181 第16章 決着
「そのまま進んで! 私達が何とかするから」
今最も扉に近いのは啓区だ。
誰かが新たにその場所に到達するだけの時間はないし、そうする意味もない。
啓区に行かせて、姫乃達がガーディアンを何とかするのが役割的にもっとも妥当な所だろう。
「任せたぞ!」
イフィールが視線で指示して、隊員が鍵を魔法を使って啓区のいる所まで投げ渡す。
「え、僕が? うーん……、りょうかーい」
おっかなびっくりといったように鍵を受け取った啓区は、悩みつつも扉の方へと走って行ってくれる。その背中を見届けて、それをぎこちない動きながらもそれを追いかけようとするガーディアンへと向き直る。
そこに、姫乃が手を打つよりも前に、エアロが魔法を行使した。
「今の損傷具合なら、私の魔法でも……!」
実戦向きではない彼女の魔法は風の系統の物だが、未利の物とは違って物体を風で浮かせることに得意だ。
浮力の魔法で大体が効くものではあるが、エアロはそれでも姫乃達と同じようにここ数日間、通常の兵士の訓練と合わせて魔法の訓練を怠らなかった。
戦闘で今まで連続で休みなく魔法を行使していた他の隊員よりも、余力が残っているエアロに最適な役どころだった。
「追わせません……っ」
前進しようとしたスパーダ―の足を風の魔法で浮き上がらせ、傾かせる。
「姫乃さん! 水、お願いします」
「うん! アクアリウム!」
今まで、無くなるまで使った事が無かったけど、何となく発動している最中に限界が分かった。
これが最後の魔力だ。
水球を出現させて、スパイダーを閉じ込める。
今までコツコツ与えて来た攻撃が作った損傷個所から、水が勢いよく染み込んでいっているのが分かる。
精密機械に水は大敵だ。
防水加工という概念がこの世界にあるかどうか分からなかったが、見る限りはちゃんと聞いているようだ。
残りは、多分……三十秒くらい。
……扉に着いたかな。
気にはなったけど、視線は向けない。
なぜなら、最後の力を振り絞る様に水球の中で足掻いていたスパイダーが、発光し始めたからだ。
「邪魔をさせるな! これ以上時間の余裕はないぞ!」
イフォールの叱咤の声と共に、無数の魔法が飛び交う。
その邪魔にならないように足止めでもあった魔法を姫乃は解除。
炸裂する無数の魔法。
足がひしゃげ、頭部や腹部がへこみ、砲塔に至ってはもう見る形もない。
数秒ごとに無残になっていくその姿を見ていると痛々しくなってくるが手加減はできなかった。
……ごめんね、貴方はただ大事な物を守ろうとしてるだけなのかもしれない。
だけど、私達は仲間を助けなきゃいけない。
お願い、倒れて……!
残りは何秒か、まだ十数秒あるのか、ひょっとしたらもう数秒もないのか。
姫乃達は分からないし、確かめる余裕もない。
最後まで全力で戦うしかった。
けれど、ふいに……。
「あ……」
スパーダ―の体が傾ぐ。
ゆらりと身をふらつかせて、数秒跡。残っていた足の何本かが壊れるとともに、地面に倒れ伏したのだ。
「勝ったの……?」
倒れたガーディアンは動かない。
同じく、遠くにある扉が音を立てて開いていくのが見えた。
啓区がいつもの笑顔で手を振っている。
「我々の勝利だ……」
イフィールの鈴かな宣言の後に満ちる、歓声を背景に姫乃は安堵のあまり、その場に膝をついた。
あの時、スパイダーにとどめを差した攻撃があった。
その攻撃は姫乃達の攻撃とは別の方向から放たれたようにみえて、さらにいえば何回か共闘した事のある彼の魔法の攻撃に似ているような気がしたのだが……。
「また、助けてくれたのかな……」
探してみるも、当然その姿はどこにもないのだった。
エンジェ・レイ遺跡 最奥
扉を開けて進んだ奥は、光の溢れる場所だった。
今までの遺跡の中とは明らかに違う場所だ。
小さな光の粒が周辺に漂っているのは今までと変わらない、けれど部屋の上の方、天井近くら辺にも丸い球体が浮かんでいて、その物体が光を放っているようだ。
いつかロングミストの牢の中で見た明りと似ている。
紺碧の水晶は部屋の中央にある台座の上に置かれていた。
近づいて確かめる。
どういう原理なのか分からないが埃がまったく積もっていない。
「これが紺碧の水晶なんですか」
「ああ、そうだ」
手袋をはめたイフィールが丁重な手つきでそれを持ち上げる。
台座の向こうには湧水の塔で見たように、柄から一段高くなっている転移台があった。
「これで、後は未利やコヨミ姫様を助けに行けるんだ」
「未利ちゃまと会えるの? よかったの。なあ寂しかったけど、ぐって我慢してたの。未利ちゃまに会ったら偉いねって言ってもらうの」
ほっとしたように姫乃は息を吐く。
なあもよく分からないなりに喜んでいるようだった。
「話をすれば、だな」
そんな風に戦いの後の弛緩した空気の中で皆が喜びに浸っていると、調査隊の一人が声を上げた。
水鏡が出現している。
そこにはアテナの姿が移っていた。
