169 第4章 連絡
シュナイデル城 『啓区』
それは、レトがやって来て、雪奈先生が遺跡の事を口にした直後だった。
啓区の携帯が部屋の中で鳴り響いた。
それがどんな物か分かっていたイフィールや、エアロ、アテナは驚かなかったが、ラルドが肩を動かしウーガナが椅子から転げ落ちた。
「あぁ? んだぁ?」
着信は、たぶんこの世界にはない電子音。
聞きなれない音に動揺するのも分かるが、それで向こうの声が良く聞こえなくなってしまっては困る。
「静かにしたまえ」
だが幸いにもラルドが動いてくれたので、安心して応答する事ができた。
ボタンを押して携帯を通話状態にする。
左右に視線を送ると姫乃やなあがこちらを見ていた。
操作して音が周囲にも聞こえるように設定。
「もしもし……」
窺うような様子の未利の声が聞こえてくる。
近くから姫乃達が息を呑む気配がした。
やっぱり不安だったよねー。
『……姫ちゃん? それとも啓区? まさかなあちゃんって選択肢は』
大丈夫それはないよー。うん。隣で「ぴゃっ」て驚いてるからー。
最初に口を開いたのはやはり姫乃だ。
「皆いるよ。未利、大丈夫? 怪我とかしてない?」
心配そうに、電話の向こうにいる友達の事を案じている。
『姫ちゃん……。平気、コヨミも今は別の部屋だけど、たぶん大丈夫だと思う』
取りあえず二人の無事が確認できた事に、部屋の空気が和らぐ。
全く動じなさそうに見える雪奈先生ですらちょっと嬉しそうに笑んでいた。
『えっと、色々言いたい事があるんだけど。まず何から……あ、そうだ。ルーンがさ、紙持ってきてくれて、地図書いて情報を後で教えてくれると思うから、ここの詳しい場所はそいつから聞いて。アタシじゃ分かんなくて』
「ルーンさんが?」
確かアテナの彼氏でよく城に出入りしているという男の名前だ。
どうしてその人の名前が出てくるのだろうか。
『まあ、何か彼女に恰好つけるために張り切ってるみたいだよ。詳しい事はそいつから聞いてみれば? とりあえず敵じゃないみたいだから』
「そっか……」
どういう理由か分からないが、助けてくれるならそれほどありがたい事はない。
自分達は場所どころか狙いすら分からないのが現状だし
『とりあえず分かったこと話すけど、白装束達……あいつらは何か明星の真光とか名乗ってる。目的はごめん、分かんなかった。でもコヨミの事、浄化能力者って信じているのは確かだと思う。何か知らないけど、予言? みたいな事してるのを目撃したらしくてさ。それで特別な人間だって思い込んでるみたいなんだ』
「予言? それって星詠の力の事じゃ」
『だろうね。でもあいつら、コヨコの事を領主だとは全然気づいていなくってさ』
「どういう事だろう」
姫乃は意見を求めるように啓区達の方を向く。
コヨミ姫にはおおよそだけど未来を知る力がある。
そしてコヨコという人にも予言として先の事を知る力があるのなら、普通は同一人物だって気づくはずなのに。
「酷い言い方になっちゃうけどー、コヨミ姫がそもそも能力を持っていないって思われてるとか―、統治領主としては信用されていないって事かもねー」
啓区は町を歩いていて、たまに聞こえて来たコヨミの評判を思い出しながら考えた事を口にする。
それにイフィールが、何とも言えない表情をして応じた。
「信用を得られていないという、そのような類いの話がないわけではなかったが、以前は気にするほどの物ではなあかった。だが、最近になって多くなったらしい。私達兵士も知っている所だ。可能性の話だがあり得るだろう」
「姫様は立派な方なのに、どうして皆さん分かってくれないんでしょう」
エアロはそんな人々の現状に不満げな声を漏らす。
自分の尊敬している人物が、現在の立場をふさわしくないと言われている。それは彼女にとっては何よりも耐え難い事なのだろう。
とにかく、欲しかった情報の一部が得られたのは大きな進歩だ。
後は、ルーンの手紙が届けられるのを待つだけだ。
その前にできる事と言ったら、
全員の視線が雪奈先生に集まる。
「いやん、そんなに見つめられたら照れちゃう」
「姫ちゃん、こっちの事情も教えておいた方がいいかも-」
こちらも色々分かった事があるのでその共有をしなければ。
頬に手を当てて、身をくねらせる雪奈をおいて、皆は話し合いを進行させることを選んだ。
そうして、こちらに起こった事を色々と伝え終わる。
これ以上長話していても意味はないので、携帯を切る必要があるのだが、未利は
『じゃ、じゃあ切るから』
と、明らかに「じゃあ」なんて言葉じゃなさそうな口調で言った。
隠しているよう隠せてない、意外と分かりやすすぎる未利の発言だ。
そこでフォローを入れない姫ちゃんではなかった。
「未利、コヨミ姫様も……必ず助けるから」
「……うん、ありがと」
未利は少しだけ安心したような声で小さくお礼を言った後。
今度こそ電話が切れる。
そのやりとりを見届けた後、雪奈先生が声を上げた。
