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白いツバサ  作者: 透坂雨音
第四幕 マリオネットの踊る舞台
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145 第43章 領主の少女



『ウーガナ』


観客席の一画、人の出入りがあまりない一番遠くの離れたところで港で行われる水上レースを見ていたウーガナは、心底つまらなさそうにしていた。


「けっ、何で俺様がこんな所にいなきゃなんねぇんだよ」

「牢屋の外に出られたのに、嬉しくないのかい?」


不満の声に相槌を打つのは元城の兵士であるというラルドだ。ウーガナはラルドの見張りのもと、牢屋から出る事を許されたのだ。


「野郎の見張りがなきゃ最高だったろうさ」

「それはそれは、残念だったな」

「くそっ」


悪態をつき続けるウーガナだが、隣の男はそんな言動に気分を害した風でもなく涼し気な姿勢で受け答えする。


余裕ぶった態度が実に気に食わない。


そもそもが気乗りしない行動内容だったのだ。

いくら牢屋にぶち込まれ首を抑えられた身であれ、交渉のチャンスだといっても、喜んで手を貸すほどウーガナは変わり身が早くはない。


そんなウーガナはふてくされた調子で続ける。

眼下では、レースの行方に一喜一憂する観客たちの姿。

 女連れもいれば家族もいる、それ以外の友人同士などもだ。多くの人間達が祭りの空気に浮ついてた。


「馬鹿みてえに騒ぎやがって、けっ。こっちは明日生きるか死ぬかの問題だってのに」

「おや? イフィールは言っていなかったか? しばらくは忙しいからいくら重罪人とはいえ、すぐに処刑されるような事にはならないはずだが」


 隣から発せられる不思議そうな言葉に、ウーガナはこめかみに血管が浮き出るのが分かった。


 あの女ぁ、何が「お前の命の行方はすでに秒読みに入っている」だ。

 適当な事ぬかしやがって!


