだと思ってた。

 大切な仲間を取り戻して、こうして以前と変わらないように笑って話すことができているのだから。

 でも、もし終わってなどいなかったとしたら。


 不安に駆られた。


 一体何が起こっているんだろう。




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