192 第27章 後始末と調査
出口がないと思ったその場所。
けれど壁は取り払われた。
誰も駆けつける事が出来ないはずのその場所に、鳥の様に舞い降りた少女がいた。
赤い髪に、消えぬ炎を瞳に宿す少女。
それは仲間の、友達の結締姫乃だった。
未利が知っているあの、優しくてお人好しで、それでもって優しい少女。
記憶の中にある姿よりも、強くそして逞しくなったような気がする。
制服みたいなものを着てるし、それに髪も短くなっているせいだろう。
「特務隊、だと……何故ここに来れたんだ」
バルコニーに降り立った姫乃を見て、白装束達はすぐに浮き足だった。
「制服、役にたったみたい。イフィールさんに感謝しなくちゃ」
姫乃は背後、元来た方を振り返って、言葉を言ったのち、すぐに表情を険しくして白装束達を見つめなおした。背中あった羽が消える。
「私の友達にひどい事するなんて、丸焦げにされてもしょうがないところだけど……っ」
そして、魔言を唱えて、炎をまき散らした。
紅蓮の火炎がまき散らされて、踊る様に奴らに襲い掛かっていく。
まるで生き物だ。
威力が記憶にあるものよりもさらに強力になっている。
いつのまにこんなに強くなったんだろう。
「一応手加減はしなくちゃ。イフィールさん達が困るかもしれないし」
そうして舞い降りた少女は、こちらに手を差し伸べる。
「助けに来たよ。約束どおり……」
「分かってた」
おぼつかないながら足に力を入れて立ち上がる。
そして姫乃は近づいてきて、しげしげとその様子を見つめるコヨミにも声をかける。
「コヨミ姫様も大丈夫ですか」
「え、ええ。私は大丈夫よ。何も怪我とかしてないもの。姫乃ちゃんにびっくりしたぐらいだわ」
「驚かせちゃってごめんなさい」
とにかく、再会はできた。
それ以上この場で交わすべき言葉はなく、炎に照らされた場所の中、未だ混乱に包まれるバルコニーから移動していく。
姫乃の魔法によって定期的に蹴散らされ、こちらに近づけずにいる白装束達の間を縫うようにしていくのはかなり楽だった。
そうして未利達があんなに苦労した屋敷をあっさりと抜け出していく。
『姫乃』
それから十数分後。
……何とかなったかな。
捕らわれていた人質の危機に駆けつけ、ちょっと怒って暴れた後。
屋敷の外、玄関の近く。姫乃達は一息ついていた。
「ここまで、来れば……」
遅れてやって来たイフィールや啓区達と合流できた。
とりあえず、と姫乃は今まで横においていた事を気にかける
「えっと、今更だけど本当に大丈夫? 二人共、怪我とかしてない?」
「いや、それはこっちのセリフだし、空から飛んでくるとか聞いてないんだけど。姫ちゃんこそ何があったの?」
……それは、今ここで話すと長くなるというか。
あ、髪と言えば未利の方は髪がちょっと長くなったよね。
今まで一緒にいたから気が付かなかってけど、この一二か月の間でそういえば切ってなかったもんね。
「答えがない。まさかアタシ、姫ちゃんに誤魔化された!」
えっと、そういうつもりじゃなかったんだけどな。
コヨミが姫乃の髪に視線を向ける。
「反対に姫乃ちゃんの方は髪が短くなっちゃってるわね」
「あ、それは色々あったんですけど、話せば長くなるというか」
彼女の言葉に、姫乃は遠い視線をどこかへと向けた。
それも、長くなるんだよね。
というよりまだ遺跡についての事を全然話していないので、まずはそこからだ。
全部話し終えるまでどれくらいかかるんだろう。
ほんと、色々あったからなあ。
そんな風に再会に盛り上がっていると我慢しきれないと言った風にエアロが、姫乃を押しのけて前に出て来た。
彼女がそんな行動に出るなんて珍しい。
「姫様っ、大丈夫ですか!?」
「ええ、私は大丈夫よ、心配かけちゃってごめんね。エアロちゃん」
「そんな、滅相もない。無事ならそれでいいんです。それと……」
エアロは気まずそうに未利へと向き直り、その手を強引にとって、振り回した。
「未利さんの事も一応は、心配してました。はいこれ仲直りです。良かったですね」
「ちょ、何でアタシのはそんななおざりなワケ!? もっとこう躊躇うとか貯めるとか色々あるでしょ、雰囲気仕事してない!」
「しょうがないじゃないですか。仲直りしようとしてた時に邪魔が入ったんですから、今くらいさっさとやった方がちょうど良いんですよ」
