187 第22章 突入と交戦
アレイス邸付近
白む空に代わり、すっきりとした青空が見え始めた頃。
姫乃達は調査で調べた屋敷の近くに到着していた。
「もうそろそろだね」
姫乃は空を確認しながらそわそわした気持ちで、衣服を確かめる。
ここまで歩いてくるのにも当然着用していたのだから今更だが、今までは人目につかなかったから気にならなかったのだ。
「どこも変な所ないかな」
「大丈夫だよー。なあちゃんみたいにどこかに皺が寄ってたり糸くずが付いていたりする事は無いから、ぜんぜんおっけー」
「そうかな」
なあちゃんはそうだったんだ。
啓区達も同様の服を着ているが、姫乃みたいに気にしているようには見えなかった。
着慣れない服だし、特務隊の服だからいつもと着ない物に少しだけ戸惑ってしまう。二人は気にならないのだろうか。
「まー、そういうのは姫ちゃんと未利に任せてあるからねー」
何か変わった事があったら最初に感想を言うのは、姫乃と未利で役割が決まっていたらしい。
「ぴゃ、なあ糸くず発見したの。んしょんしょ」
「あ、なあちゃんー。もう埃だるまは作らなくていいからポイしようねー。糸くずだから糸くずだるまだったかなー?」
横で、服についていた糸くずをかまくらに入れていようとしていたなあに気づいて、啓区がポイする。
そんなやり取りを近くで見つめるエアロはため息だ。
「緊張感持ってくださいよ。私達これから大事な作戦なんですよ」
「ご、ごめん」
例によって例のごとく姫乃達の護衛として特務隊にくっついてきたエアロ。
遺跡でもかなりお世話になったが、今回もまたお世話になりそうだった。
色々と突っ込み役である未利の不在が埋まれば楽になるのだろうと思うが、そういえば仲直りがまだ済んでいなかったようなので、そっちの問題が逆に増えるだろう。合流しても当分は苦労させてしまうかもしれなかった。
「それより、本当に大丈夫なんですか? 今度の相手はれっきとした人間なんですよ」
それなら大丈夫かな。
同じ人間と戦った事なら今まででも何度かあるし。
「本当ですか? 甘い所のある姫乃さん達じゃ戦いにならないと思ってるんですけど」
尋ね返すエアロはこちらの答えに満足しなかったようで半信半疑だ。
「最悪の場合、相手の命を奪ってしまうかもしれないんですよ」
「うん……そうだね」
正直、実際に人の命を奪いかねない状況になったら自分がどういう行動に出るのか分からない。
どれだけの心構えをしていても、人は未来を見る事なんてできないのだから。
だから、ある程度不安を抱えるのはしょうがないと思う。
姫乃達の住んでいた世界は、そういう世界だったのだから。
その時に、どう動くのかなんてその時じゃないと分からないのだし。
けど、それでも姫乃は仲間を助ける事を優先したいと思っている。
「なるべく頑張れるようにするよ。最悪の場合は未利やコヨミ姫を助けられなくなる事だから。私は絶対に二人を助けたいの」
「そこまで言うなら、もう何も言いませんけど」
エアロなりに心配してくれているのは分かっている。
けれど姫乃も退く事などできなかった。
絶対に二人を助ける。
その為にここまで頑張って来たのだから。大変な思いをして。
戦えない、ここに来れない人たちの思いも引き継いでいるのだから、今更だ。
後に退くわけには行かないし、退きたくない。
「む、そろそろ時間だ。行くぞ」
イフィールの号令と共に、姫乃達はそれぞれ戦闘の準備に移った。
爆発音や何かが破壊される音を聞きながら、予定通り別行動をとる事になった姫乃達は、屋敷の中を進んでいた。
イフィール達が囮となっている間に、姫乃達が目立たないように動いて救出すると言う作戦だ。
「えっと、情報によるとこの先に行けば部屋があるみたいですけど。同じような造りになっていて分かりませんね」
エアロは困惑するように話す。それもそのはずで、屋敷の内部は似た様な部屋や区画ばかりだったからだ。
自分が今どこを移動しているのか、油断していると分からなくなりそうだった。
そんな風に走っていると、目の前に選達が立ちはだかった。
選、緑花、そして確かミルスト。後は華花。華花はともかく後の三人はそれぞれ武器を持っている。