「じゃっ、二人を助ける為に作戦会議と行きましょっ」
机に手を当てて、身を乗り出し姫乃達をまっすぐ見つめた。
ヘブンリーフィート アレイス邸 『選』
港で妙な事件が起きた。
コヨミは行方不明になり、何故か未利が舞台で演説をしていたその後のことだ。
選達は、以前ルーンの作品作りを手伝ったアレイス邸に来ていた。
ふかふかの柔らかいソファーに座って。
船の上で舞台上での演説が終わった後姫乃達と合流しようとしたのだが、それより先にルーンがやって来て選達にやってほしい事があるといったからだ。
座り心地の良いソファーに座り、美味しい紅茶とお菓子を出されて持て成され、連れてこられた建物の居間で待つ事、小一時間。
やる事があると言ってルーンが席を外した後、やっと顔を出したのは彼ではなくこの建物の持ち主のフォルト・アレイスという男性だった。
ルーンの芸術活動を金銭面から支援しているという彼は、古物収集や、弓を趣味にしている事などという、簡単な自己紹介をしたのち話の本題に入った。
建物が大きいとか豪華だとか先程まで煩くしていた水連は静まり、華花は変わらぬ微笑みをたたえてじっとフォルトを観察している。ミルストは家の豪華な内装が物珍しいのが、あちこし時折視線を彷徨わせていた。選と緑花もだいたいそんな感じだった。
そんな自分達の様子に気を悪くするでもなく、むしろ微笑をこぼすフォルトは真剣な表情で話し始める。
「君達に協力してほしいというのは、攫われた君達の友人に関わる事にだよ。あの場にいた白装束達は分かるかい? 彼らは明星の真光という集団で、領主の座に座っている王女をそこから降ろそうとしている」
協力してほしいみたいな事を言われた時は、他に困っている事があると思ったがまさか自分達の仲間にも関係する事だったとは。
選は気を引き締めなおして、重要な話を聞き逃さないようにする。
フォルトは何かに腰かけるでもなく立ったまま続ける。
その瞳には選達を侮っているようなそう言う感じの感情は感じられないが、物腰とかが丁寧だから何となく距離をとられているような感じはした。
「明星の信光……」
「彼らは偶然見つけたコヨコという少女に目をつけた。彼女には未来を見通す力があるみたいなのだよ。それが特別な力であると思った彼らは彼女の事を浄化能力者だと思い込んだ。いや思い込んでいる」
「未来を知る力? いやそれより浄化能力者ってなんだ?」
フォルトの説明によると船に現れた白装束達、明星の信光はコヨコを狙っていたのだと分かる。コヨコが浄化能力者とやらだと思ったから、連れ去った。
では浄化能力者というのは何か。
どうにも記憶にない言葉だ。この世界の常識の込み入った情報などは進んで調べようとしなかった為、そのツケが回ってきてしまったらしい。
選、緑花、水連は互いを見つめ合う。
「えっ、知らないんですか? 僕でも知ってるのに」
微妙にミルストもそういう事にはうといみたいな発言だったが、選は聞き流した。
とにかく説明が欲しかったので、この中で一番頭の良い華花へ視線を向ける。
「終止刻、世界終末の危機を防ぐことができる特別な力を持った人の事ですよ」
「ようするに勇者みたいなもんか」
「なるほどね」
「えっ、そうなの? そういう簡単な話?」
長々と言われてもまったく分からなかったので、短く簡潔に説明してくれて助かった。
約一名、メンバーの中で水連が分かってなさそうな顔をしているが問題ないだろう。
「で、コヨコは未来が分かるのかすごいな」
「それだったら確かに勇者だって勘違いしちゃうのもおかしくない気がするわ」
理解が及んだ選が感心すれば緑花も同じ気持ちのようだ。
ミルストはでも、王女様も……とか何かがひっかかっているようだ。
「つまり、明星の真光とかいう奴らは、世界を救う勇者が欲しくてコヨコを攫ったってわけなんだな。でも、舞台にいたのは未利だったぞ」
「そうよね。あれは確かに未利よ。間違いないわ」
ちょっと抜けてるコヨコが勇者とか言われてピンとこないとか似合わないと思うがそれはおいといて。考えなければならない事は他にある。
どう考えても間違えるには無理がある未利が、どうしてコヨコがやるような事をやったのだろう。
説明に上がった人物とこの目で見た人物が違う事に不思議がっていると、フォルトはそれは分からないが、偶然に居会わされて影武者にでもされたのかもしれないと答えた。
なるほど、本当に勇者だと考えているのなら危険な所には出せないと考えるのありえるかもしれない。そう選と緑花は納得する。
そう言えば船で色々話したりしてる時に姫乃達から知った事実なのだが、コヨコは王女だ。
兵士らしき少女に何か言ってるのを見て、疑問に思っていたがまさか王女とは、とその時驚いたのを覚えている。
アテナさんの方がよっぽどそうらしく見えた……。とか言ったら、怒られるかもしれないが。
王女攫うって大丈夫なのか?
