162 第60章 状況詰み
更衣室前 『啓区』
時は遡り、エアロと未利が更衣室に入っていったのを見送った後、中からもれ聞こえてくる会話に珍しく苦笑していた啓区は、唐突な訪問客に気が付いた。
「えっと、この先は女子更衣室だから男性はお断りだよー」
そんな風に言葉を掛けるのだが、啓区は相手がただ間違えてこの場にやってきたのではないのだと何となく分かっていた。
「君は、何なのかなー」
現れた人物に誰? ではなく何と質問する。
「君と話す事なんてないよ」
目の前に立つ小柄な少年は、そう言って先へ進もうとするがもちろん通すわけにはいかない。
立ちふさがる啓区を目の前に少年はうっとおしそうな表情を見せる。
「何だい? 駒の分際でこの物語に干渉できるとでも思ってるのかい、君は」
「思ってないよー。思ってないけどねー。ただ、見過ごす事ができなかった。それだけだよー」
結果はどうであれ、何もしないなんて選択が潰れた事だけは確かだった。
何かできると傲慢になってるわけではない。
何かを守れると欲張りになってるわけでもない。
ただ、何もしなかった過去を作って後悔しないだけの努力だ。
「今まで楽しい思い出ばっかりだったからねー」
これまでに積み重ねたもの達があって。
やけに存在を主張するのだから、しょうがない。
しょうがないのだ。
「その割には、乗り気みたいじゃないか。いいさ、存在の違いを君に思い知らせてあげるよ」
そうして誰にも語られない戦いが始まり、そして静かに終わった。
更衣室 『コヨミ』
突如。
更衣室の窓から内部に、人影が侵入してきた。
エアロと、未利は扉の方へと下がり、コヨミを背にしながら警戒する。
侵入してきたのは白い服で全身をすっぽりと覆った者達が5、6人だ。
「白装束とでも呼ぶか、ちっ、武器がないのに。エアロ、アンタは?」
「お城の兵士ですから、当然持ってますよ」
「突然出てきたけど、どっから出したワケ?」
「秘密です」
一瞬目を離した隙にエアロの手に杖があるのを見て、驚く未利。
コヨミも同様に驚いたが、今はそんな事を考えている場合ではない。
とうとう運命が動き出したのだ。
「グラッソ、その人を連れて逃げてください」
「そうですか」
「えっ、ちょっとま……きゃあっ、いきなり持ち上げないでよ!」
エアロの声に、グラッソがコヨミを担いで部屋から出ようとするが。
部屋の扉は開かなかった。
「まさか、外から……、エアロちゃん! 私達閉じ込められちゃってるわ!」
「そんな……。密室に長くとどまるべきではありませんでしたね」
「開かないの? 何それ、ピンチじゃん! ウチ等だけで、これをどうにかせいと!?」
白装束たちはゆっくりこちらへと近づいてくる。
部屋からは出られない、応援は向こうがやって来るまで期待できない。
自分達で何とかするしかないようだった。
「……考えろ。勝つんじゃなくて、何とかする。……なら、あいつらを外に放り出す!! ウィン……」
未利が何か思いついたようで、風の魔法を行使しようとする。
だが白装束が動く方が早かった。
魔言を唱え終わる前に、素早い動きでこちらに近づいてきて、隠し持ってたナイフを未利へと繰り出す。
そこを……、
「っ…ウィンド!」
エアロが杖で弾く、そうしながら魔法を発動。一人を窓の外へと吹き飛ばした。
それを見た白装束達が、顔を見合わせた後一斉に動き出す。
最初の一人とは比べものにならない動きだ。
今までは、本気ではなかったらしい。
はっきり言って、自分達ではこの相手には敵わない。
「下がってくださいっ」
「なっ!」
エアロは未利は背後へ突き飛ばし、襲い掛かってくる一人目のナイフを杖で弾いた。
二人目の攻撃もかろうじて捌き、三人目は回避した。
だができたのはそこまでだ。
四人目の攻撃を右肩に受け、五人目に、……。
「しっ……」
そこでエアロを下ろしたグラッソが、忍ばせておいた短剣でエアロ心臓めがけて放たれた攻撃を防いだ。
「そこまでよ!」
この機会を逃したら、死人が出る。
そう直観したコヨミは声を張り上げた。
「貴方達の目的は何? 話があるなら聞いてあげるわ」
言葉での交渉によって時間を稼ぐ、その方法へ変更した。
しかし、状況は思わぬ方向へ変化する。
背後の扉が開いて、そこから二人の人間が顔を出したのだ。
一人は小柄な少年。もう一人は亜麻色の髪をした若い男だ。
彼らが部屋に入ってきて、コヨミ達は部屋の中央へ追いやられてしまう。
それらを見て、未利とエアロが声を放つ。
「なっ、砂粒……とさっきの……」
「あの子供は……」
面識のある相手らしいが、彼女達の様子からして味方ではないようだった。
「やあ、昨夜ぶりだね」
「ふむ、奇遇だな。こんなところで再会できるとは」
状況は詰み、だった。
四面楚歌となったコヨミ達の逃げ場はどこにもない。