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白いツバサ  作者: 透坂雨音
第四幕 マリオネットの踊る舞台
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151 第49章 過去の夢



 シュナイデル城 来賓用客室 『未利』


 その日の夜、レースで動き回って疲れた姫乃達はお風呂に入るなりぐったりしてそのまま眠る事になった。

 皆、身に余るような豪華なベッドで今日ばかりは気兼ねする事なく布団をかぶり、夢の国へといざなわれている。


 それは未利も同じだった。


 だが……。

 その夢が幸せなものであるかどうかは、本人にしか分からない事だ。


 夢の中で、未利は一人の少年を前にして立っていた。


 その場には重苦しい雰囲気と痛いほどの静寂が満ちていた。


 だが、そんな中で小柄な少年……砂粒は未利を前にしてその静けさを破り、一方的に言葉を吐き続ける。


「食べ物もあって、雨つゆをしのげる場所もある、生活の面倒を見てもらっているのに、そんな恵まれた環境から君は逃げ出すのかい?」


 砂粒は心底不思議そうに、そして呆れたような表情を作って言葉を流し続けている。


「不公平が嫌いって君は言うけどさ、人生なんて不公平で溢れてるものだよ。それくらい我慢するべきなんじゃないのかい? 世の中にあるもっとひどい不公平よりも、君のそれはマシな部類だと思うけど?」


「ただ彼らに都合の良い存在であり続けるだけじゃないか、演じ続けるだけじゃないか。何がそんなに不満なんだい? 君がちゃんと我慢すれば全て解決、すごく分かりやすい状況だ。何も難しくなんかない」


「はは……。何がおかしいって? おかしいに決まってる。僕に不満をぶつけるより、当人に言えばいいのに、何でそう言わないんだい?」


 声は一歩的にかけられるものばかり。

 それらは一度聞いた言葉、全て過去に言われた事だった。

 未利は夢の中でそれらの言葉に何かを言い返したくても、言い返すことができないでいた。


 口を動かしても、声は発生しなかったからだ。

 それならば、物理的に口をふさごうと思うのだが、体はピクリとも動かない。


「せいせいしたい君にちょっとだけ僕からプレゼントを贈ろう。想像してみてよ。両親という皮を被ったあいつらが、真実と向き合わされた挙句壊れて、糸が切れた人形みたいになる様を。ほら、だんだんと見えてきただろう? 絶望して、発狂して、叫び声を上げてのたうち回って、否定して、頭を抱えて、泣き叫んで、苦しんで、悲しんで、嘆いて、そのうちふいに電池が切れたみたいに倒れて四肢をなげだして、家の……どこがいいかな? 私室、寝室……リビングにしよう、そのリビングに倒れて、動かなくなり、意思の宿らない虚ろな目で君を見るんだ。この場合見えてないんだろうけどね。それで……君はそんな奴らの前で、さ」


 やめろ。


「笑うんだよ。ううん、それとも罵声を浴びせるのかな?」


 ……やめろ。


「それとも動かなくなった彼らを足蹴にでもして憂さを晴らすかい?」


 やめろっつってんでしょ!


 ふいに、砂粒と未利の視線が合う。

 今までもこちらの事をずっと見てはいたが、なぜだかそれまでは目が合うという感じがしなかったのだ。

 なのに、たった今あった。

 小柄な少年の瞳に宿る不気味な光は、何か。

 底なしの闇のように感じられる光は。 


「君は喋れないよ、だって君という存在はどこにもいないんだから。……ここにあるのはただの人形さ」


 そうだ、そこにるのは、ここにいるのは、いや置いてあるのは人間ではなく……。

 未利は自分の姿がどんな風になっているのか気づく。

 それは……


「……るさい。あ…………、ん?」


 声が出た、と思ったら。高い天井が視界に移った。

 未利は周囲を見回す。

 豪華な部屋だ。シュナイデル城の中、自分達の為に用意された客室だ。


 ふかふかのベッドの上で身を起こす。

 夢を見ていたようだ。

 心臓が暴れくるっていた。

 嫌な汗が頬を伝っていく。


「何でこんなもん、見んのさ」


 他の者達が起きる気配はない。その事に少しだけ安堵する。

 今すぐまた眠りにつく気なんてならない。

 気分転換がしたくなって、未利は部屋の外へと出た。


 向かうのは中庭だ。

 城の廊下を歩きたどり着く、吹き抜けの空間。

 踏み入れたその場所に人影はない。幸いかどうかは分からないが、どこかの姫のちびっ子はいないようだった。


 桜の木の下にたどりつくと、ささやかかな風に揺れる木の葉の音と、虫の声が聞こえる。


 風の音を聞くとざわめいていた心が落ち着いてきた。

 昼間だったら良かったのに、と思う。


 この世界に来てからはあまりしてないが、未利は昼寝が好きだ。

 散々動き回ってクタクタになった後、ちょうどいいぬるさの日差しの下で、風の音を聞きながら丸くなって眠るのがいい。

 昼間に寝るのはとても贅沢な感じがして、何かいいのだ。


 この庭園で眠るのはきっと心地良いだろう。

 実際に、そんな無防備になるような事はしないけど。

 もう何年もしてない。


 施設にいた頃はよくやって、途中で退屈そうにしていた子供達に物理で起こされてたが。


 そこに人の足音がする。


「コヨミ?」


 あの苦労性そうな姫が息抜きでもしてきたのだろうか。

 そう思ったが違った。


「見張りの兵士がいない時点で気が付いたらどうだい?」


 そこにいたのは砂粒だった。



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