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白いツバサ  作者: 透坂雨音
第四幕 マリオネットの踊る舞台
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135 第33章 懸念に対する姿勢



 シュナイデル城 執務室 『ラルド』


 イフィールと休憩寮きゅういりょうで偶然出会った数日後。ラルドは城を訪れていた。理由は王女様に呼ばれたから。


 目の前には元同僚のイフィールとコヨミが立っている。

 コヨミはラルドの知るところでは割と珍しいたぐいの、難しそうな表情を見せていた。

机の上には大量の未整理の書類が載っているが、それとはまた別の要件なのだろう。

 彼女はすまなさそうにラルドに向かって口を開く。


「辞めた兵士にこんな事を頼むのもなんなんだけど、ラルドにやってほしい事があるの、良いかしら?」


 特に断る理由はないので、ラルドは首を縦に振る。


「いいですよ」

「そうよね、無理よね。分かってるわ……、ってえぇっ!? いいの?」


 だがコヨミの目には違うように見えて、違うように聞こえていたらしく憂鬱そうな表情のまま、喋って途中で気づいた。


「辞めたとしても人の縁が切れるわけではないですし、相変わらずご近所さんや警吏さんやイビルミナイの自警団に引っ張られてますからね」


 人の付き合いとはそういうものだ。

 目の前の王女は知らないだろうが、イフィールとたまにはちあわせて王宮がらみの頼み事をされるのも少なくはなかった。


「そ、そう。忙しそうね」


 思いがけないもと部下の多忙な日々を気化されてコヨミは微妙な表情になる。

 気を使ってやっぱり……などと言い出す前にラルドは話を進めてやる。


「それで何をすれば良いのですか?」

「貴方には、水礼祭の最中の数時間に海賊の首魁を見張っていただきたいのです」

「海賊、ですか?」


 それはまた変わった頼みだ、と意外に思う。

 王宮に来て、賊の見張りを命じられるとは。


「ええ、ちょっと訳ありでね。彼の力が必要になるかもしれないの。本当は万が一の事態なんて起きてほしくないんだけど、どうしても何とかしたくて」


 なるほど、起きるかどうかも分からない事の為に、犯罪人の世話を城の兵士にはさせられないということだろう。


「まあ、立場もありますしね。仕方ありません」


 それなら自分のような立場の人間が適任になるのは道理だ。


「分かってくれて助かるわ。念の為に言っておくけど、別に貴方を軽んじてるわけじゃないからそこのところは分かってほしいの。貴方にとってみれば、面倒事を押し付けられたようなものかもしれないけど……」

「面倒事だなんてとんでもない、謹んでお受けいたしますよ」


 というより、面白そうだという純粋な興味もあった。

 コヨミ姫に目をかけられる程の賊がいるなら見てみたいと思ったのだ。


「じゃあ、そういう事だからお願いね。詳しい話はまた今度イフィールを伝えに行かせるから」

「では、失礼します」





『コヨミ』


 ラルドが退室していくのを見届けて、コヨミは今度はイフィールに言葉をかける。


「それじゃあイフィールはエアロちゃんの方に話をつけてもらえる? アテナの方にも話があるけど、それは私が後からするから」

「分かりました」


 そうしてイフィールも出ていくと、今度はその部屋に、入れ替わるように啓区と姫乃がやって来た。

 姫乃はコヨミの顔を見るなり、心配そうな表情になる。


「コヨミ姫様、なんだか疲れてませんか」

「平気よ、これはちょっと前日のギルド依頼で張り切りすぎちゃって」

「ギルド?」


 口を滑らせた、とコヨミは気づく。

 ギルドは試験的に行っているもので、それはまだ秘密の話だった。


「……、それよりもそっちの方の話を聞かせてくれない?」

「えっと、クレーディアさんについてはお城の人から大体の事を聞きました。後はちょっとお部屋とかを調べてみるつもりです」

「こっちは全然だめー。ウーガナを野に放つ意見出したくらいだねー。例の人は見つからないよー。ただでさえ人が足りないんだからー、そろそろ顔出してもいいんだけどねー」

「そうですか」


 コヨミたちはとある未来の可能性を回避するために動いていた。

 それはコヨミが星詠の力で読み取った未来にも関係する。


 見たのは二つだ。憑魔によるシュナイデル城の陥落、それにともなって自分が最終的に城を放棄する未来。

 そしてもう一つは、姫乃達の仲間である方城織香(未利)の生命の危機だ。


「一つ尋ねますが、これだけ対策を練っても貴方はまだ足りないというのですか」


 コヨミは啓区の方をみて気になっていたことを尋ねる。

 傍から見れば、もう十分ともいえる対策をしているにも関わらず彼は、またそれでは足りないと主張するのだ。


「まー、否定するわけじゃないけどー。足りなかったらやだなー、みたいなー。物語の分かれ目とかー分岐点なんてー、僕達には分かるわけないからねー、やれるだけの事はやっておかないとー」


 何やら回りくどい言い方をされているが、ようするに備えができるならそれに越したことはない、ということだろう。

 コヨミとしても二人の気持ちは分からなくもないのだ。

 あの日、星詠み台で聞かされた限界回廊の話を考えれば。


 クレーディアの人生の最後という不吉な過去の映像。

 屋敷で不穏な結末を迎える方城織香の映像。


 これで、じっとしていろという方が無理な話だろう。

 そこまで考えたところで、姫乃が口を開く。


「未来が分かるってすごく怖い事だなって最近思えてきます」


 彼女の顔には見覚えがある、自分の顔だ。

 星詠の力を使うたびに、起きるかもしれない未来の可能性におびえる自分の顔。


「回避できなかったら、どうにもできなかったら、そう思うと……、とても怖くなって。すごく不安です。コヨミ姫様もこんな気持ちなんですね」

「そうね」


 いいことばかりではないのよね。未来が分かることって。でも、だからこそ、何とかできる。覆すことができるのだから。


「それでも私は統治領主だから。この力に向き合って、付き合っていくしかないわ」


 そして、この言葉が今のコヨミの本心だ。


「それにね……、そんな事が分かってるから、他の誰かにやらせるよりも自分の力で良かったとも思ってるのよ」



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