何も聞いていなかったらここで狼狽えていた所だけど、今は意外には思わない。
彼らが敵になる事は、事前に話し合いで考えられていた可能性だから。
「選、緑花、お願い。話を聞いて。貴方達は騙されてるの」
「うーん、そうかもしれないな」
意外と向こうも冷静そうだったのは少し驚いたが。
「色々変だなあ、って思う事はあったからな。俺らはともかく華花は頭良いし」
「だけど、リーダーは一応選だし、考えるのが得意じゃないって言っても決めるのは選なのよ。最終的には」
選と緑花が困ったような顔で言葉を並べていく
ええと、つまりそれってどういう事だろう。
「つまりー?」
啓区が促すと、目の前に立つ二人の代わりに華花が答えミルストが補足を入れた。
「だから、私が判断するんです。私達と姫乃さん達が戦う必要がないと私が判断した時に戦闘は終わると思います。勝手でごめんなさい」
「それで華花さんが判断して、後で選さんが決定するんですよ。いつもギルドはこのやり方で回してましたから」
ねーと顔を見合わせる二人。
仲良しだ。
いや、そうじゃなくて、もっと緊迫したような状況を想定してたんだけどな。
選達もまあ、仕方ないよねみたいな顔で見合わせている。
何だか悩みが少なそうで少し羨ましくなった。
ここにコヨミ姫が加わる事もあったんだよね。一体どんなだったんだろう。
まあ、それはともかく。
「えっと、疑問とかはあるけど、それを私達と戦ってる間に考えようって事で良いのかな」
姫乃が飲み込んだ話の内容を噛み砕いて言えば、四つの頷きが帰って来る。
「ああ、俺達に足りないのは他の勢力の情報らしいからな。でも悠長に聞いているのは時間の無駄だろ」
「だから戦いってわけ」
そこで最初の選択肢に戦いが出てくるのが、選達なんだなあ……。
「まあ、一応、こっちもルーンさんやフォルトさんに協力してる身だからな」
「あの人達を信じたいって思いもあるのよ」
それは……。
二人が犯人側のフォルトという人に協力しているらしい、というのは事前の電話で分かっていた事だ。
確かに知っている人間が自分を騙してるとは思いたくないのが普通だ。
選はそういうわけでと、大剣を構える。緑花は籠手のはまった拳を突き出して見せた、ミルストは杖を手にしっかりと握る。
「だから、私達が納得できるように説得してくださいね。こちらが仕事をし終える前に」
今まで華花はそういうイメージ無かったのだが、割と無茶を言う人の様だ。
そんな事を考えれば、お互い様だと向こうから言われる。
「姫乃さんこそ、こういう場に出てくるような方だとは思いませんでした」
そういえば、と考える。
こうやって武器を交えたり、拳を交わしたり、魔法を飛び交わせたりするような場所に出てくる人間じゃなかったはずだよね。前の私って。
あらためて、遠くに来てしまった現状を再確認するような出来事だった。
「えっと、分担どうしよ」
「あらかじめ決めた通りでいいと思うよー。見る限りはー」
話し合いで大体予想付けた通りで、と言う意味だ。
姫乃は緑花、啓区は選、エアロはミルスト、なあは……応援だ。
「依頼だからな」
「手加減はできる分だけするわね」
ここから先は、戦闘で。
結論はつまりそういう事らしかった。
言って、緑花達がこちらへ向かってくる。
何というか、予想したよりも空気がふんわりしているというか、ゆったりしているけど。
私達敵同士なんだよね。
色々思う事はあるが、それに思考を費やしている時間はない。
イフォール達が目をそらしている内に何とかする必要があるのだから。
「ごめんね、皆」
「いやー、仕方ないでしょー」
「気の抜ける様な会話については文句を言いたいですけどね」
それぞれが、それぞれの相手へと対処へ向かう。
「えと、えっとなの。なあはよく分からないの。でも、ケンカはめって思うけど、戦わなちゃいけないならなあは姫ちゃまを応援するの。がんばれーなの、がんばるのー」
なあちゃんは応援。できれば華花の説得をしてほしいけど、ちょっと無理かな……。
ダメージシェアの魔法は一応発動している。
卑怯かもしれないけれど、これくらいは許してほしい。
白い鳥のぴーちゃんは隠れた所にいるはずだ。
選達には、後で謝らなきゃいけないな。
そういうわけで姫乃達は選達との戦闘を開始した。