177 第12章 今、何を成すか
なあちゃんと雪奈先生が楽しくお喋りしている声を聞きながら、姫乃達は遺跡の中の何の変哲もない壁の前で立ち止まった。
今まで前に出て害獣の相手をしていた姫乃達と代わるように、前に出たイフィールさんが説明してくれる。
「ここは鍵の保管庫だ。紺碧の水晶が保管されている部屋の扉を開ける為には、ここにある鍵が必要になる」
そうなんだ。
橋を架けたり、鍵を持って行かなきゃいけなかったり、色々と厳重だな。
紺碧の水晶で出来る事を考えれば当然かもしれないけど。
「未利がいたら面倒臭いとか言ってたねー。後はゲームのダンジョンかって突っ込みが入ってたかもー」
啓区が言う通りそれは未利がいたら、言いそうな言葉だ。
「それにしても今まで歩いてきて部屋らしい部屋なんてなかったけど、遺跡の中って皆こんな感じなのかな」
見てきた限りは通路があるばかりで、とても何かを収納したりするような空間がありそうには見えなかったと、そう言えばその謎についてエアロが回答してくれる。
「分かりやすく部屋なんか作ったら、それこそ問題ですよ。不審な人間に侵入されても、容易に宝物を盗まれない為の仕掛けです。心配しなくとも、ちゃんと私達には見分けがつくので大丈夫ですから」
「そうなんだ」
壁をなぞって調べるイフィールさんの様子を観察してみるが、何か特別な魔法を使っているわけでもないみたいだった。一体どうやっているのだろう。
「そ、そんな顔しても教えてあげません。秘密です。そうそう人に話して良い事じゃないんですからね」
姫乃が気になるような視線を送ってしまったらしい。
エアロは突き放す様にそう言葉を返すのだが、他の兵士から「知らないのに威張るなよ」と突っ込まれている。あ、知らなかったんだ。
そんな風に話をしていると、イフィールさんが仕掛けを動かしたようだ。
目の前にある壁が動いていって、奥にある小さな空間を姫乃達へと見せた。
ちょっと……埃っぽい。
あまり人が入らない部屋みたいだから、当然だろうけど。
その空間を観察していく。
部屋の中央には月や星の細かな模様が彫られた小さな台座があるが、その上には何もない。
「台の上に物があるなんて誰が決めたんです?」
姫乃が首を傾げるのが分かったのだろう。
エアロはその理由を知っているようだった。
部屋の中に入ったイフィールが台座の前でしゃがみこむ。
そうしてこちらに向いている台座の側面に指を触れさせ、そこに掘られている模様を一つ一つなぞっていった。
「答えは中です」
エアロが回答を示すとともに、ぱかっと台座の上部が開いた。
「ん、ちゃんとあったか。むき出しにしておくほど怖い事はないからな」
台座の中に手を入れて、イフィールが取り出すのは月の装飾が施された金色の鍵と、星の装飾が施された銀色の鍵の二つだった。
これで、後は奥へ向かうだけだろう。
「ぴゃ、埃を丸めてだーるまさんなのー」
「そーれ、くるくるっとねー」
そう思ったら、部屋の隅でなあと雪奈先生が何かをやっていた。
埃を固めて作った雪だるま(?)をかまくらに押し込んでいた。
「えっと、えっと、これで百二十五個集まったの」
「さすがねなあちゃん。二百個集まったらボーナスよ!」
……盛り上がってるみたいだけど、何やってるんだろう。
埃って体に悪そうだし、あんまり触ったりしない方が良いと思うんだけどな。
というか、百個も一体どこで集めて来たのだろう。
まさかかまくらの魔法ができてから今まで 、なあちゃんはせっせと雪ダルマ(?)を作って収納してきたのだろうか。
「あら、そんなに心配そうな顔をしなくて良いわよ。埃ダルマの内残り百二十三個は雪奈先生がつくった物だから。なあちゃんは貯めただけ」
「えっと……」
「えいっ」
そんな風に姫乃の抱えた懸念に応えた雪奈先生は手作りのマフラーをどこからか引っ張り出して、なあちゃんのかまくらへ押し込んだ。
「なるほどー、ふむふむー、ひょっとして毛糸ダルマとかも収納されてたりするのかなー」
「たまにね、でも毛糸シリーズはミンチにしてあるからあんまり見ても楽しくないわよ。非常時に使ってあげてねー」
「だってー」
そんな雪奈先生たちの行動の理由が啓区には分かったらしく、何やら分かり合ったような話をしているが姫乃にはさっぱりだ。「だって」と話を投げられても、反応に困る。
そんな風に謎の行動について翻弄されている内に、鍵の収納や題の仕掛けを戻したイフィール達が部屋を出て行く。
再び通路に戻り、部屋の仕掛けを元に戻しながら彼女は別の部屋について話してくれた。
「まさか、こんな風に使う日がは来るとは思わなかったな。他には、武器が駄目になった時の予備の保管庫もあるのだが、そちらは先日侵入者に入られてしまっているんだ。当てにしたかったが幸いこちらにはあまり損害はない。念をいれて、ちゃんとした調査が終わるまでは入らない方が良いだろう」
武器庫の保管庫なんてあったんだ。
でもそれはそうだよね。
こうして歩いている遺跡の中って、結構長いから、もし奥に行く目的があったとしても途中で色々な事に不都合が起きちゃうかもしれないし。
でも、たびたび話に聞くけど、遺跡の侵入者って一体誰なのだろう。
その人のせいで、姫乃達は今こうして害を被っているわけだし。
まさかツバキ君って事はないよね……。この前ばったり再開したけど。
うーん、どうしよう。否定できないよ。
「ふっふっふっ、意外と姫ちゃん達と同じ年頃の子だったりするかもねぇ。ごめんねっ」
雪奈先生が意味深な笑みを浮かべて謝って来た。
「何か知ってるんですか?」