「納得いかないし!」
ともあれ、二人を助けてしまえばこっちのものだ。
それから、屋敷へと突入していったイフィールが屋敷の勢力を鎮圧するのに、一時間もかからなかった。
アレイス邸 本邸 『イフィール』
作戦の後、イフィールは仲間からの報告に息をついた。
「全員捕らえる事はできなかったか」
一時間使った。
ざっとだったが屋敷の中をできるだけ捜索していった。だが、思ったよりは成果は芳しくなかった。何しろ、目的地が予想の二倍の広さとなってしまったのだ。
目の行き届かない所は当然あったわけで、漆黒のロザリーを始めた数人を逃がしてしまっているのだ。
キリヤとか言う人間や、砂粒という少年、コヨミ姫やアテナと親交のあった芸術家のルーンなども……。
「この用意周到さ、やはり理解できんな」
コヨミの正体に今まで気づいた来なかったかと思えば、この襲撃にはほぼ完璧と言っていいほどの対応力を見せている。姫乃達が事の真相に気が付かなかったら、おそらくイフィール達は一番重要な人質の救出という目的を果たせなかっただろう。
このちぐはぐさが、何とも言えない不快さを胸の中に残している。
まるで別々の思惑を持つ者が、無理やり一つの組織を動かそうとしているかのようだと思った。
「念入りに調べなければ、な」
ともあれ、いなくなった者達の事を考えていても仕方がない。
今ある物で何とかするのが、自分達にできる精一杯なのだから。
水鏡で部下と連絡を取り、城へ報告を入れたイフィールは屋敷の中を念入りに捜索していく。
城の方では、こちらの動きと同時に魔法の解除を行い、無事に成功しているようだった。
少々のトラブルがあったが、頼れる人間のおかげで事なきを得たとラルドから報告があった。
その際に関して、小さな兄弟の事とか、牢から出してやった例の海賊男の事とか色々聞いたりもしたが、深く考えるのはよしておく。何に巻き込まれてるんだと呆れたりはするが。
「どうだ、他に人はいたか?」
「いえ、先ほどの報告で全員です」
「そうか」
通りがかった際に部下に尋ねればそのような反応が返って来る。
これで、もう誰かが潜んでいる可能性はなくなったわけだ。
明星の信光。
得体の知れない連中。
表向きは浄化能力者を祭り上げさせて、現統治領主を引き釣り降ろす事を目的に掲げているが、どんな事をやっていても不思議ではない。
この後、コヨミ姫にやってもらう事を考えれば、あまり長くはここに留まっていられないのだが、それでもできるだけ歩き回って調べるべきだと思った。
そうして、あちこちにいる部下から判明した事や現状を聞きながら屋敷の中を歩き回っていると、ふいに一室から人間が出てくるところだった。
隊員達が、連中の仲間らしき男を捕えてその者を移送している最中のようだった。
「その者は?」
「フォルト・アレイスです。この屋敷の所有者みたいですね」
そういえば、姫乃達と色々話し込んでいた未利が気が付いたようにその人物の名前を口にしてきたが。
完全な味方とは言えないが、怪我していたら治療でもしてやって欲しいと、そう言っていた事を覚えている。
「話を聞いたのか? 連中との関係はどうだ?」
「一応、仲間でもあると供述してますが詳しくは聞いてみないと」
「そうか」
戦闘でもしたのか、男はずいぶん手ひどい傷を受けている。
話では弓の使い手だと聞くが、体格を見ると荒事には向いているようには見えなかった。
イフィールの視線を受けて、男は薄く笑う。
「ご心配なく、君の部下にやられたものではない。仲間割れみたいなもので負ったものだ」
フォルトは視線を部屋の方へと向ける。
「見ていくといい。君達には必要な情報だ。だが彼女には話すな」
去っていく男を見送り、イフォールはその部屋に入る。
薄暗い部屋だ。
部屋の中央には椅子が置かれていて、その周囲に何かが落ちている。
「手錠と、目隠し……?」
不穏なそれらの品物に、表情が硬くなる。
部屋の様子から見るに、ここは人質となった二人のどちらかの部屋となるのだが、先ほど様子を見た限り、直前はともかく、手荒な扱いを受けているようには見えなかったが。
「とりあえず、記録を取っておくように言っておかねばなるまいな」