 天敵である女兵士の嘘にイラついていると、ウーガナは面白そうな目をこちらに向けている事に気が付いた。


「楽しい事は良い事じゃないか。暗い世界だからといって律儀に暗い顔をしているほど真面目ではいけない」

「そのセリフが真面目だろうが」


 真面目では駄目だという口調が馬鹿みたいに真面目すぎて鼻で笑う気にもならない。

 イフィールといい、こいつといい、城には真面目な人間しかいないのか、とウーガナは無茶苦茶な事を思う。


 その真面目な所が評価されて大抵の人間は兵士になるのだが、知った事ではなかった。


「あの女は何やってんだよ、牢屋から引っ張り出した癖に、ほったらかしにしやがって」

「彼女には彼女の責務があるのだ、相手をされないからと言って拗ねるものではないよ」

「あぁ? 誰が拗ねてんだ。ぶっ飛ばすぞ、てめぇ」


 ぶっ飛ばそうとした。言葉通りに。


 だが、視線をこちらに向けられないまま、最小限の動作で避けられる。


「クソがぁ……」


 そのうち頭に血が上りすぎてどうにかなるかもしれない。


 こいつはずっとこうだった。

 どれだけウーガナが不意を打って殴り掛かろうが、まるでかすりもしない。


 イフィールよりも、おそらくは他の城の兵士よりも、こいつの実力は遥かに上なのだ。


「いちいちむかつく野郎だな」

「そうか、私は君といられて面白いけどね」

「てめぇ、嫌みか」

「まさか、本心だよ、君の様な人とは関わった事がないから色々と勉強になる。考え方や、価値観とか、ね。最低でない事が救いと見た」

「分析してんじゃねぇ、その顔平らにすん……ぞっ!」

「ふむ、当たらないな。もうしばらくそれは先になりそうだ」

「――――ッッ!」


 言葉と共に、一撃をお見舞いしようとしたがやはり避けられる。

 明らかにこちらを下に見ているような言葉が返され、もはや反論が声にならない。


 これまらムカつくがまだあの女と話をしていた方がマジだった。


 そこに、


「様子はどう? その人、いきないり噛みついてきたりしてないわよね?」


 アテナやグラッソと共に、一番いい席で観覧しているはずのコヨミがやって来た。


「これはこれは、わざわざ私共の様子を見にてきてくださるとは。コヨミ姫様。このような所に足を運んで大丈夫なのでしょうか」


 その正体を知らなかったウーガナは、ラルドの言葉に目を見開いて凝視する。

 どう見てもただの子供にしか見えない。


「相変わらず真面目ね。城の兵士ってどうしてみんな真面目なのかしら」


 それは、お前の言う言葉じゃないだろ、と心の中で突っ込む。


 少女……ではなくコヨミは何故か、得意そうに胸をはって答える。


「ここにいたってしばらくは平気よ、ちょっとアテナの隙をついてきたから」


 おい、こいつマジで姫なのかよ。

 こんなのが?


「どう、レース楽しんでる?」

「中々面白い事になってるみたいですね。ああいう柔軟な発想は私には無理そうです」

「でしょう? もう皆すごいんだから」


 自分の事のように自慢げになるコヨミだが、何が良いのか分からないウーガナには賛同しかねる内容だった。

 つーか、楽しみに来たわけじゃねぇだろうが。


「そっちの貴方はどうかしら? 何かおかしな事とか気づかなかった?」


 そしてコヨミはまるで知人にでも話しかけるような様子で、罪人のウーガナに言葉をかけてくる。


「知るかよ」


 そっけなく答えつつも、心の中では突っ込みを入れずにはいられない。

 何から何まで、全部がおかしいだろ。


「そんな様子じゃ困るわね。貴方を牢屋から連れ出したのはそういう鼻を当てにして、なんだから」

「だからって、一国の領主に逆らうような人間当てにすんじゃねえよ」


 何もウーガナでなくとも他の人間がいくらでもいただろうに、なぜ自分なのか。

 そこの所がさっぱり分からない。


「確かに、私も気になっていた所ですね。理由を聞かせてもらってもいいでしょうか」

「理由ならあるわよ。初めは他の人の提案を受けて何となく、まあいいかなって思ったからね」


 あっけらかんと内容のない言葉を聞かされて、ウーガナは空を仰ぎたくなる。

 それは理由じゃねえ。

 つか、誰だ。俺様をこんな面倒くせぇ事に推薦しやがった奴は。


 そんな風に考えていると、目の前の少女の雰囲気がガラリと変わった。


「後の理由は、貴方の運命が見えたからです。貴方はもともと私達の事情に巻き込まれる運命にあった。星が空で輝き、世闇に惑う人々を導く使命を与えられるように、貴方にもこなすべき役割があったという事なのです」


 朗々と紡ぎ出される言葉には重みが感じられて、まるで別人のような変わり身に、不覚にもウーガナは息を詰まらせた。


「避けられない運命は忌避すべきものなのでしょうが、貴方のそれは良いものとなるでしょう。できればその流れを私達は引き寄せたい」

「……っ、てめぇ等は一体何を企んでやがんだよ」


 少なくともこれは、コヨミ一人ではなく、もっと大勢の思惑が関わっているものだろう。

 だがおとなしく巻き込まれるのも、利用されるのも、まっぴらごめんだ。


「私はただ私の力でみんなを守りたいだけ。その為に当てにできるかもしれない力を、当てにさせてもらっているだけです。……そういう事だから、何か気づいた事があったら言ってくれると助かるわ」

「チッ」


 どこにでもいる普通の少女のような口調に戻るコヨミに、ウーガナは舌打ちで応じて背中を向けた。


「あまり彼女を侮らない方がいい。いくら、こちらの方が素だとは言っても、彼女は一地方の統治領主なのだから」

「……あぁ?」


 あきらかに今のじゃなくて前の方が本性だろうが、とウーガナは判断する。

 そもそもが統治領主ともあろう人間が、あんなボケボケフワフワした性格してるなんてありえない話なのだ。

 どう考えたって、あっちの方が素で猫を被ってんじゃねぇか、と反論しようとした時……。


 次のレースを行う為に整備していたコースの一画で爆発が起きた。


「あぁ?」

「何かあったみたいね」」


 訝しみ、心配そうな色を覗かせるコヨミにラルドは、重罪人であるウーガナへ当てにするような視線を向けて来た。それやめろ。


「そうですね。ひょっっとしたら彼の出番かもしれません」



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