「いや、遺跡内に残された戦闘の痕跡から、身長を割り出しただけだ」
何か知っているのだろうかと思ったのだが、イフィールが説明してくれて納得した。
だったら紛らわしい事を言わないでほしい。
とにかくこれで、必要な事は全て行った。
後は奥へと向かうだけだ。
魔同装置研究室 『アテナ』
後夜祭の日から、今現在に至るまでアテナ達を悩ませている問題。
多くの人間にかけられた魔法。研究室では、その研究が進められている最中だった。
「ただいま戻りましたです。解読は進んでいますですですか?」
アテナが部屋に入り、中にいる者達に声を掛ければ、進展があったようで良い反応が返って来た。
「主任、例の解読が止まっている場所についてですけど、何とかなりました。先ほど八割方解析が終わったところですよ」
「本当ですか? それは朗報ですですね。この分なら、イフィール達が帰ってくる頃には、終わりのメドが付きそうです」
部屋の中を見渡せば、出て行く前と比べて空気が明るいのが分かった。
最初に魔法陣を見た時はどうなる事かと思ったが、終わりが見えてしまえば何でもない。
ここにいる者達の腕は優秀だ。
問題が起きたとしても彼らなら何とかやれるだろう。
もちろんアテナも力を尽くすが。
「……」
と、そんな部屋に珍しい事だがグラッソが一人でやって来た。
攫われているのだから当たり前なのだが、いつもコヨミ姫を探しているか、コヨミ姫乃傍にいるかの二択なので一人で出歩いている所を見ると、これはかなり珍しい光景だった。
「珍しいですですね、グラッソがこんな所にくるなんて。どうしたですですか。何か用でもありましたですか」
問いかけに対してグラッソは首を振る。
ない、みたいだった。
「そうですですか」
ならばなぜこの部屋に来たのだろうと、首を傾げる。
今現在、コヨミは城にいないどころか未だ手の届かない場所にいるし、グラッソは魔同装置や魔法関係について興味がある方でもないと言うのに。
「……役目をこなす事は、歯がゆくないか」
そう思っていたら、久しぶりに「そうですか」以外の言葉が返って来た。
落ち着いた声音のゆっくりした言葉だ。
久々に聞いたそれは、聞く者に大樹のようなイメージを思い浮かばせられる。
「意味が分からないのですけど」
「目の前の障害を、取り除く力が俺達にはない」
つまりグラッソが言うのは、助けたい意思があるのに直接的な行動がとれない自分達に大してどう思っているのか、と聞きたいのだろう。
「そうですですね。歯がゆい思いが無い事は無いですけど。私の場合は、これが一番得意ですですし、むしろ私が頑張らないと他の誰にもできない事ですから」
イフィール達と行動で来たらと思わない事が無いわけでもないが、自分にできる事が他に会ってアテにされているのだから、しょうがないだろう。
「グラッソだって、役目は姫様の警護で戦闘ではないですですよね。仕方のない事だと思いますですけど」
一度、守り切れなくて主を攫われているのだから思う所がないはずはない。
けれど、人にはそれぞれの役目や得意分野があるのだ。
それを見誤ってしまっては、実力を発揮できないどころか本当に成したい事も成せなくなてしまう。
「成すべき事を、成すべき人間がする。それは先代の教えですです」
「ならば、守る力がないのなら、その立場に甘んじるべきか」
急に色々と長文を話し出したと思ったら、また小難しい事をいってくれますね。
「そういう事ではないと思いますです。力がないなら成長する、それは必要な事だと思いますですですし。成長のない人間は愚か者です。重要なのは、今何をするかだという事だと思います」
アテナは言葉を区切る。
そうだ、過去でも未来でもない。
人が生きているのは今なのだから、今必要だと思う事を、それぞれが判断して行動しなければならないのだ。
後悔するかもしれない、望む未来を手繰り寄せたい、そういう思いが今の自分を突き動かす。
「今の自分は何ができるか、今の自分の役割は何か、まずそれが分かる事が一番大事だと思いますです」
アテナは精神論や根性論はあまり信じない。
人間は、やる気が出たからといって、簡単に障害が取り払われたり、困難を打破できるようになったりはしない。……と、そう思っている。
いつだって障害や困難を何とかするのは実力だ。
やる気を出したから、根性を出したから勝てたように見えたとてもそれはその人の実力だ。
事態に大して、必要な事を必要なだけしたから結果を得られた。
いつだって世界に起こる事象はシンプル。それだけに過ぎないのだから。
だからそれらの事を冷静に知る為にも、今の己の状況を知る事は、紛れもなく力になる事だと言える。
「……参考になった」
アテナの言葉を聞き終えたグラッソは部屋から出て行く。
大柄な背中がのそのそゆっくり歩いて行くのを見つめるに、今も考え中らしい。
「偉そうにああは言いましたけど、私だって考えたりしてたんですですけどね」
それが昼間にしたルーンとのやり取りだった。
味方か、敵か。はっきりさせる
自分のすべき事は魔法関連以外で他にないか。
だが、結局は全てがうやむやなまま、彼の言葉を信じる流れになってしまったが。
ルーン。
研究一筋に生きて来た自分を、好きだと言ってくれた人間。
最初は何の冗談だと思っていたが、今ではアテナもルーンの事を好きだとはっきり言える。
恋だの愛だのにまさか自分が浮かれる事になるとは思わなかったし、疑わしい事が合っても無条件で相手を信じるなどという行為を自分がするとは思わなかった。
「ルーン、貴方は私たちの味方……ですよね」
不安を飲み込むようにアテナはそっと呟いた。