155 第53章 水上ショー(選)
港 水上ステージ 『選』
昨日レースが行われた港は整備され、代わりの物が設置されていた。
港の水上には、木材などで組まれたフロートがあり、そこに舞台が作られていた。
注目を一手に引き受けるだろうその場所の両脇には柱が二つ立てられ、屋根板を上に載せてある。そして布をさっと主張し過ぎない程度に飾り付けさせてあった。
その簡易舞台の目の前、レースのスタート地点だった場所には観客席が移動させられていて、多くの観客が湧いていた。
すでに、ショーは始まっていた。
舞台の上では何組目かの出演者の出し物が終わり、観客からの拍手歓声と共に、その場を後にする所だ。
関係者達が舞台の簡単な清掃を行っている頃、舞台袖では、次の出演者である選達が最後の打ち合わせをしているところだった。
「やる事は簡単だ、俺と緑花がいつもみたいに戦う。そんでもって、ミルストが何か盛り上がったと思ったら爆発で演出を入れる、最後に華花とコヨコが上から花びらを降らして終了だ」
互いが頷き、後はもういう事はなくなった。
若干一名、コヨコが「あれ? これだけでよかったのかしら」とか呟いているが大丈夫だ。もし何かトラブルが起きても、たぶん気合で何とかなるだろう。
そのうち時間がやってきて選達は舞台上へと上がっていく。
歓声の中ステージに立つ主役、選と緑花。
一日目に続き二日目も説明を行うらしいアムニスが水鏡ごしに観客達へ説明する。
『えー、次の催し物は演武みたいですね。彼らは最近カランドリの一画にできたギルド、という組織の者で、地域のお手伝い屋をしているようです。メンバーは、獅子上選さん、沢ヶ原緑花さん、沢ヶ原華花さん、ミルストさん、コヨコさんの五名ですが、本日舞台に立つのはシシガミさんとサワガハラさんです』
「ギルド名はホワイトタイガーだって教えるの忘れたな。あと、依頼募集中だとも」
「そうね、まあ終わった後にでもアピールすればいいんじゃない? それにしても結構人多いわね……」
「だな」
一日目の午前は迷子創作やら出店の手伝いやらで引っ張りだこになっていた選達。
レースの喧噪を知らない二人にとっては少しばかり驚く光景となった。
さすがに目の前で、観客席に並んだ大勢の人たちの顔を見れば、普段こまかい事を考えない性格でも少しだけ緊張したようだった。あくまで少しだけだが。
『では、さっそく彼らの演武を見せてもらいましょう!』
アムニスの促す声に、選達は向き合って集中する。
そして一瞬後、舞台上に立つ二人の姿はぶれ、両者は拳を交えていた。
観客のどよめきが上がる。
しかし、その反応すら置き去りにするような速度で、選達は拳を、蹴りを存分に交えはじめる。
立ち位置をせわしなく変え、動き回りる二人。
その動きは舞台上だけに留まらない。
「はああっ!」
選の蹴りを避けた緑花は大きくバックステップ。
そして、舞台屋根を支える支柱を駆け上がり、屋根の上へ。
その動きに倣うように選も反対側の支柱から駆け上がる。
観客の歓声が満ちる中、二人は屋根上にて一呼吸息を置いた後、互いへ接近。
選の下から突き上げるような拳を緑花は避け、お返しに身をひねって蹴りを繰り出す。その攻撃を上体をそらして避けた選は、背後へ向かってバク転を決め、その際、足技で緑花の顎を狙う。
身を退いて避ける緑花は選のつま先を髪の毛にかすらせながら、選が一回転して体勢を整える前に、タックルを交わす。
それを背後へ下がりながら受け止めた選は屋根上から落下する。
しかし、こんなものは二人にとって想定通り。
観客たちの悲鳴が満ちる中、緑花は顔色を全く変えることなく拳を作り、追い打ちをかける。
「扇王流、落・日・拳!」
そして、自らも飛び降り、選へと重力を乗せた拳を見舞おうとする。だが、
選は完全に落下していなかった。飾り布にぶら下がりながら、振り子のように体を揺らし落下してくる緑花を迎え討つ。
「獅子炎流、炎・帝・豪・破!」
謎の火の粉が周囲に舞い、振り子運動で空中に躍り出た選の拳と緑花の拳が合わさる。
その瞬間。
二人を中心にミルストの演出の魔法が炸裂。景気よく爆炎が轟いた。
しばらくして炎と煙の晴れた舞台上には、無事な姿の選と緑花が立つ姿が見え、二人同時に頭を下げた。いつの間にか上がった華花とコヨコが、花をまき散らしている。
ちゃっかりギルドの宣伝も終わらせて、演武は終了した。
去っていく選達へと観客は、一際大きな歓声を上げ、割れんばかりの拍手を二人へと送る。
『これは迫力のある演武でしたね。まるで達人のような曲芸の数々。すばらしい舞台でした。ギルドという組織の将来に期待したい所ですね』
アムニスの言葉を聞きながら舞台裏へと戻って来る選と緑花。
二人を、コヨコや、ミルスト、華花や水連が迎える。
「大成功ね」
「お二人ともさすがでした」
「お疲れ様、二人に任せて正解でしたね」
「ほんとだよ。これなら一番狙えちゃうんじゃない?」
四人から言われる言葉に緑花と選はそれぞれ礼を言ったり、謙遜したり、考え込んだりで大忙しだった。
それからギルドの今後についてああでもない、こうでもないと話が展開していくのだが、その中でコヨコだけが、清掃の行われている舞台を見つめていた。
「また、まただわ。また星詠みの力が……」
そんな事を呟くコヨコだが、その表情が硬くなる。
「緑花、選!」
二人の名前を言うなリ、舞台上に飛び出していった。
清掃員が驚く中、コヨコは舞台についてきた二人に指示を出す。
「この柱の中に何か……、取り出してっ!」
「よく分かんないけど、おうっ。……おぉぉぉぉっ」
選が、気合をいれて柱を拳でぶち割って、中から円筒形の物体を取り出す。
「うわ、何だこれ」
「時間がないわ、とにかく空へ!」
「アタシに任せて! ……――りゃあああっ!」
選から受け取ったそれを、緑花が頭上へぶん投げる。
「それから、あれ、えっとえっと」
ここで、どうしようと考えるコヨコ。
この先を考えてなかった彼女の代わりに華花がミルストへ指示を出す。
「ミルストさん!」
「はいっ!」
最後にミルストからの弾んだ声が上がり、空になげられたそれが魔法で爆発させられた。
舞台袖で、水連がミルストと一緒に華花を誉めている声が聞こえる。
「ふぅ……、なんとか怪我人は出さずに済んだわね」
安堵するのもつかの間、周囲の静寂に気が付いて、コヨコははっとする。
誰も動かない。何も言わない。つい先程まで清掃していた関係者も。
動くものは空から落ちてくるチリだけだった。
ものすごい勢いで冷や汗をかくコヨコを助けたのは、説明役のアム二スだった。
『おっと、これは驚きです。どうやら誰かがいたずらで仕掛けた爆竹が、清掃員に愉快ないたずらをしでかす所を、彼らに未然に防がれてしまいました! このような緊急性を伴う事態にも的確に対処できるとは、ますます今後の活躍が楽しみです。皆さんお困りの際は、ギルドホワイトタイガーへ! きっと力になってくれますよ』
流れるようなフォローの言葉にコヨコはやっと肩の力を抜く。
二度目の拍手喝さいの中で、心の底から安堵したコヨコは緑花や選と共に今度こそきちんと舞台を去っていった。