様子を見るに、向こうからの連絡の用だった。
「どうした?」
「ええと、ですです。実は新しい情報が入ったのでお伝えしようかと。姫様達が捕まった拠点が分かりましたですし、行かせておいた人間からの確認がとれましたですですよ」
「本当か?」
「間違いはないはずです」
聞くに朗報としか思えない情報が入った様なのだが、アテナの顔意をはなぜだか優れない。
「何か、他に懸念すべき事でもあったのか?」
「……いいえ、何でもないですです。個人的なことですよ。取りあえずそちらも無事に終わったようなので、帰って来てほしいですです。詳しい話はその後で、です」
そういって連絡が途切れた後、携帯をチェックしていた啓区が声を上げた。
「あ、連絡来てたみたいだよー」
「えっ」
この状況で連絡がとれる相手など、一人しかない。
「未利から?」
「うん、時間からして、多分ガーディアンと戦ってた時だねー。何か胸元で小刻みに振動してるなーと思ったらー。マナーモードにしといてよかったよー」
どうしたんだろう。
ひょっとして何かあったのではないかと不安になる。
『もしもし』
「うん、聞こえてるよ。何かあったの?」
『姫ちゃん……ううん、別に、何でもない。ちょっと、そっちはどうなってるかなーって気になっただけ』
声だけだがほっとしたような様子が向こうから伝わって来た。
「こっちはうまくいってるよ。今遺跡に行って紺碧の水晶を取りにきたところかな」
『え、じゃあアタシ空気読めない感じで一番大変な時に電話かけちゃったとか』
「そうみたいだけど、ごめんね気づかなくて。色々あったから」
『そ、そっか。気を散らすような事になってなかったら良いんだけど』
そこまで話した後、何か考える様な間があく。
『えーと、そうだ確認。あのさ、アタシの書いた手紙ちゃんと届いてる?』
「えっと、それは……」
そういえば、このあいだルーンさんから建物の情報はもらったのに、全然手紙の話が出てこなかったな。
『届いてないの?』
「うん、ごめんね」
『いや、姫ちゃんが謝る事じゃないでしょ。えーと誰だっけ。アテナの彼氏は?』
「ルーンさん? この前来たみたいだよ。でも忙しそうですぐに帰っちゃったみたいだけど」
『彼女にアピールする機会をうっかりでフイにするとか……ちょっとやめてよドジっ子属性とか、それとも天然? なあちゃんは一人で十分なのに』
何言ってるのかよく分からないよ。
と、そんな会話の中で、自分の名前が聞こえてきたことに反応したのかなあが、携帯に顔を近づける。
「なあもっ、なあも未利ちゃまとお話するのっ。未知ちゃま、遊んでほしいのっ。なあさみしいの」
『ちょ、なあちゃん声大きい、もしくはたぶん顔近い。あー、なんかたった一週間なのに、凄く久しぶりに聞いたかも』
顔をしかめている様子が手に取る様に思い浮かぶが、そう言いつつも未利は楽しそうだ。
「あー、なあちゃん未利が困ってるからちょっと離れようねー。はい待てー。おてー」
「ぴゃ」
啓区が間に割って入って、なあちゃんを手懐けている。
手をたしっとやっているところなんて本物の犬みたいだ。
尻尾がぶんぶん言ってる幻が見えそうかも。
『なあちゃんって犬っころって感じ』
あ、未利もそう思うんだ。
うん、こっちもそんな感じ。
「未利の方はどう? 何かあった?」
『あー実は……』
どうやら向こうでも何か変わったことがあったらしい。
選達の事や砂粒って子の事、フォルトって人や、ルーンさんやコヨミ姫のことを色々と話して聞かせてくれた。
「そんな事があったんだ」
何だか、事態が複雑になって来てるかも。
色んな人の思惑が絡み合ってこんがらがっているような感じ。
砂粒って子の事は納得はできないけど、半分は分かる。
姫乃達は偶然良い人達の世話になる事が出来たけど、姫乃達以外の人間もこのマギクスに転移してきているのだとしたら当然そうじゃない人だっているはずで、生きる為だったら責められない。
フォルトって人の事はよく分からない。
やってる事を考えれば味方なのかなって思うけれど、でもそうだったらもっとそれらしい言葉をかけているだろうし未利やコヨミ姫にももう少し積極的に手助けしているはずだろうし。
白装束の明星の真光は変わらないままだ。
コヨミ姫を予知能力を持った特別な人間……浄化能力者として扱い、領主を引きずり降ろそうとしている。
今のところは大人しくしているみたいだけど。
「何かややこしいねー」
「本当だね」
それに加えて味方になってくれているルーンが潜り込んで暗躍していたり、選達が騙されていそうだったり……。
「私も……あっ、アタシも何とかできないか頑張るから。だから、えっと、その……帰ったら、なんか部活して景気づけに遊ぼうよ。約束……」
「うん、そうだね。約束。それまでに色々と何するか考えておかなくちゃ。楽しみだな」
だけど、それも近いうちに何とかするんだ。
また、皆で会えるように。