「話を戻すが、私は彼らを止めたいと思っている。彼らの目的はおそらく……能力がない、と彼らが思っている今の王女の代わりにコヨコという少女を新しい王女にしようとすることだ。彼らの名目的には、この世界の為、ということになるのだろうが、あのような手段に出るような者達を人々は信用できるだろうか? たとえ一時信頼を勝ち取る事ができとも、上手くいかなくなるのは目に見えている」
難しい話になってきてよく分からないが、なんとなく凶悪な事をする奴だから、そいつらが良い事をちゃんとするわけないみたいな話だろう。
まあ、それは選も分からなくはない。
暴力を好き勝手振るう奴の言葉何て聞きたいとは思えないだろう。むしろ俺なら成敗するだろうし、うん。
しかし、と選は思う。
「なあ、コヨコってあれだよな」
「ええ、あれよね」
王女を王女に?
もしかして、コヨコを攫った人間は正体に気づいていないのか。
あ、そういや正体知られたくないからコヨコはコヨコって名乗ってるんだったな。
確か本名はコヨミ。じゃなくてコーヨデルなんとかだったし。コヨミは愛称か。
でも名前を偽ったくらいで、気づかれないわけないし。
「何かあるのかい?」
「いや、実は……」
選はその事をフォルトに話して聞かせる。
「それは、また残念な彼らだ」
少しだけ呆れたように見えるのはおそらく気のせいではないだろう。
選でも少し分かる。
打倒したい相手と、味方と思っていた人間が同じであるとは。
それなら奴らがやっているこてとは何なのか。
まったく意味がない事なんじゃないのか。
こういうのを皮肉というのだったか。
だから、そういうわけで先が見えたらしいフォルトは選達に力を借りたいと声を掛けたのかもしれない。
確かにうまく行っても行かなくても、まずい事になりそうだよな。これ。
そんな考えていると、ずっと大人しく聞いていた華花が声をあげた。
「フォルトさんにお聞きしたいのですが、どうしてあなたはそのような情報を知っているのですか?」
「ああ、それは簡単だ。私もどうやらそのメンバーに入れられているようだからな」
「「「「えっ」」」」
そう言えばそうだなと思い至った後、当人にかなり驚きの事実を言われた気がするが、華花は冷静なままで話を進めていく。
「では、もう一つ。どうしてその話を他の人達にしないのですか」
「嫌々させられていると言っても、私は彼らの仲間だからね。正直に話してもどうなるか分からない。信じてもらえればいいが、そうならない可能性が高いだろうし。最悪情報が何一つ伝わらないことがある」
だから、とフォルトは続ける。
「まず君達の力を借りて、打開策を探っていこうと思っているのだよ」
「分かりました、答えていただきありがとうございます」
話が進んでしまったため、先ほどの衝撃発言について考えたり話したりする瞬間が生まれなかった。そういう雰囲気でもない。
華花は神妙な面持ちで考え込んでいる。
真面目な空気は苦手なのだが、しょうがない。
ややあって考え終わったらしい華花が口を開く。
「お城ではなく姫乃さん達にも協力をお願いできませんね。お城に今はいらっしゃるでしょうが……。会うなら、確実な事実を突き止めてからの方が良いでしょう。姫乃さん達はともかく、他の方達の事はどう出るか分かりませんから」
つまり引き受けるなら、戦力は緑花達だけという事だ。
お城で姫乃達に理由を話せば、きっと事情が他に漏れてしまうだろうし。
しばしその場にいるメンバーは互いの様子を窺いあう。
しかし、ほぼ脳筋で満たされた面子である為、早々に思考時間は終了した。
「まあ、困ってるんだから見過ごす理由はないよな」
「そうよね。知らない人間じゃないんだし。というかフォルトさんの知り合いのルーンさんも協力者って事なのよね。だったら放っておけないわ」
前に魔石について教えてもらった事もあるし、ギルドの建物だって用意してくれたしな。
それでなくとも、放っておくなんて選択肢は選達の中には、よほどの状況でない限り存在しないのだ。
そういうわけで、フォルトから礼を言われて話は終わった。
なんだかややこしい事態になって来たが。
まあ、たぶん大丈夫だろう。